191.灰色の男
「あそこに水面から顔を出していたんだ」
そう言って崖の上から海の方へ指さすシン。
「思っていたよりも近いですね」
対してアワダは納得する様に頷いていた。
警務隊を加える形で再度調査隊を編成して改めて目撃した現場に来ていたシン達。そこまで来る途中シカやウサギ、猿等の見知った生き物だけでなく木の上からこちらを覗く様に窺うヤマビコやムササビの様な姿をした哺乳類が木の幹にへばりついてをこちらを見ていた。ただそれだけで向こうから何かするわけでは無かった。その為、道中何かに襲われる様な事は無かった。
「はい。とは言ってもそれだけなんですが・・・」
「いえ、それだけでも大きな収穫ですよ」
シンとアワダがそう話しているとアワダの部下がやってきた。部下は気を付けして報告を始めた。
「アワダさん。やっぱりこの周辺にはそれ以外何も確認できません」
部下の報告を聞いたアワダは腕を組んだ。
「そうか。念の為にもう少しだけ調べても何も見つからない様ならすぐに撤収する」
「分かりました。その様に他の隊員達にも伝えていきます」
その言葉に頷いたアワダはシンの方へ向く。
「シンさんお聞きした通り、このまま何も無ければすぐに撤収します」
「はい」
シンはアワダの言葉に頷いた。
そしてそのまま周辺を調査したがこれと言って変わった事を発見する事なくそのまま撤収する事になった。
シン達が村に戻ったのは夕方になる前の4時位の事。シン達はゴンゾウ宅前にいた。ゴンゾウ宅前には残っていた村人達で炊き出しをしていた。メニューはお握りとシシ汁だった。
メニューそのもの自体はシンプルで軽食程度ではあるが緊張等によって疲れ切った体には染み渡る和食風のご馳走だった。
「何事もなくて良かったな」
「ああ、こっちを窺っていただけで済んだのは本当に良かった。」
無事に村に辿り着けた事に調査隊に加わった隊員と村民達は安堵の言葉を漏らしながらお握りやシシ汁が入ったお椀と箸を手に取って食事を始めていた。この場に居る調査隊は自分達人数を見て襲われなかったのだろうと考えていた。
だが、そんな中一人だけそう思っていない者がいた。
(おかしい・・・。ここまでの道中こちらの様子を窺っているだけで襲ってこない・・・)
調査に言ってここまで帰ってくるまでの道中何かしらの動物を見かけていた。それらはこちらの様子を窺っているだけで手を出す事は無かった。
確かに調査隊の人数を見て手を出さなかったと考えれば自然だが、それでもここオオキミでは手を出す時は手を出す。
それが少し腑に落ちなかった。
アワダは不意にシンの方へ見る。シンはヒロと共に居て何かを話していた。
(それに音の事も気になる)
音についてはヒロから聞いていた。その為アワダは部下達に音にも注意して調査する様に命令を下していた。だが自分を含めて全員が例の破裂音は耳に入ってこなかった。入って来たのは自然の音ばかりだった。
「・・・・・」
気になる事が多すぎる。だからアワダはシンに近付いてシンに気になる点を訊ね始めようとした時、先に口を開いたのはゴンゾウだった。
「シン、ここまで来た事について聞きたい事がある」
ゴンゾウはそう声を掛けると同時に手をシンの肩にかけた。アワダもそのタイミングを逃すかと言わんばかりに話に加わる。
「それは私達も同じです」
アワダの言葉にゴンゾウは肩に掛けていた手を離して先に話の主導権をアワダに譲った。譲られたアワダは単刀直入に訊ねたい事を口にした。
「まずあなたはどこの村から来たのですか?」
シンは歩いてこの村に来ている。という事は近くの村からやってきた可能性がある。またその村の名前さえ分かれば事実確認が出来る。
「村の名前は分かりませんが、小さな漁村だったと思います。その村から出て道に迷ったから分かりませんがここに辿り着いた事と時間の事を考えれば多分隣村だったと思います」
