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209.ふらり

 ザァ…


 ザザァ…


 波打つ海原から漂う潮の香。海原には小さな船が幾つもあり、網を投げて漁をしていた。


 ミューミュー…


 この世界にも海鳥がいる。だがそれはウミネコなのかは分からない。だがよく似た鳴き声を出している。だから海に馴染みのある人間であれば酷く懐かしい光景に映る。

 そんな海の光景が見える漁港で漁師達が屯っていた。


「・・・とまぁ、これが俺が知っている「ギュウキ」でもんで」


 金属製の煙管で煙草を吹かしながら陽気な口調でそう答える地元の漁師。他の漁師達は網にかかった魚介類を一匹一匹を丁寧に選別して仕事をしていた。

 自分達が知っている「ギュウキ」の事について答える漁師は休憩がてらに世間話兼情報提供をしていた。


「・・・そうか、恩に着る」


 お礼を言って魚が入った籠を持っていたのはシンだった。ギルドにあった「生き物に関する書物」は盗まれている。当然生き物に関する情報や手掛かりはかなり減っている。

 そこでシンは「ギュウキ」の事について知っていそうな人物に当たっている。シンはギュウキと思しきものを目撃している。その場所は崖下の海面上だ。

 となれば「ギュウキ」の事について知っていそうな人物、それは漁業関係者に当たっていた。

 そしてそれなりに知っていそうな人物を探していた所、大当たりだった。


「良いって事よ!また何か海の事で知りてぇ事があったら、幾匹の魚を買い次第で話すぜ~!」


「ああ」


 実はシン魚が入った籠を持っていたのはギュウキの事を教えた漁師から買った品物だ。情報提供と共に商品である魚の代金と情報料を取引してギュウキの情報と共に魚を手に入れて、漁師は情報料と魚の代金を手に入れる形になった。

 つまり傍から見れば本来の額よりも多く見積もった魚を買った様に見えるという訳だ。


(なーんかギュウキの事について軽々と話したがらなかったみたいだから、こうした形で情報を得ないと難しいな・・・)


 シンがこうした形で情報料を買ったのには漁師達の反応に原因があった。シンが「ギュウキ」という単語を出した時、口を噤むかお茶を濁されたのだ。どうも何かに恐れている。それが宗教的な理由なのか、それともギュウキの「復讐」を誇大解釈か迷信的に信じ切って恐れているのかは知らない。

 だがはっきりとしているのはギュウキの事について恐れているのは確かだ。

 さっきの煙管の漁師には魚を手に入れるついでに世間話の様に「ギュウキ」の事について尋ねてみた。最初は訝しんで「何故その事について聞きたい?」と訊ねられた。シンは「ギュウキ」が最近この近辺で騒がれている「ギュウキ」について、自分は知らない、と答えた。

 実際シンはゴンゾウ達がいた村の近くの崖下で「ギュウキ」と思しき生き物を見かけていたし、「ギュウキ」の事も知らない事の方が多い。決して嘘は言っていない。

 ただ言葉が足りなかっただけの話だ。シンは「ギュウキ」の事を知り、ギルドで悪事を働いた盗人連中の目的を知り、壊滅させるのが目的だ。場合によってはギュウキを殺さなくてはならない場合もある。それも兼ねてシンは「ギュウキ」の事について探っていたのだ。


(そう考えると変に誤魔化されるよりもああしてはっきりと訊ねてくれる方が分かりやすくて助かるな・・・)


 誤魔化したり口を噤んで何も言わない事の方が多いのは恐らく変に関わって自分にもギュウキの復讐対象に入ってしまう事を恐れていたのだろう。だがあの煙管の漁師はシンが何故ギュウキの事について知りたがっているのかについて事情を知った途端すんなりと話してくれた。

 という事は相手の事情の把握や変に関わらない様に立ち回っていれば案外すんなりと事が進んでいたかもしれない。


(まぁ一番考えられるのはやっぱりギュウキの事について知っているからこそ、何だろうな・・・)


 変な迷信や必要以上に恐れず、ギュウキの事について知っていれば口を噤む事も変に誤魔化す事もしなかった。つまり、あの煙管の漁師はギュウキの事について良く知っているという可能性が高い。


(地元の漁師でもギュウキの事を恐れているという事はやはり知らない生態が多くあるという事なんだろうな・・・)


 逆に煙管の漁師以外の漁師達があの様な反応を示したのは恐れているというのが大きい。恐れているという事はギュウキの事について何も知らない事の方が多いという事だ。

 だからあれだけ過剰に恐れているのだろう。

 シンは思っていた以上にギュウキの情報が分からない事に気が付いた時、アカツキから通信が入った。


「ボス、どうすんだその魚・・・」


 アカツキは「何故それを?」と言わんばかりの訊ね方だった。


「ん?この魚は今日の昼食だ。そうだな・・・捕りたてらしいからお造りがいいな」


 対してシンは呑気なそうな口調でそう答える。


「・・・本当にそれだけなのか?」


 何か裏とか、深い意味があるのではと考え溜める様にして間を空けてから更に訊ねるアカツキ。アカツキの言葉にシンは変わらず呑気そうな口調であるものの理由はちゃんとしたものだった。


