287.違う
その部屋はシンプルながら豪華な部屋だった。どこかの風景が描かれている絵画が飾られ、大きな本棚、当然ながら沢山の本が入っていた。真ん中には小さな丸い机があり、フカフカの椅子が対面できるように2脚あった。理解できる人間であればその部屋にある物は全て高級な物で売れば相当な額である事をすぐに知って驚くだろう。
ガチャ・・・
「待たせてすまない」
そんな部屋に入って来たのは煌びやかな衣装を纏った50代位の男だった。その格好からしてこの男は権力ある人間であろうという事が窺える。恐らく貴族だろう。体格もがっしりとしており、顔つきもどことなく厳格さを窺わせる。
この事からして恐らくこの貴族の男は武官なのだろう。
「いえいえ、滅相もございません」
そう答えていたのはナーモ達にドラゴンの脱皮した皮を見せた行商人だった。行商人はニコニコとした笑顔で来賓室で待たされていたというのに、この屋敷の主であるかのように貴族の男を出迎えた。
「何でも皮を売りたいとの事だったな?」
単刀直入にそう尋ねた。どうやら回りくどい方法を傾向にある人物なのかもしれない。口調もどことなく豪快さを窺える。
この事から文官でこの領地を統括しているのではなく武官として統括している様だ。
これらの事を察した行商人は回りくどい真似はせずにすぐに
「ええ。それも本物のドラゴンのでございます」
と正直に答えた。
行商人の答えを聞いた領主は
「おお」
と一言で「よくそんな貴重な物を手に入れたな」と言わんばかりに感心そうに答えた。
「ご覧ください」
そう言って衣装箱を開けて中からドラゴンの皮を見せた。どうやらこの男、驚かせる為と豪華に見せる為に態々元々衣装が入っていた衣装箱を空にしてドラゴンの皮を入れた様だった。
ドラゴンの皮を見ていた貴族の男はマジマジと見ていた。
「・・・・・」
只管、只々只管にドラゴンの皮を見ていた貴族の男は顎に手を当てて少し頷き
「なるほど」
と言葉を零した。
貴族の男は
スッ
静かに片手を上げた。
その様子を見た従者は
コクリ…
と頷きある物を持ってきた。
それはアバカス、日本で言う所の算盤だった。アバカスは直立方式になっており、横の珠を動かして数字を現す形の計算機器だ。
そのアバカスを見た商人はニコニコした笑顔の細い目の奥には期待の眼差しの光が宿っていた。
「値に関しては・・・」
そう言って貴族の男はアバカスの珠を弾く。
パチパチ…
期待を込めて笑顔のままその様子を見ていた行商人の男は収支の祖様子を眺めていくにつれて次第に期待の光が徐々に失っていく。
パチ…
「・・・・・」
最後の珠を弾いた貴族の男はこれでどうだと行商人の男の方へ向けた。対して行商人の男は期待の眼差しから失望と疑念の眼差しに変わっていた。
理由は弾かれた球の最終的な位置が行商人の男が期待していた高額な金額では無かったからだ。だからこうして失望と疑念が生まれたのだ。
「・・・あ、あの」
「ああ、これの値段の事であろう?」
遂には疑念が言葉となって表現する事になる。
それは当然だろう。
ドラゴンの皮の相場は相当な金額の物。小さいながらも豪華な家位なら手に入る位の値段だ。しかし弾かれた珠の位置は相場の3/4の一になっていた。疑念が言葉となって表現してもおかしくない。
「はい。何故この様な・・・」
「実は最近息子がドラゴンの皮・・・どころか、鱗も骨も角も手に入るのだ」
「な・・・っ!」
渋々と訊ねる業者は驚きの声を思わず零してしまった。それもそのはず。相当な貴重な代物が売り手である人物の環境が、まさか手に入りやすい状況になっているとは思わなかったからだ。
「驚くのも無理もない」
貴族の男はまたそっと手を挙げて従者にある物を持ってこい、無言の指示する。指示通りに動いた従者は衣装箱を持ってきた。
そしてそのまま衣装箱を開けた。
「これがドラゴンの素材だ」
自慢げにそう言う貴族の男。
箱の中にあったのは確かに鱗や爪、骨、角が入っていた。それも1体分ではない。少なくとも2体以上もある。それを見た行商人の男はマジマジと見ていた。
「・・・・・」
マジマジと見ていくにつれて表情がどんどん険しくなっていく行商人の男は恐る恐るある事を訊ねた。
「失礼ですが、ご子息はどういった方法でこれを?」
そう尋ねる行商人の男の言葉に貴族の男は小さな声で「う~む」と呟き答え始めた。
「確かドラゴンの墓場と言うものがあるそうだな?」
「・・・ええ」
ドラゴンは死期が近づくと群れから離れ、「龍の墓場」もしくは「ドラゴンの墓場」と呼ばれる場所に行く。そこにはたくさんのドラゴンの骨や牙が転がっていて、年老いたドラゴンはそこで最期を迎える、という話だ。
