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248.凍る

 ドンッ…!


 重い、重い一撃を止めと言わんばかりに左手を拳に変えてギュウキの体のど真ん中に一発入れたロウ。


 ズッ…!


 素早く引き抜いた左手の拳には青い体液が付着していた。


 ブシュ―ッ!


 勢い良く噴き出す青い体液をシャワーの様に浴びるロウの顔には勝利に酔った恍惚の笑顔が浮かんでいた。


 ・・・!


「っ!?」


 余りの突然の出来事にその場にいた人間、怪物問わずにあらゆる者達が驚愕のあまり目を大きくした。


 ・・・・・


 物言わぬ巨大な屍となったシンの前にいたギュウキは青い体液を勢い良く噴き出して、目に力と言った物が無くなっていき、次第に乾いていくしかないものに成り下がった。

 逆に力強く凶暴と獰猛が混ざった闘気を勢いよく出して、傲慢な態度がでかでかと出していたのは止めを刺したロウだった。

 そして目の前にいたギュウキの死を目の当たりにした仲間達の目から殺気と敵意が混じった視線がシンとロウに突き刺さった。


(拙い、俺も復讐対象にされてしまった・・・!)


 シンは目の前にいたギュウキと戦っていたから当然敵として認定されてもおかしくなかった。


(このジジイ・・・何故ギュウキに止めを刺した・・・!?)


 何故ギュウキに止めを刺したのかについて理解できずにいた。

 一瞬ギュウキの言葉を理解するまでの知能を持っているかの知れない事に気が付いたのかと考えたが、それにしてはほとんど自殺行為に近いものだった。

 例え命を張った事だとしても、この近くに連中の味方の船団がある。その事を考えればロウの格好と弟子達の格好を認識していれば手を出さない可能性はうんと低い。


(もっと警戒するべきだったか・・・!)


 シンはロウが近くにいた事は気配で把握していた。だが敵意は自分には向けていなかった事もあり、飽く迄も様子見でいただろうと考えていた。

 また飼い慣らしたギュウキを戦力して見ている分、まさか殺さないだろうと考えていただけに今の出来事に驚きを隠せずにいた。


(どうする?ここで俺が殺気を出せば勝てないと踏むのは間違い無いが・・・)


 確かにシンの殺気を放てば引き下がるだろう。何故ならシンの方が強い事は今まで戦闘中の光景を目の当たりにすれば引き下がるという判断はおかしな話ではない。

 だがそれでも簡単にギュウキ達が引き下がるとは考えにくい。あれだけ知能が発達している事を考えれば直接手を出さずとも周辺の海にいる生き物を手当たり次第に食らい尽くすか、追い出す事をすれば漁業に大きな痛手は間違いないだろう。

 また陸上でも問題なく動く事を考えれば街道を塞ぐような真似をすれば、陸路もギュウキ達のものになってもおかしくなかった。

 退治が可能であったとしても、被害総額が非常に高いのは間違いない。長期戦では間違いなく不毛な結果になるのは間違いない。

 そこまで考えに至ったその時だった。


「シン、どうした!?」


 伝う糸でも状況が分からないサクラが心配のあまり声を上げてしまった。


 ギョロ…!


「!」


 ギュウキの群れの視線がサクラが声がする方向へと向けた。

 敵意がサクラの方にも向けられた事にシンは流石に焦った。拙い。1人であればロウの事等気にする義理も無い上に敵だからそのまま群れに戦闘を挑んでも問題ない。

 だが、今の場に味方であるサクラ達がいるとなれば話は変わってくる。

 シン1人であれば自分集中になるから気にせず戦えるが、サクラがいるとなれば自分が目の前のギュウキと相手している間に、別のギュウキがサクラの方へと襲っていくだろう。

 シンが考えている以上に拙い問題だった。


「何だぁ?他にもゴミがいるのかい?」


 ロウもサクラの声で気が付いたようだった。

 ロウの目は変わらず、凶暴な色を曝け出し、傲慢な態度がでかでかと出していた。この様子からしてギュウキの命を奪った事に学ぶ事を学ぼうとしないどうしようもない悪童の様に満足していた。

