27.大きく動いた朝
ギアの「用事」で旅立ったその日の午前、以前行ったあの訓練をしていた。
皆が走っている中で先頭に立って走っていたシンはギアの「用事」の事を考えていた。
(俺と戦って急に「用事」・・・。あいつに仲間がいてもおかしくはない・・・)
シンは当初仲間を引き連れて自分を殺しに来るのではないかと一瞬考えたが、すぐに否定する。何故なら、態々自分に「用事」と言ってから出ていったのか。もし殺す気でいるならこの方法だとあまりにも間抜けすぎる。仲間を引き連れてくるつもりなら嘘を言うか、黙っていればよいのだ。
万が一仲間を引き連れて自分を殺しに来ても恐らく対処できるだろう。
という事は、シンを殺すのが目的で離れたわけではない。
(あの再戦・・・)
ギアがシンに再戦をした時の事を思い出す。再度拳を交え、ギアに腕挫十字固を掛けて勝った。その後少し考え込むように数秒程黙り、その後すぐに「用事」とシンに言ってきたのだ。シンは考えをまとめ上げた。
あの再戦はシン自身の何かを確認するための試験のような真似をし、ギアの仲間と思しき誰かにその結果を伝達と今後の相談するために旅立ったと考えたのだ。
「学校のテストかよ・・・」
走りながらボソリと呟く…
翼をはためかせながら大空から下へ見降ろしていたギア
「おお、ここだ」
そう呟き、翼を大きく羽ばたかせる。
バサッ…!
バサッ…!
バサッ…!
シンの所から旅立ったギアは遠く離れたある屋敷の門の前まで来てゆっくりを着地をした。
門は西洋の屋敷でよくみられるに装飾が施した鉄の柵で屋敷を囲っているが、門が武家屋敷の門という風変わりな物だった。
ギアはそんな風変わりな門を開けて中に入る。するとギアの目の前には手入れされた庭園があった。短く刈られた芝。手入れが行き届いた樹木。水底まで見える澄んだ池。庭園内にはオーナメントとしての機能だけでなく、そこから庭を観察できる白い展望小屋があった。また、屋敷の裏の庭園には人の背丈より高い生け垣で迷路を構成し、出口がなかなか発見できないように巧妙に設計された遊戯性を目的とした生垣の迷路がチラリと一部が見えていた。だがギアはそんな手入れされた庭よりも釘付けになる物があった。
「相変わらず、奇抜な屋敷だな・・・」
思わず呆れたようなため息が出る。その理由は屋敷にあった。全体的に黒と白が基調だった。屋根は瓦のように黒く何枚も重ねるような形、まるで日本家屋によくみられる屋根の形ではあるが、玄関の門の柱は西洋の門の柱のデザインでテラスは明らかに西洋だった。まるで現実世界の武家屋敷と西洋の屋敷を組み合わせたようなデザインだった。傍見ればこの世界では見た事もない文化を取り入れ、良く言えば奇抜、悪く言えば何を主張しているのか分からない屋敷だった。
その屋敷を眺めていると女性の声がした。
「お久しぶりでございます。ギア・バルドラ様」
そう声を掛けてきたのは屋敷の玄関の前に立っていた一人のメイドだった。
そのメイドの名は「ステラ・ミゼラフ」。落ち着いた雰囲気を出し燃えるような紅蓮の短髪で前髪は揃えている。目はやや釣り上がっており瞳は落ち着いた雰囲気に似合うかのような群青だった。
スタンダードなメイド服で身を包み、純白のエプロンを掛けていた。
「急に参ってすまぬ。サクラはいるか?」
「只今書斎にいらっしゃられます。お呼び致しますので応接室で少々お待ちください」
そう言ってギアを屋敷の中に案内する。4m程の大きさの玄関手前の部屋に案内される。応接室のようだ。「応接の間」であれば大人数用に大きな部屋であるが、「応接室」であれば少人数、つまり小さな部屋で十分だった。その為なのか二つの長いソファがあり、ギアは手前のソファに座る。
「ヨッ・・・」
ギアが声をかけて座る。
ミシミシミシッ!
