211.結局・・・
結果から言えばシンはサクラ達に捕まってしまった。おかげでシンの両手首にサクラの糸の魔法による白い手枷が付けられていた。
「またこれかよ・・・」
シンは自分の両手首を見て小さくそう呟く。
その声を聞いたサクラはニマ~と笑いながらシンの方へ向く。
「お前がレンスターティア王国でワタシ達に何も告げずに出て行かなければ「またこれ」にならずに済んだんだぞ」
「・・・・・」
言いたい理由も理由が理由なだけに言えないシンはムスッとした態度で無言になる。
そんなシンにサトリは宥める言葉を掛けてきた。
「まぁまぁまぁ、両手は不自由だけど美味い飯は食えるからそんな顔をしなさんでも、ね?」
確かにシンの両手首には白い糸が巻かれている形で拘束されているが、手錠の様にある程度余裕がある形になっていた。その為、少し食べにくいとは言え箸で食事が全くできない訳ではない。
机の上にはシンが手に入れた魚のお造りとこの近辺で良くとれる魚のお造りと共に出されていた。要はサクラ達はお造りの盛り合わせを4人前が出されて食事を始めていたのだ。
「・・・・・」
だが今の状況に対して不満はタラタラだ。故に箸には手を付けず、宥めてくるサトリに対してもジロリと睨み付ける。その様子のシンを見たサトリは苦笑しながら食事をしていた。
「そう言えばこの「お造り」と言う物を食べるのは初めてだな」
サクラは出されたお造りを見てそう呟く。その呟きを聞いたアンリは拙い持ち方で箸でお造りを抓んでガツガツと食べ進めていた。
「大陸だと焼くとか煮るとか火を通すのが一般的だからね」
魚に火を通すのは主に雑菌や寄生虫と言った体に害のある小さな生物を死滅させるのが目的だ。だがオオキミでお造りや握り寿司等の生魚を扱う料理が多い。故に生魚を食べない習慣が非常に多くある大陸側では見慣れない光景だ。
だから日本人になじみがあるサクラでもレンスターティア王国出身だから生魚を食べる事は無かった。
「失礼ながら、いざ食べるとなれば抵抗はございますな」
「ええ。ですが盛り付けは美しいでございます」
当然大陸出身のアルバとステラもこうした反応だ。今あるお造りが生魚だと言われればいざ食べるとなると中々に抵抗がある。
そんな様子のサクラ達をシンはジッと見ていた。
(・・・大陸側はやっぱり生魚を食べる習慣はないか)
シンはそう考えてサトリの方へ視線を向ける。
(このサムライみたいな男、椅子を飛ばした時のあの咄嗟の判断力と即座の対応から考えれば間違いなく「出来る」な・・・)
シンが次に見たのはサクラとアルバとステラだった。
(サクラは変わらず糸を使う。当然かなり厄介だし、アルバとステラの実力がどんなものか知らない・・・)
シンは一旦視線を切って何も無い空を見るような目になり、少し考え込む。
(まぁでもサクラ達とこのサトリという男はどうにかなる・・・。問題は・・・)
そして最後にアンリの方へ視線を向けた。
(こいつだ)
アンリはシンの視線の事を知らないのか呑気に箸を拙い持ち方で醤が付いたお造りを取って頬張っていた。
(あの時、サクラ達に指示を出していたのはこいつだった・・・)
シンは少し目を細めた。
遡る事数十分前の事。
シンが路地裏でサクラ達に挟み撃ちにされたいた時の事だ。
「・・・・・」
前にはサクラとアンリ。後ろにはサトリ。
たった3人。状況を打破しようと考えれば容易いものだ。
ここにいる只者でなければの話だが。
(あのサムライの男がここまで迷う事無く来たとすれば、予測して動いていた事になる。その予測は当然サクラ達も同じ・・・)
予測していたとなると、この路地そのもの自体罠の可能性がある。しかもその罠をすぐに用意する事が出来るサクラがいる。シンがこのままサクラの方へ強行突破を計ればサクラの糸の魔法でシンは絡めとられてしまう可能性が高い。その事を考えれば上にも糸の罠が張っている可能性があるから、前回の様に上に飛んで逃げる事も出来ない。しかもサクラの横には余りにも情報が少なすぎるアンリがいる。迂闊に前に行く事が出来ない。
「・・・・・」
となると、まだどうにかできそうなのがサトリがいる「後ろへ引き返す」という選択肢だ。サトリの風貌からしてオオキミ出身で戦闘の技術もオオキミと考えられる。だとすれば実力ではかなりのものだが、ある程度日本の武術を知っているシンからすればまだどうにかなる可能性が高い。
(とは言えこの世界には魔法があるからな・・・)
しかもオオキミは大陸から離れた列島として存在している。その為魔法技術が独特の進化をしている可能性も十分にある。だから変に動く事が出来ない。
(やっぱりここは慎重に動くしかないか・・・)
シンがそう考えた時、アカツキから連絡が入る。
「ボス、残念だがボスすぐ上で魔法と思しき光の靄を視認した。上に逃げるのは難しいぜ」
それを聞き、小さな希望が砕かれたシンは腹をくくった。
やはりここはサトリがいる方へ強行突破する事を選ぶしかないと。
そう判断したシンは徐に両手をダランと下げた形で身構え始めた。
「やはり突破の方を選ぶか・・・」
シンが徐に身構え始めた様子を見たサクラはそう呟く。だがサクラとアンリは構える気配が無かった。その事に気が付いたシンはチラリとサトリの方へ見た。
「悪く思わんでくれな」
サトリはそう答えて再び鯉口を切る形で構え始めた。
「・・・・・」
シンはサクラとアンリがいる側とサトリがいる側の両方をチラチラと見比べる様に見た。
(サクラとあの少女?・・・は俺が構え始めたというのに全然構える気配がないな・・・。逆に侍の男は構え始めた・・・)
サクラとアンリが構えずに佇んでいる様子からして2人は何かしらの余裕がある様に見えた。シンはその余裕が何かの策略か作戦の様なものからきているのではないかと考えた。
だからそうした余裕がまだ無さそうなサトリの方を突破口に選んだのだ。
ダンッ!
