236.培った暴力
遡る事、霧の深い今朝。
「この近くに村はあるかのォ?」
師父からそう尋ねられた時、ゴンゾウは素直に答える。
「ああ、それならこの・・・」
スッ…
ゴンゾウの前に手の平を出して待ったを掛けるアワダ。
宿の客になるかもしれない観光客と考えたゴンゾウに対してアワダはそうは考えていなかった。
寧ろ敵と考えたのだ。
何故なら師父の目は獰猛な獣のような目だったからだ。
「失礼、貴方は?」
ドスの効いた低い声でそう尋ねるアワダ。すると師父は変わらない口調で飄飄と答える。
「アタシか?アタシは「ロウ・イガズーク」と言うネ。よろしくネ」
ロウは好々爺張りにそう答えるとアワダは徐々に鋭い目付きになっていく。
「・・・ではロウさん、貴方は何故・・・」
冷静になり、そのままロウに近付きつつそう尋ねていくアワダ。ロウは両手をフリーにしていた。
「そんなにも・・・」
ロウまでの距離が4m程で、アワダがそう尋ねた時だった。
「チェーーーーーーーーーー!」
「「「!?」」」
ドゴッ!
突然、ロウが消えた。その瞬間を見たゴンゾウや部下達は思わず目を大きく見開いた。
消えた瞬間アワダはすぐに体を逸らす形で避けた。その瞬間、アワダがいた立ち位置、丁度重心の真ん中に当たる部分の地面が大きな音を立てていきなり抉れた。
「隊長!」
突然の事に部下の一人がアワダの安否を確認すべくそう声を掛けた。その声を聞いたロウの視線が変わった。
「隊長?アナタ、強いのかい?」
その視線はどことなく獣じみた視線に変わっていた。
そんなロウに対してアワダは自分の足元の抉れた地面をチラリと見つつ、ロウへ質問をする。
「貴方こそ相当強い様で・・・。何故こんな事を?力自慢ですか?」
先程アワダが尋ねようとした言葉の続きは「殺気を出しておられるのですか」だった。実際、ロウから微々たるものだったとは言え、確実に獲物を仕留めに掛かってもおかしくない殺気を出していたのは間違いなかった。
「いやネ、アタシは男でしょ?男だったら・・・」
クックックと笑いながらジロリと睨む様にアワダを見るロウは今までにない獰猛な笑みを浮かべた。
「戦いたくなるでしょう?」
「!」
ロウの言葉が合図と言わんばかりに構えるアワダ。いや、実際はロウから発せられる殺気を感じ取ったのだ。
言葉を交わし終えた瞬間、ロウは即座にアワダに向かって拳を繰り出しに掛かった。
「チィェ!」
ビュオッ!
奇声と共に繰り出される一発の拳をギリギリで躱すアワダ。
(速い!)
アワダがロウの拳を躱した時、腰に差していた刀に手を掛けて即座に抜刀しよう鯉口を切った。
チキッ…
いざ抜こうとした時だった。
ガッ!
(柄を抑え込まれた・・・!)
ロウが刀の柄を抑える形で抜刀を阻止していつ上げたの分からない片足を高々と上げてそのまま踵落としを繰り出した。
「ホォアァァァァ!」
ドンッ!
また、抉られる地面。
また、大きな音。
まだ、止まぬ殺気。
「っ!」
チリッ…
右肩を狙っていたのか、右側の衣服の一部分が斬られるように破れていた。体にこそダメージは負わなかったものの当たれば決してただでは済まないのは間違いようのないものだった。
「ホオッ!その程度か?剣士よ」
興奮気味に挑発するロウに対してアワダは素早く後退して冷静に質問を続けた。
「ロウさん、さっき言った・・・」
「むぅ?」
首を傾げつつ耳を傾けるロウ。
「さっき貴方が言った「この近くに村はあるか?」と・・・。あれはどういう意味ですか?」
一瞬唖然とするロウだったがすぐに不気味にニタァと笑って答え始める。
「そのままの意味じゃ。その村でアタシらの為に死んでもらうだけの事。気の毒だがの」
ロウの不気味な余裕の態度とその言葉を聞いた瞬間、大きな綱が乱暴に千切れた音が耳の奥から聞こえたアワダの形相は荒々しく激情に染まっていた。
「!」
いつの間に抜いたのか分からない長い刃がロウの目に映った。
ヒュンッ
ピィッ…
間一髪後ろに避けたロウの服には大きな切った跡が残った。
「ホッホォ~!」
それを見たロウは恐ろしくも怯える事も無く、唯々子供の様に燥いでいた。
「・・・!」
その様子を見たアワダはイラつきを覚えるも、今の出来事を見たおかげで少し冷静さと落ち着きを取り戻す事が出来た。
「ほぉっ!なかなかやるのぉ!」