壊れそうな音がした。
「・・・・・・」
明らかにギアは大きくて重かった。ギアは気まずそうにステラを見る。
「・・・・・」
ステラの視線が痛くて冷たかった。ステラが何か言われる前にギアはすぐに立ち上がる。
「やはり我は床に座って待つ」
そう言い床に胡坐をかく。ステラは軽く溜息をつく。
「大変申し訳ない事を申し上げますが、その方がよろしいかと存じます」
ギアの意見に礼儀正しく同意する。案内が終わり応接室のドアの横に立つ。
「ではごゆっくりとくつろいで下さいませ」
そう言ってペコリとお辞儀をし部屋から出る。
コツコツコツコツ…
ステラの足跡が遠ざかってく事を確認したギアは不意にもう一度長いソファを見る。
「・・・・・」
ギアはシンのキャンピングカーの事を思い出していた。自分の身体の大きさでは中に入る事ができず外から出なければ中の様子が窺えない事に
「そう言えば我はあの「きゃんぺんぐかぁ」とやらの中にも入れなかったな・・・」
と物悲しそうに間違った言い方の「キャンピングカー」と言う単語を呟き、溜息を吐いた。
ステラが廊下を歩いていくと、奥に縁側のような段差があり一つの障子があった。和風の家によく見かける縁側のような段差だった。その段差の横にはつま先と踵が開いたサンダルのような黒い靴が綺麗に揃えて置かれていた。この部屋の中にいる人物の物だ。ステラは段差の前で靴を脱ぎ揃えて端に寄せる。
「お嬢様、失礼します」
中にいる者に一声を掛ける。
「入れ」
少女の短い返事が返ってくる。ステラがそっと障子を開けると畳の部屋だった。奥の方には書斎机に座布団があり、そこに座っていたのは着物のようにもセーラー服のようにも見える服を着た一人の少女の後ろ姿だった。
「お嬢様、ギア・バルドラ様がお見えになっております」
「そうか、久しぶりだな。何年振りか」
座っていた少女がステラの方へ振り向く。
その少女の肌は白磁器のように美しく、大きく釣り上がった可愛らしいガラスの様な目。鮮血のような深紅の瞳。濡れ鴉の羽。そう表現してもいい様な色気と艶が醸し出した若々しい美しく長い黒髪。整って愛らしく無垢そうな顔だが、喋っている時に見える犬歯は鋭く尖っていた。
紺色の生地には桜の花びら模様の和服のようなドレスの衿にはセーラー服を連想させるような白いヒラヒラの生地に赤の線が入った布が付いており紅いリボンが結んでいた。帯で結ぶ部分は黒いコルセットのようになっておりベルトで調節ができるようになっていた。ミニスカートの様な黒っぽい袴につま先と踵部分に態と素足の一部が見えるように開いた黒っぽいニーソックスを履いていた。見るようによって現実世界の和装ドレスにも女子高生にも見える格好だった。まるで一種の騙し絵を見ているかのような気分にさせられる服だった。
そんな奇抜な格好をした少女が「サクラ・キシュリーゼ・エイゼンボーン」だ。
「しかし、あいつがワタシの所まで来るのは珍しいな」
そうサクラが呟き小さな溜息をつく。
「やはり、あの時お見えになったのはバルドラ様でございましたか。あの方がこちらに尋ねて入らした時はほとんどが厄介事でございましたね」
そう呆れて話してきたのはサクラの部屋に丁度来たこの屋敷の執事の「アルバ・ロンクエイド」だった。白髪の初老の男性で長髪のオールバックで後ろの髪は紅いリボンでくくっていた。銀製の丸いモノクルを掛け、きちんとした身なりで黒い燕尾服を身にまとっていた。
何十年仕えたお手本の様な執事と言った風貌だった。
因みに「あの時」と言うのはアルバは屋敷の庭の手入れがてら見回りを行っていた。丁度その時にギアを目撃したのだ。
状況を今に戻し、穏やかな物言いでサクラに答える。
「また、厄介事でなければよいのだがな・・・」
やや呆れたような声でサクラはスクッと立ち上がり、その部屋から出ようとする。するとメイドのステラが部屋の机の上にあった空のグラスを見て何気なく
「お嬢様、御血をお飲みになられましたか?」
と聞いた。
「・・・・・」
サクラの体は時が止まったようにピタッと固まり、何か思い出しているかのような目だった。そしてすぐに苦々しい顔になる。
彼女は所謂「吸血鬼」だった。しかし、彼女はある理由で「血」をなるべく慎重に飲む事にしていた。そのため苦々しい顔になったのだ。
「愚かな事をお聞きしました。大変申し訳ございません」
軽率だったと反省し、サクラに頭を下げるステラ。それに対しサクラは
「よい、気にするな」
と言った。「気にするな」と言ったものの実際はこの事についてはあまりいいものではなかった。
「・・・・・」
「・・・・・」
気まずい空気が流れる。その事に気が効かしたアルバは
「ステラ、バルドラ様は応接室ですか?」
と言って空気を変えようとする。
「は、はい、そちらで待たせています」
「はぁ、どんな厄介事を持ってきたのか」
「気にするな」の件からギアに対しての「厄介事」に悩ませた。何とか例の件についてから反らす事に成功したアルバ。
しかし、サクラの最大の悩みの種は消えていなかった。
「つまらん「厄介事」だったら屋敷から追い出すぞ」
「承知いたしました」
「そうならない事を願っております」
過去にギアは色々な形でサクラに迷惑をかけてきた。そのため「ギア=トラブルメーカー」というカテゴライズになっており、サクラはおろかアルバもステラもサクラの「追い出す」に何の疑問も躊躇も無く賛成の返事をする。ギアが何の用事でこの屋敷に来たのかをマイナスな想像を巡らせつま先と踵が開いたサンダルのような黒い靴を履き、ギアが待つ応接間へと向かった。