23.己は何者か
『見慣れた世界ではあるが決して現実の世界ではない』
こういう状況に陥った時、人はどうなるのだろう。
今自分の目の前には見覚えのあるキャンプがある。そのキャンプの前に自分がいて、周りを見渡すと同じようなキャンプがある。しかし、キャンプがあるからと言って楽しいものではなかった。
まずそのキャンプは軍隊で使われるものだった。それが整列するように並んでおり、その数m後ろは鉄条網が大量にかけている高さ5mコンクリートの壁がそのキャンプを守る様に並んでいた。
そして上を見上げれば本来清々しい青い空と白い雲があるはずなのに、憂鬱な黒みがかった灰色の煙が上がって、血と硝煙、何かが焦げた様な匂いが当たり前の様に漂って台無しにしていた。
そんな台無しの周囲を見れば「ここは戦場だ」と誰もが思う。
大抵の人間はこの世界の事を見て不安気に「ここはどこだ?」と言うのだろう。しかし自分は見覚えがあった。そのため
「・・・またか」
というセリフを口にする。
見慣れた世界ではあるがここは決して現実の世界ではない。
そんな場所に居た自分は当たり前の様に自分のキャンプの中に入りベッドの横の鏡の前まで行く。そこまで見ればこの世界の原因が分かってくる。
間違いない。これはあの時見た夢と一緒だ。
自分がそう確信した瞬間――
「よう、昨日ぶりだな」
気軽な声が聞こえた。本来なら聞き慣れているが早々誰の声かが分からない声。しかし、自分は聞き覚えがあり正体も知っていた。
徐に声のする鏡の中を見る。
その声の持ち主は鏡の向こうの自分だった。ここにいる自分と鏡の向こうにいる自分とは違うように感じる。
鏡の向こうの自分はここに入る自分に語りかける。
「お前が一体何者か、これから何をしなければならない事が分かっているか?」
鏡の向こうの自分は冷静に穏やかに語り掛けてくる。
ここにいる自分は頷く。
「そうか、俺はプレイヤーの「自分」であり、前の世界の「自分」であり、アンノウンの「自分」でもある。俺はお前なんだ。ここにいる自分はお前はどちらの「自分」だ?」
プレイヤーの「自分」か前の世界の「自分」か。この言葉の意味。それは今の自分は自分であるが自分で無い。ただ一言で表すならこれが妥当だろう。だが、他人からすれば意味が分からないだろう。しかしシンはこの言葉の意味が分かる。
夢の中で自分が「シン」だという事に何か信じられないというような違和感。「何かがおかしい」。居ても立っても居られない焦燥感や不安が駆られてくる。決定的なのはこれだ。
だが自分が明らかに変わったと思える事が過去を振り返るといくつもあった。
まず人間をあっさり殺したのだ。何の躊躇いもなく。まるで、ゲームの「ブレンドウォーズ」のプレイヤーのように・・・。
カレーを作るために調理器具を買う時、「敵を斬った刃物で料理して人前に出すのはどうか」と躊躇い包丁を買った。まるで、前の世界「現実」の自分かのように・・・。
これは今の自分は自分であるが自分で無い事を自覚している証拠だった。
そして、鏡の向こうの自分は確認するかのように懐かしそうに思い出す。
「・・・多分俺はプレイヤーの「自分」だろう。前の記憶で不自然でないのは連中の旗を燃やし自軍の旗を掲げた時だったしな。・・・皆からはすげぇ言ってくるからどうしたらいいのか分からなかったな・・・。そういうお前は?」
ここにいる自分は照れくさそうに思い出す。
「俺は初めて描いた絵が交通安全ポスターが全国で3位に入賞した事がよく覚えている。あれは確か中学3年だったな・・・。俺は前の世界だろう・・・」
何か腑に落ちたような顔をした鏡の向こうの自分が穏やかに声を掛ける。
「そうか・・・。お前も俺も同じ記憶を持ち、感覚や考えが共有しているけど、元々は違う者同士。違和感が半端なかったな」
