206.奪う欲望
その日の夜。
草木が風に揺れて、夜行性動物しか活動しない時間帯。
その時間帯、海岸沿いで灯りを持って中型の船の上に立っている者達がいた。
「・・・・・」
その者達の服装は蛇の鱗の様な鎧を身に付け、茶色の少林寺の修行僧のカンフー服を着ていた。頭には竹か笹で編んだ笠を深く被っていた。その鎧に似合うかのように腰には剣を携え、手には槍、棍の様な長い棒、クロスボウを持っていた。
人数は15人程だ。
「アレさえ知れば、役獣の力がより強くなる」
「その上、あのギュウキも手に入れれば武力が・・・」
船の上では各々が一丸として欲している事柄に対して企みの声が漏れていた。
「「獲物算用は捕ってから」じゃぞ?」
その声を制止する形で囁いく穏やかな老人の声が聞こえた。
一同は企みの声を止め、老人の声に反応して聞こえた方向へ向く。
「「「師父」」」
師父と呼ばれた人物は深緑の少林寺の修行僧のカンフー服を着た子供かと言う位の背の低い初老の老人だった。頭髪は白髪が主で前頭部がツルツルの水晶が如くの頭だった。顔つきは細めの目でにこやかな印象の小柄な好々爺。
少し腰を曲げ、手を後ろに組んでおり、出で立ちはまるで隣のお爺さんと言う様な印象だ。
しかし見てくれこそ、そんな感じなのだが、瞳の奥は酷く貪欲で獰猛な獣の目をしていた。気取りの早い者であればいざ戦う事になればこの老人の脅威をすぐに知る。
なるほど師父と言うだけはある。
少なくともそう評価してもいい位の強さを誇っていた。
「アタシらがこの術を手に入れ、そして上手く使役すればより強い武力を持ってしてこの国手に入れる。そして我が国を取り戻す事が出来る。だが、まだどちらも手に入れていないねェ」
独特の訛りがある話し方の師父。
師父と呼ばれている初老の男の前に立膝をつき顔を下げる若い男が前に出た。
「師父、それならば術はギルドの書庫にて、ギュウキは最近この近辺で見かけているという情報がございます」
その言葉を聞いた師父は若い男に近付いて変わらない顔で
「ほォ、それは確かなのかイ?」
と訊ねた。
「はい」
「よしよし、いい報告だねェ」
穏やかだが、どことなく陰りと凶暴性が窺える笑顔になる師父。
余程信頼していたからなのか、それとも彼の強く力の籠った返事に何か信じられるものを感じたからなのかすぐに判断を下した師父と呼ばれている老人。
「じゃア、半々に分かれギュウキを手に入れる組と術を手に入れる組に分かれて動いておくれな」
陽気でにこやかな口調で全員に命礼する師父。
その命令に
「「「は!」」」
誰も異を唱えず返事をしていた。
その事を確認した師父は低い声で
「では、行け」
と命じ、その場にいた全員は即座に行動に移った。その事を確認した師父は船に掲げている灯りの元まで行き、遠くにあるオオキミの大地を眺めた。
「国盗りが国返しねェ・・・。そんな物は興味はないけど」
師父と呼ばれている初老の男は獰猛な笑みを浮かべて
「より強い力を手にする事が出来るねェ」
と何か自分の欲望を誰かに宣言する様に強い口調で呟いた。
眩い朝日の光が建物の陰になっている場所ですらも反射や強い光のお陰で照らされる次の日の朝。
「ふぁ~…」
大きな欠伸をしていたのはギルド近くにある店の子供だった。
その店は昭和時代の建物風で硝子戸から見ると中には雑貨が置かれていた。この事からこの店は雑貨屋という事がよく分かる。
店先に幾種類の盆栽の松に似た鉢植えが置かれていた。
ピチョン
秋露が瓦から垂れ落ち、軒先に置かれている水が張った桶の中に吸い込まれ水面に大きな波紋を作る。
その子供は寝ぼけ眼を擦りながら水の入った桶と柄杓を手に持って店先にある盆栽の様な鉢植えに水を与えていく。
「ふぁ~あ?」
欠伸をしながら水をやっているとある事に気が付いた。
いつもと違う日常の風景では無かったのだ。正確にはいつもの日常の風景に非日常的な存在が付け加えられていた。
ザワザワ…
ガヤガヤ…
「?」
ギルド前に多くの人だかりが出来ていたのだ。
いや正確には野次馬だ。しかもその野次馬の奥には幾人の警務隊が現場でキビキビと動いていた。
「ここ泥棒に入られたんだってよ」
「泥棒?金か?」
「いや、何でも盗まれたのは生き物について何か書かれた書物らしい」
野次馬達はどこからその情報を仕入れたのか、と訊ねたくなる位の噂をしていた。
「下がって」
噂していた野次馬達を下がる様に言う棒を持った警務隊は押しやる形で野次馬達を下げさせる。
そんな中シンはギルドに来ていた。
「泥棒?」
野次馬達の言葉を聞いたシンは思わずオウム返しする。その言葉に気が付いたのか警務隊の内の一人がシンに近付いた。
「すみません、下がって下さい」
シンはその言葉に従って一歩程後ろへ下がった。
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「一体何の騒ぎなんだ?」
「!?」
声のする方へ勢い良く向いたシン。
「何でもギルドで盗難があったそうで・・・」
サクラとアルバだった。
どうやら野次馬達の騒ぎに起きてここまでやってきたようだ。しかもこの野次馬達の雑多の声や音、気配のせいでサクラ達の姿に気が付くのに遅れてしまった。
(なっ・・・!)