「村の名前を知らなかったのは何故?」
「急いで港がある町まで向かいたかったからですよ」
「なるほど・・・」
かなり曖昧だがそれなりに筋が通っている。話しているシンの態度や様子から見ても嘘を言っているようには見えない。だから今の答えではどうも嘘か本当か判断し辛い。
そこでアワダは違う質問をする事にした。
「ギルドにその漁船の事について確認を取りたいのですがよろしいですか?」
シンが不法入国者かどうかについてを知りたかったのだ。まずその為にはシンの話の真偽を知る必要がある。
「ええ、構いませんが恐らく何も出ないと思います」
その言葉に眉を歪めるアワダ。それは警戒する時特有の眉の顰め方だった。
「どういう事ですか?」
声を低くしてそう尋ねるとシンは変わらない態度で接する。
「公式の依頼を請け負ったわけではありません」
シンの答えにアワダは眉を顰める。今度は疑問に感じた時特有の眉の顰め方だった。
「と言うと・・・?」
「実は・・・」
シンは違う国へ向かう途中、海辺で困っている漁師達を発見した。その漁師達は海にモンスターがいたから思う様に漁が出来ずにいた。丁度シンは食料を切らしていたから食料を報酬と言う条件で漁の警護を行った。だが漁をしたその日、急に天候が悪くなり、その上襲ってきた怪物があまりにも大きすぎて、漁船はそのまま沈められてしまった。そして波に流されてここに辿り着いた。
その旨の説明を話したシン。
「・・・なるほど、困っていた所を助けて」
「条件付きで依頼を請け負った、という事です」
「ふむ・・・」
シンの答えはかなりグレーだった。話が出来過ぎている。スタンダードとかオーソドックスとも言えるありがちでありふれた様な創作話を盛り込んだ様な話。だが筋は通っている。
それ故に判断に苦しみ眉が更に歪んでしまうアワダ。アワダの部下はさり気無くシンを囲み逃げられないようにした。無論シンはその事に気が付いていた。
アワダはシンに怪しい所がないかどうか、話の綻びを探るべく毅然とした態度で更に質問を重ねた。
「どこでその漁船と接触したのか分かりますか?」
「えーと・・・レンスターティア王国の北方だったかな・・・。だいぶ時間をかけて移動した物ですので詳しくまでは思い出せませんが」
グレーだった。それ故に顰めた眉をまだ元に戻せない。
(このままこんな質問を重ねても崩せる様子はないか・・・)
そう考えたアワダはまた質問を変えた。
「最近この村付近にある大きな音をが聞こえた事をご存知ですか?」
その質問にシンはポーカーフェイスのまま答える。対してゴンゾウは小さな冷汗をかいた。
「はい知っています。と言うよりその音の正体は俺です」
「「「!?」」」
思わぬ答えにヒロを含めた村人やアワダの部下の顔は驚愕の色に染まっていた。
「どういう事ですか?」
ゴンゾウは驚愕の表情でシンの方へ向き、アワダは急に険しい顔になり声色も低くなった。アワダの部下達は今にも腰に差している日本刀に似た刀剣を抜こうと手を柄に近づけていた。そんな緊迫した状況にシンは変わらずポーカーフェイスで普段の口調で答え始める。
「俺がツチコロビ、でしたか?に襲われた時、俺は破裂音のする武器を使いました」
「何故今まで黙っていたのですか?」
シンがそう答えると口調を強めに訊ねるアワダの目は酷く鋭かった。
「話せるタイミングが無かったのです。ここまで戻って夕餉の食事の席で明かそうと考えていました」
その答えを聞いたゴンゾウは思い出した様に呟く。
「確かにギュウキの事でいっぱいいっぱいだったな・・・」
「・・・・・」
シンの答えとゴンゾウのその呟きを聞いたアワダは腕を組んで考え込む。
確かにギュウキの事は知らないシンにとって何故こんなに慌しいのか分からなかった。その為呆然とするシンに周りは大水で流れていく川の様に事が進んでシンは取り残される様な形で流されてしまい、言うタイミングが掴めなかったのだ。
