21.雇用
「ギア、俺達に雇われてみないカ?」
シンはギアの方へ向きとんでもない事を言い出した。
「シン兄?」
エリーは大きく目を開く。
「どういう事だ?」
シンは真剣な顔でギアを見る。
「ギア、お前は多分長生きだロ?という事はこの世の事は大体の事は知っているはずダ。格闘技が使える上に魔法もかなり知っていル。それで、皆に教えてやってもらえないだろうカ?」
「・・・シン兄」
エリーはシンの方を見てそう呟く。ギアは腕を組み最もな疑問を口にする。
「ふん・・・シン、何故この者らに?」
ギアの疑問にシンは静かに答える。
「・・・少し前までこいつらは奴隷だったんだヨ」
「・・・・・」
ギアは何も言葉を返さずただ黙って聞いていた。
「だからこいつらには自分の力で生きていくために力が欲しイ」
シンがそこまで言うとギアが疑問を口にする。
「それならば其方が教えれば良いだろう?」
「・・・俺では力不足だからナ」
シンだけでは体力とスタミナ、モンスター相手では恐らく問題ないが、対人戦では武術の心得を持たず「BBP」に頼っているシンが教える事は出来ない。また、魔法に関しては「ブレンドウォーズ」ならばともかくこの世界においては全く知らない。その為この世界の魔法を組み込んだ戦闘等を本格的に教える事も出来なかった。
また、料理や皆の世話も行っているシンにとっては負担が結構あった。
ギアさえいれば少なくとも、武術ができるギアが教えてもらえば効率的に対人戦での対処が学べる。それにシンの負担が減る。
「ふむ・・・。だが、雇うという事は報酬があるのだろう?それは何だ?」
理由が分かったためか雇われる前提で報酬を聞いてくる。
「そうだナ・・・・。お前が気に入ったピザにはあらゆる種類があるんだが、それら全部食わせるト・・・」
「決まりだ」
シンが言い終える前に即決するギア。
「・・・返事早いナ。あとそのセリフは俺のダ」
シンのこの返事は遠回しの交渉成立だった。今度はエリーの方へ向き
「エリー、もう一つ聞きたい事があル」
「何、シン兄・・・」
「お前が持っている魔法について教えてくレ」
「・・・・・・・・・・」
エリーは少し考えたが今後の事を考えると教えておくべきと思い
「「解析」と「治療」。それから「焔獄」「栄水」「誕生」の基本的な攻撃魔法・・・」
「・・・そうか、教えてくれてありがとウ」
「それを知ってどうするの?」
恐る恐る聞くシーナ。
「ここにいる皆のパワーバランスと長所と短所についてを知りたいんダ」
「なるほど、其方以外のここにいる全員が一団として行動しても問題無いようにするつもりだな」
シンは頷く。ギアはシンが頷いた事を確認すると皆に訊ねる。
「皆はそれで良いのか?」
ギアは皆の方へ向く。
「ああ、わかった」
「うん、それでいいよ」
「・・・問題ない」
「大丈夫」
ギアはククとココを見る。
すると、2人は力強く頷いた。2人もやる気満々だった。その事を確認したギアは意気揚々と声を上げる。
「分かった、ならば皆で・・・」
ギアが「皆」と言う単語を出した事に気が付いたシンはギアに制止を掛ける。
「ギア、ククとココはまずナイフの扱いからじゃないト・・・」
「む、そうなのか?」
ククとココはまともにナイフを持った事が無い。この世界での本格的な戦闘訓練は分からないが剣はおろかナイフをまともに扱った事が無い者に戦闘訓練させるわけにはいかなかった。シンが制止を掛けた時エリーが疑問に思った事を訊ねる。
「私にナイフは・・・?」
「エリーは基本的に魔法の方を優先してくレ。日常生活で扱う程度は後々からでもいイ」
シンがそう答える。
「そう・・・」
エリーは魔法がまともに扱う事に嬉しく思ったのかほんの小さな笑みを浮かべた。そんな様子のエリーをよそにシンはギアと会話を再開する。
「取敢えず、俺がククとココにナイフの基礎から教えル。ギアは残りの皆を頼ム」
「承知」
ギアはそう頷く。それを確認したシンはククとココを見て
「ククとココはこっちに来イ。まずはナイフの扱いからナ」
「うん」
「わかった」
「なら、メシ食ったら前に渡したナイフもって来てくレ」
2人は頷く。
今度はギアが
「よし、ならばそこにいる4人は己の力を見せてもらうぞ。メシを食ったら組み手をさせてもらう」
シンとククとココ以外の皆は「うっ」と言わんばかりの顔になっていた。これは仕方のない事だ。何せ組み手の相手は4mのドラゴンだから。
それぞれの訓練に参加して40分経った頃。ギアは皆の実力はどれ位のものなのかを諮る為に集団の皆とたった一体のギアと言う形で組み手を行っていた。
