264.身の振り方
集い事、報告会を終えたシンはすぐにヒロと面会出来る様に近くにいた仕官に申し立てた。すると案外すんなりと承諾し、ヒロが待機している部屋まで案内してくれたのだ。
「お久しぶりです、シンさん」
障子を開けるとヒロが座布団の上に座って寛いでいた。
「・・・・・」
ヒロの顔はどことなく憔悴しかけているような顔になっていた。その顔を見てシンは目元が少し細めた。
「うん、久しぶりだな。大丈夫か?」
なるべく気さくそうな声掛けして訊ねた。するとヒロはどことなく曇った顔になって
「・・・ええ、何とか」
とボソリと言わんばかりの答え方になっていた。
「・・・・・」
その様子を見たシンは何か確信を得た様なものを感じた。
「・・・正直、ヒロにとっては言いたくないかもしれないんだが、何があったのかを教えてくれないか?」
静かにどことなく向き合う覚悟を決めたかのような真剣な低い声でそう尋ねたシンの顔を見たヒロはコクリと頷いて
「・・・いいですよ」
と答えた。
そしてヒロは今までの経緯と自分が聞いた事、そして村の事をシンに話した。
ヒロの口からアワダ率いる第三警務隊の壊滅的な被害の上、アワダもゴンゾウ、村の者達、そして村そのものが地図から消えてしまった事をその耳で確認を取った。
正直あまり当たって欲しくない事実。だが今回のギュウキ事件で起きた場所の事を考えると薄々そうじゃないかと言う気がしていた。
だから「やはりか」と重い物が圧し掛かる様な物を感じながらの思いが出ていた。
「・・・そうか、もう帰る場所がないのか」
全てを聞いたシンは目を細めて静かに語り掛ける。ヒロはその言葉に
「はい・・・」
としんみりとした雰囲気でそう答えた。その空気を変えようと考えたのか、それともヒロの事が心配になってからなのかある事を訊ねた。
「これからどうするつもりなんだ?」
帰る家がない。
ヒロは見たところまだ子供だ。
そんな子供を雇ってくれるような職場があるのか?
そもそも住居は?
色々気になる事が多くあったシンの疑問と心配はヒロの返答で解消される。
「その辺は心配なさらないで下さい。実はこれからの事はカミコ様のお膝元に置かさせて頂く事になりました」
「つまりコウジョウ側が責任もって面倒を見る事になったって事か?」
少し意外だった事にオウム返しの様に訊ねるシンにヒロは苦笑気味に答えた。
「はい・・・。正直戸惑っています」
「・・・そうか」
子供が大人を安心させる様な言い方。
どことなく取り繕っているかの様な雰囲気。
無理をしていると判断したシンは何か言おうとした時
「大丈夫さ」
と別の人物の声が発した。
発した張本人はサトリだった。サトリはどうやら今回の事についてが気になったからかシンの後をつける形で来ていた。無論シンはサトリが後から付いて来る事を知っていたが、この国の出身だから気になっても仕方がないと考えて敢えて放っておいたのだ。
「今晩の布団はフカフカで明日の飯は豪勢であるのは間違いないからその辺は大丈夫さ。ただ毎日がせわしないのが宝に埃(この世界においての「玉に瑕」)だけどな」
空気を読まない様な飄飄とした口調でそう断言するサトリ。
「そうですか・・・」
サトリの言葉を聞いてそう静かに呟く様に答えるヒロ。
その様子を見たサトリは
「ああ、そうだ」
と声に出して何かを思い出した。
「?」
サトリの様子に微動に近い形で小首を傾げるヒロ。
そんなヒロに対してサトリは近付いてそっと腰を下ろしてヒロと同じ視線になる。
「もし何かしら務める事になったら、一人でいる時が少なる。だからいい場所を教えるよ」
「いい場所?」
その言葉を聞いて「微動の小首を傾げる」から明らかな「小首を傾げる」に変わった。
そんなヒロにサトリは普段の飄々とした口調ではなく穏やかな口調で語り掛けた。
「ここから見て向こう側の城郭の蔵はあまり使われていないらしいから一人でいたい時はそこに行くといい」
穏やかな声でそう語り掛けてくるサトリにヒロは少し戸惑い気味に
「・・・ありがとうございます」
と感謝の言葉を述べた。
そんなヒロの様子にサトリは穏やかな口調で
「・・・早速行くかい?」
と語り掛けてきた。
その言葉で何かに気が付いたヒロは
「あ、えーと・・・はい・・・」
と歯切れの悪そうに答えた。
