240.若さ
「チェエエエエエエエエエエ!」
蛇矛を構えた女性の弟子が裂帛を上げてモミジに向けて鋭い突きを繰り出した。
ボッ!
スッと体を躱す形で避けたモミジは少し呆れ気味に女性の弟子を注視していた。
(速いけど、遅い!)
持っていた2振りの小刀で
カカッ!
柄の部分を切り落とした。
「っ!」
驚いた弟子は思わず、落ちていく矛の刃先を見てそのまま身を若干捩り気味に後退しようとした。
「カエデ!」
「はい!」
タイミングと言うべきか、その瞬間を見逃さずにモミジはカエデの名前を叫んだ。
カエデは返事をして
シュルッ!
即座にハタキの様なあの武器の長い布を蛇の様に素早く動かして弟子の体に巻き付けた。
パシッ!
「グッ!」
体を動かせなくなった弟子は身を捩って脱出を図ろうとした。だがその瞬間
「・・・っ!」
急に体が痺れ始めて動けなくなってしまった。その様子に気が付いた弟子達の内の一人が気が付き、カエデに迫ろうと構えた。その瞬間をモミジは見逃さなかった。
「ジュウベエ!右!」
ダダダッ!
モミジの指示にジュウベエ!はすぐに動いた。
ジュウベエの駆け抜ける音が聞こえた弟子は音のする方へ向いた瞬間
「!」
スパッ!
自分の脹脛部分が斬られた事に気が付いたのは自分がガクンと膝から落ちた時だった。
「くっ!この・・・!」
モミジの近くにいた弟子が今のままでは拙いと考えて持っていた両刃剣で袈裟斬りの形で薙ごうと振った。
ヒュンッ!
キンッ!
モミジは持っていた2振りの小刀で軽くいなして横蹴りで弟子の腹に一発入れた。
ドガッ!
「がぁっ!」
ドズンッ…
かなり強く蹴ったおかげでかなり吹っ飛んで木の腹に叩きつけられてそのまま意識を失った弟子。木の近くにいた弟子は憎らし気にモミジの方へ見て
「おのれっ!獣がいなければ何もできない分際で・・・!」
と恨めし気が強くこもった挑発を入れた。
ヒュンッ
トスッ!
木の近くにいた弟子の額に何かが刺さった。
ドッ…ドサッ…
膝から崩れ落ちる様にして倒れ込む弟子の額にはモミジが持っていたあの2振りの小刀の内の1振りが刺さっていた。
「誰が?」
モミジはそう言って弟子の挑発に強い口調で聞き返した。当然ながら額に刺さった弟子はもう聞こえていない。そんな様子にカエデは慌てて
「モミジ!何故殺してしまうのですか!?」
と荒い口調で訊ねた。
「ハッ!しまった!」
カエデの声に我を取り戻したモミジは小さな声で「あ~・・・」と唸る様に漏らしていた。どうやら弟子達を可能な限り生かしたまま捕えようとしていたのだろう。だから、先程からなるべくなら致命傷にならない箇所を傷つけて動きを止めていたり、カエデの武器で動きを止めていたのだ。
そしてモミジとカエデがこのようなやり取りが出来る位にまでこの場を制した。
ドゴッ!
パラパラ…
地面にめり込むロウの拳と同時に地面に小さなクレーターが出来て衝撃で小石や砂が宙に舞って地面に叩きつけられていた。
後ろに下がるサトリは左手を腰に差していた刀を支える形で添えながら冷静に状況を見ていた。
そんなサトリにお構いなしに更なる攻撃手段に移るロウはサトリの顎を狙って蹴りを入れようと動いた。
「シュアアア!」
ビュン!
掠りもせずそのままヒョイと避けるサトリは未だに何かのアクションを起こす気配がなかった。そんなサトリにロウは目元を鋭く細めて次に蹴った勢いでそのまま跳んで腹目掛けて回し蹴りを入れようとした。
「ヒャアアア!」
ブォン!
空を切るロウの蹴り。変わらず避ける事に専念するサトリの様子は未だに変わらなかった。そんな様子にロウはイラつきを覚え始めて何かアクションを起こして欲しいと挑発の言葉を入れた。
「避けるばかりで何もできないかぁっ!?」
「・・・・・」
挑発を入れるも無反応のサトリにやはり無理かとすぐに諦めてすぐに攻撃手段に移った。
「キエエエエ!」
ヒュッ!
「チェェェェェ!」
ヒュン!
「ウォアアア!」
ヒュン!
繰り出される技の一つ一つの出が速かった。避けたとしてもすぐに攻撃手段を用意しているかのように繰り出される技はまるで中国拳法や少林寺拳法を思わせるものだった。だがサトリはそれらの技をいとも容易く避けていた。中には掠るか掠らないか位のギリギリの避け方をしていた。その避け方はその技は見切っているから最小限に避けていいる様に見える。
この避け方にロウは次第にイラつきを覚え始めていた。
そんな時、サトリは軽口を叩いた。
「やっぱりどっからどう見ても、技が若いな・・・」
軽口気味の挑発にロウの眉間に皺を寄せた。
「テメェ・・・!」
何とか怒りを堪えるも声が怒りに震えていた。その様子のロウに更に追い打ちを掛けるサトリ。
「図星だろ?」
その言葉にロウはついに一瞬怒りで我を忘れた。
「調子に乗るんじゃねぇぞ!」
そうサトリに怒声を浴びせた時、サトリは
「・・・!」
カッ
左手で刀の鯉口を切った。
ギラッ…!
