19.いただきます
「トイレやシャワーがあって寝るとこもあるの!」
「ほほぉお・・・。その「シャワー」とやらは如何なる物なんだ?」
「えっとね、丸っこい部分を右に捻ると先の穴がたくさん開いた棒から大雨の様に水が流れてくるんだよ!それでね、体を綺麗にする事ができるの!」
「ほほぉ」
キャンピングカーの窓から中をのぞくギア。シンの許可を得てキャンピングカーを見学していたのだ。ギアは4mと言う巨体であるため、外から見学する形になっていた。
時を遡る事1時間前。皆にギアの事を紹介した。
「我が名はギア・バルドラと言う!」
高々に胸を張って自己紹介するギア。そんな皆の反応は・・・
「・・・・・・」
数秒程沈黙し、キャンピングカーの時同様怯えた表情か、ノーリアクションに近い無表情だった。
「・・・」
溜息をつき「まぁそりゃそうなるか」と言う顔をするシン。この世界は魔法があるファンタジーのような世界と割り切っていたからかギアの様に喋るドラゴンがいてもあまり驚かなかった。
いても不思議ではない。シン自身はそう思っていた。
しかし、この世界の住人である皆はドラゴンとはどういう存在であるかを、今の反応を見ればすぐに分かる。
「「「・・・・・」」」
困惑と恐怖で固まる皆。そんな様子の皆に対してどうすれば良いのか分からず固まるギア。
ギアと皆の間は傍から見れば6m程の間だ。だが、明らかに遠い距離感があった。
「むぅ・・・(やはり、我が話せる事に対する恐怖があるか・・・)」
実際はそれだけでなく、4mと言う巨体。更にはモンスターの中では最強種であるドラゴンが今皆の目の前に立ちはだかっていたからだ。
そう言った事実を頭に入っていないせいかギアが一歩前に踏み出した。
「ヒッ・・・!」
シーナは代表するかのように小さな悲鳴を上げた。シーナ以外の皆の大半は更に怯えた顔になってギアを見ていた。ギアがたった一歩前に足を踏み出しただけでこの反応。
「・・・・・」
「む・・・・・」
妙な空気と気まずい沈黙と膠着が漂っていた。こんな様子が数分経っていた。そんな様子にシンはどうしようかを考えていた。
(これでは、なぁ・・・)
ここで何とか仲を取り持って貰わないとギアから情報を得る事と今後に差し支えてしまう。
(仕様が無い。俺が・・・)
とシンがギアと皆の間に割って入って何とか取り持とうと図ろうと行動に移そうとする。その時2人がギアに近付いた。
「む?」
「ん?」
その2人とはククとココだった。
「・・・・・」
「・・・・・・」
お互い見つめ合う。ククとココの後ろの方では「こっちへ、早くこっちへ戻っておいで」と言わんばかりの顔で2人に語り掛けていた。
ククとココの口から
「おっきい!」
「・・・・・」
ギアとシンは驚く。そんなククとココの様子にギアは思わず尋ねる。
「・・・怖くないのか?」
「全然!」
ククとココが妙に懐いてきたのだ。
「「「・・・・・」」」
それを見た他の皆は隣の顔を見合わせる。するとナーモ、シーナ、ニックと言う順番でギアに近づいて行った。
「よ、よろしくギア・・・」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますね・・・」
ぎこちない挨拶ではあるが、さっきと比べれば距離はかなり縮まった。そんな助教にギアはホッと胸を撫で下ろした気分になる。そんな皆に対してシンはエリーがいない事に気が付き様子を見た。
「・・・・・・」
未だに動かず、ただ無言でジッとギアを見ていた。どうやらエリーだけは何故か警戒しているようだ。
(ドラゴンだから警戒って訳でも無さそうだな・・・)
エリーの今の様子からギアがドラゴンだから恐れているというよりも何か別の事に対して警戒している。シンはそう感じ取った。
時を今に戻す。
「ううむ、中を見てみたいが、入れぬな・・・」
