266.申し込む
いつの間に、と言わんばかりにいた。
それ故かシンとサトリは目を大きくしていた。
「(俺は別として、サトリが気が付かなかったとは・・・)あなたは?」
実はシンは気配で誰かが来ていた事には気が付いていた。
だがまさか見ただけで只者ではない者がやって来たとは思わなかったのだ。
対してサトリは気配すらも感じなかった。だから目に映っただけで異常な威圧感を放つ存在がそこに存在していた事に酷く驚いていた。
だから呟く様な声で
「カナラ・・・」
と発した。
「カナラ・・・?」
その声を耳にしたシンはオウム返しに発する。当然この単語は名前だという事はすぐさまに頭に過った。
「拙者、ホンダ・カナラと申す者にてござる」
と容姿に合う様にして武士らしい厳かな声を発していた。だからなのか語尾に「ござる」と言う単語が出ていたのに違和感すら感じさせなかった。それ程にこのカナラと言う鬼人族の男から武官、いや武士らしい雰囲気を感じさせられたのだ。
とは言え、初めて聞く。
だからシンは「「ござる」を使う人、初めて見た」と思っていた。
「さっきの話に交わる気でも?」
立ち聞きした事について尋ねる。
「いやはや、さにあらず。先程の口を挟んじゃ事には詫びる」
首を横に振り、立ち聞きした事に対して謝罪の言葉を述べた。だが、こちらに話しかけてきたのは何か用があるはず。
「では何の?」
サトリがそう尋ねるとシンの方へ視線を向けた。
この視線からこれは自分に用があるのかと察した。
そしてそれは的を得ていた。
「シン殿に折り入って願い申したき事があり、ここに馳せ参じたのでござる」
その言葉を聞いて
「願い?」
目を細めてオウム返しに訊ねた。
コクリと頷いたカナラは一息を付けて真っ直ぐな目でシンの瞳を覗き込む様にして向けて
「仕合をしていただきたい」
と力強く、真剣な声でそう発した。
「何?」
シンは更に目を細めて眉間に皺を寄せた。
「!」
サトリはサトリの言葉を聞いた時、明らかに驚いていたアクションを取った。その様子を見たシンはどういう事かをサトリではなくカナラの方へ訊ねる。
「何の試合で?」
「お主が言っているのではござらぬぞ」
冗談めかしにそう尋ねるシンにカナラは真面目な物言いで答える。口調通り、真面目に「試合」ではなく「仕合」である事に小さな溜息をついた。
「・・・また試されているのか?」
「うむ。度々で申し訳ない。さぞ辟易としておるだろう」
ボソッと口から零れる様な物言いで訊ねるシンに少し頭を下げて謝罪するカナラに彼自身の本心ではないと考えたシン。
「全く持って」
「恐れ知らずだな」
ここまでの会話で物怖じしない姿勢のシン。カナラの目を見てどことなく今の今までの会話が試されているいるのかと考え、切り出し気味に答えようと考えた。
「そうでもありませんよ?何故なら・・・」
シンは今まで出さなかった殺気を少しだけ出して
「貴方が最も脅威に感じたから」
と答えた。
シンの殺気を感じ取ったカナラは目を細めて
「・・・ならば仕合は断るか?」
と低くドスの効いた声でそう尋ねる。
その上カナラからは殺気を出した。
「・・・・・」
「・・・・・」
お互い殺気を出し合い、いつでも動ける様に臨戦態勢を整えたシンとカナラ。
サトリは自分にこそ殺気を向けられていないとは言え、飛び火が振り掛かってこないとは限らない。だから臨戦態勢とはいかなくともいつでも防御が出来る様に整えた。
そんな膠着が2、3秒程、経った時、先に口を開いたのはシンだった。
「いえ、受けさせて頂きます。何も命を取るつもりでもないのでしょう?」
飽く迄もシンは試されている立場だ。命を取るという訳ではない。
これだけの理由というではないが殺気を納刀するかのように収めた。そんな殺気を収めたシンにカナラも殺気を収めた。癖なのか同時目を閉じる。
「その通りでござる。命までは取らん。だが・・・」
言葉尻にまたドスの効いた低い声を出し、名刀の様に目元を鋭くさせて
「手足の2、3本は失うかもしれんが」
と言い放った。
この言葉にシンは特にと言わんばかりに
「自分も手加減が出来そうにないかもしれません」
と返答した。
お互いがお互いに対抗意識を露わにしている様に見える。
「ふん・・・。案内する。ついて参れ」
カナラはそう答えてシンに背中を見せた。同時にシンには悟られない様に流し目で窺う。
(舌戦を冷静に対処するか・・・)
どうやら先程のやり取りもシンに対して試していた様だった。
そもそも舌戦と言うのは開戦直前にお互いの代表が戦場となる部隊のど真ん中で言葉を交わす形の戦いだ。
挑発のし合い、お互いの正当性、戦い方の最終確認等々のやり取りの中で壮絶な駆け引きを行われる。内容によっては自軍が戦勝としても、今後の外交で逆に相手に丸め込められる様な結果になる事も多くある。それこそ「負けが勝ち」と言う言葉通りになり兼ねない。
舌戦は如何に自分の感情をコントロールし、冷静にベストな落し処を考えつつ、結果的に自軍が有利になるかを考えなければならない。
切れる頭が無ければできない事だ。だから舌戦では代表者が自軍のトップか、ナンバー2、3が多いのだ。
つまり舌戦とは、最後の無血外交なのだ。
カナラはシンが舌戦において冷静な対処をしていた事に少し感心していた。
何故ならシン位の年の若者ならば、軽く挑発に乗ったり、先に手を出したり等するからまともな舌戦は期待できないからだ。
こうした理由でカナラはシンは少なくとも何かしらの経験を積んでこうした事に慣れているのだろうと考え、感心した。
(黒帯を外した時に思ったが、これは想像以上だったねぇ・・・)
サトリが目隠しの様につけていた黒い帯を外した時、内心戦慄した。
この時サトリの目に映っていたのは今まで見た事の無い光景だった。
先の見えない虚穴の様な得体の知れない異質で恐ろしき姿。ただ単にシンはカナラの方へ向いて話していただけのはずなのに、その姿が異様で恐ろしく感じたのだ。
(あの時のシンは、大人しかったという事か・・・)
少し振り返ればサトリとシンが初めて刃を交えた時、ただならない者を感じた。だが、初めて目でその姿を確認した時、その理由が本能的に理解できた。
そして、あの時自分もシンも本気で戦わなくて良かったと思った。言わずもがな、戦えば間違いなく只では済まなかったからだ。
同時に今までにない位に高揚感を心の奥底から噴き出すマグマの様に溢れてくるのを感じた。
(また試されているとすれば、気合入れていかなければならないな・・・)
シンはカナラを初めて目の当たりにした時、あの場で異様なまでに雰囲気が違う存在がそこに居た。
カナラもシンを初めて目の当たりにした時、あの場で場違いと言わんばかりに異質な存在がそこに居た。
だからカナラとシンと共通して感じた事。
(今まで会った中で此奴は最も脅威的だ・・・!)
お互い共通してこの場に起きた事。
それは今までにない位に緊張が走り、下手をすれば一触即発の危機だった。