273.鉄の巨獣
ドン!
ドン!
数百m離れても響く太鼓の音。
ザッザッザッザッザッザッ…
力強く歩く群れを成して歩いていく赤く和風の鎧を着こんだ兵士達が列に並び、長い槍と弓矢を持って足並み揃えて歩いていく。
「周囲警戒!列を乱すな!」
馬に乗った者、時代劇で所謂「侍大将」と呼ばれる身分の者が指示を出していた。当然、最前線にいるから戦況を見極める必要がある。
それ故に今ある武装と兵力でどのタイミングで切り替えるのかが重要になって来る。
「弓用意!」
ギリギリ…
敵軍、主に中世ヨーロッパの騎士や兵士達が前線に出ており、最前線の横一列は弓兵で臨んでいた。
真っ先に無力化を図るべくして、こちらの弓、所謂「鬼の強弓」で以てして応戦する事に決めた。
矢が少しでも遠くへと言わんばかりに鏃が弓持つ手擦れ擦れ迄一斉に弦を引いた。
「放て――!」
カカカカカンッ!
指揮官の強く張った声と共に強く引かれた弦が戻る時の衝撃が強い乾いた音となって辺りを響かせた。
「「「ワアアアアアアアアアアアアア…!」」」
射程圏内に入っていないからか、まさかこの時点、約200mで放ってくるとは思わなかったせいからか、驚きが混じった悲痛な叫び声が着弾地から聞こえてきた。
「ガッアアア・・・」
「フーッ、フーッ・・・」
鬼人族の兵士達から飛んでくる無数の矢の雨がまともに喰らった敵国の兵士達。
前線は崩壊。
飛んできた矢の威力が大きすぎて貫通して後方に控えていた兵士達にまで突き刺さっている者も少なからずいた。そうでなくとも流れ矢ですらも深々と刺さり、後方の兵士達の被害は甚大だった。
前線の弓兵達はほぼ壊滅、後ろにいた兵士達は戦意が喪失一歩手前。
明らかに怯んでいる。
そう判断した鬼人族の副官と思しき兵士が
「敵前線怯んでおりまする!」
と指揮官に伝える。
その言葉に頷いた指揮官は
「よし、長槍構えー!」
と采配を振った。
「突撃ーっ!」
指揮官の声に兵士達は一気に長槍を前に出して
「「「おおおおおおお―――っ!!!」」」
と強い喊声で応じ突撃を開始した。
この様子に更に後方に控えていた敵国の兵士達は戦々恐々をし始めてきた。
「やっぱり鬼共は強ぇーよ・・・!」
声に震えが見える兵士は一歩後ずさりする。
「俺は逃げる!」
「俺も!」
「あ、こら勝手に行くなよ!」
「馬鹿者ー!逃げるな!押せ押せ、押し返せ!」
喊声を上げる鬼人族の兵士達の気迫に押されて遂には逃亡を図りだす者が出始めた。そんな兵士達に気が付いた敵国の指揮官は逃亡を図る者達に檄を飛ばすも、無駄に終わる。
「「「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!」」」
逃げ出す兵士の数が戦いに向かう兵士達よりも上回ってまともに戦闘が出来なくなりつつあった。これは戦闘は不可能か、と判断した敵国の指揮官は小さな舌打ちをして
「っ、退けーっ!退けーっ!」
と命令を出した。
その言葉を聞いた副官や兵長クラスの者達は
「退却―!退却―!」
と自分の部下達に撤退命令を下した。
敵前にして背中を見せる敵国の兵士達を見た鬼人族の指揮官は
「追い打ちを掛けろー!」
と容赦のない命令を下した。
「「「おおおおおおおおおおおお!」」」
指揮官の言葉に応じた鬼人族の兵士達は突撃するスピードを更に加速した。
「追撃してくるぞ!」
勢いを増す鬼人族の兵士達に気が付いた敵国の兵士達は戦々恐々の度合いが更に上がり、心臓が縮こまってる位にまで恐怖心が込み上がった。そのせいなのか、自分の身体を少しでも軽くしようとしているのか、握っていた武器をそのまま手放してしまい、地面には盾や槍、弓矢が地面に落とされていた。
中には鎧の一部が落とされており、最早逃げる事に精一杯だった。
そんな自軍の様子に指揮官は仕方ないと考えて防衛ラインを引き下げる事にした。
本来ならここの判断であれば防衛ラインを引き下げる等悪手以外何でもない。何故なら鬼人族の勢いの事を考えれば防衛ラインを下げるのではなく撤退戦を考えるべきなのだ。
だがそうはせず、防衛ラインを下げる事にしたのだ。
この判断、何かこの現状をひっくり返す様な何かを持ち合わせているのだろう。
だからなのか
「丘を越えろ!丘を終えればあれがあるぞ!」
と声を張る指揮官。
するとこの言葉に何の疑問を抱かずに
「「「おおおおおお!」」」
と敵国の兵士達は応じた。
この様子からして一般兵ですらも周知しており、今の現状を打破できる位の強力な何かがある事を態度で示していた。
そんな彼らを見て、何かあると考えた鬼人族の指揮官は
「追い打ち止め―!弓矢構えよー!」
と指示を出した。
現状、敵国の兵士達は丘迄の距離がかなり近い。追い打ちで決定打を出す位の戦果を挙げる事が出来ない。となれば、ここで変に追い打ちを掛けるよりも長槍隊を下げさせて、主力を弓矢隊に変えて迎撃する方が良いと判断した。
ギリギリッ…!