「いや、今回の件とは関係ないけど、この魚の名前が知りたい」


「魚の名前?」


 それなら漁師に聞けよと一瞬思ったアカツキだが、漁師の間で呼ばれている魚の名前と世間一般で呼ばれている魚の名前とは違う場合がある事に気が付いた。

 例えば『穴子』の事を、愛知県では『めじろ』と呼ぶし、九州では『鯛』の事を『ひさんいを』と呼ぶ。この場合であれば方言の関係だが、元々この世界での呼び名と地球から来訪してから付けた呼び名と混同している可能性がある。

 だから改めて魚の呼び名を知ろうとしていたのだ。

 その事に気が付いたアカツキに対してシンは話を続けた。


「ああ、例えば元いた・・・地球の様に鯛とか鮃とかそう言った名前がこの世界でも同じかどうかをな・・・」


「なるほど・・・。要はそう言った魚の名前次第でいつからこの世界でこの国に日本人が来ていたのかが分かるって事だな?」


 オオキミの文化は余りにも似ている部分が多い。というより日本の文化を持ち込んだと言うべきだろう。もし、そうだとすればいつどのタイミングで日本の文化を持ち込み伝えたのか。

 その指標としての方法が名詞だ。怪物とも言える生き物の名前には妖怪の名前が付けられている。という事は魚の名前にも日本語で通用する名前があってもおかしくない。

 そして何よりもその名称で呼ばれるようになった時期だ。シンが知る限り妖怪の名前が付けられている生き物のほとんどは危険な生き物である事が多い。この国の文明が始まる前、最初に生き物に名前を付けるとすれば無害で食用である生き物に付けられる事が多い。

 もし文明から始まる前からだとすればその頃に日本人がいた事になる。

 そうでなくとも自然と生き物の名前についての話題から入り込む事が出来ていつどの時に日本人がやってきたのかが分かる。

 そう考えたシンは食事処を探す事にした。


「正解。だから昼食がてらにこの事についても知りたいから食事処を探している」


 シンの口調がどことなく楽しそうにしている事に気が付いたアカツキはまさかと言わんばかりの口調で訊ねる。


「・・・半分楽しんでいないか?」


「否定はしない」


「・・・・・」


 アカツキは「やっぱりか」と言わんばかりの沈黙を漂わせた。

 そんなアカツキにシンはその足で魚を捌いてくれる食事処を探した。





 シンは漁港から少し離れた土足入店が可能な食事処に入り、魚を持ち込みでも問題ない事を確認した後、魚を手渡し、席で待っていた。

 丁度その時手に入れた魚の名前を聞くと


「ヒカリウオ、コウハクウオ、そしてタイか・・・」


 と3つの呼び名があった。一つは分類別の時に使われる名称「ヒカリウオ」、もう一つは一般的に使われている名称「タイ」だった。

 どれもこれも日本語で通用する言葉ばかりだ。


「なーんか、日本の文化を持ち込んだっていう感じはあるけど、妙にこう・・・創作感というか・・・」


「う~ん、判断し辛いな・・・」


 そもそも名付けられた時期を確実に特定する事自体、時間的に無理がある。シンの思いついた方法は決して間違っていないのだが、時間が掛かりすぎる。

 誰がいつどのタイミングで名づけられた等、それこそ長期間の調査が必要になる。柳田國男の日本各地ではカタツムリをどのように言うのか方言を調査して方言周圏論を提唱した『蝸牛考』でも丹念なフィールドワークと文献調査に相当な時間をかけている。シン達の素性を知られるのを避ける為にこうした回りくどい真似をしているが、短い期間では限界がある。やはり文献や書物、詳しい人物が必要になる。


「名前が3つもあるという事は魚に詳しい奴と詳しくない奴が付けたせいでこうなったんじゃないのか?」


「だとするとこの国ができてからやってきた日本人がいたという事になるかもな・・・」


 シンとアカツキがそう言葉を交わしていると女給が皿に盛った鯛のお造りと醤と薬味の小皿を持ってシンの所まで来ていた。


「お待たせしました。コウハクウオのお造りでございます」


「おお・・・」


 鯛のお造りでフグの刺身の様に花の形をしていた。鯛のお造りの身の色は淡い白と桃色。その色から見た事も無い花の様になって盛りつけられていた。

 見た目の美しさ。芸術性と共に食欲をそそる鮮やかな色を見たシンは手を合わせ「いただきます」と唱え箸を付けていった。


「・・・やはり鯛だ」


 鯛の旬は2回ある。1回は春。2回目は秋だ。その為独特の歯ごたえと旨味と僅かにある甘みが口の中に広がった。この味は間違いなく鯛である事を確認したシンは持っていた箸を止めた。

 丁度その時、シンの片耳から


「お?酒は飲まないのかい?」


 と男性の声がした。


「え?」


 シンが振り向くとそこに居たのは鬼人族の男だった。30代前半の男で、目には黒い帯で目隠しの様に巻いていた。その男は群青を帯びた羽織に似たコートのはだけた所からはデニムの様なライトな紺色の着物を着ていた。腰には丈夫な帆布で出来た小さなポーチが幾つも付いた藍色の腰帯をベルトの様に巻いており、侍らしく鍔の無い刀を左側に差していた。

 シンは一瞬誰かと思った。だが男の


「よっ!初めましてかな?」


 と言ってカーキ一色のキャスケット帽を深く被った瞬間


「・・・っ!?」


 シンの顔が一瞬にして一気に強張った。


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