241.火槍
ギュウキが陸地に予想到着時間10分前の事。
海の上では少なくとも隣の船の様子が影となって分かる程度どころでは無く、はっきりと目に見えて分かる様になっていた。
その船はギュウキの様子を窺いつつ、決して自分達には被害が及ばない距離を取っている弟子達の物だった。その数70隻。それぞれの船の大きさが20~30m。その船のどれもこれもが軍船と呼べるような造りになっており、中には投石機や破城槌と呼ばれる攻城兵器が積まれている船もあった。それが6隻あった。
そんな船が軍団となってギュウキとの距離を1km程話してオオキミの陸地に迫っていた。
そんな堂々として陸地に迫っている船の軍団の中で一人の弟子がある事に気が付いた。
「あ」
「どうした?」
呆けた声を出す弟子に少し苦笑気味に訊ねに来た弟子。
「今の距離ならそろそろギュウキの事に気が付いていると思うのだが・・・」
真面目でそれなりに重要そうな事柄に苦笑していた顔から一転して真面目に対応する弟子は同じ方角へ目を向けた。
「そう言えばそうだな・・・。もっとパニックになってもおかしくないよな・・・」
真剣なこの時になる細い目には疑問の色が窺える。そんな弟子に更に気になる事を口にした。
「そればかりか、人が減っているようにも見えるが・・・」
確かにギュウキと陸との距離はそれなりにあるとは言え、影で何か迫ってきている事が位は分かる。少なくともギュウキでなくとも大きな海洋生物が陸地に迫ってきている位には分かるはずだ。
「・・・一応はギュウキの事は知っているかもしれないな」
今の陸地の住人達の様子は目視でしか分からない。今の様子ではパニックになっておらず、徐々に人が減っていっている。この事からオオキミの住人達は冷静に対処している様に見えたのだ。
「避難しているって事か?冷静すぎだろ・・・」
意外と冷静に対処している事に「参ったな」と言わんばかりの口調で答える弟子はそれ程深刻に捉えていなかった。
何故なら今陸に向かっているギュウキは「フッタチ」を掛けて強化しているし、自分達の強さに十分すぎる位に自信があったのだ。
だからあの町を占領する事位容易く、問題なく遂行されると考えていたからだ。
先に気が付いた弟子はその事を意を汲んだのか理解したのかそれ以上何も言わなくなった。
だがこの時誰も気が付かなかった。
この船団の近くにいたはずのギュウキの群れと思しき影がいつの間にか無くなっている事に。
漁業関係者達が避難する15分前の事だった。
アンリとステラは漁港の南側に向かっていた。更に正確に言えばその場に立っていれば酷く目立つ場所に向かっていた。
「アンリ様、ギルドでございましたらこちらでは・・・」
「大丈夫、ステラ。任せて」
ございません。
そう言いたくもなる。何故ならギルド長がいるのは間違いなくギルドにいるからだ。だが今向かっている場所は明らかに違う場所だった。
だから道に迷っているからなのかと考えて進言しようとしたのだ。
しかし、言い切る前にアンリはそう言い切ってステラの進言を遮った。
「それは・・・あ」
それは丁度、港で演説や遊説が可能な酷く目立つ台がある場所に来た時だった。その場にいたのは今の状況に異常を感じた対応の早い冒険者や役人、ギルドの職員達が集まっていた。
そして台に立ち中心として指示を出していたのは有名な冒険者でも権威ある役人でも無く、他ならぬギルド長マエナガだった。
真摯に対応していたマエナガにアンリはスタスタと人と人の間をすり抜けて近付いて行った。
「あ、アンリ様!?」
ステラはこの様な人混みの間をすり抜けていく術を知らないし持っていない為引っかかってしまった。アンリはお構いなしに進んでマエナガに到達し
「マエナガ」
声を掛けた。
声に気が付きする方向へ向いたマエナガは
「っ!アンリか!?」
