182.懐かしき
まさかの長文です。
日が昇り切り、時刻が11時位の事。
シンがやってきたのはヒロに案内された村だった。村の周りには高めに積まれた石垣が囲い込む様に置かれており、村の中は白川郷の合掌造りの家々が立ち並んで、水田が等間隔にたくさんあった。合掌造りの家の茅葺屋根には大量の苔が付いており、色褪せた木材の壁が世界遺産の合掌造りとあまり変わらない。ふと見た光景では日本の昔ながらの農村と何ら変わらず元いた日本ではないかと思ってしまう程だった。だがよく見れば黒い過去馬車があちらこちらと走っており、行商人が歩いていた。この辺りは日本の農村では見られない光景だ。
シンとヒロは村の入り口と思しき所で農村の住人と思しき者達に群がって足止めを喰らっていた。
足止めを喰らっていた理由として一つがヒロに対する叱責だった。
「馬鹿野郎!」
大きな怒鳴り声と共に
ゴッ!
乾いた鈍い何か硬い物を殴った様な音が聞こえた。その音と共に
「でっ!」
ヒロが頭を押さえる形で擦っていた。音の正体はヒロの頭に拳骨を食らわせた音だった。そんなヒロに更に怒鳴る角の生えた男。
「明日には調査隊を編成するって言ってただろがっ!」
「だ、だって~」
「だってじゃねぇ!お前みたいなやつ一人で村の外に出るってのはどんなに危険なのか分かっててやってたんだろうが!」
「う・・・」
叱責の内容は黙って村を出て音の正体についての調査に出た事についての様だ。しかも怒鳴っている男の言う事が正論で何も言い返せないでいるヒロ。
「それにあの音がもっとヤバいのだったらそれこそ死んでたんだぞ!」
「まぁまぁ落ち着いて・・・。危険だった事を一番理解したのはヒロだろ・・・」
怒鳴り散らす男に対して穏やかそうな男が近付いて冷静になるように促す。
「その通り。だからヒロ、明日の調査でお前はこの村で留守してな」
薄着気味の女が近付いて腕を組みそう言い放った。
「・・・はい」
ぐぅの音も出ない程にまで言われたからか素直に頷くヒロ。叱責の内容からしてどうやらヒロは少なくともある程度の年齢に達していないのにも拘らず、一人で村の外に出てはいけない決まりを破ってしまったようだ。村の外に出てはいけない理由は単純だが非常に重要な事、それは危険だからだ。その危険はシンも身を持って経験していた。だから村の人々がヒロに対して叱責している理由も言葉の重みも今ではよく分かる。
その様子を見ていたシンはヒロに群がる人達の様子をじっと眺めていた。
(やっぱり角がある人達しかいないな)
シンが見ていたのはヒロに群がる人達の頭だった。頭には大きさそれぞれだが、必ずと言って良い程角があった。小さければ1cm程、大きければ5cm程の角が生えていた。
体の大きさも2m程の大柄な体格の者もいれば1.2m程の小柄な体格の者もいた。どうやら体の大きさは様々な様だ。
また、服装も和装が主ではあるが所々に必ず洋装が入っており、髪型もそれぞれだった。それは明治時代のドラマと和風ファンタジーが合わせた様な光景だった。
シンがそうやってヒロが叱られている様子に気が付いた薄着気味の女がシンの方へやってきて深々と頭を下げた。
「あそこにいるバカ・・・ヒロを助けて下さった上にここまで送って下さり本当にありがとうございます」
深々と頭を下げる薄着気味の女を見た怒鳴っていた男はヒロの腕を掴んでシンに近付いて同じく深々と頭を下げた。同時にヒロの頭をグイッと無理やり下げさせた。
「俺からもお礼を申し上げる。本当に助かった」
「い、いや・・・」
もう一つ足止めを喰らっていた理由、シンに対する感謝の言葉を述べる事だった。最初はヒロが叱責を受けていたからというのがあったが今度はシンに対する感謝のお礼の言葉が来る。
だがヒロが村から出た理由が理由なだけにしどろもどろな答え方になる。
「旅のお方、少し見苦しい所見せてしまって申し訳ない。お詫びとお礼を兼ねてご馳走と寝床を用意させて頂きます」
