205.旬
一行は当然履物は脱ぎ、畳の上に敷かれている座布団の上に座っていた。
慣れているサクラとサトリは正座だが、慣れないアンリは足が痺れていたのか畳の上で箕座で、アルバとステラは立膝で座っていた。
サクラは王族でそれなりの経済力を持っている為、少し贅沢な宿に泊まっていた。男子部屋と女子部屋、共同用部屋に分けてチェックインしており、現在共同用部屋に全員いた。
そんなサクラ一行は夕食を取ろうと考えた矢先、突然サトリが「夕食はわっしが用意する」と提案してややしつこかったのだ。サクラ達は渋々頭を縦に振り、自分の屋敷に取り入れるべくオオキミの家屋の様子を観察をしていた。
そしてサトリが戻ってきて今に至る。
「あ~要はその季節でしか食べられない物、或いは特定の時期で願掛けや祈祷と言った行事で食べられる事かな?確か豊作に対する感謝の食べ物として食べられている・・・だったかな~?」
サトリのたどたどしい説明に
「それが「旬」か・・・」
一応納得するサクラ。
そんなサクラにサトリは開けたお重から鳥とタケノコ、山菜のもち米の粽を取り出しサクラに差し出した。
「ああ、すまない」
「その笹の包みを開ける形で頬張ってごらん」
サクラが受け取るとサトリはその場にいる全員に見える様に粽を持った手を差し出して開け方と食べ方をレクチャーする。
するとアルバが粽を開けた時何かに気が付いてサトリに訊ねる。
「サトリ様、これは焦げてらっしゃっている様に見えますが?」
見せた粽を見たサトリは
「お、アルバ殿は当たりだね~」
「当たり?」
と屋台の親父の様な飄飄とした声で答える。アルバは意外な反応に少し戸惑う。普通焦げていればそれは調理として失敗である事が多いからだ。
「それは米を炊いた時、釜の底で出来る所謂「お焦げ」と呼ばれて所なんだが、香ばしくてコクがあるんだ」
サトリがそう詳しく説明するとサクラが粽を開き切ってお焦げと思しき物を見つけてサトリに見せる。
「サトリ、これか?」
「ああ、そうそうそれそれ」
サトリはコクコクと頷きながら粽を頬張る。
「そうやって食べるのか?」
手で食べる様子を見たサクラにアルバとステラはカルチャーショックに近いものを覚え見ていた。
「ああ。ちょっと昔だと遠征や旅ではちょっと贅沢な料理として食べられていたんだ」
サトリが飄飄とした物言いで答えつつもう一口頬張る。サトリが「贅沢」と言う単語を聞いてアルバとステラは「今手にしているこの食べ物は高価な携行食料か」と考えながら粽を見ていた。
そんなやり取りをしているとアンリはイワイマメの餡が入った粽を早速頬張っていた。
「ん~…」
粘り気のあるモチモチとした食感に口いっぱいに広がるまろやかな団子の甘さが広がっていくのを堪能していたアンリは幸せそうな様子だった。
赤みがかった餡が見える粽を見たサクラは
「あ、アンリ!貴様!いつの間に・・・!」
そう抗議の言葉を出すが気にも留めず頬張った粽を堪能していた。
「全く・・・」
今のアンリに何を言っても無駄と考えたサクラは持っていた粽を頬張った。
「!ほぉ・・・」
頬張った粽は醤の様な香ばしさが香り、モチモチとしていて鳥とタケノコの旨味があり、柔らかくなった山菜は醤の様な調味料のしょっぱさと山菜独特の旨味が口いっぱいに広がっていく。
「美味しい!」
「これは中々・・・」
アルバは青豆とエビとシャコガイのもち米の粽、ステラはサクラと同じ粽を頬張っていた。
アルバが頬張っていた青豆とエビとシャコガイのもち米の粽は、青豆のポリポリとした歯ごたえのある食感とエビのぷりぷりとした食感、シャコガイの貝柱の繊維が心地よい歯ごたえを出して、豆特有の旨味とエビ、シャコガイの旨味が各々の良さを引き立たせ合い、香ばしい醤の様な香りとしょっぱさがより一層食欲を掻き立たせた。
「確かにこのお焦げが美味いな」
「はい」
サクラとアルバは口にしたお焦げがある部分を頬張った時、お焦げから出る濃厚な醤の様な調味料のしょっぱさと食材の旨味が舌の上で踊る。
味わった事の無い美味しさに楽しみながら食べていくアルバとステラ。
「・・・・・」
この味は決して今まで味わった事の無い。だがこれが素朴さが心の奥底から懐かしさを引き出してくる。サクラはこの懐かしさを感じていた。
だから今のこの味を生涯忘れる事は無いだろう。
「どうだい?美味しいかい?」
そう尋ねるサトリの顔はニカッと笑っていた。
「お前が自分で用意すると言った事には驚いたが、納得した」
これなら納得できる、と言わんばかりに小さく笑う。
