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224.漫画

 シン達は本屋の店先にいた。シンはサクラ達と共にある場所まで向かっていた。その場所はサトリが知っているのだが聞かされておらず、ただ黙って付いて来い・・・と言うより半ばサプライズ気味に見せようと気で案内していた。シンとサクラ達は少し訝し気になりつつ付いて行った。その途中、シンの目にある物を見て目に留まり、そっちの方へ吸い付く様に寄っていた。


「漫画だ・・・」


 シンが手にしていたのは漫画だった。しかもその漫画は漫画の元となった鳥獣戯画や浮世絵の様な絵ではなく、現代的な日本画に近いコミックイラストといった画風で描かれている。その為、現代人ですらも思わず手に取ってしまう様な・・・現にシンも思わず驚いて手に取ってしまっていた。それ程に完成度が高い作品が店先でズラリと並んでいたのだ。


「え、何?この世界ではこうした漫画が売っているのか?」


 思わず目を大きくしてそう尋ねるシン。手に取った漫画のタイトルは「恋の短い話」とあった。どうやら恋愛物の短編漫画のようだ。するとその声に気が付いた。はたきを持った店主がやってきて


「お客さんは余所から来た人だね?珍しいだろ?手に取って読んでごらん?」


 と気前よく声を掛けてきた。

 その店主は女性で焦げ茶の艶のある短い髪に耳はイヌ科の耳を持ち、笑顔が穏やかそうな印象のある30歳手前の大人の女性だった。薄紅色の羽織に桃色の女袴、裸足の草履と言った格好だった。


「え?いいのか?」


「ああ。ホントはそう言う事はしてもらうのは困るんだけど今回はこの国の本の文化について知ってもらうという事で特別にな」


 店主はコクリと笑いながら答えた。

 そんなやり取りをしているとサクラ達も本屋に立ち寄り、漫画に手に取った。漫画はシンと同じ物だった。


「これが、漫画・・・」


 サクラはどことなく目を輝かせて表紙を眺めていた。


「絵が美しいでございますね」


 ステラは表紙と背表紙の柄を見て小さな声で「ほぅ」と溜息交じりに感心していた。


「しかも、枠内に絵を収めて、物語として構成されていますね・・・」


 どういった方法で読み、構成されているのかを分析したアルバは驚いていた。


「読みやすい・・・」


 アンリは早速立ち読みしていた。率直な感想は本の内容ではなく読みやすさについての感想を述べた。この場に作者がいれば、「そっちの感想ではなくて・・・」と言わんばかりの苦笑いしていた事だろう。

 サクラ達がマジマジと漫画を見ていると本屋にいた他の客達が漫画を手に取って本を開こうとした。


「じゃあ俺達も・・・」


 手を伸ばそうとした他の客の一人の手の甲に持っていたはたきを鞭の様に扱って


 パチンッ!


「ぃでっ!」


 鋭く叩いた。そして


「ダメだ!」


 と強気の口調でそう言った。その言葉に他の客達はブーイング張りに


「「「ええー」」」


 と文句を言った。

 客達の内の一人、恐らく普人族の男が


「俺達は余所の者だぞ~!」


 を文句を言った。


「うっせぇ!アンタら、他所から移って1年近くにもなるだろ!そんな奴はもう地元の人間だ!買わずに読んでんじゃねぇ!読むなら買え!読まねぇなら探すか出てけ!」


 啖呵を切る様にして言う店主に客は更に文句を続けた。


「私達にも本を読む権利はあるだろ~!」


「「「そうだ!そうだ!」」」


 客の文句に他の客はそれに乗っかり呼応した。だが店主はギラッと眼光を光らせて他の客達に目を向けた。


「お前ら読むだけ読んで満足して帰るだろうが!そんな奴には読まさねぇからな!」


 どうやらこの言葉からしてシン達以外の客は立ち読みの常習犯のようだ。それに対する不満と怒りを客達向けて叱責の言葉を強く投げかけた。

 それのお陰かその場にいた客達は渋々伸ばしていた手をそのままゆっくりと引っ込めた。

 シンは立ち読みを嫌う本屋はどの世界でも共通なのか、と考えつつ手に取っていた漫画を開いた。


「!」


 シンは適当にパラパラとページを開いて内容を見た。


(あ、流石にトーン、だったっけ?は線とか点とかで表現されているな)


 漫画はトーンという模様や柄、色や影の強弱といった表現に使われる技法の事なのだが、現在ではそうした模様をシールとして売り出しており、それを貼り、カッター等で切り取る方法がなされている。

 だがこの世界ではシールの様に貼るタイプのトーンは無い為、ペン等による点や線で表現されている。


(それに、このコマ割り?だったっけか?・・・は完全に現代の漫画のコマ割りと同じだし・・・)


