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199.考察

 その部屋かなり広いはずなのに窮屈で狭かった。

 取敢えず人が通れて本をゆっくりと読める環境さえあれば本棚を詰めるだけ詰めて、その本棚にも詰めるだけ詰めた様な部屋だった。本棚には本は確かにあるのだが、中には巻物だけの本棚もあった。


 パラ…


 その部屋の奥では机に齧りつく様に座り、大きくて分厚い本を読んでいる者がいた。


「・・・・・」


 軽く目を通してまた次のページを捲る。


 パラ…


 捲る度に本の乾いたページが机周辺に響かせていた。


(ツチコロビ、ギュウキ・・・どっかで聞いた事があると思っていたら、日本の妖怪名だったのか・・・)


 大きくて分厚い本を読んでいたのはシンだった。そして目を通していたのはこの国の生き物について詳しく書かれた本、所謂図鑑だった。

 その図鑑に載っている生き物、所謂怪物、又はモンスターと呼ばれている生き物の名前と姿絵図を目を通していた。読んでは捲り読んでは捲りと、その度に何か聞き覚え、見覚えがあるというデジャブを感じて終ぞ先程その既視感の正体が分かった所だった。


(という事はやはりこの国にも日本人が来ていた事になる・・・)


 いくら姿形、生態がそっくりとは言え、この世界の人間が名前をそのまま妖怪の名前を当てがるというのは考えにくい。

 例えば図鑑に載っているツルベオトシであればこの世界においては巨大な蜘蛛だ。

 大きさ4m高さ1m程で腹部に大きな目をした人間の顔のような模様のある蜘蛛だ。生態は幹の太さが直径3~7mの大木の上におり、下に通りかかった自分より小さい生き物を素早く襲い、動物の首を切り落とす。

 こうした生態ならば「オオガオオトシ」とか「クビキリグモ」と名付けられてもおかしくない。それなのに「蜘蛛」とは離れている単語の「釣瓶」が入っている。

 この事を考えればこの大蛇に名付けた主は日本人でかなりファンタジー系に詳しいのだろう。


「・・・・・」


 シンはこの本の著者は誰なのかと考え一旦本を閉じて本を隈なく探った。


「やはりか」


 思いの外すぐに見つかった。本の裏表紙の内側に著者名が記載されていた。


 タカハタ・ケイ―――と


 著者の名前を見た時シンの目は細めていた。


(やはり、日本人だったか。となるとこうした生態は態々赴いて行ったって事か?)


 そう考えつつ他のモンスターの生態を見ていたシンはふとある事を思い出した。


(そう言えば、あのアワダって人からも殺気があったな)


 それはマエナガとの模擬戦闘を行っていた時、シンが殺気を僅かに出した時ほぼ同時にアワダがシンに向けて殺気を出していたのだ。


「危うく消してしまう所だったな・・・」




「どうぞ」


 受付嬢はお盆に乗せたお茶が入った湯飲みをソファに座っているアワダの前に置く。


「これは痛み入る」


 そう言ってペコリと頭で一礼するアワダは一言感謝の言葉を述べて対面に座っているマエナガの方へ向く。


「マエナガギルド長、シンさんを見てどう思うというのはもしかしてあの模擬戦闘の事ですか?」


「うむ」


「何故私に?」


 少しキョトンとした口調だが、その目付きはどこか鋭い。まるで今にも刺さんとばかりの針の様な。


「お前・・・いや、アワダ。お前は多分だが警務隊の内では「切り込みアワダ」と呼ばれている人物と見ているんだが違うか?」


「・・・・・」


 マエナガの言葉に目を細めるアワダ。実際マエナガが言っている事は事実だ。

 だからアワダは観念したかのように口を開いた。


「確かに私は第三警務隊隊長、「切り込み」の名前を意図せず頂いているアワダ・ツヨシです」


 諦めた様な口調で軽く自分の職業と経歴と共に自分の本名を名乗った。


「やはりか・・・」


 その答えに納得したように小さく頷くマエナガ。


「よく分かりましたね。一言に警務隊と言っても誰が強いのかどうか等分からない上に、少なくとも私は若く見られる」


 小さく笑いながら語るアワダ。

 確かにアワダの言う通り、警務隊に就任している隊員は現代の国民に似つき警察に就任している比率とほぼ同じ数だ。その上アワダは若い方に分類される警務隊員だ。

 だから誰かが「隊長」と呼んでいる事から身分が分かっても、その人物が異名持ちの人物とは考えられない。

 そんなアワダの疑問にマエナガは一言で


「お前の目だ」


 と答えた。


「目?」


「うむ。俺とシンとの模擬戦闘で最後の所の事だ」


 マエナガがそこまで言った時、アワダの目付きが変わった。その目付きは鋭い白刃の様なものだった。

 確かにマエナガとシンが模擬戦闘をして、シンは僅かながら殺気を出していた時、アワダはその殺気に勘付いて目元を鋭くさせてしまった。

 アワダは戦闘では場慣れしており、こうした殺気には鋭かった。それ故に無意識に目元を鋭くさせてしまい、いつでも剣を抜けるように体の力を抜いてしまう癖を、いや最早習慣になっていた。

