271.彼の者をどう見るか
今月はお盆等、作者の都合により投稿頻度を下げる事になりました。
楽しみにされている方々には大変申し訳ございません。
ペースとしては1ヶ月に4話程になります。今後ともよろしくお願いいたします。
時刻は21時過ぎで、外は暗く静かな夜だった。聞こえてくるのは虫と思しき生物の声が聞こえていた。
食事を終え、シン達を退室させたカミコはカナラを呼びつけた。
呼びつけた理由はカナラも知っている。
報告。
それもシンに関する事柄だ。
カミコはその事について知りたくて仕合をしたカナラの報告を待っていたのだ。
この場にやって来たカナラは正座でカミコとの対面を臨んでいた。
「変わらず堅いのぅ、カナラ。もっと楽にせい」
この場に臨んで座っているカナラの様子がいつもの様な堅い雰囲気でいる事に少し呆れた言葉を投げかける。
「は、しかし・・・」
カナラにとって今回の報告はかなり真剣な物であろうと考えていた。実際、驚異的な脅威になるのかそれとも強力な協力者になるのかを確かめるべくして行った仕合の結果から分かった事。それを報告するべくして参ったのだ。
だがカミコは堅い雰囲気や姿勢を崩して望んでいた事に少し
カミコはその意を汲んで
「この場には帥と妾だけぞ。構わぬ、許す。」
と穏やかな口調で許しを言い渡した。
カナラはカミコの様子からして気軽で気楽な会話のつもりで報告をする事だと考え、変に堅くならず力を抜いた。
「・・・ではお言葉に甘えまして」
先程の声とは違って力を抜いた印象があり、柔らかくなった。
その声を聞いたカミコはニコリと笑った。
「して、カナラよ」
カミコがそう尋ねた時の声は穏やかだが、どことなく真剣な印象のある声で訊ねた。
「は、仕合を申し込んだ時、躊躇せず承諾しました」
カナラは少し頭を下げて報告をした。
「ほう・・・躊躇わなかったか」
カナラの報告に目を細めるカミコ。
「ええ。その上、拙者の突きにも対応できておられました」
「なんと!帥の突きをか!?」
更に続けるカナラの報告を耳にしたカミコは思わず目を大きく見開き、少し声を上げてしまった。
「は」
対してカナラは冷静に答える。
驚くカミコにカナラはシンとの仕合について更に詳しく説明した。
「・・・以上でございまする」
その説明を聞いたカミコは小さな声で「ふむ・・・」と零して閉じている扇子を口に当てた。
「そうか、取り上げる事は出来たのか・・・ふむ、初突きを対応できただけでも十分すぎる位の手練れか・・・」
カナラの実力の事を考えてシンの実力を改めて知り、背筋に冷たく細い流水が下へと伝っていくのを感じた。
だがカミコの感想にカナラは首を横に振った。
「それでございますが、実はそうでも無い様にも・・・」
カナラの言葉に眉間に皺を寄せて
「どういう事じゃ?」
と訊ねた。
「武器を取り上げたというのにも拘らず、未だに構えておられたのでございまする」
カナラの声は酷く重くて決して有耶無耶にしてはならないと、本能がそう告げてしまう様な声でそう答えた。そんなカナラにカミコは生唾を飲み込んで
「構えていた?」
とオウム返しに訊ねるとカナラは頷き返した。
「両手の力を抜いていました」
カナラのこの一言にカミコは小さく首を傾げた。
「妾はそう言った「武」の事について良くは知らぬが、力を抜いておるという事は観念したという事ではないのか?」
確かに力を抜くという行為はリラックスしていると言える。という事はシンが力を抜いていたという事はこれ以上攻撃する手段がなくなったから観念したと取れる行動に見える。
だがカミコの意見にはカナラは首を横に振った。
「確かに力を抜いて両腕を下ろしておられました」
カナラの言葉にカミコはだったら尚更と言わんばかりに
「では・・・」
と言おうとした。
だがカナラは言葉を遮る様に
「しかし、あれは明らかに「構えていた」・・・」
と重い言葉で答えた。
「・・・・・・」
思わず絶句するカミコに更に追い撃ちを掛けるかのように
「武に臨んでいた・・・!」
と更に重い言葉を吐いた。
「・・・・・」
絶句に近い沈黙するカミコ。
カミコの目に映っていたのは今までにない位に深刻そうな顔つきで報告するカナラだからだ。
この国で最も実力を持った武人はカミコの目の前にいるホンダ・カナラだからだ。今の今まで負け戦とされていた戦が幾度もなくひっくり返してきた人物だ。