「っ・・・!?」
白く輝く光にロウの目が刹那の瞬間、眩んだ時すぐに「拙い」と我に返ってすぐに後ろに下がった。
パッ…
小さな何かが開いた様な音が顔の所で聞こえた。その時だった。
ポタポタポタポタ…!
ロウの顔から少量の血が滴り落ちた。ロウの顔には左頬から鼻にかけて少し深い切り傷を受けていた。
「・・・!」
その事に気が付いたロウはさっきまでの怒りが出て来ていた。ただ違っていたのは一気に込み上がった来る者ではなく、沸々と湯が煮えくり返る様な怒りだった。
そんなロウにサトリは抜いた刀をそっと納刀して
「なぁ」
と声を掛けた。
怒りが徐々に込み上がってくるロウの口調は荒くてぶっきら棒なものになっていた。
「あ?」
その言い方は破落戸同然の態度だった。
「もうやめにしないか?」
意外な言葉に一瞬失笑するロウ。怒りのボルテージは下がらず、寧ろ上がっていたのだが、酷くゆっくりとしたスピードになっていた。
「今更命乞いか?ゴミクズの分際で侮辱した事をじ~っくり後悔してから止めを刺すからネェ?」
その言葉にサトリは呆れた溜息をついた。その様子にロウは怒りのボルテージのスピードが元に戻った。
「そうじゃない」
「ああ?」
呆れた口調のサトリにロウはチンピラ同然の口調でそう尋ねた。
「周りをよく見てみろ。お前の部下がほとんどが御されているだろうが・・・。これでもまだ戦うのか?」
軽く諭す様に言うサトリにロウは鼻で笑った。
「アタシはネェ、戦って勝つ事に何よりも生き甲斐だからネ。そんなのはどうでも良い」
その言葉に苦い薬を噛んだように顔を顰めるサトリ。
「・・・勝ちゃあいいのか?ジジィ」
ドスの効いた低い声を訊ねたサトリ。
「そりゃあそうさ。それに部下ではない。アタシが手塩に掛けて育てた弟子達だよ?まぁうっかり「死ね」と冗談をいえば本当に死んでしまうから冗談が言えないのがつまらない所だがネ」
馬鹿馬鹿しそうに答えるロウ。その答えに小さな呆れた溜息をつくサトリ。
「なるほど、そうやって死兵を作るが肝心な所は教えないという事か?やはり駄目だな」
キッパリと「ダメ」と言う言葉に眉をピクリと動かしたロウは
「何?」
とドスの効いた声で訊ねた。
その言葉を聞いたサトリは「まだ分からんか」と小さな声で呟き
「つまらん、お前の技。あっちの部下と戦った方がより楽しそうだ」
と言い切った。
その時
「っ!」
ロウの体内に巡る血と言う血が熱湯の様に熱く滾って目が血走り、顔が鬼の様な赤い形相になった。
その一瞬にして消えた。
(ここでこの技を使うのは癪だが、これは避け切れんだろ!)
ブワッ…!
風が流れてくる事を感じた時にはロウがサトリの前に来ており、真下から貫手でサトリの顔を一突きしようとする構えにもう既に入っていた。
その事に気が付いたサトリは最小限の動きでそのまま一歩下がりに入った。
「キィエエエエエエェェェ!」
ロウの声に
「ぉっと…」
サトリは間一髪と言わんばかりにロウの渾身の貫手を避けた。
ピッ…
サトリの目元あたりから何か掠ったような感覚を覚えた時の事だった。
パラッ…
トサッ…
サトリの目に付けていた目隠しの様な黒い帯とキャスケット帽が地面に落ちた。よく見ればどちらも鋭利な刃物の様な物で切られたようだった。ロウの技の鋭さがよく分かる。あのまま避けていなければ間違いなく顔は貫かれて絶命していたに違いない。だがサトリは最小限でその技を見切って避けた。だが、過ぎた最小限の動きによって帯と帽子を翳めてしまったのだ。
サトリは思わず両目を覆う様に触った。
「!」
その瞬間をロウは見逃さなかった。
そのまま瞬時に距離を詰めて貫手をそのまま胸の中に吸い込ませる様に繰り出した。
ボッ!
そのままサトリの胸に入ろうとした瞬間、サトリの腰から鯉口を切る音が聞こえた。
カッ!
「!」
ヒュンッ
ロウはそのままサトリの胸を貫く事はおろか触れずにそのまま避ける事を選択してそのまま後ろに下がった。
その判断は正しかったようだ。サトリの右手には白い光を放つ刀を持っていたからだ。
そのサトリの顔を見た瞬間、ロウの顔が豹変した。
「テメェ、その目・・・!」
その顔は箱の中にそれが入っていたと考えていた物があまりにも予想外の物がだった事による驚愕の顔だった。
それは驚きのあまり思わず動きを止めてしまう程の物を瞳に映していた。
対してサトリは冷静な口調で
「・・・それよりもジジィ、腕大丈夫か?」
とロウに声を掛けていた。ロウは何の事かが分からず思わず訊ねようとした時だった。
「な」
最初の一声の時、ロウの右手に赤い線がプクッと浮かんだ。その瞬間
ズル…
前腕が下に滑った。
「に?」
最後の一声を発した時
ドッ…
地面にロウの右腕だった物が落ちた。
その瞬間ロウは今何が起きて自分がどんな状況に置かれているのかをやっと理解して
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
漸く感じた激痛と、屈辱感の悲痛の叫びを森中に響かせたのだった。