 戦闘中のシンから横取りする形で止めを刺したというのに。


「ギュウキを倒したアタシに挑むかね?」


 自慢気に満足気にいうロウにシンは今の状況を整理しつつ、いつでも動ける様に力を抜いていた。


「シン!」


 上からサクラの声がした。その声はどことなく近いものを感じたシンは上からサクラの気配が急速に近付くのを感じた。


 トッ…


 上から女の子・・・サクラが降ってきた。

 華麗に着地したサクラは鋭い眼光を宿らせた目でロウの方を向いていた。

 シンの目には着地した時に揺れる髪に優雅で堂々とした立ち姿のサクラが映っていた。


「おやおやおや、これまたキラキラしたゴミじゃあないか」


 サクラに対してそう表現するロウ。対してサクラは眉一つ動かさずにジロッと見て口を開く。


「この失礼な老獪は?」


 単純に質問するサクラに答えたのはシンだった。


「多分、今回の首謀者だろう」


 シンが適当そうに答えるとロウはニヤリと笑って


「正解。アタシが引き連れてきたんだよ」


 と答えた。

 その答え手にサクラは眉を顰める。


「何の為にだ?」


 ニヤリと笑う顔が獰猛な貌付きになって


「アタシが強き者である事を証明する為ネ」


「は?」


 サクラは思わず疑問の声を漏らした。

 ロウは自慢気そうに続けて答える。


「引き連れてきたあの子らはアタシの弟子ネ。我々は自分達の軍事力がこの国をも盗る事が出来る位であると知らしめる為のつもりだけど、そんな物はどうでもいい」


 ロウの答えにサクラとシンは目元を鋭く細めた。


「・・・何?」


 サクラが低くドスの効いた声にロウは変わらない口調で答える。


「アタシが必要としているのはアタシが強いという事のみ」


 そう言い切ったロウにシンは要約した言葉を口にした。


「つまり自分が強いというつまらない誇示の為にこんなマネをしたのか?」


 鋭い目でそう答えるシンに、ロウは恍惚を混じらせた獰猛な笑みを浮かべて


「「つまらない」は必要ないネ」


 と答えた。

 この口振りからして「はい、事実です」と言う以外何ものでも無かった。


「・・・・・!」


 その言葉を聞いたサクラは体の奥底から何か不快で尚且つ熱した油の様なものが込み上げてきた。その様子にシンは


「・・・サクラ」


 と冷静な声を掛けた。

 軽く息を吸って深く吐いたサクラは小さく頷いた。


「大丈夫。それよりも今の事態をどう収拾するべきかを」


「そうだ」


 今は目の前にいるロウよりも今にも怒り狂いそうなギュウキの群れ達に納得がいく落し処を作らなければならない。


(とは言え、このジジイが起こした事態とこのジジイ自体をどうにかするすると言う丸く収めるのは・・・)


(至難の業だ・・・。最もいいのはこの老獪がこの事態を収拾させれば問題ないのだが・・・)


 ただでさえ、目の前の元凶となったロウがギュウキを洗脳させ、更にはそのギュウキを屍に変えた。こんな身勝手で無責任な理由と行為をシンとサクラは激憤に近い思いの中解決法を頭の中で巡らせていた。


 2人の様子を見ていたロウはニヤリと笑いながら


「さてと・・・暇になった所でどうしようかネェ・・・」


 闘気を徐々に出して


「テメェら青いガキ共とでも遊ぼうかネ?」


 悍ましい殺気を放った。

 ロウの言葉に反応したシンは眼光を鋭い光を帯びて妙に体の力を抜いていき、一気に殺気を放った。


 ゾワッ…!


「・・・!?」


 今までに味わった事の無い殺気に当てられたロウの表情は戸惑いの曇らせた心境と凍てついた流れゆく鉄を触れたかのような異常な寒気を覚えた。


(何と、重くて冷たい殺気・・・!?)


 こんな青二才がどこにそんな殺気を持っていた?

 そう言わんばかりの顔は徐々に恐怖に歪み始めた。

 そしてその殺気に当てられたのは何もロウだけでは無かった。


 ・・・・・


 事の顛末を見ていたギュウキの群れ。

 明らかに雰囲気が変わったシンの様子に氷の様に凍てつき固まるギュウキ達は少しずつ、0.3ノット程の速度で後退し始めていた。

 だがだからと言って見す見す逃げるわけでも無い。仲間を殺されたから変に逃げれば自分達は()()の獲物にされてしまう。


 仲間を守るにはここで引く訳にはいかない。


 せめて今の状況を見定める事位はしなければ。


 そうした思いがギュウキの群れの、仲間の内で渦巻いていた。


 そして、もう一人。


「・・・・・」


 ロウの方を見ていたが、意識は完全にシンの方へ向いていたサクラの額にはじっとりとした冷汗が流れていた。

 明らかにロウの方へ殺意を向けていたというのに、その殺意がいつこちらに向けるのかと言う根拠が無いものの明らかな恐怖を感じたサクラ。


 殺しに来る


 それを連想した時


「!」


 サクラの脳裏に何かがふと思い出した。


「・・・・・」


 短いはずの時間、刹那に近いはずのこの瞬間が酷く感じる。

 シンはその気になればいつでもロウを超そう事が出来る。


 理由はない。


 根拠はない。


 だが、確実に殺せる。


 まるで指で軽く押さえつけた虫を潰せれる様に。


 そんな抽象的で確実な確証。



 だが、今ロウを殺せば間違いなく事態が複雑になり収集が至難の業になってしまう。最悪解決策は何も無くなってどん詰まりに終わる可能性も十分にある。


 スゥ…


 サクラは意を決して


「シン・・・」


 とかすれ気味で小さな声で掛けてみる。

 サクラは恐る恐ると言わんばかりの心境で、シンからの返答を待った。

 返答までの時間は僅かも1秒にも満たない刹那に近い瞬間。

 それが酷く長く感じた。

 堪らず視線を切ってシンの方へ向けようと思い至ろうとした時だった。


「何だ?」


 普段の声。

 それを聞けただけで酷く安堵の色が心に染み渡らせていくのを感じたサクラは冷や汗を流す事を止めた。


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