214.慢心
酷く暗い森の中。今の時間帯、午後8時であれば完全な闇に支配されている時間であり、灯りが無ければ何も見えない。
だから灯りなしでそれも危険な生物がいる森の中に入ろうする命知らずは早々いない。
パチパチ…
6本の松明が円陣を作りその輪の中に師父と呼ばれている老人と4mもある大きなトカゲと対峙していた。
シャー…
師父に向けて睨み付けて相手の体を動かせない様に牽制するオオトカゲ。
「ほ~生意気なトカゲだねェ」
対して余裕綽々として妙に全身の力が脱力していた。そんな師父の態度に気に食わなかったのか、それとも師父と呼ばれている老人に不気味さと恐ろしさを感じ取って余裕が無いと判断したのか、オオトカゲは構えた。
シャー!
オオトカゲは師父に向かって跳びかかる様にして頭からぱっくり飲み込もうと突進した。
「フンッ!」
ドゴッ!
師父は紙一重に避けて強力な膝蹴りがオオトカゲの胴体にめり込む。
メリメリメリ…!
深くめり込み、鈍い音がオオトカゲの胴から響いてくる。
シュ~…!
オオトカゲは師父の膝蹴りを喰らって体中に痙攣を起こし始めて動きが鈍くなっていく。
次第に鳴き声すらも出せなくなり、体の動きもどんどん弱々しく小さくなっていき最期には動かなくなった。
「畜生如きがアタシに勝てると思うたか」
侮蔑する様に大蛇の死体を見る師父はの態度はまるで虫一匹殺した様なあからさまに高圧的なものだった。
そんな師父に
「師父!」
と色以外同じ格好した比較的に若い男が師父と呼ばれる男の後ろに立膝を付き頭を下げた。よく見ればこの若い男の服にはベッタリと多量の血が付着していた。
「おお、38号か」
名前ではなく番号で呼ぶ師父に弟子の男は何も疑問に感じる事無く躊躇いなく返事をして答え始めた。
「私を含め全員が師父が出された“問いかけ”を答えを出しました」
畏まった口調で自分達に課せられた「問いかけ」についての結果を報告する男は真剣そのものの顔付きだった。
「うん、感心感心」
対して師父の顔はにこやかだった。良い報告だったからにこやかと言うよりも何が優越感に浸ったような顔だ付きだった。
そんな師父に対して弟子は重い口から続けて話す。
「ですが・・・」
「む?」
「6名程が命を失いました」
誠に残念と言わんばかりの重く喉の奥から重い言葉を運んでくるかの様に答える弟子。
「ふん・・・それは仕方がないね。は~我が弟子として情けないねェ。それらはもう捨てておきなさい」
対して師父は落命した弟子に対してどうでもいいと言わんばかりの言葉を投げた。
「はっ!」
「そんな事よりも経過報告を」
明らかに弟子の命の事等どうでも良いと考えている師父。そんな返答に弟子は疑問はおろか躊躇いすらも持たず報告を続ける。
「はっ、現在術の方は手に入れる事に成功しました。ただ・・・」
「むん?」
何か言い淀んだ様な話し方に気が付いた師父は後ろにチラリと弟子の方へ目を向けた。
「ギュウキの方ですが・・・15名の我が兄弟子と弟弟子達が食われてしまい、捕獲に失敗です・・・」
弟子の言葉を聞いた瞬間難しい顔になる師父。
「ふん、思わしくないねェ・・・我が弟子がかなり減って痛いなァ・・・」
その報告を聞いた少し失望したような態度になる師父に深々と頭を下げる弟子。
「不甲斐無い我々弟子達をお許しください」
「ふん~・・・部隊編成はどうなっている?」
申し訳なさそうに答える弟子に師父は少し難しい唸り声を上げつつ気になっている事を訊ねる。
「あと数日程で9番隊と13番隊が合流すれば本隊となります」
「そっかそっか、そっちは順調なんだねェ」
弟子の報告にさっきまでの難しい顔から一転してにこやかになる師父に更に報告を続ける弟子。
「はい。何事もなく合流に成功すれば835名の人員と6台の攻城兵器が用意できる事になります」
「うむ、それらがあれば少なくとも町一つは手に入れる事が出来るな」
どうやらただの師弟の関係だけでは無いようだ。中規模部隊の兵力と攻城兵器を準備をしている。明らかにこの国で何か良からぬ事をしようとしている。
「はい。問題はギュウキの事です・・・」
ギュウキで弟子15人も命を落としている。力不足とは言え弟子も立派な兵力。これ以上このまま弟子達を失うわけにはいかない。