今度はここに居る自分静かに語り掛ける。
「ああ、そしてお互い・・・もう自分は・・・」
「恐らく前の自分には戻れず、「アンノウン」としての自分しかない・・・」
お互いどこか寂しそうな声で話し合う。
つまり、ゲームプレイヤーの「シン」、現実世界の「黒元 真」がこの世界に来る前に混ざったのだ。だから、長すぎず短すぎずの黒髪。整った顔に黒い瞳、強靭な肉体に四肢は黒く爪や毛は無い。そして、両足には指が無いと言った容姿になったのだ。
そして、もう一つの名前の「アンノウン」・・・
お互いが沈黙する。
「俺たちが何をすべきかは分かるな?」
「ああ」
それは今の自分を受け入れなければならないという事だ。
前のように「いつもと変わらない自分」がそこに立っていない。
そこにいるのは「アンノウン」の自分しかいない。
「アンノウン」としての自分は「転生者」か「来訪者」のどちらかと問われれば恐らく「転生者」だろう。今の自分は「アンノウン」として生きている。つまり、前の世界の自分はもう死んだことになっているのだろう。根拠は無い。「何となく」と言える勘だ。
仮に「来訪者」であれば、このままこの体で元の世界に戻っても自分の居場所はどこにも無い。恐らくもう二度と「いつもと変わらない自分」には戻れないだろう。
軽い気もいで言ったとは言え、これはどう良い様に言っても自分が望み、招いた結果だ。
ならば、今の自分を受け入れこの世界で自分の居場所を作り生きていくしかない。
(望んだ力が手に入ったと考えればいいか・・・)
お互いフッと笑いそっと目を閉じる。
覚悟を決めたようにカッと目を開け
鏡越しに正面を向き合う2人。
「・・・俺が、いや俺達が生きるためには」
「お前・・・いや、俺自身を受け入れるしかない」
お互い顔を真っすぐ見る。自分を受け入るかのように。
「決して俺は」
「一人じゃない」
鏡の向こうの自分が鏡越しに拳を付ける。2つが1つになるように。
「よろしくな、シン・・・!」
ここにいる自分も鏡越しに拳を付ける。
「こちらこそ・・・!」
そう言った瞬間、拳を付けた部分から眩い光が出てきて2人を包んでいく。
「頼むぜ」
「任せろ!」
この言葉を最後に世界は真っ白になったー…
目を覚ませば薄明るい空だった。空は濃い藍色から徐々にスカイブルーになりつつあり山の奥の方からは赤く綺麗な太陽が昇っていく。その状況を見て今が朝である事が分かった。
「昨日は・・・ああそうか。もう一回星を見ようとしたんだっけ」
昨日は夕食を食べ終えシンはまたキャンピングカーの屋根の上に上り空を見ながら寝た。シンがそこで眠ったのはギアがここへ来る前、夜空の星を見ながら眠った。今回もそれと同じようにして眠ったのだ。
「・・・・・」
シンは下を除く。キャンピングカーのすぐ横にはギアが眠っていた。
「zzzzzzz…」
鼾をかいていた。まだ眠っているようだ。ギアはブルーシートと敷き布団、枕ではやや小さいので抱き枕を枕代わりにして体を丸めて寝ていた。
「皆も、多分まだだろうな・・・」
まだ朝早いからか皆はまだ眠っていた。今の時刻は4時か5時くらいだろう。シンは無表情ながらも何か考え込むような雰囲気を出しながら自分の右手を見る。「BBP」となった黒く変色した右手をぐっと握る。
「・・・・・」
今の自分を受け入れこの世界で自分の居場所を作り生きていくしかない。今の自分は受け入れてはいる。全く不安が無いと言えば嘘になる。だが、前のような違和感は無くなった。口元が穏やかな笑った形になる。
「これからどうするか・・・」
口ではこうは言うがその表情は憑き物が取れたようなスッキリした顔になっていた。
シンは改めて生きるために前へ進む決心を固めた