251.仕返し
岩が砕ける音や何かを吐き出す様な音等の戦闘音が聞こえなくなっても、少しの間だけ殺伐とした空気が漂っていた。
だがそれも、漸く終わって今では元の静かな海で岩に波打ち音と少し強い海風が聞こえてくる程度となって元の海に戻った事を示していた。
その事を確認したシンとサクラ、アルバは全身に張った緊張の糸を緩めた。
「終わったよ・・・」
サクラがそう言うとシンは静かに
「うん」
と答えた。
この時のサクラは緊張の糸は緩んでいた。その証拠に声には緊張で固い感じのある張り詰めた者ではなくなっていたからだ。
「お嬢様ー!シン様ー!只今より、壁を元の形に戻しますので動かないで下さいませー!」
アルバがそう言うとサクラとシンは頷いた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!
大きな轟音と共に壁が地面に沈んでいくように元に戻っていく。
「あ・・・」
この時、サクラの目に映ったのは海原に浮かぶギュウキの頭だった。更に言えば目をこちらの方へ向けており、こちらをジッと見ていた。
・・・・・
異様な光景ではあるものの、その目からは決して悪意や殺意と言った物は無く、ただ只管こちらの様子を窺っている様に見えた。
「「・・・・・」」
シンもサクラも睨み返す、という訳ではないが見返す様に見ていた。
お互いが見合う事数秒ほど経った時
ブォォォォォォォォォォォ…
静かに唸り声を上げるギュウキは徐に沈む様に潜っていった。
「・・・シン、貴様はどう思った?」
「分からない。ただ一つ言えるのは俺達の事敵と思っていないというのは確かだ」
「・・・そうだな。それだけは間違いない」
(ワタシにはどことなく悲しそうな「ありがとう」言う言葉の様に聞こえたな・・・)
(・・・敵意はない。脅威は去ったというのは間違いない。だが不思議と虚しさを感じるものがある)
「ボス、ギュウキの群れは、例の帆船を追いかけていった様だ。一匹たりとも町に近付いていないぜ」
「うん・・・」
シンは風が浚ってしまうかの様な小さな声でそう答えた。
船のある一室で失った右腕の治療を受けていたロウは左腕で船の壁に思いきりぶつけた。
ドンッ!
「クソッ!」
ロウは今までの自分の戦闘で思うようにいかなかった事に対するイラつきを物に、壁にぶつけたのだ。そのお陰で壁はぶち破られていた。
今まで「勝って当たり前」だったのに、今までにない位の敗北の苦渋を味わせられたのだ。
顔を酷く赤く、フ~フ~と息づかいを荒くさせていた。その様子を見ていた治療に当たっていた弟子が
「師父、御体に障ります」
と物に当たる事を止めさせるように促した。そんな弟子にロウはギラッと眼光を光らせて
ドボッ!
「かはっ・・・!」
弟子の腹を蹴った。蹴られた弟子はその場で腹に手を当てて蹲った。
「黙れっ・・・!弟子の分際でっ・・・!」
激昂寸前のロウの言葉に誰でも良いから破壊したい殺したいと言わんばかりのものを感じさせた。
弟子は慌てて
「も、申し訳ございません!」
と蹲っていた姿勢からそのまま頭を下げて謝罪の言葉を述べた。
「チッ・・・!」
取敢えず謝った弟子を殺さない事にはなったものの決して怒りが引かなかった。
「許さぬぞ・・・ここまでこのアタシを虚仮にするとはネェ・・・!」
ブツブツと呟くロウの顔は更に赤くなり、その上頭に過るのはサトリとシン、サクラの姿だった。彼らの姿に更にイラつきを覚えて恨み言を口にする。
「青二才共が・・・!次会った時は確実な死を・・・っ!?」
与える。
と言おうとした時
ドンッ…!
船が軽く揺れる位の衝撃をロウだけでなく弟子達、船員全員が感じた。
「何事だ!?」
ロウはイラつきのボルテージが増えて、声にそれを窺わせる。
「師父!」
弟子2人が部屋に入って来た。
「これは何だ!?」
ロウがイラつきをぶつけるように尋ねると
「ギュウキです!」
「ギュウキの群れがこの船団を囲んでおります!」
弟子の言葉を聞いたロウは
「な、何だと!?」
と声を上げて急いで甲板の上に上がっていった。
「・・・っ!?」
ロウの目に映った光景は異様なものだった。
・・・・・・・・・
ロウ達の船団を取り囲むギュウキの群れは海面からギョロリとした目で船団を睨み付ける様に見ていた。この異様な光景に弟子達は思わず怖気づき、誰も何も声を発せず、アクションも起こさなかった。そしてロウも同じ様になっていた。
今のこの事態に弟子の一人が頭に近付いて
「師父、どうなされますか?」
と指示を仰いだ。
その言葉にハッと我に返ったロウは今の自分の状態をすぐに理解して憤慨の波が腹の底から湧き上がってきた。
そしてその憤慨が誰にでもいいからと言わんばかりに指示を仰いできた弟子に対して
「・・・お前、何と?」
ギラッとした目で睨んだロウ。
その様子に思わず
「え?」
と素っ頓狂な声を出したと同時に
ドゴッ!