 マエナガはアワダから出る僅かな殺気と気配でその事に気が付いていた。


「・・・・・」


 アワダは変わらず鋭い目付きでマエナガを見ていた。マエナガはそんな様子のアワダに肯定の返事として受け取り


「人を見極めるのは得意のようだが、黙る事や嘘をつく事には向いていない様だな」


 と吐き捨てる様に言った。

 アワダはその言葉に小さな溜息を吐いて静かに頷いた。どうやら身に覚えがあり事実の様だった。


「では、改めて聞く。シンを見てどう思った?忌憚のない意見を聞かせて欲しい」


 若干前のめり気味に訊ねるマエナガ。


「・・・・・」


 アワダは目の前にあった湯飲みをズズッと軽く口に含み小さく頷いた。


「はっきりと言いますと、恐らくあの模擬戦闘の実力はほんの僅かなものではないかと思います」


 アワダのその答えにマエナガは目元を細める。


「それはシンが出したあの殺気からか?」


 その問いに軽く頷くアワダ。


「はい。マエナガギルド長との模擬戦闘での繰り出す技は確かに見事なものでした。それこそ我が国の軍の兵士達よりも遥かに反応がいい」


「ふむ」


 アワダの意見にはマエナガは同意見だった。

 マエナガが繰り出していた技はBランク冒険者どころかAランク冒険者ですらも中々に苦戦を強いられるものが多かった。精々ギリギリ避ける位しかできないだろう。そんな重く早い技を持っている上に、シンがスコップを横薙ぎ大振りを繰り出して隙が出来た時を狙ってマエナガは持っていた脇差でシンの喉元に脇差一突きを繰り出した。

 だがシンは咄嗟に振ったスコップを戻す様に引いて、その勢いでスコップ面の裏の中心部分の分厚い部分で喉元を迫りくる脇差の切っ先から防いだ。

 変則的とは言え、咄嗟の防御を行ってマエナガの重くて速い一突きを防ぐ事が出来たのは見事と言う他ない。


「あれだけでも十分すぎる位に腕が立ち、相当な場慣れしていると考えてもいいと思います。ですが・・・」


「彼の殺気とあの目か?」


「・・・そうですね。目の方はシンさんの後ろ姿しか見ていませんので分かりませんが、あの殺気は、こう・・・質が違いますね」


「質が違う、か・・・。なるほど言い得て妙だな」


 軽く深呼吸したマエナガは己の目で見たシンの事について語り始める。


「シンの事を一言で言えば・・・「何か」になるのだろうな」


「「何か」ですか?」


 顔が神妙になり更に目を鋭くなるアワダ。


「うむ。あの殺気、あれは殺気もあったが何か別の()()が入っていたな」


「別の()()・・・」


 アワダはあの模擬戦闘の事を思い出す。シンから漏れ出していた殺気に含まれていた別の「何か」。そう表現してもいい位の見えない存在感。


「あの殺気とは違う・・・そうだな、雰囲気と言った方が自然かもしれないな」


 敵意とも悪意とも殺気ともいえぬ、不気味で恐ろしく、圧倒的な異様な雰囲気。

 そんな得体も知れない未知の雰囲気を感じた2人だからこそ理解が出来て成り立つ会話。そして更にその雰囲気でふと気になった事を思い出す。


「あの雰囲気を持った者はSランク冒険者はおろか銀のメダル持ちですらもいないだろう。少なくとも俺は知らないな」


 マエナガのその言葉にアワダは


「そうですか、ギルドでも・・・」


 と「ああ、そちらでもか」と言わんばかりの口調で答える。当然その気になる口調にマエナガは訊ねる事せず


「そちらでも知らないのか」


 アワダの脳内の検索結果に引っ掛からない事に「仕方がないか」と小さな溜息交じりに答えた。


「ええ」


 アワダは少し歯痒そうに答える。

 お互い知らない人物である上に実力だけでない異様な雰囲気と存在感を放っているシンに対して不気味さを感じていた。

 殺気に混じった何かの雰囲気。身分や身元が分かるが少なすぎる。素性が分からない。戦闘に長けており、少なくともBランク冒険者以上である事は間違いない。

 そうやってシンの事についての情報を自分の頭の中でまとめているとある事に気が付いた。


(そう言えば、森の中であれだけ堂々と開けた道で歩いていたというのに襲ってくる気配が無かったな・・・)


 ギュウキ目撃の件で現場まで向かっていた道中と帰りの道中、()()()()()()()を見かけていた。その上それらはこちらの様子を窺っていた。だが、ただそれだけしかしなかった。数を見て手を出さなかったと考えれば自然だが、それでもここオオキミでは手を出す時は手を出す。

 しかし頭のいい危険生物の事やここまで来る時の異様な数の視線や気配の事を考えると複数の種類の危険生物がその近くにいた事になる。となればシン達を窺っている配置で違う種類同士の危険生物の鉢合わせだってあり得る。だがそれが無いのは少し変ではある。


(まさか、シンのあの雰囲気にでも勘付いたのか・・・?)


 ここでふと頭に過ったのはシンのあの雰囲気だ。

 何かしらの動物達はシンの雰囲気、或いは()()を感じ取って手を出さず唯々様子を見る事だけに徹したのではないのだろうか?


「・・・・・」


 アワダは背筋に何か冷たい物を押し当てた様な寒気を感じて両手を拳に作り替え強く握りしめて、マエナガはシンに対して警戒に似た心境でシンの事を考えていた。


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