246.いる
「・・・・・」
ギュッとスコップの柄を強く握り締めていつでも即座に対応ができる様に構えているシン。相対するかの様に対峙していたのは何十倍もある巨体を持つ怪物と言表現してもいい位の海洋生物ギュウキ。
ザッパァッ…!
ヒュォォォォォ…
今の状況を煽っているかの様に小さくも荒れ狂った波風が次々と立っていた。
ブォォォォォォォ…
唸り声を上げるギュウキはアクションを起こす気配がなかった。だが、ぬめりを帯びた黒い巨体に緊張のせいか妙に力が入っていた。
代わりにギョロリとした目玉でシンの様子を窺っていた。
「・・・・・」
シンはギュウキの正面を向き合う形で対峙してどうするべきかを考えていた。正確には今までのギュウキの情報を思い出していた。
ギュウキの「復讐」。
シンがギュウキの事について地元の漁師達に訊ねた時、「ギュウキ」という単語を口にした時、口を噤むかお茶を濁された。明らかにギュウキの事について恐れている反応だった。
シンはこの事について妙に引っ掛かりを覚えていた。
(ギュウキは復讐するか・・・)
シンの意識が僅かながらサクラ達がいる方へと向けた。
サクラが講じた手段の事を考えればサクラの姿は見せない形で行ったと考えるべきだろう。それなのにギュウキは的確に仕掛けた場所を特定してそのまま襲いに向かった。
という事はギュウキは・・・。
シンがそこまで考えに至った時、事態は動いた。
ヒュンッ
「!」
バゴンッ!
ギュウキの肩にある触手が鞭の様にしならせてシン目掛けて振るったのだ。
シンは咄嗟に避けた。その場所は、ただ単に大きな触手で当てたとは思えない位にまで地面が抉れていた。
(考えている以上に速い・・・!)
昔テレビか動画サイトでイカが自分の近くにいる魚を素早く捕らえていた時の事を思い出していた。シン自身は問題なく見切る事が出来るが、常人はおろかその道に秀でた者でも撓ったあの巨大な鞭の触手を避ける事は至難の業である事は間違いない。
そう判断したシンは次の一手を打って出た。
「っ!」
ッ!?
ダッ…!
シンは目にも止まらなぬ速さで一気にギュウキとの距離を詰めて繰り出してきた触手をに目掛けてスコップを振り下ろした。
ズオッ…!
その時、何か大きな物を持ち上る音が聞こえたシンは何か嫌な感じを覚えて即座にその場から一歩後ろに引いた。
その瞬間だった。
ドゴッ!
ギュウキがいつの間にか自前の大きな拳を作り、シン目掛けてペシャンコにしようとしていた。シンはすぐに身を引いて事なきを得たが、同時に冷や汗を掻く場面でもあった。
(いつあの腕を持ち上げたんだ?)
そう攻撃してきた事自体にはおかしな事ではない。問題はいつあの巨大な腕を振り下ろすまでのモーションに入ったかが問題なのだ。シンは攻撃してきた触手を切り落とすべくして瞬時に距離を詰めた。
恐らく距離を詰めたこの時に腕を振り上げていたのだろう。
(もしあの時に振り上げていたのだとしたら相当早い動きをする事が出来るという事になるな・・・)
猟銃を持っている猟師は接近しているヒグマに対しては無力以外何ものでもない。
と言うのはいくら威力の高い猟銃を持っていたとしても、接近されて鋭い爪を持った前足で薙ぎ払いを喰らえば猟銃は拉げるし、幾枚も着込んだ服の上からでも鋭い爪であれば容易に切り裂く事が出来る。
何が言いたいのかと言うと見た目があれだけ鈍重そうに見えるクマでも振り下ろされる腕は大の大人でも対応が出来ない位に速く、太刀打ちが出来ない。
つまりギュウキはそれと同じ様にどんなに高位ランクの冒険者や英雄レベルの戦闘経験のある者でも命を落としてもおかしくない程、大きな脅威であるという事だ。
・・・・・
「!」
ギュウキの片方の目が飛び出て崖の上の壁の方へ向いた。
それを見たシンは拙いと考え、すぐにサクラの方へ
「サクラ!ギュウキの目が・・・!」
と大きな声で張った。その瞬間だった。
ヒュンッ!
「っ!?」
シン目掛けて鞭の様にしならせた触手を振るった。
スッ
バゴンッ!
シンは咄嗟に飛び退いた。するとその瞬間シンが立っていた地面が抉れていた。
(今のは・・・!?)
地面が抉れる前の事を少し思い出そうとした時、ギュウキは待ったを掛けなかった。
ヒュンヒュンヒュンッ!
「っ!」
バゴンバゴンバゴンッ!
次々としならせた触手を繰り出すギュウキの猛攻にシンは避ける事に専念した。
(けど、このまま避けてばかりという訳にはいかない)
危険だからだ。
何故ならここまでのギュウキの行動を思い返せば想像以上に知能が高い可能性が高い。という事は辺に避け続けても学習能力の高いギュウキの事だからどうにかしてシンの動きを止める方法を思いついて実行に移すだろう。
シンはそう判断してギュウキの猛攻に回避しつつギュウキとの距離をもう一度詰めていった。
ヒュンッ
スッ…
バゴンッ!
