245.対処
「・・・・・」
目元を鋭く細めて周りの様子を確認するマエナガは宛ら鷹と表現していい位に窺っていた。
(あの無数の影が無くなっている・・・)
マエナガがジャンジャンビを投げる前に無数の巨大な影が無くなっている事に気が付き、目でキョロキョロと見渡していた。だが、今見ている限りではその影はどこにもなかった。
その事に何か得体の知れない不安を感じていた。
「マエナガ」
「ん?」
そんな様子のマエナガに声を掛けるアンリは変わらず冷静だった。
「あの影の群れに関しては喜ぶには早い、とだけは言っておく」
「・・・やはりか」
アンリの冷静な言葉に目元を鋭く細めるマエナガ。
「うん。あれを見た時、嫌な可能性が思い浮かんだ」
続けて言葉を吐くアンリにマエナガはふと考えた事をそのまま口にしようした。
「き・・・」
「「奇遇だな、実は私もだ」か?」
割り込む形で言葉を切ったアンリ。普通なら驚いたり、先に口にした事に腹を立てる等をするものだが、マエナガは落ち着いた態度で言葉を交わし続けた。
「そうだ。アンリは私がこれからする事も理解しておられるのだろう?」
「うん。今できる事は・・・」
アンリはコクリと頷いた時、それが合図するかのようにマエナガも口を開いて。
「「この町を守りを強くする事だけ」」
と同時に言葉を口にした。
同時刻。
ピシッ…
アルバが作り上げた強固な壁には大きな亀裂が入っていた。このカバの様子を見たアルバはまさかと連想させる事柄を想起させ言葉にした。
「まさかこれは投石でございますか!?」
アルバの言葉にサクラは静かに頷いた。
「・・・ギュウキは手がある」
サクラの言う通りギュウキには手がある。
ギュウキの姿を知らないアルバにとっては想定外の事態だった。と言うのはギュウキは基本的には海の中に住んでいる生き物、つまり水棲動物だ。石を投げる等の行為等一切しないはずだからだ。
だが実際はギュウキは岩を掴んでそのまま投げてアルバが建てた壁にブチ当てた。
手を持っているからと言う理由もあるかもしれないが、恐らく海面に浮上して陸上にいる獲物をそのまま投石して当てるという行為を何かしらの形で学習したのだろう。
この事からギュウキはかなりの高知能である事が窺える。
これらの事を理解したアルバは苦虫を噛み潰したかのような顔になって
「それはかなり拙いでございますな」
と苦々しく答える。
今回建てた壁は飽く迄もギュウキが登ってくる事だけを想定した物だ。確かに丈夫ではあるものの投石等は想定していない為、このまま投石が続いて壁がもろくなり、そのまま崩れるという事も考えられる。つまり、魔法による岩の隆起を出す事が出来ず、壁を補強のみに努めるという防戦一方の態勢になるという事だ。
「アルバ、可能な限り壁を補強した後、ワタシが動きを止める!」
サクラの当然この事を理解しているからこうした命令を下した。だが、サクラの右手から血が滴り落ちていた。それを見たアルバは
「御手の方は大丈夫でございますか?」
と心配そうに尋ねた。
サクラは自分の表情を作り直すかのように俯いて
「・・・何とかする。ここで持ちこたえれば」
と言ってそのままゆっくりと頭をアルバの方へ向けて
「彼奴が来る」
自信満々に笑みを浮かべた。
タタタタタタタッ!
