243.方向転換
ザリッと土を踏みしめる音を鳴らしながら、斬られて無くなった右腕をこれ以上血を出さない様に強く握る形で押さえて俯く形で跪きロウの目の前に立つサトリ。
目を閉じているとは言え、その佇まいから雰囲気から決して臨戦態勢を解いておらず、いつでも貴様を切る事が出来るぞと言わんばかりのものを感じさせていた。
「ジジィ、往生しろ」
その言葉を聞いた時ロウの口からガリッと硬い物を噛み砕くかの様な歯軋り音が聞こえていた。
「・・・・・!」
ロウはフーッフーッと荒い息を立てて、滝の様に夥しい冷汗を掻いていた。
今のこの状況なら余りにも不利で追い詰められいるが為に放心とした表情か、諦めが付いた様な受け入れた表情、これから死ぬが故の不安な表情になる。
だがロウの顔は出血による顔の青さがあったが、それ以上に顔を赤くして黒さがある赤い顔になっていた。その上その表情は相手を睨み殺そうとする生殺しの蛇の様な憎悪に満ちていた。
「・・・・・・・・」
周りの状況を見るロウ。
周りには弟子の存在が無かった。いや、正確にはこの状況を打開出来る程の動ける弟子の存在がどこにもいなかった。違いがあるとするならば、二度と動かなくなった弟子達か、何かしらの形で無力されてしまった弟子達のどちらかだった。
それを見たロウは戦況が思わしくないどころか絶望的である事を理解した。
「っ・・・!」
不甲斐無い。
何て言う言葉ではなかった。
何故こんな事に?
自分は弱かったのか?
ふざけるな、自分以外の全てのせいだ!
駄々を捏ねるつまらない子供の様な心境になったロウは重心を軽く後ろに移動させた。
「・・・・・」
その事に気が付いたサトリだが、動かなかった。何故ならロウは逃げる算段を立てていただけだったからだ。
「つまらないガキだったな」
サトリの言葉に血管がが切れそうになるが、態勢を立て直す為にこの場から去る事を選んだロウの姿はポッと消えていた。
代わりにあったのはロウの靴に付着していたであろう土や砂がパラパラと地面に落ちていく瞬間だけだった。
「クソッ・・・クソッ・・・クソがっぁ・・・!」
未だにフーフーと荒い息遣いで森の中を駆け巡るロウの顔は屈辱と悔恨と憎悪が表情となって滲み出ていた。
(何の為に手に入れたと思っているんだ・・・!)
ロウは再び強く歯噛みする。
(俺がっ・・・俺が強くなって何が悪い・・・っ!)
血走った目で自分の服の裾を強引に引き千切って切断された右腕を巻いた。
ス―フ―…ス―フ―…
さっきまでの荒い息遣いから徐々に冷静さや体の負担を減らすべく武術の重要な方法の一つである呼吸法を始めるロウ。
ス―フ―…ス―フ―…ス―フ―…ス―フ―…ス―フ―…
だが、血走った目に憎悪に満ちた表情が僅かでも柔らかくなる事は無かった。
代わりに呼吸によってさっきまでの切断された右腕の激痛が薄らぎ、押さえる必要がない位にまで出血しなくなっていた。
「よし」
そう呟いたロウの顔は未だに生殺しの蛇の様な憎悪の顔から変わらずにいた。
(俺が、俺こそが強い・・・。師を凌ぐ位に強い。俺こそが自由に生きて良い筈だ・・・!)
その為には証明しなくてはならない。
凝りに凝り固まった、「自分こそが強い」と言う言葉に執心するロウはその場で足を止めて何かを探す様に周りを見た。
その目的は当然自分自身がどれだけ強くて優れているかを証明する為。
「・・・・・!」
キョロキョロと探し回っていると目に映ったのは森の木々の間から見える僅かにキラキラと光る海原だった。
「・・・・・」
何かに誘われる様に歩き出したロウはそのまま近づいて行った。
「・・・崖」
ロウの呟き通り、其処は崖だった。
下を見れば高さ30m位だろうか、この国で今まで見てきた崖の中では低い部類に入るがそれでも落ちればただでは済まないような高さがある険しい崖だった。
再び歩みを止めたロウは町の方角の海原の方へ向けた。その視線の先に薄い大きな影があった。
「・・・・・」
それを見たロウは不気味で獰猛な笑みを浮かべた。
「・・・!」
サクラは右手の指を鋭く早く動かした。
ギュリッ…!
サクラはギュウキを糸の魔法で動きを止めて、すぐに解除すると言った事を繰り返していた。
パッ…
・・・・・
糸の魔法で動きを止めて、すぐに解除する事を何回も繰り返せばギュウキも不審がり動きが緩慢になって何故こんな状況になっているのかを知ろうと把握しようと確認し始める。
ギュリッ…!