「ゲボッ!」
怒りをぶつけた。
弟子の腹に思いきり蹴りを入れるロウのの目は酷く血走っていた。
「どうするだと?戦うにきまってんじゃねぇか!ナメてんのか!?弟子の分際で!」
叱責にもならない罵声を浴びせるロウの言葉に蹴られた弟子は怯えた様子で蹲る形で土下座に近い体勢になり
「も、申し訳ございません・・・」
をその言葉に必死さを強く伺わせる謝罪をした。
それを聞いて溜飲が少し下がったのかロウは蹴った弟子への視線を切って今度は動かなくなった船団に乗っている弟子達全員に向けて激にもならない罵声を口にし始めた。
「テメェら、何怖気づいてんだ!」
その言葉に弟子達は思わず体が固まってしまう。そんな様子の弟子達を余所にロウは変わらず荒げた声で罵声としかいい切れない叱責の言葉を続けた。
「何の為におどれらを育てたんだと思ってんだっ!?」
その言葉に弟子達は思わず、ビクッと体を震わせた。その様子を見たロウは今度は蹴った弟子の方へ向いて
「次につまらん事をぬかせば生半可な罰で済むと思うなよっ!」
と吐き捨てた。
弟子は謝罪の姿勢を更に深々と頭を下げる形をとる姿勢になり、身体に小刻みに震えていた。
ロウは船団の弟子達の方へ向いて
「サッサと臨戦態勢を取れ!そして死ねっ!」
と啖呵を切るロウ。
その言葉を聞いた弟子達は追い詰められた心境になり、ギュウキの方へ向きいつでも相手に慣れる様に構え始めた。
「「「・・・!」」」
構え始めたその瞬間、
グロロロロロロロロロロロロロロォォォ…!
海の底から響く咆哮。
数々のギュウキの声が轟かせたせいか独特の威嚇の声に聞こえる。その轟音は腹の奥底まで響く位の声で素人でも分かる位に殺意と破壊の意が強く込められていた。
「戦闘準び・・・」
弟子の1人が最早陸上戦用に用意した攻城兵器をここで使おうと判断してそう声を張ろうとした時だった。
グァッ!
臨戦態勢に移る様に言おうとした弟子の目の前には巨大な黒い手が一瞬にして現れて
グシャッ!
握り潰された。
「「「!!!」」」
いつの間にあの巨大な手が現れてたのかが分からず、刹那の時とは言え、その場の空気が凍ったのは間違いなかった。
グラァッ!
その刹那の時を見逃すまいとギュウキ群れの内、船の近くにいた1体が船体を強く掴んで大きく揺らした。
「わあああああああああ!」
「うわああああああああああ!」
「あああああああああああ!」
「きゃああああああああああ!」
次々と落ちていく弟子達は海面に叩きつけられていく。
「ブハッ!」
「バッハァッ!」
海面から浮かぶ弟子達は早く他の船でも積み荷でもいいから何かに捕まろうと考えた時だった。
「っ!」
ドプンッ…
ドプンッ…
ドプンッ…
ドプンッ…
ドプンッ…
一瞬にして消える様に、瞬時に海の中に沈んでいった弟子達。
よく見れば水底にユラユラと揺れる細い海藻の様な物が落下した弟子達に近付いていくのが分かった。
それを見た船の上の弟子達が
「早くこっちに来い!」
「上がれ、上がれ!」
と船の上に上がる様に声を張る。
だが・・・
「っ!」
ドプンッ…
「っ!」
ドプンッ…
「っ!」
ドプンッ…
「っ!」
ドプンッ…
次々と瞬時に海底に沈んでいく弟子達に船の上に残っていた弟子達は怯えきるのも、一瞬の事だった。
「ヒィィィィィ!」
オオキミで力試ししたいと言わんばかりの意気揚々な態度はどこへ行ったのか。
そう言ってもおかしくない弟子達に見限ったロウは
「役立たずが・・・!」
と怒声を零して「もうよい、自分が何とかする」と言わんばかりにズイッと前に出た時、1体のギュウキと目が合った。