215.成人
チュンチュン…
朝日がほぼ昇り切った時、小鳥の囀りが町中で小さく響く。
「ん~…」
小鳥の囀りを聞いて目を開く者はこの世界にも多くいる。
小さな唸り声を上げながら起き上がる彼、シンもその一人だ。今のシンの格好は橙色の寝間着姿だった。
シンはパチパチと瞬きをして眠気眼で辺りを見回し、両腕を上げた。すると見慣れない物が目に映る。
「んんん?」
小首を少し傾げるシン。それもそのはずだ。
シンの両手首には白い糸が絡まる様にして拘束されていたからだ。
おまけにシンの両隣の布団に潜っていたのはアルバとサトリだったからだ。一応男女別に部屋御分けられているからシンはアルバとサトリとのペア、サクラ、アンリ、ステラのペアとなっていた。
「ああ、そうだった・・・」
自分が置かれた状況を改めて知ったシンがそう呟くと隣にいた橙色の寝間着を着ているサトリが目を覚まして起き上がる。
「おはよう」
「・・・おはよ」
サトリが爽やかそうに言うとシンはテンション低めに挨拶を返した。
「よく眠れたかい?」
サトリが飄飄とした口調でそう尋ねると
「・・・取敢えずは」
「そうか」
シンがそう答えるとサトリは体ごとシンの方へ向いた。
「・・・その拘束、解けなかったのか」
どことなくカラカラと笑っている様な口調で言うサトリ。そんな呑気そうなサトリに
「解けているならもうとっくに解いている」
とピシャリと言い切る。するとサトリはその言葉を待っていたかのように低く酷く真剣で真面目な口調で
「解かなかったではなく?」
と訊ねた。
「・・・・・」
その問いにシンは無言で答える。数秒の無言の間が空き、サトリは小さな溜息をついて別の話題を振り始めた。
「まぁいい。それよりも聞きたい事があってね」
「何?」
「お前さん、やっぱり戦に身に置いた事があるだろ?」
本日2度目の低く酷く真剣で真面目な口調だった。しかもかなり確信を付いたように言い切るサトリ。
「・・・・・」
シンはまた無言で答える。その無言にサトリは
「その沈黙は肯定と受けてもいいかい?」
と自信満々に訊ねた。
「・・・同じ事を聞くな。どうしてそう思うんだ?」
シンがそう尋ねると
「勘さ」
同じく自信満々に答えた。
「・・・・・」
シンはサトリの答えを聞いて鋭い目になり視線を向けた。丁度その時、同じく橙色の寝間着を着ているアルバが目を覚まして起き上がった。
「おはようございます。いつほど御起床なされたので?」
アルバが2人が自分よりも早く起きた事に驚いていた。無理もない。
基本的に従者は主人よりも早く起きて身の回りの世話等をする必要があるからだ。
「おはよう、アルバ。具合は良さそうだね。着替えたら朝食に向かおうか」
普段の飄飄とした口調でそう言うサトリは着替え始める。
「はい」
アルバはそう返事をしてすぐに着替え始めた。
「今朝のご飯は~…」
「・・・・・」
ルンルンと鼻歌を歌いながら着替え始めるサトリをシンはジッと見ながら自分も着替え始めた。
遡る事昨夜の夕食の事。夕食のメニューはイセエビによく似た大きなエビとサザエによく似た巻貝の磯焼と様々な魚介類が入った漁師汁だった。
ステラとアルバが出された料理を取り分けてサクラとアンリ、サトリ、そしてシンに出していく。そんな献身的に従者としての役割を果たしている最中の2人を余所にシンとサクラは言葉を交わしていた。
「サクラ」
「外したければ外せ」
サクラの食い気味の返答。それでもシンは両手首の糸の拘束を解く様に頼み込む。
「あのさ・・・」
「自力で外せるのだろう?」
最早シンが何かを言う前に予め用意していた答えを言うサクラにシンは心の中で「早押しクイズかよ」と文句を呟く。
「外せないからこうして・・・」
「白々しい」
まるで止めと言わんばかりに吐き捨てるサクラ。その言葉にシンは一瞬続けていた言葉が止まってしまう。
夕食時でもシンとサクラのこうした舌戦でもない言葉合戦を繰り広げていると
「シンさん~お酒どぞ~」
サトリが「まぁまぁ」と言わんばかりに酒を勧めてくる。だがシンはまだ未成年とも成年とも言えない何とも言えない事情故に年齢不詳である。
恐らく酒類のアルコールを摂取しても問題は無いがどことなく気が引けて
「あ、俺未成年だから飲めない」
と答えた。
「そう連れない事言わんと~」
男の猫撫で声を出しながら御猪口の様な器をシンの前に出して並々と酒を注いだ。その時サクラは鋭い言葉で
「アルバ」
と呼んだ。するとアルバは
「サトリ様」
ときつい口調でサトリの名を呼んだ。
「ん?」
呑気そうなサトリはアルバの方へ向くとアルバはポーカーフェイスで静かな雰囲気を出していたが決して穏やかな雰囲気ではなかった。寧ろ沸々と怒りの感情を見て取れた。
「飲めない方に強めに飲ませようとするのは如何なものかと・・・」
正論の上に強い怒りを感じるきつい口調。それを聞いたサトリは慌てて
「あ、アハハハ・・・冗談だよ冗談・・・」
とお茶らけつつもオドオドした様子が窺える態度ですぐに注がれた器を回収した。その様子にシンは少し呆気に取られつつサトリからのアルコールハラスメントから助けた事への感謝の言葉を口にした。
「助かったよ、サクラ、アルバ」
シンの言葉にサクラはフンと小さく鼻で笑って
「気に食わなかっただけだ」
と吐き捨てる様に言った。
対してアルバは少し穏やかな口調で
「お気になさらず」
と答える。
その様子にシンは僅かな間の時、サクラの方を見てボーっと考える。
(意外だな・・・酒で酔わせて来るかと思っていたけど・・・)
シンを酔わせて眠らせてから調べようとしてきてもおかしくない。またシン自身が酔う酔わないについても調べる機会としては絶好の機会でもある。
(それに昼食の時でもそうだし、今でもこうして結構豪華な夕食にもありつけている)
シンはレンスターティア王国から逃げる様にして去った。それもサクラに無断で、だ。両手首を拘束されているとは言え食事は十分すぎる位に摂取できているし拘束と行動制限以外は干渉してこない。
(・・・あまり干渉してこないのはここが他国だからか?それともレンスターティア王国の一件で拘束だけで許してやるという意味か?)
