270.どう思っておる
ジッとシンの方を見てカミコは続けて口を開いた。
「帥は戦が常の時代からやってきたのであろう?」
カミコのその言葉にシンは目を細めて下の方へ視線をやった。
「・・・そうだな」
ボソリ、と答えるシンの言葉にはどことなく哀愁や静寂さを感じさせるものだった。そんなシンの言葉にカミコは意を汲む様に呼吸を整えて
「ならばこの国の民となるのが適しておる」
と答えた。
「何故?」
訝しむ、怪しむといった感情はなくただ純粋な疑問でそう尋ねるシン。カミコは純粋な疑問に素直に答える。
「この国は戦こそ無いとは言え、あらゆる敵に脅かされておる。それこそギュウキの様な存在じゃ」
「・・・・・」
カミコの答えに黙って俯くシン。
確かにシンは戦いの中で身を置いていた。だからギュウキの様な化け物級の生物が生活圏の隣にいるこの国ならではシンのような人材が必要になる。
それ故にカミコはシンを勧誘したのだ。
「故に改めて問う。我が国の民にならぬか?」
カミコの改めて言う声には静かで穏やかだが、妙に力強さを感じさせるものだった。
その事から本当に自分の事を必要としているのだなと考えたシンは思わず黙って考え込んだ。
「・・・・・」
確かに自分は戦いの中で身を置いていた。この国では紛争と言った物こそないとは言え、常に化け物や開物と言った「生きた災害」が存在している。それ故にカミコが必要としている事は理解していた。
しかし、自分の存在はこの国はおろか世界を大きく変えさせる力を持っている。おいそれと頷いてしまえば当たり前の日常はもう二度と戻ってこなくなる。
だからシンは頭を横に振ったのだ。
「・・・そうか」
残念そうにそう答えるカミコ。
シンの沈黙と面立ちからして浅はかな考えで首を横に振ったわけでは無い、と言うのは理解していた。それ故にシンがこの国の住人にならなかった事に惜しく感じていたのだ。
「・・・そんな簡単にどことも知れない馬の骨を国民にするのか?」
確かにシンが言う事にも最もではある。今のオオキミ武国の立場と視点からすればシンは飽く迄も来訪者であるかもしれないからだ。シン自身が来訪者であるというのは認めていたが、怪しい発言もした。
それ故にカミコがこの国の国民にするのはどうかと考えたのだ。
「妾が欲しいと思うたからだけの事。時にシンよ」
「ん?」
サラッと答えた上に「それよりも」と言わんばかりに話題を変えるカミコにシンは思わず聞き返した。
「帥は冒険者ギルドの事をどう思っておる?」
さっきの事とこの質問で何か関係があるのかと疑問を持ちつつ、シンは正直に答え始めた。
「正直な所、俺は来訪者だ。ギルドはこの世界特有のものだから、常識と一つとしているなら俺はその常識を知らない。だから何とも言えない」
「・・・そうか」
シンの正直な答えにカミコは期待していた答えとは違っていたのか少し残念そうに答えた。
やはり仕方がないか。
そう言わんばかりに溜息をついていた時、続きの言葉をシンの口から出た。
「ただ・・・」
その言葉を聞いた時、シンの方へと向いた。
「違和感を感じる」
シンがそう言い切った時、耳にしたカミコは
「・・・そうか」
と少し安堵の様な腑に落ちた。
その様子を目にしたシンは
「ギルドがどうかしたのか?」
と訊ねた。
「・・・・・何でもない。それよりも帥らの今後について軽く話そうかと思うての」
首を振って
「今後?」
さっきのギルドの事について気になっていたが、近々の事の方がシンにとってはかなり重要だ。何故ならカミコの提案次第ではシンの行動が制限が掛けられるかもしれないからだ。
「今の時期、天候が荒れる時期に入っておる。それ故、大陸側の海上は酷く荒れる事の方が多い」
その事を聞いたシンは目を細めて
「という事はこの国からは・・・」
と恐る恐る訊ねると
「暫くの間出る事が出来ぬという事じゃ」