照れ隠しでそう言っているのだろうと考えた薄着気味の女はお礼に昼食にご馳走を振舞う事と安らかに休める宿を手配する事を提案した。
「・・・お言葉に甘えて」
ここで遠慮すればかえって怪しまれると思ったシンはお礼の提案を受け入れた。
合掌造りの玄関に当たる部分はほとんど同じだが、かなり広めになっており縁側で腰かけて靴や草履を履いたり脱いだりする事が出来るように出きていた。
(あ、靴を脱ぐのは文化としてあるのか)
玄関の方へ見ながら中に入るシン。
靴を脱ぐ文化は地球においてもかなり少ない。日本はその内の一つでこの世界ではほとんど靴を履いたまま出入りが主だった。
だから、この世界の大陸側の人間の様に新鮮な感覚ではなく、懐かしい感覚の方が強かった。
そんな感覚に浸っていると案内する薄着気味の女から声が掛かった。
「こちらです」
「あ、ああ・・・」
我に返る様に気が付いたシンは付いて行った。
少し奥へ行くと引き戸があった。薄着気味の女が横に引くと
「!」
そこには囲炉裏が2つあった。1つ目の囲炉裏には大きな五徳の上に蓋をした鍋があり、何かを煮込んでいた。もう1つの囲炉裏には大きな五徳の上に金網があり、その上にはキノコの薄切りと巻貝が乗っていた。
「豪勢だな」
メニューのレパートリーが多い上に量も多かった。これを豪勢と言わずして何と言うか。
「これでも足りない位感謝しておるんですよ」
喩えのつもりで言っているのだろうが、口調からして本気の様に聞こえる。
だから、何か思う事がある様な気分で
「そうか・・・」
と答えた。
するといつの間にか怒鳴っていた男は鍋のある方の囲炉裏に傍に座っていた。
「ささ、旅のお方、こっちに来んさいな」
そう言ってシンに手招きする男。
シンは静かに頷いて囲炉裏を囲む様に座った。薄着気味の女は鍋の蓋を取って鍋の具をお椀に盛っていく。
フワッ…
シシ汁の香りが浮き立つ湯気に混じりシンの鼻腔を擽った。
(味噌・・・!)
香ばしくまろやかで懐かしい香り。その香りを嗅いだ瞬間と同時にシンは即座に味噌と連想した。
「冷めないうちにシシ汁をどうぞ」
どうやらこの料理の名前は「シシ汁」という様だ。
「いただきます」
と言った。
すると怒鳴っていた男は感心そうに「ほほぉ」と言って
「おお、旅のお方は「いただきます」を存じていたのですな」
とシンに気軽に声を掛けた。
シンは何の事かと思ってしまい思わず
「は?」
どういう事かと一言で訊ねてしまうシンに怒鳴っていた男が答える。
「海の向こうから来た人間てのはそういう挨拶はしないか、「お祈り」とかしかしないんですよ」
「なるほど」
沢山に盛ったお椀をシンに差し出し、シンはそれを受け取り箸を手にしてお椀に口を付けて一口啜った。
ズズッ…
「!」
僅かに獣臭さがあるが、味噌独特の香ばしさがそれを和らげ、味噌の塩気と野菜と肉特有の甘み、何よりも各々の旨味が合わさって一つの懐かしいあの味を想起させる。
(豚汁・・・)
肉の食感と味からしてブタに似ていた。だが、肉から香る獣臭さから考えれば、使われている肉は恐らくイノシシの肉だろう。故にシシ汁と呼んでいたのだろう。だが、味は間違いなく豚汁そのものだ。
シシ肉以外にダイコンやニンジン、ゴボウに似た根菜類に豆腐や油揚げと思しき白い食べ物に、コンニャクと思しき物も入っていた。この事から考えればこの世界においてシシ汁は豚汁の様な物なのだろう。
シンは懐かしくて欲して止まなかった故郷の味を口一杯に広がった瞬間、がっつき始めた。
がっついて口に入る数々の種類の根菜類は間違いなくその野菜その物で豆腐や油揚げ、コンニャクも間違いなく本物だった。
口の中でそれらを砕いて汁とともに飲み込むと再びシシ汁の香りが鼻の中を突き抜けて更に懐かしさを感じた。
そんなシンの様子を見ていた薄着気味の女はニッコリと笑って
「お口にあっているようで何よりです」
と微笑ましそうに言った。
シンはその言葉に気が付き静かに頷いた。
「こっちのフクダケとオオタニシもどうぞ」