燥ぐロウにアワダは落ち着きを取り戻したおかげで冷静に質問を続けた。
「貴方は何の為にここにやって来たのですか?」
その言葉にロウは「ふむ」と答えて
「・・・ふむ、見た所剣士はこの国の衛兵の様じゃのぉ?」
とアワダの姿をそのまま見た感想の様に訊ね返した。アワダは
「ええ」
と毅然とした態度でそう答える。
するとロウは不気味な笑顔で質の悪い悪戯を仕掛けた子供の様な物言いで
「ひっひ!ならば教えられん事の方が多い」
と答えた。
まるで人の命をイタズラの道具、玩具を乱暴に扱って悪びれない態度だった。
その様子にアワダの額からプチプチと小さな糸が引き千切れる様な音が聞こえて、無自覚に刀を持っていた手が赤くなるまで力が込めて握りしめられていた。
「ならば、問い質すまでの事!」
そう言った時、刀を両手で軽く握り、手の位置を高くして、右側に寄せて肘を大きく張った。足も八の字に開いて前にのめり込む様にして上半身を出す。
そう、所謂八相の「引の構え」をとったのだ。
「キェェェェェェッ!」
剣道や剣術を手慰み程度でも知っている裂帛、「猿叫」。
独特の裂帛で相手を動揺を誘わせ、身体に一瞬の硬直を入れる一つの技。これによりアワダはロウが硬直した所、袈裟斬り一振りを食らわそうとした。
ドッ…
強い踏み込みでもう一歩の所で間違いなく致命傷を負わせる事が出来る距離。その距離が縮まった瞬間、ロウは左に体を逸らし刀身の腹にて掌底一突き入れた。
「ハァイッ!」
パキンッ…!
掛け声と共に掌底が刀身に触れた瞬間アワダが持っていた刀が折れた。
「!」
たった一突きで己の刀が折れた事に驚いてしまったアワダ。猿叫をして驚かせるつもりが逆になってしまった。
その事に気が付いたのはロウの言葉を聞き終えた瞬間の時だった。
「中々に早うて良い剣戟じゃった」
ドシュッ…!
終えた瞬間、頭にその事に気が付いたと同時に胸に強い衝撃と鋭い痛みを覚えたアワダ。見れば胸に吸い込まれるように貫手を繰り出しだロウ。
ズボッ…!
「かっ・・・はぁっ・・・!」
口から夥しい血を吐き、地面に跪くアワダ。
額には出した血に負けじと溢れ出る冷や汗に、抜けていくように顔色が悪くなっていく。
「じゃがアタシが強くてお前が弱かったのぉ」
ひょっひょっひょっ、とバカにした様に嘲笑うロウ。
だがそんなロウにアワダはイラつきや諦めと言った物は無く、シンの行動で気が付いた時の様に何かに気が付き閃いた様な顔つきになっていた。
「貴方は老人か?」
その言葉にネシはピタッと固まる様に止まった。
「見ての通りじゃよ。どこにでもいる枯れた年寄りじゃよ」
飄飄とニッコリと笑いながらそう答えるロウ。だがロウの目にはどことなく憤りのに近い敵意を感じるものが窺えた。それに気が付いていたからかアワダはそんなロウに
「違いますね・・・」
と断言した。するとロウは目元が一気に鋭くなった。
「貴方の技は若い・・・!」
「・・・・・」
アワダがそう言い切った途端黙り込んだ。風が止み草木が静まり返るかの様に全身の力が不思議と抜くロウはそっと手刀を作り、そのまま高々と上げた。
「死ね」
強い殺気を込めてそう吐き捨てながら
ザシュッ…!
手刀をアワダの首、頸動脈部分を鋭利な刃物の様に切り裂いた。
ブシーッ…!
ロウ体にはアワダの大量の血が付着した。そんな事に気に留めず、フイッとアワダ達の部下やゴンゾウ達、村民の様子を見た。
「師父終わりました」
そう答えたのはロウの弟子達だった。弟子たちはいつの間にか現れており、10人程いた。
弟子達の足元には冷たくなっていくゴンゾウ達やアワダの部下達が倒れていた。
「さてと、アタシが夢中になっている間、始末は出来たかネ?」
「滞りなく」
部下達の腰を見れば刀を抜いていなかった。それどころか一般人であるゴンゾウ達は抵抗した跡すらも無かった。この様子から鑑みるに、どうやらアワダとロウが戦っている間に不意を突く形で殺していた様だ。
こうした状況にロウは満足したのか獰猛で満足そうな笑みを浮かべて弟子達に命令を下した。
「うむ、では他のゴミ共を始末をするかネ」
「「「はい」」」
何の躊躇いも無く返事をする弟子達の様子に師父であるロウはそのまま森の奥へと消えていった。
アワダ達はピクリとも動かず唯々静かに目を閉じてしまった。