そんな人物の口から出たのはシンは「脅威」と判断した言葉だった。
こんなカナラ見た事が無い。
そう言わんばかりの絶句だった。
「・・・恐らくでございますが、シンという男は武器を持っている拙者に対して戦うつもりでおられました。それも拙者に勝つつもりで」
続けて話すカナラにカミコは扇を開いて口元を隠して
「中々に面白い男じゃの」
と額に一滴の小さな汗を掻きながら答えた。
「面白い、でございますか・・・。言い得て妙やもしれませぬ。あのシンと言う青年、未だ見せぬ「何か」を持っている様に見えました・・・」
カナラの言葉にカミコは目元を細めた。
「ほぉ、ナオと同じじゃな」
「ナオも、でございまするか・・・」
カミコの言葉に「やはりか」と言わんばかりにそう答えるカナラ。対してカミコは小さく頷いた。
「ナオも異様な気配を感じておった」
その言葉にカナラも目元を細めた。
「・・・やはり、ただの来訪者ではござらぬのか・・・」
そう零すカナラに一度扇子を閉じるカミコ。
「かつて来訪者との一戦交えた帥からの目では「来訪者」と言い切れるか?」
そう尋ねるとカナラは小さな声で「うむ・・・」と唸ってから具体的に答えた。
「正直にお答え致しますと、「来訪者」と言うのは間違いございませんただ大きく違っていたのはシンという男は戦いに慣れている上に、底知れぬ「何か」が潜んでいるという事でございますな」
その言葉にカミコは目元を鋭く細めて扇子を開いて口元を隠した。
「・・・なれば、尚更この国に必要であるな」
実力なら確かだ。ならばそれ以外の問題はこの国の権力をもってしてどうにかなるだろう。
そう考えたカミコの呟きを耳にしたカナラはすぐに制止に入った。
「お言葉でございますがそれは得策ではないかと・・・」
「どういう事じゃ?」
その言葉にカミコは鋭い目をカナラの方へ向けた。
カミコは、これ程の好機を逃す様な事を進言するとはどういうつもりだ、とそう言わんばかりの視線を送っていた。
だがカナラは重く真剣な口調で答えた。
「まだ見せぬ「何か」が分からぬ以上、拙者一人で対応できるかどうも怪しい所でございます」
カナラの答えにカミコは小さな声で「むぅ…」と小さく零した。
「2人・・・であれば妾の守がおらぬな・・・」
カミコの言葉にカナラはコクリと頷いた。
この事についてはナオと同じ事を危惧していた。危惧していた事をカナラの場合は進言していた。
これはナオ自身がシンに対しての見解に自身が無かった為、この事に関して進言しなかった。だがカナラはその事を察してなのかそれとも単にカミコの身を案じて進言したのか、定かではない。
「それ故、拙者は早々簡単に入れるべきではござらぬと思い至りました」
身を案じての方だった。
それ故にカミコは一度扇子を閉じて
「ふむ・・・。ならば親しい客人として扱うが最良という訳か・・・」
唇辺りに当ててそう呟いた。
「は」
返事するカナラにカミコは扇子を頬に当てて、ジッと動かず、沈黙した。どうやら何か考えているようだった。
そんな間が10秒程経った時
「カナラよ、シンに軽くではあるが例の調査に参加してもらう事になっておる」
視線を改めてカナラの方へと向けた。
「は、では「逸脱の民」の紹介が必要であると」
カミコの意図を電話の様に伝わったかのように理解したカナラはそう答えた。
そしてカナラの答えに
「うむ」
と答えた。
間違いなかった。
だから
「拝承。早速手筈を・・・」
と言って立ち上がろうとした。
だが先に制止の言葉を入れるカミコ。
「いや、今すぐではない。それよりも少し昔話を聞きたくてな」
カミコがそう言った時、女中が徳利と何かしらの肴が乗っているお盆を持ってきた。
そんな光景にカナラは呆れて
「・・・・・また、でございまするか・・・」
と呟く様に言った。
この口振りからして、少なくとも2回目の話をするわけでは無い様だ。
そんなカナラに扇を開いて口元を隠して、クスクスと笑うカミコ。
「いつ聞いても面白いのでな。特に・・・」
同時に持っていた扇子を閉じた。
「帥が鉄の筒を携えた巨獣を操る来訪者との戦の話がのぅ」
ニヤリと笑いながらそう答えるカミコ。
そんな様子のカミコを見たカナラは小さな溜息をついて
「・・・拝承」
と答えて1本の徳利を手に取った。