指揮官の指示により、すぐに弦を引いた。
「まだだ!誰も放ってはならんぞ!」
敵国の「何か」はまだ見えていない。
まだ放つわけにはいかない。
だから矢を放たない事を念を押した。
キュラキュラキュラキュラ…
徐々に大きく聞こえてくる金属が軋む音。
ブォォォォォォォ…
聞いた事も無い独特の轟音と共に嗅いだ事の無い薬品の様な悪臭。
この世界の住人達であればこうした悪臭や轟音を嗅いだり聞いたりしてもすぐには何かという想像は出来ない。
だが、現代社会で生きてきた人間であればこれらの音が少なくとも重機の稼働音であるなという事に気が付くだろう。
「!」
丘向こうから「何か」の頭角を現し始めてきた。
キュラキュラキュラキュラ…
こうした戦場にて重機の様な機械特有の稼働音。この事からしてミリタリーものに詳しい人間であれば丘向こうからくる「何か」の正体はすぐに分かるだろう。
ギッ…
それは第二次世界大戦にてナチスドイツが誇る戦車VI号戦車ティーガーE型だった。
しかも、かなり使い込まれていた。
「放て!」
見た事が無い物体。
通常なら驚いて数秒程間を空いてしまう。だが指揮官はその間を空く事すらも許さず、すぐに攻撃指令を出したのだ。
パンッパンッ…!
弦を弾く鋭い音。
ヒュンッ…
一斉に飛んで行く無数の矢は戦車目掛けていた。1本の矢も外れる事が無い様にと強い意志感じさせる正確な狙い。
そんな矢が戦車に
カカカカッカカッカッ!
一斉に着弾した。
・・・・・・・・・・
当然ながら戦車に矢一つも刺さらなかった・・・訳では無かった。
「っ!?」
戦車の操縦席の小さな窓の装甲が薄い部分に突き刺さったのだ。実は矢の威力は意外にもかなり高い。
和弓による通常の矢でも厚さ4mm程度のフライパンの底ですらも突き刺さる。しかも鬼人族の弓は「鬼の強弓」だ。この事を考えれば少なくとも装甲の薄い部分であれば突き刺さる可能性も十分にある。
戦車の中に者達もまさか戦車の装甲板に矢が突き刺さる等微塵も思っていなかったのだ。
だが
「(突き刺さっておるが、大して効いておらん!)弦を引けー!」
そう、確かに突き刺さってはいるが、決定打となる様なものでは無かった。痛痒すらない戦車の砲塔の先は鬼人族の兵士達の方へと向けた。
ドゴンッ!
砲塔からオレンジの光が一瞬出たその瞬間
グバッ!
鬼人族のある部隊に被弾した。
「「「ワアアアアアアアアアアアアア!」」」
突然の事に、パニックに近い状態になる鬼人族の兵士達。
「グオオオオ・・・!」
「アアアア・・・」
腕が吹っ飛ばされて苦しむ者もいればそのまま吹っ飛ばされてしまい何が起きのか分からぬまま息絶える者もいた。
こうしたダメージを受けてしまった者は決して少なくなかった。
「何だ!?何が起きた!?」
指揮官すらも何が起きたのかも分からず、とにかく状況を見極めようと必死に打開策を考える。
だがそうこうしている間にも戦車の砲塔が別方向へ向けて
ドゴンッ!
と火が吹いた。
グバッ!
同時に地面が抉れる形で爆発し、鬼人族の兵士達は怯む。被弾する度に鬼人族の兵士達の内の誰かが吹っ飛ばされて深手を負う。
「法術の類か!?」
見た事も無い兵器。いや「兵器」すら認識できない位の代物。この世界においての科学、魔法によるものではないかとすぐに考えた指揮官。
そんな瞬間ですらも
ドゴンッ!
グバッ!
容赦なく撃ち、地面を抉らせていく。
そんな鉄の化け物への対処は分からない。
だがこのままのさばらせるわけにもいかない。
「構うな、放て!」
指揮官は一先ず弓矢で兎に角射り続ける事にした。効果が薄いとは言え、矢が明らかに刺さっていたのだ。当て続ければどうにかなるかもしれない。そう考えての指示だった。
しかし、そうはいかなかった。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ…!
砲撃をいったん止めて、正面に付いている車載の機関銃が火を噴いた。これは牽制しつつ前進する為の機関銃だ。
今回の戦闘でもその目的で使われた。
「ウオッ!」
「ギャアッ!」
次々と被弾していく鬼人族の兵士達。自分の胸や腹、腕、足といった部位に被弾してバタバタと倒れていく。
生きている者もいるが起き上がる事が出来ない者もそう少なくはなかった。
チュンッ…
「グッ・・・!」
遂には指揮官の二の腕に機関銃の弾丸がかすめた。思わず苦痛の声を漏らした指揮官はバタバタと倒れていく時運の兵士を見て、これhどうにかできる事ではないと判断し
「・・・!退けー!退けー!」
と撤退命令を出した。
その言葉に鬼人族の兵士達は前線で食い止めて後方にいる兵士達をと後退させていく、撤退戦を余儀なくされた。
そんな様子に気が付いた戦車は
シュ~…
機関銃による掃射を止めて砲撃を再開した。
ドゴンッ!
グバッ!
ドーン…
ドーン…
遠くの方から聞こえてくる砲撃音。
それを耳にし、自軍の様子を見て明らかに撤退する様子を見た自軍の総指揮を執る立場の者、所謂将軍クラスの者が目を細めた。
「前線が圧されておるな・・・」
そう呟き、小さな溜息をつく将軍にスッと立ち上がる者がいた。
立ち上がった事に気が付いた将軍は後ろの方へ向き
「出るか?カナラ」
と訊ねた。
そこに居たのは上半身は長手甲のみになって、黒の細めの袴に、鳶職が履いている様な地下足袋を連想させる位のごつい足袋と草履を履いて、腰には戦で何かしら必要になる小物を入れる為の革のポーチを下げ、そして極めつけは長刀を腰に下げたカナラだった。