そう判断した時、シンは一気にサトリに向かって走り出した。
カッ!
既に鯉口切っていたサトリは既に間合いに入り込んだシンを横一文字に居合い抜きをした。
チッ…
「!」
シンの服の胸部分に1cm程の切れ込みが入ってしまった。その切れ込みは酷く綺麗で服の繊維がばらけずに均一に斬り揃っていた。
(ほう・・・ギリギリの所を後ろに引いたのか・・・)
シンがサトリの間合いに少し入り、居合い抜きをした瞬間にシンは即座に一歩程後ろに引いたのだ。そのお陰で服に1cm程の綺麗な切れ込みが入っただけで済んだのだ。
(とは言えやっぱり簡単には逃げられそうにないな・・・)
様子見がてらにサトリに向かって突進したのだが、あの目にも留まらぬ程の居合い抜きの速さでこのまま長引かせるのは得策ではない。
そう判断したシンは背中に背負っているスコップを抜いた。
ギュッ…
強く握りしめてどうこの状況を打破しようかと考えるシン。だがそんなシンに異変が起きた。
クンッ…!
シンの背中に圧迫を感じた。一つ一つが妙に細長くそれが面として形作った何か・・・。
「!?」
圧迫を感じた何かの正体を知った時、シンはすぐにシャベルを持って前に振り下ろす形の上段の構えでもう一度突進を計った。
だがそれはもう時すでに遅しだった。
「サクラちゃん、糸!」
アンリがそう叫ぶとサクラは即座に左手の人差し指を素早く動かした。
ギュリィッ…!
その瞬間、シンの周りから強く張った白く輝く細い糸が迫ってきた。
「っ!」
シンはこの糸の存在に薄々気が付き始めていたから動こうとしたのだが手遅れ。シンの体に瞬く間に糸が巻き付けられていく。
キリキリ…
シンの両腕、両足、胴、シャベル・・・動かせば自分達にダメージを被る箇所を的確に巻き付けるサクラ。
ギュムッ…
「ぬぐっ・・・!」
一気に巻き付けてシンを拘束する事に成功したサクラ達。シンは今自分が巻き付けられて身動き一つできない状況に苦しさとどことなく悔しさを感じる声を漏らす。
そんなシンにサトリは抜刀した刀を鞘に納刀して申し訳なさそうに近付く。
「・・・・・」
近づくサトリにシンはジロリと睨み付ける。まるで「してやられた」と言わんばかりに。
「すまんな~、逃がす気もお前さんと戦う気もないんでな」
飄飄としているものの確かに申し訳なさが窺える言葉だった。だが当然受け入れらないないし、納得はいかない。そんなシンに後ろから誰かの手にシンの肩を掴まれた。
「漸く捕まえたぞ、シン・・・!」
肩を掴んだのはサクラだった。その言葉は怒っている様にも聞こえるがそれ以上に歓喜の様な喜びが強く出ていた。
シンは振り向き、サクラに
「・・・久しぶり」
と言った。
そして今に至る。
シンは両手を同時に動かす形でお造りを食べていた。
「・・・・・」
イライラしながらも食べる時はしっかり食べて味わう時はしっかり味わうシンに、サクラが意地悪そうな笑みを浮かべて
「食べ辛そうだな」
と訊ねてきた。
当然若干不自由を被っているシンは
「そう思うならこれを解いて」
「ダメ」
と文句を吐き捨てる様に答えようとしたがサクラは食い気味に答えた。それも少し意地悪さが窺える答え方だった。
「・・・・・」
シンはムスッとした心境でお造りを箸で抓んで頬張った。