サクラはすぐにもう一度糸を張ってギュウキの動きを止めていた。サクラがこうやって繰り返しのやり方には時間稼ぎ以外の理由があった。
ギリギリ…
指に異様なまでに強い圧力を感じる。これはギュウキに絡ませた糸を指で操作しているのだが、ギュウキの圧倒的なパワーによって指に強い力を入れている音だった。
糸こそ丈夫で簡単に切れる事が無いのだが、指で捜査しているという事は直に指で触れているという事だ。変な操作をすれば指諸共折れるか切断という事も十分にある危険な行為だ。
とは言え、サクラ自身指を鍛えているし、糸も自分で作っているから安全に使える様に調節している。
「・・・っ!」
それでも指にはいる力や糸によるもので痛みを感じて思わず、顔を歪ませた。
「っ・・・!」
パッ
変にこれ以上糸を絡ませて動きを止めても自分の指にダメージを負ってしまう。だからそのまま糸を解いてギュウキを自由にさせる。
・・・・・
だがギュウキ自身今の糸による体の制限の現況を探そうと海面から不気味な金色の目を出して周囲を見渡した。
・・・・・
ギュウキの目がカーブに差し掛かった所の方へと止まった。
ォォォォォ…
ギュウキは海の中から大きな唸り声を鳴らして、そのまま静かに海中の暗い底へと沈む様に潜っていった。
「!?」
ギュウキが急に動きを止めてそのまま沈んでいった事に意外な行動として捉えて驚くサクラはすぐにどこへ行ったのかを探る為に、ギュウキの動きを把握する為に繋げておいた1本の糸を使って調べる。
アルバはいざと言う時の為にすぐにでも馬車を出せるように御者の席に乗りつつギュウキの姿を目で探った。
そしてギュウキの動きはすぐに分かった。
「拙い・・・」
そう呟きを口にしたと同時に顔が少し青白さが混じる。その様子に気が付いたアルバは何か只ならぬ者を感じて声を掛けた。
「お嬢様?」
「こちらに来ている」
顔色が悪いサクラの答えにアルバは目を大きくして思わず大声で
「何ですとっ!?」
と叫んでしまった。
その時、シンは走っていた。
シンの考えではギュウキと町との距離がどんどん縮まっている。そこでサクラは糸の魔法でギュウキの動きをせめて制限を掛けて時間稼ぎをしている間にシンが先回りして浜の所でギュウキを迎え討つという作戦を取った。
現在シンはサクラからおよそ400m程離れた所で走っていた。
その時アカツキから通信が入った。
「ボス、ギュウキと思しき影が止まったぞ」
その言葉を聞いたシンは変わらずそのまま走る。
「そうか時間は稼げているんだな」
聞く限りでは作戦は上手くいっている。だからそのまま走っていた。だがアカツキの次の言葉でシンは動きを緩めた。
「ああ。だが、今の様子は少し変だ」
「変?」
走っていたスピードは時速50km。オフロード系の乗り物の平均的な速度で走っていた。
だがアカツキの言葉に引っ掛かりがあるように感じてスピードを時速30kmに緩めた。
「どんどん沈んでいっている・・・と言うより潜っていると言った方が正しいな」
「潜っている?」
緩めた速度で走りつつ、アカツキの通信に耳を傾けるシンは思わず気になる単語を口にする。
「ああ」
「それ・・・」
アカツキの肯定の言葉にどういう事かについて尋ねようとした時、シンは何かの気配を感じた。
「っ!?」
「どうした、ボス!?まさか・・・!」
声にもならない声を出したシン。その様子から何かに反応したと判断したアカツキは声を掛けた時、拙い状況を連想した。
「別方向に移動している・・・!アカツキ!」
シンはとんでもない範囲で気配を感じる事が出来る。シンはその気配を頼りにギュウキの動きを探っていた。するととんでもない方角へ向かっている事に気が付いたのだ。
「深く潜り過ぎてどこに移動しているのかが全く分からない!ボス、どこに向かっているのか分かるのか!?」
アカツキは改めてカメラで確認するも、深く潜っているせいで全く分からない。その為偵察などの衛星としてのサポートらしいサポートが出来ない。つまり頼りに出来るのは自分一人だけという事だ。
「大雑把だがな」
シンの言い方ですぐにどこへ向かっているのかを察したアカツキは
「・・・嬢ちゃんの所か」
と思いたくもない事を口にするかのような答え方をした。その答えにシンは
「ああ」
当たって欲しくなさそうに答えた。
その答えにアカツキはすぐにカメラをズームアウトして海面に何か変わった事があればすぐに気が付けるようにした。
「浮上次第すぐに報告する!」
サクラの方へ向かっているという事は必ずは海から上がる事をする。更に言えば上陸する可能性も十分にある。だから必ず浮上する。その瞬間だけでも今どこにいるか位はすぐに把握できる十分な情報収集だ。
だからシンは踵を返し、速度を上げつつ
「頼んだぞ!」
と強く頼った。
シンはサクラよりも先に鉢合せ様とサクラがいる崖の上を見つつ走って向かって行った。