227.スッパ抜く
現在17:00~18:00頃の夕方。
その町は「カミコ様のお膝元」と呼ばれる場所、「オオミヤコ」というこの国で最も大きく首都と呼ぶべき町だった。
そのど真ん中には姫路城を連想させる様な白さに熊本城を連想させる様な城の施設の配置、主体となる天守閣は安土城を連想させる様な独特の造りの大きな城が聳え立っていた。
当然その城はこの国の政を行う為の場所であり、国賓や有事の際には重要な戦力的拠点としても活用される場所だ。
現在城ではギュウキの事について、ギルドでの盗難騒ぎ、身元不明の死体、そしてこれらの関連性について会議を行っていた。
「「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥…………」」」
暗かった時の奥座敷とは違い今は明るく、今の広い奥座敷には十数人の高官とも大役と言える者達、所謂「家老」達がこの場で談義をしていた。今居る者達の種族は主なのはやはり鬼人族が多く目立つが、中には獣人族や普人族、中には小人族の特徴を持った者もいた。そのほとんどはかなり若く見え、とても「家老」と言う単語には似合わなかった。
お互いがお互いどこで何が起きたのか、この情報は知っているのか、もしこのような事が起きたらどう対処するべきか等、各々が管轄する役職、地区等を情報交換や対処法についての意見交換を行っていた。家老と呼ばれている役職の人間のほとんどは若い者が多い。だが、話し方や話の内容、着眼点等がどことなく年を取ったそれを感じるものがあった。
それ故にこの場に居る者達は見た目と違ってかなり高齢に差し掛かっている者達なのだろうという事が分かる。
「ギュウキがこちらに来たのであればこの地区の民達を避難を誘導できんか?」
恐らく小人族と思われる男が他の家老にそう尋ねる。すると獣人族の男は
「良かろう。だがこちらでは長期の避難は難しい」
と答える。確かに地区や土地柄の関係で手に入る物資は限られてくる。その為長期の避難生活は難しい。そうした理由を意を汲んだのか普人族の男、老人が
「おお、それならば儂の所の物資を融通を利かそう」
と提案する。当然その提案にすぐに乗る獣人族の男。
「それは願ってもない事。痛み入る」
こうやって隣の領地や地区の事情を知りつつ、見返りを求めず提供する姿勢を他の国の貴族や高官が見ればかなり驚く事であると同時に、こうも取れる対応でもある。
それ程に逼迫した状況なのかと。
そんなやり取りをしている家老もいれば今回のギュウキ騒ぎに疑問を持つ者もいる。
「それよりも本当にギュウキの目撃は間違いなかったのか?その者の見間違いという事は無いのか?」
「然様。しかし、この国の事情を思えば楽観視するよりも慎重に動く事に越した事は無いだろう」
否定せずとも、この国の事情を考えればギュウキ程の脅威はなくとも別の脅威はあり得る。だから今回進めている対策や対応を止めなかった。しかしだからと言って鵜呑みするのも危険だ。
「であるな。だが、裏を取る必要があるのぉ」
そう裏を取る必要がある。その裏は誰か取っているのかと自分以外の家老に目をやる家老に他の家老達は首を振るか静かに目を逸らす、沈黙はすれども決して肯定も否定の言葉を口にする者はいなかった。
そんな沈黙の中破った者がいた。
「案ずるな。既に手は打っておる」
声がする方へ向く家老一同。その奥座敷には簾があり、更にその奥の簾の先には人影があった。どうやらその場所はモミジに命令を下したあの奥座敷の様だった。そして声の主はあの甘い声からしてカミコの様だった。
「と申されますと?」
家老の一人がそう尋ねる。するとバッと音を立てて扇を開くカミコは自信満々に答えた。
「モミジに探らせておる」
同時刻。
その場所はギルド裏。その場所はちょっとした物置と休憩場所して利用されており、普段誰に立ち入らず、職員やギルド長が主に使われている。
そうであるにも関わらず、その場にいるのはサトリとカマイタチと少女型アカナメの飼い主の少女だった。少女の傍らにはあのカマイタチとアカナメがいた。
カマイタチは少女に頭を差し出して撫でてくれと言わんばかりに甘えており、アカナメは少女にピッタリと腕を組む様な形で引っ付いていた。
そんな様子の少女にサトリは普段の飄飄とした口調ではなく真剣な低い口調で訊ねる。
「何故お前さんがここにいるんで?」
一拍を置いて少女の名前を口にした。
「モミジさん」
モミジ。
その名はカミコから言い渡された時に使われたあの名前。どうやら少なくとも情報収集を行っていたあの少女は彼女のようだ。モミジは軽くカマイタチの頭を撫でる。
「上の命よ」
堂々として毅然とした口調でそう答えるモミジ。その返答にサトリは手で顎を撫でて納得する。
「・・・なるほどねぇ。という事は本屋にいたカエデさんも、か・・・」
本屋のカエデ。それはシン達をギルドまで向かっていた最中に立ち寄った本屋の店主の女性。どうやらあの女性もモミジと同じ組織、恐らく情報を収集する所に所属している者の様だ。
「そう言う事になるわ」
頷きながら答えるモミジ。
「・・・何の命かは」
変わらず低い口調のサトリ。
「言う訳ないでしょ。と言うより言わなくても分かるでしょ?」
キッパリいうモミジにサトリは
「だよねぇ・・・」
と普段の飄飄とした口調に戻る。
どこの誰が命令を出していたのかはサトリは知っていた。だがその名を軽々しく使うのは何かしら大きな影響がある為、口に出す事は基本的にやってはいけない事とされている。