「「「はぁはぁはぁはぁ…」」」
皆は武装しているが服はドロドロのボロボロに疲れていた。ナーモは疲れて跪いてマチェットを杖代わりに支え、シーナは構えてはいるがフラフラだ。ニックは弓矢を構えようとするが力が入らず弓を引く事が出来ずにいた。エリーは動き回りながら皆に魔法で回復を掛け過ぎて息切れを起こしている。
「どうした、これまでか?」
ギアは人間でいう所の腰に両手を当て挑発するような言い方で皆に言う。
だが、まだ皆は闘志は燃え尽きていない。
「・・・・・」
シーナは未だに目付きを鋭くしたままだった。
まだ、根を上げない。
「・・・まだやれる」
「まだまだ!」
「なめるな!」
皆が力強い闘志を燃やした事を確認したギアは腰から両手を離し軽く構える。
「ならばもう一度だ!」
皆はギアと組み手を再開する。
「・・・・・」
シンはそんな皆の様子を見ていた。
(・・・タイミングやコンビネーションが上手くいってないな。まぁ当然と言えば当然だろうが・・・)
シンは皆がギアとの組み手でたただ見守りつつ欠点を気付いていた。そんなボーッと皆の様子を見ていたシンの裾が引っ張られる。
「シン兄、後はどうすれば良いの?」
ククがシンの服の裾を引っ張っていた。
「ン?ああ、ゴメン。今教えるかラ」
シンはククとココにナイフの扱い方を教え始める。今、シンとククとココの手には軍隊が使われているトレーニングナイフという刃の無いナイフで握り方、物の削り方や切り方、対人戦における扱い方を教えていた。
「ああ、確実に相手を切るつもりで手数を多くすればいイ」
そう言ってシンは自分用に「ショップ」で購入したハンティングナイフを持つ。太さ1m程の木の前に立つ。
ユラ…
シュッシュッシュッシュッ…!
腰を落とすように屈み、流れるように木を切り刻んでいった。
「とまぁこんな感じダ。じゃあ早速、ハンティング・・・前に渡したナイフで二人ともやってみてくレ」
刻まれた木の表面。一見すれば浅く刻まれているように見えるが実際はかなり深い。もしこれが人間のような生きとし生きている者であれば只では済まないのが窺える。木の表面の状態をククとココに丁寧に教える。
「わかった」
「やってみる」
早速ククとココはハンティングナイフを構えて木に切りかかる。
「えーと・・・」
フラリ
シュシュガッ…シュシュシュッガリッ
2人のぎこちない動きのせいで所々で引っかかって動きが止まる。
「あれ?」
「なんで?」
「まぁ、最初はぎこちなくて動きにくイ。そのせいで斬り方一つ一つが深すぎたり、浅すぎているんダ。だが、そんな動きだといざとなると負けてしまうゾ。工夫し、もっと流れるような動きをしロ」
2人のナイフの切り込みは切り込む時の角度に問題があった。ナイフを倒し過ぎると浅い切りキズになり、大したダメージしか与えられない。
逆に立ちすぎると今度は切り刻む時に切る対象の硬い部分に引っかかり攻撃を止めてしまう。これこそ大きな隙になってしまう。
つまり、倒し過ぎず、立ちすぎずの絶妙な角度をククとココが覚えなければならない。
その趣旨を厳しく2人に言う。実際いざ戦う羽目になってしまうと今のように動きが止まると負ける。戦いでの負けは「死」だ。決して甘くはない。だからこそククとココに対して厳しく言う。
ククとココはもう一度シンがさっき言った事を参考にしながら訓練を再開する。
フラリ
シュシュシュシュシュガッ…シュシュシュッガリッ…シュシュッシュッシュッシュシュシュッガリッ…
以前よりかは良くなりつつある。
だがまだ駄目だ。
シンは2人の様子を見ながらある事を考えていた。
(“元々の身体能力と魔法に頼り過ぎだ。あれではいつか敗れるぞ”・・・)
ギアに言われたあの言葉を思い出す。
(やっぱり、どうにかして武技を身に着ける必要があるな)
シンは再度考える。どうにかして武技を身につけなければならない。ギアに頼ってもいいが、完全に信用したわけではない。なるべくなら自分自身で何らかの方法で武技を知る必要がある。
(せめて、馬車の中に本が・・・)
「本」・・・
(あっ!)
「本」というキーワードに閃く。
(「ショップ」!)
「ショップ」には「書籍」のカテゴリーがある。ならそこに武術の本があってもおかしくはない。魔力はギアとの戦いで大量に手に入った。因みにどの位手に入ったかというとお金に例えるなら8000万円位だ。そのため、まだまだ余裕はある。
(今日の訓練が終わり次第購入するか・・・)
シンはククとココの訓練を見ながらそう思った。