怒鳴っていた男は2つの皿に炙った大きなキノコと巻貝の壺焼きをシンに差し出した。
「いただきます」
シンはそれを受け取った。
フクダケと呼ばれるものは大きな白いキノコの事だった。そのキノコはマッシュルームと違って軸が長く傘が広かった。それを薄切りにスライスしてそのまま網焼きにした物の事の様だ。
オオタニシと言うのはサザエとほとんど変わらない大きさのタニシをシンプルに貝ごと焼いた、所謂壺焼きにして香りからして香ばしい醤油と思しき調味料とネギと思しき薬味が振りかけられ味付けされた物だった。
どちらも皿に乗せ換えてシンの前に出された。
「・・・・・」
シンは先に手に取ったのはフクダケの炙り焼きだった。薄くスライスされたフクダケは船の錨とよく似た形になっており、大部分がシイタケの香りで僅かにマツタケの香りのするクセのある変わったキノコだった。
だが変わっているとは言え香りからして食欲をそそるのは間違いなかった。
「塩を振ってお食べください」
「塩?」
怒鳴っていた男から渡されたのは塩が盛られた小皿だった。
「一つまみです」
シンは静かに頷いて塩を一つまみとって上から振った。フクダケに均等に降った事を確認したシンは箸で摘まんでそのまま口へと運んだ。
コリッ…
キノコ独特の噛み応えのある音が口の中に響くと同時にフクダケの旨味が口いっぱいに広がった。
「!」
食感がシイタケなのだが味はシメジに近く、旨味が口に残る程コクがあった。この味からしてシイタケのように干して出汁に使う事も出来るのかもしれないとシンはそう考えた。
はっきり言えばこれも独特な味だが、懐かしさを感じるものがあった。
シンは他にもこんな懐かしさを感じるものなのかとどうか知りたくなり、オオタニシの壺焼きの皿に手を付けた。
「・・・・・」
醤油と思しき調味料が熱された貝殻によって蒸発されて湯気が立つ。それがより香ばしい香りとなってシンの鼻を擽る。
「旅のお方、この楊枝で取って下さい」
「楊枝か・・・」
シンは薄着気味の女から渡された楊枝でオオタニシの身を刺して取り始めた。
クルッ…
スポッ…!
上手く身を取ったシンはそのままオオタニシを口に運んだ。
「・・・!」
貝類特有の腸の苦味が少なく、貝類特有のコクのある旨味が強かった。また醤油と思しき調味料は紛う事なき正真正銘の醤油だった。何故なら醤油特有の塩辛さと香ばしさ旨味が間違いようのないものだったからだ。口に広がったオオタニシの旨味と醤油の味がサザエの壺焼きを想起させるが腸の苦みの少なさや僅かな泥臭さがサザエの壺焼きでは無い事を物語っていた。
そうであるはずなのに胸の奥から込み上がる懐かしさが湧き上る。
「・・・・・」
最後にタゴクのお強という幾種類の穀物が混ぜていて少し赤みを帯びた赤飯の様な所謂雑穀ご飯だった。ほわほわと湯気が立ち、仄かな香りがして、米でよく見るキラキラとした独特の光沢が出ていた。それが入ったご飯茶碗を手に取り、箸で一口程掬う。掬った瞬間見た目通り、モチモチとした粘り気が強い事が窺わせていた。
それをそのまま口に運び数回噛み締める様に上下に顎を動かした。
「うまい」
口に入れた瞬間、思わず出たその言葉。
はっきり言って本当に食べたかったご飯とは違っていた。口の中には麦や粟等の別の穀物の甘みや旨味が出ていて、ほとんど赤飯の様なモチモチ感と甘味が強く旨味も違っていた。
美味しいには美味しいのだが、うるち米の様な適度な粘りではなくもち米の様なモチモチとした食感と米特有の甘さと旨味だった。普段食べている白米が食べたかった。
なのにも関わらずひどく懐かしくて美味しかった。噛みしめると僅かな甘みを呈し、旨味があって口全体に白米とは違う心地よい食感を感じた。
もう一度食べたい。
そう思ってしまう程に。
「・・・・・」
シンの顔は綻び、何も言う事も無く只々黙々とお強を口に入れていった。
食事の話だったのですが、文章長くなりそうでしたので話を分けました。
と言う訳で次回デザート編!
お楽しみに!