そう考えた師父は小さな溜息をついてクルリと弟子の方へ向いた。
「・・・んん、仕方がないねェ。アタシが動こうとするかねェ」
その言葉を聞いた弟子は顔がパァと閃き輝く嬉々としたものに変わって顔を上げた。どうやら師父が捕獲に参加する事にこれ以上ない心強い物は無かったからだ。
「おお、では!」
「うむ、身体もそろそろ動かしたい所だし、ギュウキ捕獲に乗り出すとしよう」
好々爺張りの口調で答える師父。
「はっ!」
今まで真剣でその上暗い報告内容のせいで低く暗い口調だった弟子が今の返事は力強かった。間違いなく士気が上がっているのが素人でもよく分かる状況だ。
「では行け」
安心して行け、と言わんばかりに言う師父。
「はっ」
頭を下げてそのまま立ち上がろうとした時
「ああ、そうだ。待て38号」
師父が何かを思い出して呼び止めた。
「はい」
素直に止まって師父の呼びかけに応じる38号。
「お前はどうやってヤマンバを倒したんだィ?」
師父は小首を傾げてそう尋ねる。弟子は改めて立膝を付いて頭を深々と下げる。
この国にもゴブリンはいる。だが、「ゴブリン」はいない。
と言うのはオオキミにしかいないゴブリンの固有種「ガッキ」。全身が土の様な灰色で毛が無く、ゴブリンの様に道具を使わず投石をする。それ以外はゴブリンと同じ特徴を持っている。ゴブリンよりも食欲旺盛で悪食な面が強く、場合によっては共食いもする。基本的にその為大陸のゴブリンよりも凶暴とされている。特有の社会性を持っており巣を作らず群れで行動する。ただし、ゴブリン同様知能はあまり高くはない。
問題はここからだ。
師父が言っていた「ヤマンバ」とは同じくオオキミにしかいないゴブリンの固有種。基本的にガッキの特徴と似ているが、頭部の髪が白く異常に長く、武器等の装備品を奪って自分の物にして道具を使う、ボロボロの着物等の服を身に纏う等の点がある。その上、刃物を好んで使う傾向がある為ガッキよりも凶暴だ。しかも簡単な道具や装備品を「手入れ」をする知能も兼ね備え、洞窟や廃屋等に住み着く。なお見た目が老婆の様な姿だが、オスもメスもこんな姿だ。
ガッキだけでもかなりの脅威で群れで村に奇襲という形で襲ってきたら大きな被害になる。ヤマンバの場合は一体だけでも遭遇すれば問答無用で襲い掛かってくる。
そんな危険な生き物に師父は弟子達にガッキとヤマンバ等の怪物を殺す様に命令していたのだ。
結果40名いた弟子達の内6名がガッキとヤマンバの胃袋に収まってしまった。そして更に15名がギュウキの胃袋に入っていった。
師父の前にいる38号はヤマンバを殺す様に言われていた。
「貫手で喉元を一突きにしました」
間髪入れずにすぐに答える弟子に師父は疑う素振りも見せず、弟子の方にポンと手を置いた。
「そうか、お前には期待しているよ」
穏やかな笑顔でそう答える師父に弟子は意気揚々とした声で
「はい」
と答えた。
「呼び止めて悪かった。行け」
肩にポンポンと2回軽く叩く。同時にその軽さと同じ軽さの謝罪を弟子に行って任務に戻るように促した。
「はっ」
弟子は疑う事無くその場を後にした。後に残った師父は再び絶命したオオトカゲの元まで行き、軽く死体に蹴りを入れた。どうやら本当に死んでいるかどうかを知りたかった様だ。
「ふん・・・ノモリとやらもそれ程大したことは無かったという事か・・・」
鼻で笑う師父。師父が倒したこの4mもあるオオトカゲはここオオキミにしか生息しない固有のトカゲで名は「ノモリ」と言う。
この「ノモリ」は普段は草食で大人しいが、敵対行動をとると敵対生物を食べるという特徴を持っている。コモドドラゴンと同じ様に獲物の血液の凝固を阻害し、失血によるショック状態を引き起こす毒を牙に毒腺を持っている。
今回の場合は師父が仕掛けて敵対行動を誘発させた。結果はノモリの方が絶命した。絶命した事を知った師父は獰猛で高慢なな笑みを浮かべた。
「やっとか、やっと時が来たのだネ」
その笑みは酷く歪み始めて顔の前にフルフルと手が震え始めて
「アタシがどの愚か者よりも優れて強き者である事を証明が出来るネ」
そう言った瞬間グッと何かを強く掴んだ様に強く握りしめた。