284.抜けない剣
「あー!一つ一つ取るの面倒くさいー!」
大きな声で苦言を口にするニック。
「疲れるな・・・」
その言葉に遂に引き金となって心から搾り出た面倒臭さを言葉となって零すナーモは最後に溜息をつく。
そんなナーモに
「ナーモ」
ククが声を掛けてきて、隣にはココがいた。
「ん?」
ナーモは疲れ気味の顔をククとココの方へ向ける。
するとククは
「剣貸して」
と言った。
「は?」
何に使うとか以前に自分にとってメインウエポンで一つしかない様なものだ。おいそれとは渡せれる様な代物ではない。
流石にそう言うわけにはいかない上に、ククとココが何を使う気でいるのかすぐに分かった。
「あ、お前らそれで一気に薙いで取ろうとするつもりだろ?」
「うっ・・・」
図星。
それ故に呆れて溜息をつくナーモは貸さない理由を口にした。
「根も取らないとお金貰えないぞ?」
「えー・・・」
薬草は部位によって効果が違う。例えば重症の時は根っこ、軽症ならば茎といった具合で使い分ける事も多い。だから適当に薙いで手に入れようとするのはご法度だ。無論、手に入るはずの金も少なくなるか、全く無賃になるかのどちらかになるのは間違いない。
「それよりももっと多い所でも探してくれるか?・・・俺達が見える範囲で」
ナーモは溜息交じりにそう言った。
「わかったー!」
ククはそう言って手を挙げた。
「じゃあ剣貸して」
同時にココはササッと手を差し出して要求した。
「何で?」
目元を細めて歪ませて、訝しむナーモの疑問の言葉にココは
「薮を払う為でしょ?」
とさも当たり前かの様に言う。
どことなく上から目線に近いものだが、ナーモを納得させるには十分な理由を耳にした時
「ああ、そうか」
納得の言葉を漏らした。こんな我儘染みた要求も深くい理由であれば仕方がない。
「しょうがないか・・・」
ナーモは小さな溜息をついてそっと持っていた腰に下げていた剣を抜いてククに渡した。
「ありがとー」
長さこそ短いとは言え、それなりに重さがある。それなのにククはナーモの剣を軽々と持った。持ったククはココと見合わせてニコッと笑って剣を使う場所まで小走りに向かって行った。
「ちゃんと見える範囲でなー!」
「ちゃんと返せよー!ナーモが持っている剣は1振りしかないからなー!」
そんな様子の2人に念の為に注意の言葉を掛ける。
そんな様子の2人はナーモ達の方を振り向いて
「「はーい」」
と手を挙げて答えてそのまま小走りでその場所まで向かって行った。
その様子を見ていたナーモはそっと腰に下げていたもう一振りの剣を触れた。
「・・・・・」
それは霊剣だった。
その霊剣を見て何となくふと
(・・・そう言えば、俺が持っているこの霊剣を抜いた事が無いよな)
と思った。
確かにエーデル公国で手に入れてからほとんど使っていたのはククが持っていったあの剣だけだ。ちゃんと手入れをして常に綺麗にしていた。それ故に新品とまではいかないものの手入れの行き届いた愛着ある県という事だけは間違いなかった。
対してナーモ以外は見えない霊剣はどういう訳か何となく手入れする必要が無い様に感じてずっとそのままにしていた。
今回初めて自分の手元からメインウエポンの剣が離れて持っている霊剣に何となく意識を向ける様になったのだ。
そして霊剣の柄を持ちそのまま抜剣しようとした。
「!」
抜けなかった。
しかも微動だにせずにだ。
(何だ?何か引っ掛かっているのか!?)
そう考えたナーモは一旦は一息ついてからもう一度
「・・・抜けん」
抜けなかった。
ここまで抜ける気配がない事に流石に異常を感じたナーモ。
(しょうがない・・・取敢えずは慎重に抜くようにして行くか・・・)
今度は変に力を入れて刀身自体を折れない無い様に抜こうと考えたナーモは力の入れたかを考えようとしてもう一度挑戦しようとした時だった。
「きゃー!」
悲鳴が聞こえた。
ココの声で、2人が向かった先の方からだった。
「「「!?」」」
一斉に顔を上げてその勢いで立ち上がった。
「向こうからだ!」
ナーモがそう声を張り、全員はククとココが悲鳴上げている方へ急いで向かって行った。
「!?」
「こいつらは!?」
ククとココがやって来た場所には依頼にあった植物の群生地があった。だがククとココに周りにいたのはゴリラくらいの大きさの爬虫類らが複数いた。
シュー…
独特の呼吸音を鳴らしてやって来たナーモ達の方へと目を向けた。この光景と今まで「逸脱の民」の事を話していた事から思わず
「もしかして逸脱の民!?」
と判断した。
見た限りではゴリラくらいの大きさどころか、体格やほとんど仕草そのものがゴリラと似ている部分が多い。頭部と尾の部分、全身の皮膚が鱗といった部分がオオトカゲで体格仕草がゴリラその物だった。この事を考えれば類人猿の爬虫類版と言った所の様な姿だった。
それらが統率が取れた行動してククとココを取り囲んでいた。
ここまでの行動からしてオオカミや人間と言った群れで行動する生き物と相違なかった。
これらの点の事を踏まえてこの爬虫類ゴリラが「逸脱の民」の可能性も十分にある。
「だとしたら、かなりヤバいよ!」
確かに万が一この生き物が「逸脱の民」だとするのならかなり問題がある。
何故なら「逸脱の民」には手出しをしてはいけないからだ。
とは言えそうもいっていられない状況でもある。
「兎に角、ククとココを助けるよ!」
シーナの言葉を開始の合図の様に初動が素早く動かせる事が出来たナーモ達。
(とは言え、俺の剣はククとココに貸したまま・・・!)