その言葉を聞いたサトリは穏やかな口調に似合う様に穏やかな顔つきになって
「行ってきな。今の内の方がいい」
と何かを諭す様に語り掛けてきた。
その言葉を聞いたヒロは喉の奥から何か重いものが落ちて下に溜まった水の様な物が溢れてくる様な感覚になった。
「はい・・・では失礼します・・・っ」
眉間に皺を寄せて何か堪えてきていたものをもうこれまでと言わんばかりの振り絞った声でそう答えて待機していた部屋から飛び出していく様に部屋を後にした。
「この事はわっしが言っておくからゆっくりとしなよ~」
普段の飄飄とした声でそう見送りの言葉を送った。
その様子を見送る様に見守ったサトリにシンは声を掛けた。
「サトリ」
「ん?」
シンの方へ振り向くサトリ。
一息つく様な間を空けて
「助かったよ。あの時、そっとした方が良いだろうけど、どうすればいいのか今一つ分からなかったから」
と感謝の言葉を述べた。
シンは幾度もなくああした戦争や大きな事件、事変によって親しい間柄の人間が殺された被害者を見てきた。
だがいつだってかける言葉は見つからず、傍にいるか、見守る位しかできなかった。酷ければ罵詈雑言や拒絶の言葉を浴びせられた事もあった。実際ゲームという二次作品の中とは言え、シン自身も多くの人間を殺してきた立場の者だから。
仕方がないといえば仕方がないし、もう慣れている。
だがそれでもこうした空気はやはり重いものがあって好きではない。
そんなヒロにサトリは気に掛けてヒロが必要としている事を言葉にして声を掛けたのだ。ヒロには考える時間と整理する時間が必要だった。
何が必要で何を言えばいいのかはシン自身は知っているものの、自身の立場では言えた事では無かった。サトリの言葉には何かシンが必要としているものを持っている様に感じた。
だから感謝の言葉を送ったのだ。
「気にせんで、良い良い。あ、あとそれから・・・」
ヒラヒラと手を振り、飄飄として言葉でそう答えるサトリの次の言葉には強く決して進ませる事を許さない真摯で重い声で
「謝るなよ?」
と語った。
「!」
シンはその言葉に思わず驚いた。実際機会を窺ってヒロに謝罪をしようと考えていたからだ。
何故謝罪してはならないのかを訊ねようとした時先にサトリが口を開いた。
「今回の事件は普段日常生活では少し珍しい程度の出来事だ。ああして集落が一つ消えるという話はそんなに珍しい事ではないよ」
「・・・・・」
ありきたりな言葉だというのに、この国出身だからこそ言える事だろうか、妙に説得力があった。その上、戦争慣れやこの国日常茶飯事事情、といったハードな経験則からより言葉の重さとすとんと落ちる様な物を感じさせる言葉だった。
だからシンはその言葉に素直に従う事にした。
「・・・わっし達に出来る事なんて限られている。気を張り過ぎて謝るという事だけはするなよ?」
「分かった」
コクリと首を縦に振ったシン。
更に重い言葉を口にしたサトリはどことなく寂しさを感じさせるものがあり、改めてこの国の常識と大陸、そして自分の常識とは違うという事を思い知らされた。
やはり出身国の言う事は違うな・・・とか考えているとふと気が付いた事があった。
「あ、そう言えば、ここの事、詳しい様だな?」
ここコウジョウでは簡単に言えば政府重要機関として存在する。一般人では簡単には入る事が出来ない。寧ろ一生入る事すらできない様な場所だ。
そうであるにも関わらず、すぐさまスラスラとヒロを一人で居させる場所を詳細に教える事が出来た。という事はサトリはコウジョウ側の人間だった可能性がある。
「ああ、昔少しだけ居た事があったからね」
事実だったようだ。
しかも隠す事もせずサラッとコウジョウ側に居た事を告白した。今までの様子からして隠しているようにも見えたから少し意外だった事にシンは少し目を大きく開く。同時にシンの脳裏に何か閃く様な物を感じた。
「そうか。ついでにもう一つ聞きたい事があるんだがいいか?」
「・・・・・」
どことなくシンが何を知ろうとしているのかを察しているからこその沈黙だった。この沈黙で確信を感じたシンは確認する様に
「その目とここに居た事と何か関係があるのか?」
と訊ねた。
「・・・・・」
サトリは数秒程沈黙の間を置いて
「誤魔化せないか・・・」
と呟き、両目に巻いていた黒い帯を解いた。