 現代の技術では表現できない事は流石にペンや筆で点や線といった表現で成されているが、読む側からして余り違和感のないものだった。

 それらをまとめた感想を


「何か今風のイラストを昔の技法で描かれている様な感じだな」


 と口にした。

 その言葉を聞いた店の客が口を挟んだ。


「そうそう、漫画はそうした白と黒だけでなく他の色も付いたものもあるぞ?」


「色・・・(フルカラーコミックスか・・・)」


「ああ」


 客の言葉に連想したのがフルカラーコミックだ。フルカラーコミックの色はほとんどの場合は印刷用の特殊な液体によるものが多い。だがこの世界の漫画は染料や顔料によるものが多く使われていた。またモノクロの漫画もカラーの漫画も共通していたのが版画による物で刷られていたという事だ。

 という事は少なくともこの国では版画等の印刷技術はかなり進んでいるという事になる。


(浮世絵とかも大量生産が出来たのは版画による印刷技術によるものだったって、聞いた事があるな)


 浮世絵の多くは、江戸時代に何百枚、ものによっては何千枚と摺られた木版画である。という事はこの漫画もそうした技術者の手によるものだと考えれば相当高価な物である可能性もある。


(それにこの紙だ。この紙和紙がベースになっているが、繊維があまりなくて、滲んでいない)


 和紙を一般市民が堂々と手に取れるようになったのは江戸時代位の事になる。中世では身分が高い人間でしか手にする事が出来ず、生産が低く非常に高価だった。故に手に取っている漫画のそれぞれの材料や技術から見て相当進んでいる事が窺える。

 シンがそう考えているとまた別の客が口を挟んだ。


「だけど、高いんだ」


 その言葉を聞いたシンはさほど驚かず「やはりか」という心境になった。


「やっぱり高価か」


「ええ、何しろ他の色の元となっている物がかなり高級な物だから」


 苦笑気味に答える店主にシンはある事を思い出した。


(そう言えば日本画で使われている青い絵具もターゴイズという宝石としても扱われている鉱石を磨り潰しているって、聞いた事があるな)


 確かに日本画に使われている画材には宝石とも言われる鉱石を使われている。その為日本画その物自体が非常に高価な物になる。

 その事を思い出すシンは何となくフルカラーコミックの値段を尋ねてみた。


「色付きは一冊いくらだ?」


「それだと、大銀貨だね」


 店主の後ろにあった色付きの別の漫画を指で指した。


「大銀貨・・・(確か一万円くらいの価値だったっけ?)」


 シンが大銀貨の現代の物価の相場の事を思い出していると店主が補足の説明に入る。


「物にもよるけど基本大銀貨が必要になる。最も高ければ金貨が必要になる様な値段なのは間違いないね」


 そのれを聞いたシンは大きく目を開いた。


「金貨が必要になるのか?」


「ええ。物が物ですからね」


「そうか」


 金貨は10万円相当の価値だ。

 金貨相当の値段になるという事はやはり使われている画材がかなり高級なものを使われている可能性が高い。


(と言う事は、この世界にしかない材料と技術で仕上げているから、当然高いか・・・。ここまでよく出来ているとすれば来訪者、日本人が漫画でも持ち込んだのか?)


 漫画の仕上がりとそのルーツの事を考えているとサトリの声がした。


「お~い、皆~」


 少し困り気味の声に


「ん?」


 と言って振り向く一同。


「そろそろ行きないか?」


「え?ああ」


「お客さんどこへ向かうんです?」


 その様子を見た店主はシン達を呼び止めて、これから行く目的について尋ねた。というのはこんなにも珍しく見新しい本がこんなにもあるのに土産として買わず、他に見たいものは何かと訊ねたくなったからである。


「彼に「フッタチ」についてを教えようとね」


 サトリの答えに思わず頷く店主。


「ああ「フッタチ」ですか。それは新鮮なものでしょう」


 この口振りから見て他所の国からすればかなり珍しいのだろう。


「どういう事だ?」


「ああ、それは・・・行ってからの、という事で」


 一体どういう事なのかについて尋ねようとするシンにサトリは言葉を濁し気味に答えた。そんな返答にシンは当然と言って良い程の


「は?」


 の疑問の声を上げた。

 シンの疑問の声に店主はニッコリ笑って


「見た方が驚きますよ」


 とサトリの言葉に補足する様に言った。

 更にサトリは我儘言う子供にあやす様に


「本が欲しいなら、また連れてくから~」


 と言った。その言葉にシンは「別に我儘行ったわけでは無いんだけど」と言わんばかりの心境になりつつ


「ああ」


 と答えた。その言葉をきっかけにシン達は手に持っていた本を戻してその場から立ち去る様にして後にした。


「お待ちしてま~す」


 その店主はどことなく自信に満ち溢れた笑顔だった。

 またこの本屋に戻ってくるに違いないと。


「・・・・・」


 サトリはチラリと店主の方へ見てそのままシン達を案内を再開した。

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