254.最後も消えた
ザザァ~
ザザァ~
暗い暗闇の中、聞こえてくるのは大会の静かな波。
唯一の光こそ夜空に大きく光る大きな満月のみ。この満月のお陰で松明が見えなくとも手元が見える。
だからなのか甲板上で話す者達の手にはある書物を堂々と読んでいた。
「・・・これは余り当てにならんな」
眉間に皺を寄せてそう苦言を零す男は50代の男でロウ達と同じ格好をしていた。
「全くだ。いくらこの国の怪物の事が書かれているからと言っても、具体的な事は流石には分からない様だ」
そう答える男は40代でこちらも同じロウ達と同じ格好をしていた。
そして2人の声には震えてどことなく焦燥感が窺えた。
彼らが持っていたのはついぞこの前、盗難に遭ったオオキミの生き物について書かれているあの書物だった。
彼らが所有しているという事はどうやら彼ら、この船の連中が盗んだ事に間違いない。
組織的な活動している彼らは武装している。だが一つ違っていたのはロウとは違う組織であるという事だ。何故なら今こうした状況でロウの弟子の様に勇み足を出すような真似をせず、統率がとれているからだ。
また、彼らの動きの一つ一つが妙に統率がとれている事から彼らは兵士ではないかと勘のいい者であればすぐにそう推察するだろう。
「態々あのジジイに合わせてこんな格好して、苦労してこの書物を手に入れて、実践したら命辛々ってか?ふざけんな!」
ロウの事を思い出しのだろうか、激昂する男は顔を真っ赤にしていた。それに対してもう一人の男は冷静な口調で諭していた。
「俺達は西側の為にと思って志願した事だ。お前だってそうだろ?覚悟を決めてここまでやって来たんだ・・・」
その言葉に男は首を横に振って違うと男にジェスチャーを送った。
「その事で文句はない。文句が言いたいのはあのジジイが勝手に動いて事の進行を早めて、こちらの思惑が丸潰れだ!」
その言葉に共感した諭した男はウンウンと頷いた。
実際ロウの行動は自分の強さを誇示する為だけに動いていた。その為なら平気で命令や連携を無視していた。これのせいで彼らの目的が果たせなかった節が大きい。
「・・・じゃあ死人に文句でもいうのか?」
だが今こうした文句を言っても意味がない上に、ロウは死人だ。本当に意味がない。
「・・・っ!」
正論だ。
彼らはロウの死に様を目の当たりにしていた。
だからこれ以上何か言う事はせず、口を噤んだ。
「目の前にいたら文句どころか拳の一発顔面一発お見舞いしたい所だ。だがそれよりも俺達が・・・せめてこの書物を本国に持って帰る方法を見つけなければ・・・」
諭す様に言う男の言葉に
「・・・すまん、熱くなった」
熱くなっていた男は頭を冷やして、落ち着いた事を伝えた。今の熱くなっていた男の様子を見た諭していた男は
「いや、いい・・・」
と冷静に答えた。
どうやら彼らはロウ達はと違う組織の者達だ。
彼らの計画では自分達がオオキミで必要としていた物、オオキミで生息している生き物ついて書かれた書物とそれらを操る術についての書物を手に入れて本国に持ち帰る事だった。理由は当然軍事拡張だ。
それを手に入れた後、ロウ達に軍事行動をけしかけて自分達はそのまま本国へと持ち帰るという事だった。ロウ達にはオオキミで一部の土地を手に入れる事に協力すれば、「故郷」を取り戻す為に手を貸そうという条件の下で動いていたのだ。
だがロウ自身の目的は全く持って違っていたが・・・。
そんなやり取りをしている彼らとは余所に周り警戒する為に動いている者達は挙動不審一歩手前になっていた。
「おい・・・」
周りをキョロキョロと見渡しながら近くにいたもう一人の船員に訊ねてきた船員。
もう一人の船員はその場が持ち場なのかその場から動かず周りを警戒していた。
「この近くにはギュウキはいない」
そう答える船員の声には怯えの色が隠せないでいた。その言葉を聞いた訊ねてきた船員は思わず
「ホントか?」
と訊ねた。
その言葉に持ち場の船員は
「見る限りでは・・・」
と自信のない答えを口にした。
その言葉を聞いた船員はそれ以上聞いても無駄と言わんばかりにその場を後にして自分の持ち場の方へ向かって行った。
こうした空気はこの船全体に広がっていた。
明らかに船員全員が怯えている。
当然だろう。
彼らはロウがどうなったのかを知っていたからだ。
実はロウがいた船団とはかなり離れて先行していたのだ。当時、遠くからロウ達がいる船団の様子を窺っていた所、夥しい数の影に囲まれてあっと言う間に蹂躙劇が始まった。かなり距離があった事と、救助できる可能性がゼロに近いという事もあり、助けずその場から去ったのだ。
だが明らかに船の形も自分達の格好が同じである。ギュウキが知能が高い事を考えると襲われる可能性は十分にある。
だから周りに何も無い平和な静かな海だというのに見張りを立てて、寝ずの番をしていた。周りの様子を見ている見張りは半ば血眼になっていた。いつ襲われてもおかしくない事を理解していたからだ。
そんな中、立場のある者なのかその者はびくびくしていた。だからそれを紛らわす為に酒を煽って、書物の話をしていた。
ヒュ~…
海風が穏やかに吹いて来る。
「「・・・・・」」
その船に乗っている者全員がその音ですら不気味に感じていた。お陰でその瞬間だけ物音一つ建てる事すらできない静かな船になった。
今この近くにベッドと毛布があるのであればそのまま頭まで潜り込んで「自分はここにいない」と暗示の様に呟いて震えていたい。
だがここは大海原のど真ん中。
その上ベッドもない。
立場の無い者はただ只管その恐怖に耐えるしか他なかった。
「・・・・・」
何事もなかった事を確認した船員達は一息ついて再び当たりの警戒を再開した。
立場ある人間は今後の方針について話をしようと考えて口を開こうとした時だった。
「船長!隊長!」
どうやら甲板上にいた立場がありそうな者達の身分は今言った通りの身分の者達の様だった。
慌ててきた者は2人よりも立場が低い者のようだ。
「どうした?」
そう声を掛けると
「船が一向に進んでおりません!」
その言葉を聞いた2人は夜空を仰ぐようにして上を見た。
「風が吹いていない・・・事は無いか」
風は吹いている。更に言えば船がかなリンボ速度で進む程の風量だ。
明らかに変だ。
一体どういう事なのかと考えて何か言葉を口にしようとした時、報告沁みきた物が今の状況に更に不安を増やす言葉を口にした。
「はい。それから舵も動きません・・・!」
その言葉を聞いた時、一気に不安が襲い掛かって来て
「舵も?」
と訊ねた。
十分な風が吹いているのに進まない。
壊れ散るわけでも無く舵も動かない。
「一体これはどういう・・・」
思わずそう呟こうとした時
ギギギギギギ…
船全体が大きく軋む音が聞こえてくる。
船全体という事は船員全員がその音を耳にした。当然一気にその不安が走って空気が凍り付いた。
「まさか・・・」
船が軋む音を聞いた船長は過って欲しくない物が過って、その言葉を口にした瞬間の事だった。
ザバァッドボンッ…
一瞬。
本当に一瞬の出来事だった。
動かなくなった船の側面にいきなり巨大な黒い手が現れてそのまま海底に引きずり込んでいったのだ。
余りの一瞬の出来事に誰一人として何もできずにそのまま海の底へと誘われていった。
そして海面に浮かび上がってきた残骸は木片のみだった。