232.比にならない
サトリが鯉口を切った瞬間モミジは
「ジュウベエ!」
と名前を呼んだ。すると森の中から
クォォォォォォォォォォォォ…!
とイタチ特有の威嚇の唸り声が聞こえた。そんな唸り声を聞いた弟子達はキョロキョロと辺りを見渡した。
5人いる弟子達は一旦見渡したがすぐにモミジのへ向いた。
「獣使いか・・・」
頭部が坊主頭の弟子がモミジの技能と使役している獣をすぐに理解した。
「我ら、アルミラージと戦ってきた故、手古摺る事なし」
ぼさぼさ頭の弟子はニヤリと笑いながらそう言い放った。どうやら獣と戦う修行は何もこの国で行っただけで無く大陸でも同じ修行を行ったようだ。
「意味がない事をしたな?」
挑発するロングヘアで三つ編みをしている弟子。
ジュウベエの唸り声を聞いた彼らは不敵に笑み浮かべて、侮っていた。その様子を見たモミジは冷たい目を向けて酷く殺気を籠った声で
「やれ」
と言った。
同時刻。
それはラッハベール合衆国では訓練がてらにある依頼を受けた。編成としては訓練しに来た冒険者達と共にエリー達も参加する形で動いていた。その為、冒険する編成としては50人というあり得ない位の人数で草原に来ていた。
エリー達は今回の依頼でかなり危険という事を予め聞いていた為、全員に鉄板が仕込まれた皮鎧を着ていた。
「はぁはぁ・・・」
鉄板が仕込まれた皮鎧は重くて仕様がない。その為息が上がり少しふらつきそうになるエリー達。
「おっと・・・」
ニックが少しふらついたせいで足元の小石に躓きその場にしゃがむ形で扱けた。
「おーい、大丈夫か?」
ニックが扱けた瞬間を見た他の参加した冒険者が声を掛けた。ニックは少し扱けた程度で済んだだけで別にケガ等はなかった。
「はい、大丈夫です!」
そう言って手を振ってそのまま立ち上がろうとしたニック。
その時、ニックの背中に鋭い衝撃が走った。
ド・ガァン!
「ぐっ!」
ズザザザァー!
背中の皮鎧の皮の部分は削げて鉄板が見える程の疵を負った。
何が起きたのかと瞬時にその正体を知るべく目を向けるニック。
「・・・!」
背中の鋭い衝撃の正体は角の生えたウサギだった。そのウサギの目はウサギとは思えない位に酷く鋭い目だった。まるで獲物を見つけて狙っているかの様な目。どうやらそのウサギはニックの首部分を狙っていた様だ。
幸運だった事にニックは丁度立ち上がろうとしたから、頸椎を狙った刺突は背中の装甲で滑った。「認識外の脅威である、不意打ちや狙撃の成功率を下げる」という「鎧」の最大の能力が遺憾なく発揮された瞬間だった。
お陰で命拾いしたニックは弓矢を持ち、矢を弦にかけた。この時ニックが持っていたのは短弓ではなく、長弓だった。概ね13kgの弱い弓だが、矢は接近戦用の重い矢を飛ばす事が出来る為、決して弱くはない。異変に気が付いたエリー達は勿論、他の冒険者達もすぐに武器を持ち構え始めた。
グルルルル…
唸り声を上げるそれはこの世界で正確にはこの大陸中に広く生息する角の生えたウサギに似た危険生物。
通常は野兎~大型兎程度のサイズだが、稀に大型犬位の大きさもいる。今回のアルミラージは30kg程あるイノシシ並みの大きさのものだった。見た目がウサギに似ているがウサギとは全くの別種でクズリやラーテルと言ったアナグマの仲間だ。肉食で極めて狂暴。自分よりも大きくて強いクマや人間でさえ積極的に襲い掛かる。
ウサギそっくりの左右の目は草食獣の様に360度近くを見渡しながらも、突進時にやや斜め上を見た時だけは距離を測るべく正面を向く。
その太い首は全力で気に突撃し角を突き刺しても平然としていられるほど強く、背中の革はクマの爪も牙も通さない。
獲物を狩る時は草食獣の様な高速持久走力で獲物を追い詰め鋭い角で刺して仕留める。
草食獣の全集警戒能力と高速持久走力を持ち槍の威力と革鎧の防御力を持ち、凶暴な肉食獣、アルミラージだ。
実は訓練と同時にこの依頼が入ってきており、一つの訓練と経験という事でこの依頼をプロとアマチュア、初心者込みで50人という大きな編成で受けたのだ。
「ニック!」
サッ!
ニックは咄嗟にいつでも矢を射る準備に入った。弦を強く引き絞り、アルミラージを狙った。
ギリギリギリ…
慣れない武器とは言え、引き絞る弓の弦は十分に張っており、今のアルミラージを仕留めるには至難ではあるが十分な強さだった。
強く引き絞るニックに狙いを定めたアルミラージは後ろ足を強く蹴った。
ドッ…!
強く蹴った事による地面の抉れが残り、その巨体から考えられない程のスピードでニック目掛けて突進を計る。
ニックは心臓に大きなノックするかの様な早く強い鼓動を出しつつ、冷静に決してブレない集中力を持って弦にかけた矢を瞬時に放した。
パンッ
弓矢特有の破裂音が小さく響いた。だが、アルミラージは飛んでくる矢を見切ったのか、小さく横にずらした。当然ニックが放った矢は無情にもあらぬ方向へ飛んで行った。
「くっ…!」
ニックは即座に矢を射る準備に入ってすぐ放った。
パンッ…パンッ…パンッ…!