窓から無理やり奥にあるシャワー室とトイレを見ようとするギア。そんな様子を見ていたククとココは「あははは」と笑っていた。
「文句を言うナ。他言無用と言う条件付きの上に特別に見せているんダ。ここにいる人間以外はお前だけしか見せていないんだゾ」
シンは呆れた物言いでギアに言う。
「ふぅぅむ・・・」
もどかしさでギアが唸る。シンがギアをキャンピングカーを見せる事を許したのには理由があった。まず、敵に回す理由が無い。
敵に回したところでシンはともかくみんなに迷惑がかかると考えたのだ。また、殺意や敵意が無く、ただただシンを試してみたいだけだったようだ。
そして、確信に感覚を得たきっかけはギアの目線だ。ギアの視線は車に向けていて「あれは何か」と聞かれた時、少し間を置いてから何故か後回しにしたのだ。
シンはもしかしてと考えられる事があった。
「・・・ギア、お前が再び戦いに挑まなかったのは車に居た皆を巻き込ま無い様にしたのカ?」
中を覗いていたギアがピタッと止まる。
「・・・・・何故そう思うのだ?」
「お前、この車に目を向けただロ?あの時誰かと目が合ったのではないのカ?」
「・・・・・」
ギアの目が細くなる。ギアが再び襲ってこなかった理由は、皆のうち誰か、或いは全員と目を合わせたのではないかとシンは考えたのだ。
「フッ・・・」
ギアは少し笑っているかのように鼻を鳴らす。まるで肯定するかのように。
「其方、他の者から「目敏い」と言われぬか?」
「無いナ」
「ふん・・・」
そんなやり取りしているとココがやってくる。
「・・・ごはん」
「そう言えば、まだだったナ・・・」
シン達は朝食はまだ摂っていなかった。朝食は何にしようかと「ショップ」を開く。
「それは何だ?」
ギアがシンの様子を物珍しそうに見る。
(しまった、思わず開いてしまった)
シンはしまったと思った。これはなるべくなら他人に見せないようにしようと考えていたのだ。
「む、どうかしたのか?」
ギアが動揺したシンに尋ねる。シンはやむを得ず
「これは異世界の物品が手に入る事ができる能力ダ」
と一応正直に答えた。嘘を答えると、さっきの様なややこしい事になり兼ねないと判断し誤魔化し気味で答えた。もし更に聞いてきた時は「魔法の類」とか適当に答えようかと考えていた。
「ほぉお、異世界の物をか・・・」
ギアは「異世界の物」対して興味を持った。そのためそれ以上聞いてこなかった。
「我には見えぬが其方には何か見え、表れている物を望めば手に入るのか?」
ギアはシンの「ショップ」の表示画面は見えていない。シンにとって、これ以上自分の情報開示しなくて済むため好都合だった。
そんなシンの都合をギアに悟られない様に気を逸らす。
「そう、これをこうやっテ・・・」
表示されている食品のカテゴリーのマルゲリータのパーティサイズを転送した。
すると、シン両手の上には箱に入ったピザがあった。
「おお!」
マルゲリータを見て興味がさらに膨らむギア。
「これは何という食べ物だ?」
「ピザと言う食べ物ダ。生地の上にトマト・・・赤い果実にチーズと言う白い固形状の・・・今は溶けているが、そう言う食べ物とバジルと言う香草をまぶして焼いたもノ」
この世界では「トマト」とか「チーズ」と言う食べ物が存在するかどうか分からないため説明しながらの解説だった。
「いい匂い・・・」
「うまそうだな」
ジュルリ…
ギアが舌なめずりをし、チラチラとこちらを見る。
「・・・・・食べるカ?」
ギアの如何にも食べたそうにしていたので聞いてみる。
「む、どうしても言うのであれば食べてやらんでも・・・」
プライドが高く偉そうに言い放とうとするギアを見たシンは大声で皆を呼ぶ。
「おーい、ギアさんがいらないそうだから俺達だけデ・・・」
「ま、待て、ぜひ食わせてくれ!」
慌てふためくギア。あまりの変わり身の早さに驚きつつ、「だったらそう言えよと」心の中で突っ込みを入れるシン。
「シン兄、早く早く!」
「分かったから、急かすナ!」