酷く驚いていた。その驚き方は信じられないものや恐怖に遭遇した時の様なものではなく、親しかったが遠くいった師匠が久しぶりに会った時の様なものだった。その証拠にマエナガの目には畏怖と尊敬の色を出していた。
「久しぶりな所だけど、私が言う事に素直に従ってくれる?」
アンリの言葉にマエナガはさっきの驚きの顔から一転して目元を鋭く細めて低い声で
「・・・今回の事で、か?」
と訊ねた。
アンリは静かに頷いて
「漁業関係者達をすぐに非難させる様にここにいる方々に言って」
とテキパキとした声を張った。
「う、うむ」
冷静に指示するアンリに少し押され気味になりつつすぐに承諾するマエナガ。
アンリは続けて冷静に声を張った。
「それからマエナガはいつでもあれを使えるようにして」
その言葉を聞いたマエナガはハッと表情を固くした。
「!何かややこしい連中がいるのか?」
「そう」
身構えた声でそう尋ねるマエナガにアンリは変わらず、冷静に声を張って指示をした。
「・・・分かった、前に出よう」
どことなく渋々と承諾したマエナガ。その様子にアンリは安堵しつつ、このような手段を取らざる得ない事に少し申し訳なさそうな心境になっていた。
「話が早くて助かる」
そう言ってアンリはその場を後にした。
丁度その時、ステラがやっとの思いでアンリに辿り着いた。
「あ、アンリ様?」
ステラがそう声を掛けた時には踵を返して別の場所に向かうアンリの姿だった。その様子を見たステラはマエナガに軽く一礼して慌てて追いかけ行った。
その様子を見ていた1人の冒険者がマエナガに近付き
「ギルド長、さっきの小人族の・・・女は?」
と訊ねた。
マエナガは小さく首を振りながら
「何でもないそれよりもこれより言い渡す事に従ってくれ」
低くくて静か、だがどことなく気迫ある声に訊ねた冒険者は一瞬身を震わせて
「は、はいっ!」
と素直な返事をした。
ギュウキが陸地に到着するまで7分前。
「んん?」
10分前の時とは別の弟子が何かに気が付いた。
それは港でそこそこ大きい桟橋の上に誰かが立っており、その人物は右手を上げて手から炎の槍の様な物を僅かに浮かせながら投げる様な構え方をしていた。
…ン…ァーン…
音が聞こえた。それは弟子達にとって聞き覚えのある銅鑼のような音だった。その音はその人物の方から聞こえていた。
「!」
その人物が動いた。その人物は火の槍を遠くに飛ばす様に投げた。
「何か打ち上げたぞ!」
その声に反応したからなのか、それとも最初から気が付いていたからなのか即座にその槍の方へ向いた。
ザッ…!
弟子達は何をどうするのかについては各々の船で対策を講じる事になっていた。その為、声や音、狼煙と言った物で他の軍船にいる弟子達に何の合図も出さなかった。
何かの火の槍の様な物はこちらに近付いて来るにつれて
ジャーン ジャーン ジャーン…!
銅鑼の音が鳴っていた。
近づいてくる火の槍を見た弟子2人はズイッと前に出て
「俺が先に落とす!」
「私よ!」
と豪語した。
その弟子2人の手は海の方へ掲げて同時に詠唱した。
「「ウォータージャベリン」」
すると海水を巻き上げて大きな水の槍を作り、そのまま銅鑼の音がする火の槍に向けて投げつけた。
ドッ!
ジュアァァァァ…!
濛々と立ち込める大きな水蒸気の塊を目の前にして弟子2人はどちらがあの火の槍にを撃ち落としたのかについて口論を始めようとお互いを見合った時だった。
ジャーンジャーンジャーン!
「「「っ!?」」」
音が鳴りやまず、そればかりかドンドン近付いてきている。
ジャーンジャーンジャーン!
これはもう無理かと悟った弟子達の誰かが
「チッ!」
と舌打ちをして我先にと救助用の小舟に乗って吊るされている縄を持っていた剣で切った時だった。
カッ!
丁度切った時に火の槍が海面擦れ擦れに来た時、オレンジ色の閃光が目を焼き付けるかのように光った。
ゴアッ!
その瞬間、火の槍が荒波よりも巨大な火の波となって船団を襲ってきた。