体重は30kgはありそうな、迫りくる巨体のアルミラージに正確な矢の速射をするニックは躊躇いなかった。だが、アルミラージは小刻みに動いて飛ぶ矢を避けていた。例え被弾していても決して怯みはしなかった。
ゴォッ!
概ね13kgの弱弓とは言え接近戦用の重い矢が1秒強で3発放たれ、腹を裂き、背中を刺し、頭蓋に刺さる。だが、狙って突進してくるアルミラージは決して「矢」でも「投槍」でもない。
生きた「ランス」だ。
「・・・!」
ニックの目には鋭い角が大きく映った。
もうダメだ。
死ぬ。
そう判断した瞬間、ニックの目にアルミラージの側面から黒い影が瞬時に現れた。
「・・・!?」
その影は大きくて頑丈な盾がある様な安心できる何かが心の奥底から沁み出した。
それを感じた時の事だった。
「らああああああ!」
ザンッ!
ギュアッ!
アルミラージは苦痛の悲鳴を上げた。悲鳴の原因は首元に向けて袈裟斬りの要領で振り下ろした時、深く切り込んだのだ。
その影の正体は訓練に参加していた2m近くの巨体を誇る冒険者だった。その冒険者の武器は大剣で所謂クレイモアを扱っていた。
そのクレイモアを大きく上段の構えに入って地面を割るが如く勢い良く振り下ろしたのだ。
「お”お”お”お”お”お”お”!」
雄叫びを上げて更にクレイモアを強く振り下ろして止めを刺した。
ザンッ!
ギュッ…
アルミラージは断末魔を上げてそのまま地面に頭を付けた。
そんな様子のアルミラージに巨体の冒険者は決して剣の構えを解く事は無かった。実は生物は致命傷を負っても5~10秒程の間は動く。それも相手は必死に逃げようとするから激しい。それのせいで深手を負ったり、命を落とす事も多い。
巨体の冒険者はこの事を知っていた。だから警戒や構えを解く事は無かった。
そしてそれは正解だった。
ズアッ!
ガギン!
アルミラージの頭部が横一文字に一振りしたのだ。巨体の冒険者はその鋭い角をクレイモアで受け止めた。そのお陰でノーダメージで事無きを得た。
ドサッ…
最期の最期に力を振り絞った抵抗も虚しく巨体の冒険者によって潰されたアルミラージは今度こそ地面に伏せた。
「・・・・・」
唖然とするニック。
「「「ニック!」」」
その声に我に返るニックはエリー達の方へ向いた。そして巨体の冒険者がやってきて言葉を掛けた。
「奴の正面から射るにはやたら硬ぇし、滑るからガチで中心か目玉狙わないと弾かれる。これはイノシシとかクマも同じだからな?」
そうアドバイスをして手を差し伸べた。
「は、はい」
ニックは少し唖然としながらも立ち上がった。今の自分に足りないもの。今の自分に必要なもの。どんな武器でどんな技術が必要か。それを改めて知ったニックは少し反省の色が窺える返事をした。
それを見た巨体の冒険者はニカッと笑った。
「だが、テメェは凄ぇな。パニックを起こさずに射るってよ・・・」
「あ、ありがとうございます。自分でも分からないまま必死に矢を放っていましたので・・・」
「それが凄ぇんだよ」
アルミラージが迫ってきていた時に弓矢を速射していたニック。今回の襲撃や急襲と言った事に出くわしてしまうと人はいきなりの事に体が膠着してしまう。その為、あっという間にやられてしまうのだ。だから兵士は勿論、冒険者でも動けるように訓練をする。現代でも新兵は当然これができないから、出来るように反射的に人影や人形を撃つ等の自然と動ける訓練をさせる。
この事を考えればニックは実に素晴らしい胆力を持っていると言える。
弓使いに最も必要な事は技でも力でもない。「撃つべき時に撃てる」という事。
そして、己が口だけでなく戦士である事を証明した瞬間だった。
ニックは巨体の冒険者が何を伝えたいのか察したのか照れくさそうに
「はい」
と静かに答えた。
同時刻。
オオキミ、サトリ達と弟子達が対峙していた時から少し経った頃。
弟子達は地面に伏せて動かす事が出来ずにいた。5人いる内、2人以外の弟子達は動かなくなっていた。よく見れば体には鋭利な刃物の様な物ででズタズタに切り裂かれており、赤い水溜りが出来上がっていた。もう後は冷たくなる事を待っているだけの存在なっていた。
息があるものの動かす事が出来ず地面に伏している事しかできない弟子達の腕や足には同じく鋭利な刃物で切り裂かれており、徐々に血がじわじわと浮かぶように出血していた。どうやら四肢の腱を切られており、動かせる事が出来なくなっていた様だ。
「っ・・・!?」
「~~~~っ!?」
何故自分達は倒れているのかが分からず、状況を確認するべく目で辺りと確認する弟子達。その顔には最初の時の様な高慢で自信に満ちていた顔が消えて余裕が無くなり、侮っていた事に後悔していた顔に成り変わっていた。
ザッ…
「!」
2人いる弟子達の内1人の前にモミジがやってきて冷たい表情で
「アルミラージ程度で私のジュウベエに勝てると思うな」
と吐き捨てた。