前衛にナーモとシーナと言うか形で出たが、今のナーモは火力不足だ。剣をククに渡したままだからだ。
しかしそのお陰でククが振り回して爬虫類ゴリラは襲ってこなかった。寧ろ激しく振り回すから思う様に近寄る事が出来ずにククが疲れていく様子を待つしかなかった。
それが時間稼ぎに繋がってナーモ達が到着する事が出来たのだ。
(問題はどうやって助けるか・・・)
そう考えつつ、盾を構えて自分の身体を隠しつつ何かないかと腰の方に手を当てた時、自分には何があるのかをすぐに思い出した。
(そうだ!俺の霊剣を・・・!)
同時にすぐに霊剣を抜身にするべく強く引き抜こうとした。
だが・・・
グッ
「っ!?」
抜けなかったのだ。
(何で!?)
抜けずにいたナーモに爬虫類ゴリラは見逃さなかった。
「っ!」
ガリッ…!
一気に迫って来た1頭がナーモの盾に強く引っ掻いた。防ぐ事に成功してそのまま盾を表面を爬虫類ゴリラに当てる技、シールドバッシュを行った。
「このッ!」
ドガッ!
強く当てた事により
ッ!
爬虫類ゴリラは怯んで後退した。
シュー…
クルルル…
独特の息づかいと唸り声を上げながら相手の動きを窺う爬虫類ゴリラ達。
「ニック!俺が囮になるから・・・!」
抜けない霊剣に対して諦めをつけて囮と防衛に徹する事にしたナーモは更に前に出て盾を構えた。
「分かった!」
指示するナーモ言葉には最後まで言わなかった。言わなかったのに対してニックはナーモのせんとする事に理解して、察して行動に移した。同時に
「援護に回るわ!エリー!」
シーナと
「うん!」
エリーも動いた。
シーナはナーモより少し後ろから、エリーはニックよりも少し後ろ側に立ち回って援護に徹した。
パンッ!
トッ!
!
ニックが放った矢が爬虫類ゴリラの肩に命中し、ニックの方を見た。
あいつが矢を飛ばしてきたのか
そう判断した爬虫類ゴリラは地面につけていた両手の拳に力を入れて叩き潰そうと判断した。その時、少し後ろにいたエリーが更に先手を打った。
「アイスアロー!」
エリーの頭の位置の右側に60cm位の4本の氷の矢が浮かんで詠唱が終えたと同時に飛ばしてきた。
ヒュン…!
ザクッザクッ!
ギャウッ!?
4本中、2本の氷の矢が爬虫類ゴリラの肩と脇腹に刺さり、意外な攻撃に驚いていた。間髪を入れない様にして素早い攻勢を見ていた仲間の爬虫類ゴリラ達の1頭がニックとエリー目掛けて跳びかかってきた。
グアッ!
低空ながらそれなりの距離を一気に縮める位の早い跳びかかりにニックとエリーは対処が難しかった。だがそれは他に仲間がいなかった時の話だ。
パチンッ!
鋭い破裂音が聞こえたと同時に爬虫類ゴリラの背中に小さくも鋭い衝撃を感じた。その衝撃の正体はシーナの鞭だった。
ッ!?
何が起きたのかと思わずシーナの方へと気を取られてしまう跳びかかった爬虫類ゴリラ。
その瞬間を見逃さずに
「ニック!」
と合図するシーナの声にニックは
パンッ!
シーナの方へと向いていた爬虫類ゴリラの目を射抜いた。
ギャアッ!
柔らかい目を完全に貫き、激痛を感じた爬虫類ゴリラは思わず悲鳴を上げた。明らかに怯んでいる様子である射抜かれた爬虫類ゴリラに、仲間の様子に思わずオドオドとし始める他の爬虫類ゴリラ達を見たナーモはククとココの方を向いた。
「よしっ!クク、ココ!」
ナーモが合図をした時、爬虫類ゴリラ達は1頭としてもククとココには意識していなかった。その瞬間を見逃がさなかったククとココは
ダッ!
すぐに行動に移した。
ナーモ達に向かってスタートダッシュを切るかのように一気に
タタタッ!
ナーモの元まで駆け抜けた。その時に同時に貸していた剣を返した。
これでまともに戦う事が出来る。
そう言わんばかりに構えるナーモ。
シュー…
一気に形勢が変わった事に爬虫類ゴリラ達は一気に動かずにナーモ達の様子を見ていた。独特の呼吸音を鳴らして今の自分達の置かれている状況を確認したリーダー格と思われる爬虫類ゴリラが急に
クオン…クオン…
と遠鳴を始めた。
その様子を見ていたナーモ達はまさかと考えたその瞬間だった。
奥の茂みから
「!?」
ガサガサッ!
数頭の爬虫類ゴリラ達が現れた。
キャカカカカッ!
クカカカカカカカッ!
合流した事に報告するかのように鳴く爬虫類ゴリラ達。
「!」
「拙い・・・仲間を呼んでいたのか・・・」
形勢が更に変わった。仲間を呼んだ事により対処するのが更に難しくなったナーモ達は持っていた武具を握り直した。
「・・・・・」
グルルルルルル…
シュー…
お互いがお互いを睨み聞かせて牽制するも、状況としてはナーモ達の方が不利である事は変わりなかった。