「ええ、この「粽」と言う料理、美味しゅうございました」
「御呼ばれして下さり、ありがとうございます」
アルバとステラも最初は知らない食べ方に少し戸惑っていたのだが、粽を頬張った事で納得のいく理由と粽の美味しさに感謝の言葉を述べた。
「・・・・・」
アンリは変わらず小さな声で「う~ん」と唸りながらイワイマメの粽を食べ続けていた。
その様子にサクラは全部食べない様に注意する。
「おい、ワタシ達の分も残しておけよ」
「・・・・・♡」
アンリは口の中に甘い粽のまろやかな甘い味が舌に染み渡っていく事に集中して至福のひと時を過ごしていた。
「全く・・・」
自分の至福の世界に浸っているアンリには聞く耳を持っていない事にサクラは呆れて溜息をついた。
そんなサクラにサトリは笑いながら
「大丈夫さ、多めに頼んでおいたから」
と窘める様に言った。
「すまないな、サトリ」
そんなサトリにサクラは少し申し訳なさそうに感謝の言葉を述べた。そんなサクラにサトリは変わらず笑いながら手をフリフリと否定の意味する動作をしていた。
「いいって、この味を知ってもらいたかったからね」
サトリの呑気とも取れる言葉にサクラは今日の自分達の行動を振り返って反省の言葉を口にする。
「・・・ほとんど観光になってしまったな」
「知らない文化だから知らないものも多いよね。初日位は仕方ないさ」
サトリは飄飄とした口調でフォローを入れる。
「だが、それでも・・・」
その言葉にサクラは受け取らず、反省の言葉を止めそうにない気配を漂わせていた。
いや反省しているというよりもどこか焦っている様に見える。
その様子を見たサトリは変わらない飄飄とした態度で
「焦るな焦るな。まずこの国で知らなくてはならないもの、例えば衣食住や形式、礼儀、決まりと言ったものを知らなくちゃならない。それを知ってからでも遅くはないと思う」
と説得の言葉を掛けた。
サトリの言葉に反論する前に先に声を掛けたのはアルバだった。
「お嬢様、サトリ様の仰る通りかと存じます。ここで妙な行動をとってこちらが制限を掛けられても・・・」
アルバがそこまで言うとサクラは一呼吸を整えて小さく頷いた。
「そうだな。すまない、急かした」
軽く全員に謝罪するサクラにサトリは何故焦っている様な様子だったのかについて気になり訊ねた。
「随分急いでいるけど、その男の事が気になっているのか?」
普段の変わらない飄飄とした口調のせいかどことなく冷やかしに入っているようにも見える。それ故なのかサクラは答えるのに少し戸惑いを見せる。
「そうだな・・・。ワタシが探している男は、今まで知り合ってきた者達と違って何か違う物を持っているように感じたのだ」
言葉を探し、選んだ言葉は全て真実だ。嘘はない。
「違う物・・・」
それ故なのかサトリは「違う物」と言う単語に惹かれていく。
「ああ。正確には「何か」と言うべきかもしれないな」
サクラはそう言ってこの件の話を閉めにしようと考えたが、サクラの言葉にどことなく物足りなさにサトリは更に訊ねた。
「それが他の人間にとられたくないんだな」
「まぁ・・・そういう事になるかもしれないな」
少したどたどしさが見えてくる言い方になるサクラ。
その様子を見たサトリはニヤリと笑ってそれ以上追及する事は無くなった。そんな様子のサトリにサクラは面白くない心境が現れて来たのだが、それ以上話をすればまた追及されると考え沈黙を選んだ。
そんな様子のサクラ達にアンリが
「美味しかった」
と言って粽に手を伸ばす事は無くなっていた。両の手の平を自分の背中よりも後ろに畳の上に着いていた。どうやら満腹になった様だ。
「アンリ、そう言う時は手を合わせて「ご馳走様」と言うんだ」
サトリの飄飄とした口調でそう諭すとアンリはすぐに手を合わせて
「ご馳走様」
と言いその場でゴロンと横になった。
聞いたサトリはニッコリと笑いながら
「お粗末様で」
と言った。
そんなやり取りとは余所にサクラ達は
「「「あ」」」
と呆れ混じりの声を漏らしていた。その言葉に気が付きサクラ達の方へ向く。
そしてサクラ達の視線がお重の方へ向いていたからサトリも視線をお重の方へ向けた。
「あぁ・・・」
サトリも同じく声を漏らした。その声は少し呆れ混じりだ。
お重の中にあったイワイマメの粽等の甘い団子が包まれた粽が一人につき一つずつしかなかったのだ。
「「「・・・・・」」」
サクラ達は横になったアンリをジロッと見た。
まるでもう少しは遠慮と言う物をだな、と言わんばかりの視線で。