198.判別
外見こそ和風の建物なのにも関わらず、その部屋だけは洋式だった。シン達はそんな部屋にいた。
ギルド長であるマエナガと受付嬢はある物を取ってくるといって一度部屋を出てシンとアワダにはこの部屋で待つ様に言われてソファに座って待っていた。シンはギルド長の机側、アワダはその対面のソファに座っていた。
「・・・・・」
キョロキョロと見渡すシン。
ガラスの引き戸に隅々まで明るく照らされるように配置されている天井に飾られたシャンデリア風のガラスの釣行灯。欄間の様な天窓に土足でも問題なく歩けるように造られた木製の床。真ん中には客と対談できるように配置された洋風のソファとテーブルに部屋の奥には沢山の書類処理できるように大きな木製のテーブルが置かれており左右の壁には本棚と書棚が置かれていた。本棚と書棚には沢山の本や巻物が置かれており、キッチリ整理されていた。
まるで大正ロマンの部屋にいるような感覚だった。
(書類が多いな)
本と巻物は洋風の物は少なく、和紙で作られたであろう和風の本や巻物が多く見受けられていた。エーデルやヨルグのギルド長室で見た時と違って書類が多く見られており、書類の処理に追われているのかと思うシン。
「待たせたな」
マエナガはそう言って机の上にある物を乗せた。
「これで本物の銀のメダルなのかどうかを判別するのか?」
「そうだ」
シンとマエナガがそんな話をしている話題の中心は机の上にある正立方体の水晶が乗った白い箱だっただった。その箱は主に白を基調で所々に金細工が施されており、蝶番付きの上下に開くタイプの箱で上に乗っている水晶は埋め込む様な形で取り付けられて一切の曇りも濁りのない清水の様な透明の水晶だった。
この箱を見る限りでは魔法で銀のメダルの持ち主が誰なのかどうかを判別する装置の様だ。
シンは魔法は効かないし、扱えない。また銀のメダルは魔法の力は一切ない。ただあるのは表面に持ち主の名前とギルドが後ろ盾である事と特権がある事だけ。
つまりシンの情報はシンから調べるのではなく銀のメダルから調べる形になる。だからシンは魔法でシンを調べるのかどうかについて尋ねなかった。
「銀のメダルを」
そうマエナガから促されるとシンは素直に銀のメダルと取り出した。
「ああ」
シンから銀のメダルを受け取ったマエナガは、箱を開けた。開けると中は赤い布生地に真ん中に正円の窪みと言うシンプルなものだった。その窪みは丁度銀のメダルが入れる位の大きさだった。
コトッ…
マエナガはシンから受け取った銀のメダルをその窪みに填め込み白い箱を閉じた。
「これで何か分かるのか?」
シンがそう尋ねるとマエナガは頷いた。
すると白い箱に埋め込まれていた水晶が光が帯始める。
「・・・!」
清らかと言うイメージが連想する白い光が水晶から一つの線を描く様に走っていた。その時、マエナガは急に目をつぶり、自分の心の奥底を覗き込むような表情になってシンに
「名前は?」
と訊ねた。シンは小首を傾げながら
「シン」
と素直に答えた。マエナガは変わらない表情のまま
「それだけか?」
と訊ねた。
「それだけとは?」
当然の疑問をマエナガにぶつけるシン。
表情が変わらないまま
「名前はそれで全てか?」
と訊ねるマエナガ。その質問にシンはすぐに質問の意図を理解した。
「そうだ」
マエナガが知りたかったのはシンの名前がフルネームで「シン」だけなのかどうかを知りたかったのだ。シンはその意図を汲み取って頭を縦に振ったのだ。
マエナガはシンが頭を縦に振った事を確認した時、光る水晶に手を翳した。
カッ!
