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250.復讐対象

 生臭く、どことなく危険な臭い。

 海の匂いと表現できるがどことなく化学薬品と生き物特有の生臭さが混じっており、匂いに敏感な者であればこれは間違いなく毒が混じっているのではないかと判断がつくそんな臭い。

 そんな匂いのする黒い液体、恐らくイカやタコ等の軟体動物特有の墨のようだ。


「・・・・・」


 ロウが見ている光景はギュウキが異常なまでに殺気と敵意を強く感じさせる目でこちらを見ている、と言うものだった。

 こうした光景に先程の激昂が一瞬忘れて「何故?」と言う疑問が浮かび上がり同時に恐怖と不安が募っていた。


(な、何だ・・・?何故俺の方だけを殺気立っているんだ・・・?)


 ロウの疑問は最もだった。

 人間に対して獲物やエサ位にしか思っていない位に獰猛で凶暴であるギュウキ。そんなギュウキを洗脳して他のギュウキを打ち勝ちその群れのリーダーとなって引き連れて町を襲おうとしていた。そこにギュウキを食い止めて長く戦っていたのはシンだ。確かに止めこそは自分(ロウ)だったが、長い間戦っていたシンにも敵意や殺意の目を向けられてもおかしくなかった。

 だというのにその目はシンには目も暮れずと言わんばかりに向けておらず、全ての目が自分(ロウ)に向けられていた。

 いくら知能が低いとは言え今の今までの事をギュウキの群れが見てきていたのであれば間違いなくシンも対象に入っているはずだ。なのにどうして自分(ロウ)だけなんだ?

 ロウはそう考えていた。

 だがそれは知能が低い場合の話だ。


 グォォォォォォォォ!


「!」


 一体のギュウキが海中からでも聞こえる位の大きな鳴き声を上げた。その声を聞いたロウは不安と恐怖から一転してすぐさま臨戦態勢に入った。


 ブバッ!


 ギュウキの群れの内の一体が漏斗の部分からロウに吹きかけたあの液体を再び掛けてきたのだ。


「っ!」


 バシャッ!


「これは・・・!?」


 やはりギュウキが掛けてきたのか。

 そう理解したロウはギュウキが自分に挑発していると考えて怒りと殺意の矛先をギュウキの方へ向けた。


「タコの分際で・・・っ!?」


 ロウは突然体に痺れを感じた。

 今の自分には腕こそ無いものの、全身に痺れを感じていた。まるで毒物を摂取したかの様な・・・


(まさか・・・あの墨か・・・!)


 そう、そのまさかだ。

 ギュウキの墨には体を痺れさせる神経毒が非常に多く含まれている。非常に食欲旺盛で自分より大きな獲物を狙う事もある。だがそれはそれなりにリスクがあり、返り討ちにあって食われてしまう事もある。

 そんなギュウキだが、特殊武器と言えるものを持っている。それが神経毒入りの墨だ。

 ギュウキ自身よりも大型の獲物に返り討ちに合いそうになった時、タコや以下特有の墨を撒いて逃げる方法と取るのだが、ギュウキの場合であれば逃げるのではなくその墨を触れさせるだけでもいいから相手に摂取させて動けなくさせる。動けなくなった大型の獲物を仕留める。

 これがギュウキの自分よりも大型の獲物を捕る為の狩りの仕方だ。


「っ・・・!」


 ロウは歯噛みしてその場から後ろに退いた。まだ墨を吐いてこれ以上自分に降りかかるのを避ける為だ。


(ここまでくれば、墨は来ない)


 ロウが下がった場所は砂浜から少し離れて、断崖絶壁が大きな壁となっている場所だ。その場所まで下がったロウは今の自分の状態から鑑みてこれ以上戦うのは難しいと判断した。

 その時だった。


 ビュオッ!


「!」


 サッ!


 ドガッ!


 突然大きな岩が飛んできたのだ。その岩が飛んできた先は墨を吐かれた場所から少し離れた所からだった。その場所にはギュウキが上陸しており、近くにあった岩を持ちあげてロウ目掛けて投げつけてきた様だった。


「この、クソダコがっ!」


 忌々しそうに言うロウはある事に気が付いた。

 それは今自分がいる場所だ。自分の後ろは断崖絶壁で袋の鼠。海原にはギュウキが居り、上陸しつつある。その上、投石や毒の墨を吐いて来る。


 ブォォォォォォォ…


 唸り声を上げるギュウキにロウは今の状況があまりにも拙い事に気が付き流石に焦り始めた。


「ど、どこかに・・・」


 逃げ道はないか?

 そう言おうとした時、再びギュウキからの投石が飛んできた。


 ビュォッ!


 ビュォッ!


 ビュォッ!


 上陸してきたギュウキの数がいつの間にか3体にまで増えており、ロウ目掛けて岩を投げつけた。


「っ!」


 ドドドッ!


 バガンッ!