素早い足音を立てながら崖の渕沿いに移動していたのはシンだった。普段なら出さないはずのスピードを今は思う存分と言わんばかりに出していた。
そんなシンにアカツキから通信が入った。
「ボス、今確認した情報を音声で伝えるぜ?」
その通信にシンは自分の右耳の方へ一瞬視線をやり、前に戻した。そしてシンが「やはり」と思っていた事柄をアカツキの言葉で確認が出来た。
「・・・やっぱりとは思っていたけど、手があるんだな」
手があるという事は何k氏らの道具の様な物を扱えるという事。それなりに器用に操る事が出来るという事は投石といった行為もあってもおかしくない。
シンはそう考えていたのだが、アカツキの通信で確信を持てたのと同時に、当たって欲しくないという心境にもなっていた。
「ああ。あのサイズで手を器用に使えるのはかなり脅威だぞ?」
確かに、姿形こそゴリラに近いものではあるものの手が使えるという点を考えれば、その辺にある物を武器として扱う可能性も十分にある。また、ゴリラ等の霊長類は短時間の間だけ二足歩行が出来る。その間だけ武器を扱うとなればかなり脅威になる。
だからどう対処すべきなのかについて良く考えるべきだ。
そしてシンはその答えを既に用意していた。
「まず奴に奇襲をかける」
その言葉にアカツキは更に低い声で訊ねる。シンは視線をある場所を一点に留めながら走っていた。
「それは崖に降りるという事か?」
シンは走りながら頷いた。
「そうだ。・・・けど・・・」
そう答えた時、シンの目が少し細めた。その時、シンは崖の渕沿いで崖の下へと下っていけるような坂道を見つけた。
「ここで一旦・・・」
シンはそう答えながらその坂へ下っていき
「降りながら・・・!」
崖の絶壁を壁にピッタリと吸い付く様に壁を地面に用に足を着けて走り出した。
ブォォォォォォォ…
唸り声を上げるギュウキは
グラッ…
近くにあった3m近くもある岩を軽々と片手で持ちあげて
ググッ…
「投げるモーションに入った!」
糸で把握しているサクラの言う通り投げるモーションに入ったギュウキ。サクラの言葉を聞いたアルバは
「アーチ・ムルーム!」
即座に壁の修復に入ってあっと言う間に終えた。今の壁にはヒビ一つ入っていない。最初に形成したあの壁と同じ壁になっていた。
「壁の方は問題ございません!後は・・・」
「うん、どれだけ持ち堪えるか・・・だ」
確かに壁の方は修復している。少なくとも一回は問題なく防げる事が出来る。だが、現状では防戦一方だ。ここで変に反撃に転じても、底知れない脅威であるギュウキ相手にするのは余りにも無謀過ぎる。
しかしだからと言って撤退をするわけにはいかない。撤退すれば逃げ切る事は可能だろう。だがそうなれば間違いなく町の方に視線を向ける事になる。
だから、ここでどうにかする必要がある。まだ分からない事が多い。という事はどこか勝機に繋がる手がかり位はあるはずだ。
ブンッ…!
大きく振りかぶって投げたその岩は
バガンッ!
アルバが建てた壁にヒットし、投げた岩はバラバラに砕けて
ピシピシッ!
建てた壁に大きくヒビが入った。
そのヒビは壁全体に入っていた。もう一度岩を投げられたらもう持たないだろう。
そう判断した時、ギュウキはもう一度投げようと岩を探す為にキョロキョロを見渡していた。
「!」
拙いと判断したサクラは
ギュリィッ!
すぐさま糸の魔法でギュウキの体を巻き付けた。
グォッ…
またか
そう言わんばかりにイラつきを窺わせる唸り声を上げたギュウキはすぐさま全身に力を入れた。
ミシミシミシッ…!
凄まじい位に大きな筋肉の張った音を鳴らして、肥大させる。その瞬間、糸が強く引っ張られていき、操っているサクラの右手の指にまでその力の流れが来ていた。
「ッ!」
パッ!
力の流れが瞬時に来て、指に糸が食い込み激痛が走った事を感じたサクラは即座に糸の魔法を解いた。
「お嬢様!」
ケガをしている。その上で無理をして糸の魔法を使った事にアルバは気が気でない心境を言葉にした。
「案ずるな、痛くてすぐに離しただけだ。もう一度やる」
アルバを安心させる様に声を掛けるサクラだが、左手で押さえられている右手からは前よりも酷く血が滴り落ちている事を目の当たりにしている。
その言葉には説得力はあまり感じられなかった。
「しかし、あまり手の方を・・・」
これ以上無理はさせられない。それこそサクラの右手の指が弾け飛ぶように切断されてしまう可能性が高い。そうならない様に自分の魔法で壁を補強してこのまま身を隠そうと考えたアルバはそう進言しようとしたその時だった。
「らあ”あ”あ”あ”あ”ああああああああああぁぁぁぁ!」
「「!?」」
グォッ!?
酷く野太い男の声に気が付くサクラ達とギュウキ。声がする方向は壁向こうの出来事であるからサクラ達は何が起きているのかが分からない。
だから何が起きているのかについて良く知っているのはギュウキだけだった。
ドドンッ!
何か大きなものが衝突し、それが爆音の様な音になった。サクラ達は壁向こうの為何が起きているのか分からなかった。ただ一つ言えるのは、あの野太い声はシンだという事だ。
それだけでシンがここまで駆け付けた事が分かってサクラは震える右手を左手で優しく撫でて、安堵の溜息をついた。
壁向こうではギュウキが何かが自分の身体にぶつかって体勢を崩してしまうものの決して地面に伏せる事言は無かった。
寧ろ、何が起きたのかを知ろうと目玉を蝸牛の様に伸ばして辺りを探った。
!
ギュウキの目に映ったのはスコップを槍の様に構えて臨戦態勢に入るシンの姿だった。
グルルルル…
威嚇するかのように唸るギュウキにシンは殺気を飛ばしていた。