・・・という説明で進めている。
実際ギュウキの件ではシンは状況が飲み込めずあれよあれよという間に事が進んで何事なのかと訊ねられるタイミングが掴めたのは慌しくなってから1時間後の落ち着いた事だった。だから全て嘘とは言い難い。その為真実味が強い。
それ故にアワダはシンに対する色は未だにグレーだった。
破裂音の事でシンの説明には不自然な点はない。破裂音がこの国の方に触れるような点もない。何よりも、ヒロをヤマビコから助け出した事でも危害を加えるつもりもないのは間違いない。
アワダは不自然さが無い事からまた視点を変えて質問をする。
「武器と言うのはどういったもので?」
もしその武器が多人数に対して攻撃できるような危険なものであればシンを拘束する必要がある。
「正確には魔法の道具によるものです」
「どんなものなのかお見せ出来ますか?」
自分達は警務隊だ。ここでその武器を見せないわけにはいかない。見せなければここでシンを拘束する。その意図は部下達にも伝わっている。だから緊迫した空気はより張り詰めた。
そう言って手を出すアワダにシンは首を横に振る。
「できません。・・・と言うよりできなくなったと言った方が良いですね」
その言葉に一瞬眉間に皺を寄せるが、ふと頭に可能性が過り元に戻すアワダ。
「・・・もしかして使い切りですか?」
「はい」
アワダの疑問の言葉にシンは即座に答える。
「・・・・・」
シンの目を見るアワダから見て嘘を言っているようには見えなかった。だから更に質問を重ねる。
「形状はどういったもので?」
アワダの質問にシンは身振り手振りを加えて説明する。
「円柱状の・・・これくらいの大きさです。それを相手目掛けて投げつけると大きな爆音がして怯ませるものです」
「そうですか・・・」
変わらず嘘をついているようには見えなかった。実際事実が混じっている。これは判断し辛いかもしれない。
ここまで質問を重ねてきたが、質問をするネタがそろそろ無くなっている。変に時間を掛ければシンが逃げる算段や手段、機械が巡って来てしまう。だが、だからと言って警務隊の威厳を掛けて間違った判断は下すわけにもいかない。
そろそろ判断を下す必要がある時が来た。
「・・・・・」
今までの質問でシンの態度や様子から見たアワダは、「不自然な点や腑に落ちない点もあるがシンが不法入国者でこの国に害なす存在ではなく、ただの銀のメダル持ち」と考えたアワダは普段の口調に戻した。
「・・・音の件とはまた別件ですし、ヤマビコでは死傷者が出ていませんので今回はお咎めはなしという事にします」
「・・・すみませんでした」
少なくともアワダのシンに対する認識が白よりのグレーになった事を確認で来たシンは深々と頭を下げて破裂音の件を謝罪した。
「・・・今後は気を付けてください」
「アワダさん?」
アワダの言葉に異を唱えるように尋ねる部下。そんな部下にアワダは冷静で毅然とした対応で説明し始める。
「取敢えず今までの話や姿からしてからして彼は不法入国者ではなく事故の被害者の様だ。ただ身分確認の為にギルドに寄る必要があるが・・・」
その言葉を聞いた部下は
「アワダさんがそう言うなら・・・」
とアッサリと納得した。それを見ていたシンは少し目を大きくした。
(もっと食い下がると思っていたが、案外アッサリ身を引いた・・・と言うより納得したな・・・)
部下がこうもアッサリと納得した事に少しキョトンとした心境になるシン。
(変に俺の正体について襤褸が出ない様に注意する必要があるな・・・)
ここまでアッサリと引き下がった事に何かする可能性があってもおかしくない。そう考えたシンは改めてこの国の警察組織・・・少なくとも今目の前にいる第三警務隊には注意しようと考えた。