サトリの飄飄とした雰囲気にモミジは小さな溜息をついて苦言を呈した。
「・・・相変わらず、フラフラとしているの?」
呆れ混じりで皮肉があり、どことなく心配しているように感じる言葉。サトリは皮肉交じりの言葉の感じに少しムッとした心境になり
「そちらさんこそ、カチカチのキッチリなのかい?」
と皮肉交じりで訊ね返した。
サトリがそう言うとモミジはフンと面白くなさそうに鼻で答えてそっぽを向き、カマイタチの頭を撫でる事を止めた。
「まだ、御上の御姉様は甘々の口であ~だこ~だと言っているのか?」
更に少し皮肉交じりの訊ね方の上にイラッとさせる様な口調で訊ねる。するとカチンときたモミジは食って掛かった。
「・・・っ!貴様、カっ・・・!」
モミジの言葉で一気に鋭い雰囲気になるサトリは言葉に滑り込ませるように自分の口元に人差し指を当てて「静かに」のジェスチャーをする。
「・・・誰に聞かれているか分からない状況で「その名」を軽々しく使うんじゃない」
低く鋭く、毅然とした口調でそう言い放つサトリにモミジは小さな声で
「ぁ・・・」
と自分がしてしまいそうになった事とに対してに声を漏らしてしまう。その後すぐに自分に対する怒りと後悔が込み上げ、片方の手を拳を作りギュッと強く握りしめた。
その様子を見たサトリは聞こえない程小さな溜息をついた。
「「ウエ姉様」は調べているんだい?」
サトリの言葉に現状に引き戻されたモミジはサトリのその呼び方に少し眉を顰めつつ答える。
「・・・詳しくは言えない一言だけ。それから他言無用でお願い」
「勿論」
少し慎重な姿勢を感じる言葉にサトリは静かに頷いた。モミジは改めて周りに誰もいな事を確認した後、一拍を空けてから声を殺し気味に答える。
「ギュウキがこの近辺に出たかもしれない」
「!」
モミジの言葉にサトリは体から熱気が漏れ始め力が入り始める。
「・・・なるほどねぇ。だからお前さんが出張ってきたと」
獰猛な笑みを浮かべるサトリ。
「もしかすれば・・・あ、いや・・・」
すぐに口籠るモミジにサトリは獰猛な笑みを崩さず、想像していた事をモミジに訊ねる。
「わっしが出張る事態になるかも、か?」
サトリはこの国の出身で今までのやり取りから考えるにモミジとは仕事等の関係で深く関わっている仲である事が窺える。恐らく仕事の関係で組む等をして大きく関わった事があるだろう。だからモミジが言おうとしていた事にすぐに予想が付く事が出来たのだろう。
サトリの言葉にモミジは小さな溜息をついて
「・・・悪いけど、これ以上は言えないし、答えられないよ」
と念を押す様に言った。
するとサトリは普段の口調に戻ってカラカラと笑った。
「分かった、分かった、もう何も言わないし、何も聞かない」
丁度その時、サトリとモミジはギルドの職員か誰かの気配を感じた。
「頃合ね」
そろそろこのやり取りも出来なくなると感じたモミジはそう呟く。
その言葉にサトリは飄飄とした口調でモミジに声を掛けた。
「ああ、そう。元気そうで何よりだったよ」
気さくな言葉にモミジは少し呆れ気味に
「そっちは少し減らしたらどう?」
と少し皮肉を言った。
「はっはっは!違いないね!」
その皮肉に気にする事も無くカラカラと笑いながらそう答えるサトリ。
「・・・・・」
対してモミジはサトリの顔に何かついているのかと訊ねたくなる位にジッと顔を見ていた。
「?」
モミジから視線を感じたサトリはモミジの方へ向く。するとモミジはすぐに逸らしてそのままサトリに向かってすれ違う様に歩いた。
その時、横から見れば丁度モミジの口がサトリの耳が縦一直線に引けば交差した時、モミジから言葉が流れ出た。
「気を付けて。最近変な連中も見かけているらしいから」
モミジからの警告。
誰かが、何者かが裏で動いている事を示唆するモミジ。その言葉を聞いたサトリは
「願ってもないね」
と低く鋭い言葉を小さく吐き出し、獰猛な笑みを浮かべる。
「気を付けて」
その言葉を聞いたモミジはフッと小さな笑みを浮かべて今回の件についてあらゆる事に対しての最後の警告を一言で済ませた。
その言葉からサトリの身を案じ、死なない事への祈りが窺える。
その言葉を聞いたサトリはフッと笑って
「ああ、そっちも」
気さくで清々しく、どことなく安心感がある言葉をモミジに掛けた。
そしてそのままサトリはその場に少しの間待つ形で、モミジはそのまますれ違う形でお互い別れた。
「知り合いだったようだな」
その様子を遥か上空から観察する様に窺っていたのはアカツキと、宿屋のトイレで個室に籠ってカメラ越しに見ていたシンだった。今までの様子からして彼らは少なくとも知り合いである事は窺えていた。
何故こんなにも曖昧な見解をしていたのかというのに理由があった。
「なぁ、音声は・・・」
「もどかしいのは分かるが、拾えないから聞けないぜ」
「だよなぁ・・・」
そう飽く迄も上空カメラで撮って視る事は出来るが、音声を拾う事は出来ない。
無理もない。
上空から音声を拾うには限界がある。その限界はアカツキを視認できるレベルまで近づいての事だから完全に不可能だ。
極々僅かな期待を寄せていたシンは砕けた期待に対して小さな溜息をつく形で済ました。そんな様子のシンにアカツキは今出来る事を進言する。
「取敢えず、あの嬢ちゃんをマークして調べるぜ」
「ああ、頼んだ」
納得したシンはそのまま一言も交わさずそのまま通信終了をした。
そして今日一日は何事もなくそのまま迎えた。