シンにとって良くない事を告げられた。
だから思わず
「マジかよ・・・」
と悪態の呟きを零した。
シンの態度にカミコはフッと笑って
「寝食についてはこちらが手配する。その代わりと言っては何じゃが、ある事を頼みたいのじゃ」
と話を進めた。
シンはやはりかと思い、カミコの言葉に耳を傾けた。
「ある事?」
カミコは頷いた。
「此度の件でギュウキがそれなりの知性があるという事を発見した。それ故、それなりの対処、上手くいけば戦う必要のない形で済むやもしれん」
そこまで耳にしたシンは目を細めて
「それを俺らにやれ、と?」
と訊ねる。
するとカミコは頭を横に振った。
「そうではない。帥達には違う事を言い渡す」
「?」
首を傾げるシン。
「ギュウキと同じく知性あるであろうとされる動物について調査をして欲しいのじゃ」
その事を聞いた瞬間、驚愕の色が胸の内で大きく染まった。
「!他にもそうした生き物がいるのか?」
「おる。少なくともそうではないかとされておるのが何種類もおる」
ギュウキ以外にそうした知性ある生物がいるとするなら、かなり脅威になりうる存在するという事になる。更に言えばギュウキの様に図体が大きいとすれば尚更だ。
こうした存在が他にも存在しており、未確認であれば調査する必要がある。
そこまで理解したシンはまだ腑に落ちない事を口にした。
「調査が必要なのは分かるが、何故俺達に調査を?」
カミコは扇をバラッと開いて口元を隠した。
「一つは帥がこの国の事はおろか、こうした知性がある生き物がいる事自体も知らなかったのであろう?」
その言葉を聞いたシンは目元を細めた。
「それを知るがてらに調査しろと?」
「うむ。そしてもう一つ、妾が帥達がこの国に残ってもらう様に直接働きかける事が出来るからじゃ」
カミコは頷きながら答えた。正直な話納得できる理由だ。
だがシンは先程のギルドの件と言い、そのギルドの話題をすぐに逸らして別の話題に変えようとするカミコの態度に自分を国民にする事と何か関係があると考えたシンは食らいつく様にして訊ねた。
「・・・何故そうまでして俺を・・・いや俺達を国民にしたいんだ?」
シンの問いにカミコは扇を閉じて閉じた扇の端を口元に当てて、小さな声で「ん~…」と漏らしながら考えていた。
「詳しくは言えぬが・・・」
そっと扇を降ろして見据えたような目でシンの方へ向けたカミコ。
その様子のカミコにサクラは口を挟んだ。
「大陸側に気を付けろ、でございますか?」
その言葉にカミコはコクリと頷いた。
「そうじゃ」
カミコの様子にシンは
「大陸側・・・?」
と訊ねた。
何かきな臭さを感じたシンの声には気迫があった。
「・・・今言えるのはそれだけじゃ」
カミコの答えにやはりきな臭い何かを感じ取ったシンはそれ以上訊ねる事も無く
「分かった」
とだけ答えた。
丁度その時、外から鐘の音が聞こえてきた。
「・・・ふむ。そろそろ夕餉の時じゃな」
音を聞いたカミコは今が夕食時である事に気が付いた。
「移動か?」
ここに来てほとんどが別室で食事を摂っていたから移動するものだと考えていたシンは話はここまでだろうと考えてそう尋ねる。
「いや、ここで良い」
頭を横に振ったカミコは
「重い話はこれまでとして、話を楽しもうぞ」
ニコーと笑ってそう答えた。
先程迄の重くて緊迫した空気とは打って変わった。
調査。
ギルド。
シンやサクラ達への国民勧誘。
大陸側。
単語一つ一つが妙に重くて決して見過ごしてはならない判断材料がそこかしこにある事にシンは酷く気になっていた。
だが今は何も言えないという事は極秘裏に動いており、何か確実な確証を得るまではこうした場ですらも迂闊に言えない状況である事だろうと、シンはそう汲み取った。
「そうだな・・・」
シンは一旦は保留にして一先ず夕食にありつこうと考えてそう答えたのだった。