181.コール
ガサガサ…
進むに連れて草木をかき分けた時に出る音。
パキッ!
歩く足によって踏んで折れる枝の音。
それらの鳴らしながら進んで行くとアカツキから通信が入る。
「ボス、124m先に街道思われる道を発見した」
アカツキの言葉を聞いたシンは歩みを止めた。
「分かった。そろそろ出すか」
毛皮や角、肉を買い取ってもらえるだろう。例え店はなくとも新鮮な肉は勿論、活用方法が多い毛皮と角は需要がある。
そう考えたシンは村から500m~1km離れた人気のない所で「収納スペース」から肉と毛皮と角を取り出し、毛皮で肉と角を包んで小脇に抱える様に持った。
「これで良し。誰か道に誰かいるのか?」
「現状誰もいない」
その言葉を聞いたシンはホッと胸を撫で下ろす様に息を吐いた。
「そうか(けど念の為に辻褄合わせに体に蜘蛛の巣や木の葉を態と付く様に行けば尚よし、か・・・)」
シンは今の服の状態は綺麗で清潔だ。だからそのまま出ればどことなく不自然だ。もし道に誰かいればただでさえ怪しまれる上に不自然な清潔な服装を見られれば殊更怪しい。
だから敢えて道なき道を歩む事にした。
体に蜘蛛の巣や木の葉等付いてシンは道に出た。その道には誰もいなかった。
シンは服に付けていた蜘蛛の巣を払いつつ改めて街道と思しき道の様子を見た。
道の表面には敷き詰める様な形でゴツゴツとした石畳で舗装されていた。石畳の端側の表面には苔が付いており、道端には石碑の様な物が建てられていた。
(江戸時代とか明治時代の街道ってこんな感じだったのか?)
今の街道を見たシンは中学の時遠足で通った旧街道を連想する。それ程にまでこの街道と思しき道が日本と似ていた。
故に江戸時代か明治時代の様な文化のオオキミの道の上に立つシンは昔の街道は今通っている様な道だったのか、と軽い疑問を持ってしまった。
そんな疑問を頭の上に浮かばせている時の事だった。
オーイ!
低めの男の声。
キャー!タスケテー!
甲高い絹を裂く様な女の悲鳴。
「うわあああああ!」
恐怖する少年の悲鳴。
次々と聞こえてくる悲鳴。耳にしたシンは目を細くする。
「・・・・・」
その悲鳴を聞いたシンは何か違和感を感じた。
一度目と二度目はどことなくぎこちなく例えるなら日本語になれていない外国人が日本語を話している様な片言の声だった。
少し間を置いてから三度目の悲鳴は流暢な声だった。
そして声のする方角は街道らしき道とは反対方向だ。
「一応確認はしておくか。アカツキ」
全く何もしないでいるのは流石に気が引ける。だから確認するだけは使用と考えたシンは先にアカツキに訊ねる。
「ああ、ボスがいる所から7時の方角、307m離れた位置に子供と猿・・・と言うより毛むくじゃらの人っぽい何か2体に襲われている」
「毛むくじゃら?猿?」
「ああ」
それを聞いたシンは小さな溜息を吐き7時の方角に足の爪先を向ける。
せっかくここまで街道と思しき道までやってきたというのにまた道を外し、向かわざるえなくなった。小さな溜息一つ位出てもおかしくない。
「前にもあったなこんな事・・・」
道で何かに襲われて助ける事はこれで少なくともこれで2度目になるだろう。だからヨルグまで向かう途中の事を連想する様に思い出していた。
「確かこっちだったな」
「ああ、その方角だ」
「了解」
シンはスコップを手に取って草木を薙ぎ払って悲鳴がする方角へ足早に向かった。
「クソッ!クソッ!」
赤の上張りを羽織り、下には革で出来た鎧を着こんでいた。腰に2つの革製のポーチが付いた腰帯と鉈の鞘。黒の股引に黒の動物の革の足袋、動物の革が混じった草鞋を履いていた。そんな服装に右手には少し長めの鉈を持った紫がかった黒の短髪に小さな角を持った12~14歳の少年がいた。
恐らく悲鳴を上げたと思しき少年は持っていた鉈を振り回して毛むくじゃらの人型の怪物を追い払おうとしていた。
毛むくじゃらの人型の怪物は鉈で振り回しているせいで少年に近付く事は出来なかったが距離を取って少年の隙を窺っていた。
「・・・・・」
・・・・・
・・・・・
毛むくじゃらの人型の怪物は口を開いて
オーイ!
タスケテー!
と叫ぶように鳴いて飛びかかってきた。
低い男の声と甲高い女の声はどうやらこの怪物の鳴き声の様だ。
「・・・・・!」
少年は一瞬だが、動きが止まってしまった。
怪物の目は爛々と輝いて獲物を捉えた猛獣の目だった。明らかに少年を殺す気でいる。
なのに少年は体の動きを止めてしまった。
このままでは怪物の爪や牙が少年の急所に入ってしまう。
そんな時だった。
ビュンッ…!
何かが飛んできて
ドスッ…!
怪物の胸から鋭い何かが出てきた。その何かは金属特有の鈍い輝きが出て、血が飛び散る。
ギャッ!
ドサッ…
短くも大きな断末魔を叫びその場に倒れ込む毛むくじゃらの人型の怪物。声からして甲高い女の悲鳴を真似ていた方だった。
!?
もう一体の怪物は倒れた仲間の怪物を一瞥して後ろの方へすぐに振り向いた。
ヒュッ…!