 自分がいた場所には飛んできた岩がめり込んだり、強い衝撃の影響で砕けたりとしていた。砕けた衝撃で破片が辺りに飛び散ってきた。ロウは避ける事に成功した。


 チリッ!


「っ!」


 だが飛んできた破片が自分の顔や失った右腕に翳めた。


「・・・!」


 飛んでくる岩や墨を避ける事自体にはさほど問題ではない。問題なのは現状の打破だ。このまま避ける事ばかりだと、いずれは全身に毒が回って動きが鈍くなり、飛んでくる岩の餌食になるのは目に見えている。流石にこのままだと拙いから、体勢を立て直したい。

 ここは引くべきだ。

 こんな追い詰められるような・・・

 ロウがそこまで考えた時だった。


「まさか・・・こいつらアタシをここまで追い詰める為に動いたというのか・・・?」


 そう呟くロウの脳裏には今までのギュウキの行動が流れ込んできた。


(!このタコ共、洗脳できたギュウキに付き従っていたんじゃなく、何が起きているのかを知ろうとする為に付いてきたのか!?)


 そう、そもそも前提が間違っていたのだ。

 ロウは今までのギュウキの行動は洗脳されたギュウキが強さを群れに見せつけて、その強さを知ったギュウキ達は洗脳されたギュウキがリーダーとして見て付き従っていたと考えていた。

 だが、実際はそうではなかった。


(こいつら、アタシらが何かをしているの知って、ギュウキを助ける方向で動いておったのか!?)


 ロウの考えは正しかった。

 が、遅かった。

 実際、洗脳されたギュウキを追いかけていったのは洗脳されたギュウキの動向を探る為と洗脳させた集団、ロウ達の動向や目的を探る為だったのだ。

 ザックリ言えば「仲間の洗脳をさせた相手の目的と動向の探り、可能なら洗脳されたギュウキを助ける」と言う明確な目的で動いていたのだ。

 ロウがこの事に気が付いた時には本当に余りにも遅すぎた。


「!」


 ロウが気が付いた時には、ギュウキ達の手には岩を持ち上げて今にも投げるモーションに入ろうとしていた。


「くぉっ!」


 最早、逃げ道も無い袋小路の様な地形で岩に潰される事を予感したロウは思わず声を上げてしまった。

 その時だった。


「放て!フレイムショット!」


「穿て!氷の槍よ!」


「お前は良き槍、良き矢、良き戦友、飛び放て!」


 様々な詠唱の言葉が海原の向こうから聞こえた。


 ブォッ!


 ドドドォッ!


 同時に様々な物が飛んできた。炎の槍、氷の槍、木の槍と言った本当に様々な槍や矢が飛んできて岩を投げようとしていた3体のギュウキの背面に突き刺さった。


 グォォォォォォッ!


 突然の事に驚いたのか痛みで叫んだのかまでは分からずともヒットしているのは間違いない反応を示すギュウキ達。

 様々な槍が飛んできた方向を見ると大型の帆船が近付いて来ていた。帆船は帆の数が多くもスマートでスムーズに移動が出来る様に配置されていた。

 この帆船の型からして高速艇である事が間違いなかった。


「師父ー!」


「こちらです!」


 帆船にはロウと同じ格好、弟子達がいた。どうやらロウを救助に来ていた。


「ムッ!」


 ロウはギュウキ達が今の高速艇の方へ注目し始めている事を見逃さず、


「っ!」


 トッ


 トッ


 トッ


 満身創痍に近い体をフルに力を漲らせて海面から浮かび上がっているギュウキの頭を蹴って移動して


 パシャッ…


 パシャッ…


 ギュウキがいない海面では海面をそのまま足で蹴る形で移動して


 シュトッ!


 高速艇に辿り着いた!


「戻られたぞー!」


 確認した弟子がそう声を上げると、高速艇はすぐに帆船の帆を逆の方向へ風で張らせて、来た方向へと撤退を図った。


 ・・・・・


 その様子を見ていたギュウキの目からは強烈な殺気を窺わせるものを放って


 ブォォォォォォォォォォォ…


 静かに唸って


 ブクブク…


 大半が静かに沈んでいった。


 ズシ、ズシ、ズシ、ズシ…


 上陸していた3体のギュウキ達は重たい体を洗脳されたギュウキの遺骸の下まで行き、


 シュルッ


 ギュッ…


 洗脳されたギュウキの体を触手で巻き付けて


 グォォォォォォン…


 どことなく悲しそうな唸り声を上げて


 ズリ…


 ズリ…


 ズリ…


 ズリ…


 ズリ…


 そのまま海原へと引っ張っていった。

 音しか聞こえないサクラ達には悲しそうな唸り声を聞いて先程迄の殺伐とした緊迫感から解放された。

 だが、どことなくシンミリと言う表現には余りにも足りなさすぎる心境があった。


 全ての状況を見たアカツキはシンに一部始終を報告した。

 そしてシンは


「分かった」


 と風に消される様な声でそう呟いた。

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