「そこには大量にあるそうだからそこから手に入れてきていると言っておった」
自慢げに言う貴族の男に行商人は顔が真っ青になっていた。
「・・・ない」
「む?」
「これは・・・ドラゴンの素材じゃありません」
「・・・何?」
行商人が違和感を持ったのは「ドラゴンの墓場」から手に入れたと言うものだった。
ドラゴンの脱皮後の皮は比較的手に入りやすいのだがドラゴンの死体は見た事が無かった。
実は「ドラゴンの墓場」は存在しない。
これと同じ現象を一つ上げるとするならば「象の墓場」と言うものがある。こちらも同じく、そこにはたくさんの象の骨や牙が転がっていて、年老いた象はそこで最期を迎える、というものだ。
実は、この「象の墓場」は実際にはない。体長7m、体重6tにもなる巨体にも関わらず、サバンナで象の死体が全く目撃されなかった事から生まれた伝説である。象の寿命は70年程と言われており、そのため象が死ぬ事自体が珍しい。加えてサバンナではハイエナやハゲタカ等、死体を食べる動物が多くいる為、死んだ象は彼らによって瞬く間に骨だけになってしまう。やがて骨も風化し、全てが土に還る。その為、人間が象の死体を見る事はなかった。
これと同じようにドラゴンも人間よりも遥かに長生きする。その為、滅多に死体等見る事等無い。しかも例え死んだとしても死肉を漁る生き物の方が多くいるし、一番綺麗に出来るスライムは骨すらも残さずに食す。
卵から孵化して脱皮を繰り返して成長するドラゴンが人間に貴重な素材として与えられるのは卵の殻と脱皮の皮だけだ。それも入手困難な過酷な条件付き、でだ。
まさか偽物かと疑い始めた。
偽物ならば息子に問い詰めて、幽閉等の処罰を下す必要がある。同時に今まで売り捌いていた客達に頭を下げる必要もある。
しかし、行商人の口から出た答えは偽物の方が100万倍マシだった答えを口にした。
「これは・・・ドラゴニュートです」
「なっ・・・!」
ナーモ達がいる森よりも更にその奥。その場所は通常の木々の中に太古の大樹の若木と思われる巨木がチラチラ見かける地位先だった。
荷馬車があり、その馬車には大型の爬虫類の鱗や皮、骨、角、牙が丁寧に置かれていた。大きさからして3m程のドラゴンの様だった。
「これで何体目でございますか?坊ちゃま?」
朗らかな声でそう尋ねるのは冒険者の格好した男だった。その男は屈んで水の魔法で牙を洗っていた。
「これで4体目だ。暫くは我が領も落ち着いて暮らせると言うものだ」
そう答える男は冒険者の男から「坊ちゃま」と呼ばれていた。どうやらこの男が貴族の男の息子なのだろう。その証拠にその男の格好は妙に豪奢に着飾る様に武装していたからだ。
「ハハハ、違いございませんな」
そう言う男は最後の解体を終え得る所だった。
「さてと・・・これで解体作業は終わりました」
そう言って立ち上がり、解体したドラゴンの素材を場所を明け渡す様に移動して別の冒険者の男が来てその解体具合を覗いた。
「おお、流石に早いな」
感心そうにそう言う男は解体した男の方を見て「凄いな、お前」と言う目を向けた。
フフンと胸を張る男達をは余所に水の魔法で洗っていた男はその素材を洗い始めた。
「後は荷馬車に載せれば問題ございません」
その言葉に一同はウンと頷いた。どうやらこのドラゴンの素材を洗い終わったら今回の仕事は終わるようだ。その内の1人が視線をある物へと向けた。
「ところでこれ、何なんだ?」
そう疑問の言葉の意味は男の視線の先、土草で固めた衣服の様な物。実はこれこの爬虫類の様な生き物が来ていたのだ。
「さぁな。だが言える事はテイムの可能性はないな」
この男が言うのは正論に近かった。もしテイムしているのであればもう少しましなものを着させるだろう。それにこの仕留めた爬虫類の生き物の行動からして誰かに飼われていると追う事は無かった。だから野生動物であるとこの場の一同はそう判断したのだ。だから誰も反論する事も無く、ただ黙々と作業をしていた。
そんな彼らを更に森の奥の茂みから覗くモノがいた。
・・・・・
ジッと見つめるその目は爬虫類だった。目の大きさからして2m位の大きさだ。目はどことなく彼らの様子を終始見つめて次第に次第にと怒りの焔が燃え上がっていた。
タタタ…
見ていた目の主はそっと視線を切って茂みの奥深くへと潜り込む様に最奥へと向かって行った。
これがナーモ達がいる城壁都市の運命が大きく決まる事になるとはこの時誰も気が付かなかった。