262.上かどうかは
時刻は夜中の9時過ぎになっていた。
暗く広い奥座敷。その奥座敷には簾があり、更にその奥の簾の先には行灯なのか和式ランプなのか灯りのお陰で誰かがいるのがわ分かる。
「楽しかったか?ナオよ」
艶っぽいが、「気品がある」だけでは表現力に欠ける程の高貴な雰囲気を出しており、決して誘っているわけでは無い事が窺えて、その声を聞けば思わず守ってあげたくなるような甘え上手で得な性分がある不思議な声。
カミコの声だった。
この奥座敷はどうやらカミコにとって主に使用する為の部屋のようだ。
「ええ、とても充実しておりました」
カミコから見て簾向こうにいる謁見に来ていたのはナオだった。ナオは久しぶりに親しい友人と話せてウキウキしたような気分でそう答えた。
その言葉を聞いたカミコは小さな溜息をついて
「ナオが充実しておるのは「戦い」であろう?」
と手間のかかる子供に対する様な少し呆れ気味で言い放った。
ナオがクスクスと笑いながら
「そうでした」
僅かにお茶らけが入った様な物言いでそう答えたナオ。
それに釣られてなのかお互いカラカラと笑い合っった。
だがその数秒後、カミコがピタリと時を止めたかの様に笑うのを止めた。
「して・・・シンはどうであった?」
そう尋ねた時のカミコはバサリと扇を開けて自分の口元を隠して、目を凝らす様に目を細めてそう尋ねた。
「はい。確かに私の見立てではほぼ間違いなく日本人だと思われます」
カミコの問いにカwらない口調でそう答えるナオは迷いがなかった。その事にナオは疑問を持たず、他に何かないかと訊ねた。
「ふむ。他に感じた事はあるか?」
その問いにナオは少し整理するかのように僅かに間を置いてから答え始めた。
「あの方、「できる」所の話ではございませんでした」
変わらない口調だが、赤の他人ですらその言葉には決して軽んじてはならない説得力のある不思議な言葉だった。
その答えを聞いたカミコは更に目を細めてそっと物を置く様な声で訊ねた。
「・・・カナラよりもか?」
カナラ。
人の名前でかなりの力量を持っている様だ。
しかもシンが現状オオキミで最も力量が大きく危険性がある者として把握している中でナオがトップだった。
その事を考えれば恐らくナオよりも実力が上である事が窺える。
「少なくとも隠している「何か」を除けばカナラ様の方が上でございましょう」
ナオのはなった単語、「何か」。
その単語を耳にしたカミコは目を鋭く細めた。
「という事は隠している「何か」を現せばカナラよりも上か・・・?」
単純な力比べならカナラよりも上であれば、シンへの見方が大きく変わってくる。それこそ味方に付ければこの国はおろか世界すらも大きく左右される様な存在になる。ナオの意見とシンの「何か」を認識する事になるまではカミコの決断はこの世界を大きく変える事になるだろう。
ナオは首を横に振った。
「そこまでは分かりません。ただあのカナラ様の事でございますので、状況によればカナラ様の方が上の可能性が十分にあります」
シンが現状知っている限りで最も強いはずのナオでこうした意見だ。カナラの実力がほぼ確実に上である事は間違いなかった。
「要は、状況次第ではシンが上ともカナラが上とも言えるのだな?」
しかも状況次第ではシンよりも上の可能性もあった。
カミコはこうした可能性がある限りではシンをそのまま引き込む事に増々関心が強くなっていく。単純に力量ではカナラよりも上である可能性があるなら尚の事。
だがカミコのこうした考えは実は少々誤解がある。
単純な強さと言う点で見ているカミコはこうした考えで決断しようとしているが、ナオの場合は違っていた。
「はい」
返事が「はい」と答えたナオの場合は「強い」と「殺せる」は別の話と考えている。
例えば「人に見つかり難く」、「人の手をいとも簡単に回避できる」という「とんでもないスズメバチ」がいたとする。何十倍も大きい人を2回させば殺せる毒を持っていればとんでもないスズメバチ」は確実に人を殺す事が出来る。
しかし、この場合は「人」と「とんでもないスズメバチ」を比較して「とんでもないスズメバチ」の方が強いという話ではないし、同じ時間軸に生きている「同じサイズの捕食生物」に襲われれば苦戦するか、アッサリと命を落とすかもしれない。しかも「同じサイズの捕食生物」は「人」にとって脅威ではない。
つまりナオの見解ではこういう事だ。
大きな群れで動く「オオキミ武国」。その一員として「カナラ」と「ナオ」が存在する。