シンがそう考えているとサクラが自分に向けての視線に気が付き、前々から気になっていたのか疑問を口にした。
「そういえばお前、幾つだ?」
小さな声で「ん~」と唸るシン。
正直な話、この手の質問は非常に答えにくいからだ。シンが今の身体になるまでがかなり特殊な過程で今に至る為、自分の年が20歳より上なのかより下なのかが分からない所だ。
(自分の年・・・自分は・・・一応高校生だったし・・・)
鏡で自分自身の顔を見た時、明らかに若い顔で20歳より下なのは間違いなかった。だからシンの答えは
「16・・・いや17になるかな?」
と少し曖昧ながらも自分が現実世界で高校生だった時の年齢を口にした。
サクラはシンの返答を聞いた時、あっけらかんとした態度で
「それなら飲めるぞ」
とシンが飲酒可能である年である事を言った。
現代日本の常識を持っている身のシンからすれば当然
「は?」
と疑問の言葉を口にする。
そんな疑問を先に解消させたのはサトリだった。
「この国だったら15歳が元服・・・成人になるんだ」
日本でもかつては15歳で成人、つまり「元服」として一人前の大人として認められていた歴史がある。そこから考えれば15歳が成人と言う考えはこの世界はおろか現代の地球ですらも案外常識的なものかもしれない。
「ワタシの国でも16は成人として扱われるから酒も煙草も嗜んでも良い。ただ20歳までの間、利用する量は厳格に制限されているが」
煙草もあるのかよ、と思いつつシンは質問を続けた。
煙草の歴史は意外にも古く、喫煙の起源は紀元前10世紀の頃・地域はマヤ文明とされ、古くからアメリカ先住民の間に喫煙の習慣が広まっていた。 大航海時代の到来と共にヨーロッパに伝播し、様々な薬効があると信じられた。その為5世紀から16世紀にかけての100年間という当時としては短い期間で急速に世界へ広まった。
だが実害があり、近年明らかにされた白内障、歯周病等の健康影響を加えると50種類にも及ぶとされている。内訳としては、肺ガン、咽頭ガン等の10種のガン、血管収縮による心筋梗塞、脳卒中等の循環器系疾患、胃潰瘍や十二指腸潰瘍等の食欲低下等の消化器官系疾患。妊娠合併症、ビタミンCの破壊、免疫機能の低下、善玉コレステロールの減少、運動機能の低下、知的能力の低下、寿命の短縮、煙草代による経済的消失。当然未成年であれば更に有害が大きい為、禁煙が進められている。また主流煙よりも副流煙の方が被害が大きい。
但し最近では喫煙に関する研究の原著論文では喫煙者率は減少しているにも関わらず、肺ガンの死亡者数は増えているという結果が出て「煙草=実害」に疑問視がある。実情では煙草と健康に関する研究はまだ「途上」であるのだ。
だから現状では煙草は「禁止せず嗜むべきではあるが、嗜む量は抑えるべき物」として見ている。
故に煙草とは何かと問われると今も昔も変わらず「楽しむ為の物」と言うだろう。
「制限ってどれ位?」
サクラは「えーと」と小さな声を出して
「酒ならジョッキに一杯、煙草は1日に3本迄だ」
と答える。
「破ると?」
「社会奉仕2~3年だ」
「・・・そうか」
厳しいとも易しいとも言い切れない事実にシンはどうにか出た言葉を口にする。仮想空間とは言え現代社会で生きたシンにして見れば何とも言えない制度にどう評価、どう感想をいったらいいのかが分からないでいたからだ。
「因みにこの国なら酒も煙草も制限はない。ただ嗜みすぎて揉め事や厄介事を起こした場合は嗜む事が出来ない様に酒屋と煙草屋に手配書が回って買えないようになるんだ。一番重ければ二度と嗜む事が出来なくなる位になる」
「・・・そうか」
こちらも同じく厳しいとも易しいとも言い切れない事実にシンはどうにか出た言葉を再び口にする。
そんなシンにサトリはごく自然と話を続けた。だが、次の言葉がシンにとって酷く重いものだった。
「まぁでもシンさんの場合であれば真っ先に大人になったのは戦の中みたいだろうけど」
サトリの言葉を聞いた時、シンの目は大きく見開き、体全体にごくごく僅かだが微動だにしてしまった。
「・・・・・」
そしてシンの視線がサトリに向けられた。
酷く鋭い、まるで日本刀の様な目で。