目を大きくしたシンは明後日の方向へ顔を背けてサクラ達の声を聞いていた。
サクラは低い声でアルバに訊ねていた。
「何が盗まれたのだ?」
アルバは雑多な音の中で小さな声でも聞こえる様にサクラに近付き答える。
「何でも生き物について書かれた書物が一つ無くなっていたそうでございます」
その答えにサクラは目を細める。
「生き物か・・・結構危ないな」
「ええ・・・」
ギルドに保管されている生き物に関する書物は悪用されれば大惨事になる恐れも十分にある代物だ。
人に慣れており、戦争でも活用されている生き物と言われると思浮かべるのは馬だ。馬は移動だけでなく突撃で人を引く事も高度な物であれば主人の任意で蹴り殺す事も出来る。更に他にも象や犬、鷲、鳩等々の生き物は戦争ではよく使われている。
その事を考えれば生き物に関わる書物が無くなっているという事はかなり大事だ。ましてやこの世界の生き物は一体で集落を壊滅しかねない位の脅威がある。それが複数であれば国を軽く壊滅に追い込む位等容易い事だろう。
それを盗むという事は碌な事に使わない可能性が高い。
最悪の場合であれば軍事バランスを崩しかねない結果になる。
(生き物に関わる、か・・・)
シンは改めてこの世界の生き物の脅威について認識すると、即座にその場から立ち去ろうとした。その時、また聞き覚えのある声がした。
「お~い、サクラ~」
その声に気が付いたシンは再び立ち止まり横目でチラリと見る形でサクラ達の方へ向いた。
「わっし達、まだ朝餉食ってないだろ?」
聞き覚えのある声。
それはあの宿で粽を頼んでいたあの男の声だった。
(あの男・・・)
それはサトリだった。
シンは初めてサトリという男の顔を見た瞬間だった。
「私は甘い物を所望する」
後から来たステラとアンリがやってきた。
「・・・いくら何でも甘い物を摂り過ぎだ」
サクラはアンリの甘い物要求する言葉に呆れて叱る様に言った。
それを横目にシンはアンリの姿を捉えた。
(誰だ?あの娘・・・。小人族か?)
シンは同じく初めてアンリの顔を見た瞬間でもあった。
「だが、そうだな。そろそろ朝餉を摂るか」
確かに朝の騒ぎのせいで朝食よりも先に気になって外へ出た者は多い。そろそろ腹の中で大きな隙間が出来る時間帯でもある。だからそろそろ朝餉にしようと考えて各々家や宿に戻る者がぞろぞろと出てきだした。
(潮時か)
この場に留まり続けるのもそろそろ限界と考えたシンは今の戻り始める野次馬達に紛れて宿に戻ろうと考えたシン。
その時だった。
「ちょっと待って」
制止を掛けたのはアンリだった。
アンリの言葉にサクラ達は足を止めてアンリの方へ見る。
「何だ?甘い物ならまだ後だぞ?」
サクラはまだ甘い物を要求するのかと考え呆れ口調で甘い物は後である事を牽制する形で予め言った。
だがアンリは神妙な顔で首を横に振る。それを見たサクラ達は事の重要さを感じて同じく神妙な顔になる。
アンリの次の言葉でサクラ達とシンが凍り付いた。
「近くにシンという男がいる可能性が高い」
「「「!」」」
その言葉を聞いてすぐに動いたのは
(何っ!?)
シンだった。
即座に人混みに紛れて宿の方向・・・とは逆の方向へ向かった。
(何をしたのかは分からないが俺があの場に居ると言った時、確信を持ったような言い方だった・・・!)
つまりあのままシンを泳がせてシンが泊まっている宿を特定される可能性が十分にあった。
ならば泊まっている宿とは逆の方向へ向かい、ほとぼりが冷めたら宿へ向かおうと即座に考えたシン。
シンは宿とは反対方向に向かって家屋と家屋の間の隙間路地に入った。
(人数が多い所を選んで紛れた上に狭い路地に入った・・・。これなら・・・・・っ!?)
シンは追手の振りきりの常套手段を講じて、撒けるのも時間の問題だろう、と考えた時僅かな気配を感じた。その気配はシンにとって不安を過り、同時にアカツキから聞きたくない言葉が飛び出した。
「ボス、サクラ達がその路地に向かってきているぞ」
「察知されたか!?」
シンは更に反対方向に走ろうとした時、アカツキが口を挟んだ。
「待て!そっちにあのメイドとサムライがその路地を挟む形で来てんぞ!そのまま行けば鉢合わせになる!」
「・・・っ」
どうやら時間の問題だったのはサクラ達の方ではなくシンの方だった。