目の前に黒い手の平が現れて
バンッ!
グキッ!
大きくひっぱたく様な破裂音と共に湿った枝が折れた様な音がした。その音の正体は黒い手が凄まじいい強い力でビンタを受けて怪物の首の骨が捻じ曲がって折れた音だった。
オッ?
それが最後の鳴き声だった。
ドサッ…
怪物はそのまま倒れてしまい、温かった体は次第に冷たくなっていく事を待つ以外何もできなくなった。
ジッと見てもう動かなくなった事を確認したシンは少年の方へ向いた。
「大丈夫か?」
シンはそう言って近づいた。
「は、はい!ありがとうございます」
少年は深々と会釈をしてお礼を言う。
「ケガは無さそうだな(おお。直で見ると何か新鮮だな)」
初めて角のある人間を目の当たりにした事により好奇心が湧きつつ少年が無事である事を確認した。
「はい。大丈夫です。あの・・・貴方は?」
頷きながらそう答え、鉈を鞘にしまった少年。
「シン」
「シン・・・さんですね。俺はサトナカ・ヒロと言います」
名前を聞いたシンはオウム返しに聞く。
「サトナカ・ヒロ?」
「・・・あ、サトナカが産名でヒロが実名です」
聞き返された事にヒロはどちらが実名か姓名かを答える。
「そうか(ああ、産名って姓名か家名の事か)」
先に姓名で後が実名である事にシンはこの国の文化が日本に似ている事に瞬時に気が付く。という事はこの国を建国したのは元いた世界の日本人が大きく関わっている可能性が高い。だからこの国の成り立ちを知る必要があると考えたシン。
考え込んで少し黙るシンにヒロは声を掛ける形で訊ねる。
「旅人ですか?」
「ああ。そうだ、この近くに村はあるのか?」
気が付いたシンは頷きながら訊ねる。12~14歳の少年のヒロがここにいるという事はこの近くに集落があってもおかしくない。
「俺が住んでいる村があります。」
「襲われて早々で悪いんだけど、案内を頼んでもいいか?」
「勿論ですよ。助けてくれたお礼もしたいですし」
にこやかに答えるヒロにシンは安堵する。もし断れでもしたらアカツキのナビで別の村まで案内する必要がある。そうなれば都心部と思しき町から更に遠い村になる可能性がある。
だからヒロがここで頭を縦に振った事にホッとしたのだ。
「助かるよ」
当然だが見ず知らずの人間にアカツキが存在する事を仄めかす様な真似は出来ない。村まではヒロが案内する事になる。
「では早速、といきたい所ですが荷物を取らせて頂いてもよろしいですか?」
「ああ。だけど危険だから付いて行くぞ?」
シンはそう言いながら怪物に刺さっていたスコップを引き抜いた。それを確認したヒロは
「はい。お願いします」
頷き気味に答え、自分の荷物を取りに行き始める。対してシンは動かなくなった怪物を見ながら向かう。
「ところで何でヒロはこんな所に?それにこいつらは・・・」
シンの問いにヒロは小さな声で「ああ」と言ってから答え始めた。
「実は森の中から聞き慣れない音が聞こえまして」
「音?」
ピクリと動きそうな体の震えを抑えつつオウム返しになるシン。
「はい。え~と・・・こう・・・ドーンドーンって」
「・・・・・」
ヒロの簡素な説明を聞いたシンはポーカーフェイスではあるが心の中では顔が引きつっていた。それもそのはず。その音の正体は恐らく・・・と言うより高確率でKSGの発砲音だろうからだ。
「それで音のする方角へ向かう途中、助けを求める声が聞こえて助けに向かったら・・・」
「こいつらがいたと」
シンは「俺のせいだ」と言わんばかりに重い心境で責任を感じていた。
銃声は10km離れていても小さいが聞こえる。いくら離れていたとは言え10km圏内であれば聞こえてもおかしくない。今回の失態は恐らく多くの人間が聞こえている可能性がある。
これがきっかけで山狩りを行ってヒロと同じ様な被害に遭う可能性も十分すぎる位高い。銃声の事を考慮しなかったシンは責任を感じてしまった。
「はい。このヤマビコの罠にかかってしまいまして・・・」
「や、ヤマビコ・・・」
俺の知っているヤマビコじゃない。
そう言わんばかりの言葉だった。
話を聞くにこのヤマビコという怪物は声マネで助けを求める声を出して獲物を誘い出す様だ。
責任感と共にこの世界でのヤマビコの認識にカルチャーショックを受けるシン。
(結構悪辣だな・・・。いや鹿笛猟もこれと同じ事をするか・・・)
鹿笛猟事、コール猟。コール猟とは鳥獣の鳴き声を特殊な笛、或いは口笛か指笛で真似て、誘き寄せて射止める猟法の事。鹿のコール猟が有名だが、他にもカラスや鴨等を寄せる笛もある。
つまりこれと同じ様にヤマビコはどうにかして人間の言葉を覚えてそれを利用して警戒心の薄く仲間意識の強い、或いは好奇心の強い獲物をおびき寄せるのだろう。
その獲物は恐らく子供や女性が誘き出せ安いのだろう。
誘き出されてヤマビコに囲まれた事を想像したシンはヤマビコの恐ろしさを改めて認識をした。
(今回の銃声の事を考えれば俺が誘き出してヤマビコを助けた様なもんか・・・。とんだ戦犯モノだな、俺・・・)
そんな想像して改めて責任を感じるシンをヒロは村まで案内を始めた。