右半身スレスレに避けつつ更に詰める。
ヒュンッ
スッ…
バゴンッ!
今度は左半身スレスレに避けつつ更に詰める。
ヒュンッ
スッ…
バゴンッ!
同じく左半身スレスレに避けつつ・・・とドンドン距離を詰めていく。
ギュウキよる猛攻の触手を回避しつつ徐々にギュウキとの距離を詰めていったシン。
グォ…
詰めていく距離に気が付いたギュウキは猛攻の手を更に速めた。
ビュォッ!
ドゴッ!
振るう音が鋭く凄まじさを増した音になり、当たった音も爆発に近い音になっていた。抉れた地面も大きくなっていた。まるで爆発でも起きたかのように。
だがそれでもシンにとっては問題ない速さだった。
ブォォォォォォォ!
ギュウキは雄叫びの様な鳴き声を上げて左の巨大な腕でシンを握りつぶそうと横薙ぎに入った。
タッ!
シンはそのまま8m以上跳んでギュウキの頭上に浮かんでいた。
ギョロ…!
ギュウキの目が飛び出てシンの方へ向いた。するとギュウキは宙に浮かんでいるシン目掛けて触手をしならせて攻撃を始めた。
バ・ガァァァァァァァン…!
宙に浮かぶシンはギュウキの攻撃をBBPを使わない形で回避する方法はない。だから持っていたスコップでその触手を受けきった。
・・・ッ!
「・・・!」
スコップはビリビリと音が聞こえる位に震えて、次攻撃を受けてしまえば間違いなく折れてもおかしくなかった。
ヒュォッ…
ド・ザリザリザリザリザリ…!
触手の衝撃の強さにより、勢いに身を任せてそのまま地面に着地したシンは地面に自分の足で踏ん張りを付けて地面に叩きつけられる事に抗った証を残す。
着地した場所はギュウキのほぼ真横、左翼側だった。
そこは今にも足元の砂を攫おうとする潮がこちらに来るか来ないかと言うギリギリの所だった。
恐らくギュウキはシンが頭上から何か仕掛けようとしていたと恐れて慌てて触手で叩き落としたのだ。
だがそのお陰でシンは狙った箇所を痛撃を加える為の場を確保できた。
「っ!」
ドッ!
グォッ!?
目にも留まらぬ速さで距離を詰めるシンにギュウキは驚きの声を上げて即座に巨大な腕を動かして急所となる部分を即座に防御する。
ザシュッ
グォォォォォォ!
「ぬっ・・・!」
巨大な腕に一文字に横薙ぎの形で斬ったシンは狙った箇所を切れなかった事に対する苦言を一文字で表したシンはもう一度攻勢を仕掛けた。
スッ
巨大な腕をすり抜ける形で巨大な腕に切れ込みを入れるシンにギュウキは堪らず、振り払おうと左側の触手を全てでシンを退かせようと鋭く振るった。
ビュンッビュンッビュンッビュンッ…!
バァン!
ドォンッ!
乱舞と呼ぶに相応しい位に振るった鞭の様な触手は常人の目には映らなかった。代わりに聞いた事の無い爆発音が聞こえてくる。
それだけに速く動かしたが、シンは持っていたスコップで触手の先を難なく切り落とした。
グオッ…!
シンは速く動かしている触手を当たる寸前の時により速い斬撃を繰り出していたのだ。素早く繰り出し牽制していたはずの触手の先が斬られて驚くギュウキ。
シンはこのまま後ろ足を斬って動きを止めてそのまま止めを刺す形で攻勢に出ようと考えたその時アカツキから通信が入った。
「ボスから見て4時の方角にて無数の影を確認した!」
その通信と共にシンの全身に
ゾワッ…!
「っ!?」
と悪寒を感じた。
正確には気配と視線を感じた。
感じたシンは瞬時に距離を取った。
「・・・・・」
シンは気配と視線を感じた方向へ一瞥した。
「っ!」
シンが剥けた視線の先は海原だった。
・・・・・
海原には無数の目、ギュウキのカタツムリの様に飛び出したギョロリとした目がシンと戦っているギュウキの方へ向いていた。
(何っ!?)
シンは拙いと思いつつ視線を今戦っているギュウキの方へ向く。今の脅威となるのは間違いなく目の前にいるギュウキだ。海の中にいると思われるギュウキ達は今の所は殺気も敵意も無かった。
とは言え、このまま敵にならないという保証はない上にそもそも何の為にあれらは自分達を見ていたのか。
そうした疑問と不安が浮かんでシンは余り考えたくない事を頭に過った。
(拙い・・・。もしあれらが敵に回ったら本気で戦う事になる・・・)
シンの本気、それはBBPを本格的に使うという事になる。
それは最悪の場合、この世界に自分の能力を見せびらかす事になる、という事だ。
近くには壁向こうとは言えサクラがいる。
「・・・・・」
シンはこのまま様子を見るべきか、それとも今のままで距離を詰めて先手を打つか、ギュウキの群れと思しきあれらに牽制を掛けるべく目の前のギュウキを潰す為に本気で戦うか。
しかも今は戦闘中。
シンに突然の選択肢が時間が無いまま迫られていた。