「!」
するとその時、水晶が直視できない位に強く光り、徐々に青い光になっていった。強く青く光る水晶に見とれているシンにマエナガは手を翳すのを止めた。
フワッ…
今度は青く光る水晶の上に光る文字が浮かび上がった。その文字は
「シン」
とあった。それを見たマエナガの表情は徐々に普段の表情に戻って
「銀のメダル持ちである事が証明された」
と普段の口調でそう答えた。
「今ので証明されたのか?」
「ああ。ここで赤く光り、違う人間の名前が出ていれば身分を偽っているという事になる」
更に詳しく聞くと光る水晶にマエナガが手を翳した時、「選ばれし者、「シン」である事を今示せ」と念じて魔力をこの水晶に流す。すると光が強くなり、青か赤の光になっていく。青は持ち主であり、赤はそうではないという事になる。そして強い光が徐々に弱まり、そのまま直視しても問題ない位の光になった時水晶の上に光る文字が浮かび上がる。その時、持ち主本人の名前が出てくる。因みに青だが名前が違う場合は、名乗る時に名前を偽っており、赤だが名前が正しい場合は、名前は一緒だが別人という事になる。
「俺が何かする必要は無いんだな?例えば名前を書く、魔力を流すとか」
シンの質問に首を横に振るマエナガ。
「その必要は無い。そもそもそんな真似をした時、確かめる我々が隙を見せて逃げられる恐れがあるからな」
「なるほど」
確かに、今シンの対面にはアワダがいる。座っている位置を考えてみれば変な動きをすればアワダがすぐに動けるし、待機していた時のギルド長と受付嬢の気配から考えればすぐに対応できる位置にいた。つまり銀のメダルをギルドに見せた時からそう易々と逃げられない状況を作り上げられていたのだ。
シンが質問の内容には魔力を流す必要があるかどうかについても知りたかった。だがその必要が無かった事にシンは静かに胸を撫で下ろした。
「くれぐれも銀のメダル持ちの審査方法を口外しない様に」
「・・・わかった」
確かに今回の審査方法の事を口を滑らせれば偽造した銀のメダルがより精巧なものになる、又は本物の銀のメダルを持っていて今回の審査方法に対応でもされれば特権を悪用し放題になり兼ねない。
それを避けるものであると理解したシンは頷いたのだ。
「以上にて銀のメダル持ちの真偽を終わる。すまん、面倒を掛けたな。そちらの警務さんも」
そう言ってマエナガは2人に向けて一礼する。受付嬢も同じく一礼する。
「いえ、これが職務ですから」
アワダは首を軽く横に振りながら一礼する。
その様子を見ていたシンは
「という事は俺の身分も分かった事になるのか?」
と訊ねた。
するとアワダがシンの方へ向いて穏やかな口調で答える。
「そうですね。それ以上どうこうする事も事情聴取等も必要なくなりました。お疲れ様です。ありがとうございました」
アワダはそう言ってシンに向けて軽く一礼した。
「ああ、こちらこそ迷惑を掛けた」
シンもそう言って3人に向けて軽く一礼した。
一礼し終わったシンは気になっていた事を口にする。
「ギルド長は今の役職に就く以前は何をしていたんだ?」
シンがこの質問をしたのはマエナガと手合わせをしていた時、構え方や足の運び方、何よりもマエナガの気配がただならぬものを感じたからだ。
「俺は銀メダル持ちだった」
シレッと意外でとんでもない事実を口にするマエナガにシンはさほど驚きもせず更に質問を続けた。
「冒険者のランクは?」
「ない。そもそも俺は冒険者じゃなくて剣術指南道場の師範だったからな」
マエナガは首を横に振りながらそう答えた。
その答えにシンは納得と共に更に気になる事を質問の続きとして訊ねた。
「冒険者にならずに銀メダル持ちのまま過ごしたのか?」
「そうだ。かつての銀メダル持ちはそうして若い時を過ごした者は多いぞ」
今度は頷きながら答えるマエナガ。
「銀のメダルの制度はいつくらいからあるんだ?」
「数百年単位でかなり前からになるな。俺が修行時代にはもう既にあった」
マエナガがそう答えるとシンは「数百年」と「修行時代」で気になる事が頭が過って口にした。
「鬼人族はどれ位生きるんだ?」
「320年~400年位だ」
マエナガはそう答えて白い箱からシンに銀のメダルを取り出してシンに手渡した。
「若い頃は大体の場合は学問や修練を積む事が多い。そうした日常を見ている者達がこの冒険者ギルドだ」
「なるほど(つまり早め早めのスカウトをしてヘッドハンティングをするという事か・・・)」
受け取ったシンは銀メダルを持つ者としてどうやって選定しているのか、気になっていたのだが今までの問答で理解できた。
「他に聞きたい事はあるか?」
「いや、もう知りたい事は知れたよ」
シンは小さく首を横に振りそう答えた。するとマエナガはふと思い出し、小さな声で「ああ」と言って続けて口を動かした。
「そうか。もし時間に余裕があるのならこのギルドに資料室がある。そこでこの国の生き物について調べてみたらどうだ?」
一理ある。
そう考えるシン。確かにこの国どころかこの世界の生き物の事について何も知らないのは事実だ。森に降り立った時でも高い頻度で遭遇した。あの時でもKSGモドキで対処したがほとんどの銃弾が効き目が無かった。しかも、ツチコロビよりも更に危険度が高い生き物がいるから今後の事を考えれば資料室に行く必要がある。
丁度いい機会だしキャップのカメラで記録してリーチェリカにでも解析とかさせよう。
そう考えたシンは頷いた。
「・・・それもそうだな。分かった途中でよらせてもううよ」
シンはそう言って部屋を後にした。シンにもこのギルドにも用が無くなったアワダもこの部屋を後にしようとした時、
「ああ、それからそちらの警務さん」
マエナガに呼び止められた。
「はい」
アワダは振り返りマエナガの方へ向く。
「少しいいか?」
そう言いながらアワダに近付くマエナガ。
「何でしょう?」
アワダがそう尋ねた時、マエナガの表情が一気に強張り重い口を開く様な低い声で
「お前はあの少年を見てどう思う?」
そう尋ねられた。
その時、アワダの目元が一気に鋭くなった。