異常な個人の「シン」。まだ見せぬ「何か」を持つ。
シンの「何か」と言うものが分からない。それが「オオキミ武国」を殺す事になり兼ねないものを持っているとするならば、かなりの脅威だ。だが、「カナラ」と「ナオ」のどちらかがどうにかできる相手なら取り入れても問題ない。何故なら「オオキミ武国」を殺す事が出来るという事は「他国」をも殺す事が出来るからだ。
しかし、「カナラ」と「ナオ」のどちらかでなければならない。2人でなければシンを押さえる事が出来なければ他の面、例えばカミコの事で何かあった時等でどちらかが動かなければならない事になれば、一人離れる事になる。当然シンを押さえる事が出来ない。
だからナオはカミコのこうした見方と考えの事を理解している為、素直で正直、尚且つ妙な決断を下さない様に心掛けて返答をしていた。その為、シンがこの国に取り入れる事に関しては慎重なのだ。
「見立てが当たっているとすれば、想像以上じゃの」
言葉始めに小さな唸り語を上げつつ、そう呟くカミコ。
「ええ」
ナオは変わらない口調。だがカミコはナオが信用に考えている事を察している。一先ずシンの事についてここで深く考えてもまだ分からない事の方が多い為、一旦別の話題に変える事にしたカミコは頭に過ったのはサクラだった。
「・・・ふむ、サクラ王女はどうであった?」
「カミコ様、サクラ公爵当主でございます」
カミコの見解で思わず、失言をしてしまう。
ナオは変わらない口調で正す様に言った。
この場にサクラと言った他国の来賓であれば国際問題になってもおかしくない。
プライベートタイムでプライベートスペースでの発言で助かった。
「そうであったな。して・・・」
反省しつつ、ナオの見解を尋ねるカミコ。
「は、確かに見立てでは身体的な能力は低いとは思われますが、技量、特に魔法によるものが中々のものかと・・・」
そん言葉を聞いて少し意外だった事に目を少し大きくするカミコ。
「実際に目にしたわけでは無いのじゃな」
確かにナオは実際にサクラの能力や力量を計ったわけでも見たわけでも無い。だが
「はい。・・・あ、いえ」
何か言い澱む様にするナオ。まるで頭の中で何かが過ったかの様な。
「む?」
見逃さなかったカミコはナオの様子に何か気がかりがあると見て、短く反応の時の声で「続けよ」と合図する様に訊ねた。
察したナオはすぐに答えた。
「魔法かどうかまでは分かりませんが、シン様の服の裾に白くて細い糸が・・・」
「糸?」
糸ならばどこの家庭、それこそこの城にも家蜘蛛が存在するからその意図とも考えられる。大方移動している最中、シンが蜘蛛の巣にでも引っ掛かったのだろう。そう考えてもおかしくない。
だがナオはそうではなかった。
「はい。それに気が付いた時は蜘蛛の糸か何かだと思いましたが、今にして思えばサクラ様が談笑の場まで来られたのはそれと何か関係があるのかと・・・」
「糸で手繰って来た、と?」
ナオの言葉で考えられる可能性をカミコが示唆する。だがナオは
「かもしれませんが、生憎私、それ程までに魔法の方は詳しくございません」
頭を横に振った。
こればかりは仕方がない。
「そうか・・・」
少し残念そうに言うカミコ。こちらも力量が測れなかったからだ。
そんなカミコにナオはサクラの評価を続ける。
「サクラ様はまだお若い。故に力量は未だ・・・であるではございますが、少なくともこの国で十分すぎる位に通じるかと・・・」
確かに、今回のギュウキの件ではサクラも大きく大きく関わっている。だからこの国で生きていくに当たっては通用しないという事は考えにくい。
恐らく相当な実力の持ち主であると推測するナオ。
「ほぉ・・・それほどまでに、か・・・」
サクラの方へと関心を引いたカミコ。と言うよりも元からサクラの事に対して前々から関心があった。それだけに関心が強くなったのだ。
「はい」
そう返事したナオにカミコは
「ふん・・・」
そう声を漏らして間を設けた。恐らく考え事しているのだろう。
「如何なされますか?」
ナオが変わらない口調でそう尋ねるとカミコはピシャリと扇を閉じて
「知れた事。引き込め」
と真摯な口調で言い切った。
ナオは躊躇する要素が無かったから
「はい」
と素直に返事をした。
一先ず様子見で動くが、ベストな目標はシンとサクラを引き込む事。
主導権は勿論オオキミ武国、カミコにある事。
これを大成として動く事に決断を下した。