恐らくギアも一緒に食べる事になるだろうと思い、もう3つマルゲリータのパーティサイズとを買った。包丁でマルゲリータを切り、ブルーシートの真ん中に置きギアを含め皆で朝食を摂る。
シンは両手を合わせていつも通りの挨拶する。
「いただきまス」
皆も同じく両手を合わせて挨拶した。
「「「いただきます」」」
「む?その儀式のようなのは何だ?」
そんな皆の様子を見たギアは疑問を投げかける。その疑問に答えたのはククだった。
「お礼の言葉だよ!」
「お礼?」
ギアは何に対してのかを訊ねようとすると先にニックが答えた。
「うん、ご飯を用意してくれた人やご飯になった生き物達に対してのお礼」
「ほぉ・・・」
その事を聞いたギアは両手を合わせて挨拶した。
「・・・いただきます」
それを見たククとココ、ニックは顔が綻ぶ。
「何だ?」
「だって、ドラゴンが「いただきます」って・・・」
「・・・ふむ、確かに珍しいな」
ギアはフッと笑い、穏やかに目を細める。
「我は今日まで生きていくために食べる事は当たり前と思っておった。だが、生きていく限り弱肉強食がある。獲物は決して死にたくはないだろうに・・・。この「いただきます」は我が初めて獲物を狩ってきて、その時の嬉しさを思い出す。そして、これは弔うための儀式のように感じる」
語っていくにつれて徐に目を閉じる。
「これは良い儀式だ」
ギアは穏やかな言い方で感嘆し「いただきます」を称賛する。
「・・・そうカ」
シンはそっけない返事をした。だが内心は嬉しかった。「いただきます」という言葉はたった一言だが深く意味のある良い言葉であると理解してくれた事に対してギアに感謝もしていた。
「ところでこれはどうやって食うのだ?」
「ああ簡単ダ」
そう言うとシンは最初に切り込みを入れたマルゲリータの一部分の所を取る。するとチーズがとろ~りと垂れてチーズの糸が伸びていく。
「ほぉ・・・伸びるのか・・・」
手でチーズの糸を取ってピザの上に乗せ徐に口へ運ぶ。皆は美味そうに食べるシンを見て涎が出てくる。
ゴクリ…
より腹を空かせる。
「と、こんな感じダ」
とピザを頬張りながら説明を終える。
「「「・・・」」」
その時皆とギアが目を合わせた。ほんの2秒程の沈黙。
ガバッ!
すぐさま全員がお互いの事を敵を認識した瞬間だった。
「・・・・・」
皆はサッとピザを取り合い口に運ぶ。シンは「訓練の時にその位素早く動けよ」と内心で突っ込む。
「・・・!」
「ん~!!!」
「~うん!」
「・・・」
「~♪」
「・・・ふむ、美味い!」
それぞれピザを口に運ぶ。そのピザの美味い事に感動し、思わず声が漏れる。
「これは誠に美味だな」
賞賛するギア。皆はあっという間に一枚平らげもう一枚にすぐに手を伸ばそうとするが。
ヒョイ パクッ
ギアはすぐにマルゲリータ1枚を半分に折りペロリと平らげた。
「ん~、ん~…」
ギアはピザの味に再び感動し声が漏れていた。
「・・・・・」
皆は唖然とする。2枚では満足しなかった。
「・・・・・」
フ~と溜息をついたシンはもう2枚買った。そしてまたすぐさま
ガバッ!
取り合いになる。
「あ!それ我が目を付けてた一枚!」
「取ったもん勝ちだよ!」
ドラゴンと子供がピザを巡って取り合っている。おまけにその子供に負けている。何とも珍妙な光景だ。
(プライドはどこ行ったギア・・・)
呆れた顔でシンは食べ進めていく。ピザを食べる前の偉そうに言い放とうしていたギアの様子を思い返して今の光景と照らし合わせて脱力する。
そんな賑やかな朝食をしていた。
そんな最中にエリーはギアに対して警戒しながら食べていた。
その警戒していた理由はギアの言葉によって和気藹々としていた場の空気が凍り付く。
「・・・ところで」
「何ダ?」
「そこの娘は「転生者」のようだが?」
シンは理解できなかった。だが、エリー達が絶句し不安な顔つきになった事に何かが起きる予兆のように感じた。