180.スコップ
後書きに「3月の最初の週」と記載していましたが正しくは今回の様に2月の最初の週でした。申し訳ありませんでした。
今回は少し短いです。
最近ミスが多い・・・
日が昇り切り周りの様子がより鮮明になる時間。
シンは鮮明になった森の中でしゃがんで細長い葉を拾い観察していた。
「どう見ても笹の葉だよな」
森の中はブナの木やヒノキ、杉の木と思われる樹種や竹や笹と思しき植物が生えており、地面には大量の木の根が盛り上がる様な形で浮き出ており、其処彼処に羊歯の葉や小さな蔦、名前こそ知らないものの日本ではなじみがあり、よく見かける様な植物が生えていた。霧が出ていていれば中々に幻想的な風景になる事が容易に想像が出来る様な森だった。
「意外と日本と同じだな・・・」
そんな徐に立ち上がったシンの背中には短い槍を背負っていた。いや、正確には現代の人間なら見れば見知った道具、スコップを背負っていた。
そのスコップは剣先タイプの多機能スコップで忍者が刀を差す様な形でケースに収めて背負っており、十分に固定されているが右手でいつでも取り出せるように差し抜きが容易にできる様になっていた。
スコップはオーソドックスな本来の使い方である穴掘りだけでなく、ブレードが付いており、木を割ったり折ったりして薪にする事が出来る斧の機能と反対のブレードには鋸の機能、スコップの裏の中心部分は平らで分厚くなっており地面を均すだけでなく岩を砕いたり釘を打ったり、ハンマーの代用としても使える様になっている。更に柄の中にはファイヤースターター付きの一枚の刃に多機能を付属したサバイバルナイフが仕込んでいる。
折り畳み式でないから傍から見れば横幅の広い短槍を背負っている様に見える。
サバイバルに特化したスコップを武器として持っているシンにアカツキは通信で疑問を口にする。
「ボス、聞きたい事があるんだが・・・」
「ん?」
「何故スコップなんだ?」
近接武器は他にもある。使い勝手の事を考えればサバイバルナイフや特殊警棒等々があるし、剣の様な使い方であればマシェット、戦斧の様な物であればタクティカルアックスがある。攻撃を防ぐ物が必要であれば様々なタイプのライオットシールドもある。
そうであるにも関わらず、武器と言えないスコップを武器として選択をしたのか分からなかった。
シンはその理由を簡潔に
「便利だからだ」
と答えた。
何か特別な理由でもあるのかと考えていたアカツキは呆気に取られる様な口調で
「べ、便利?」
とオウム返しに訊ねた。
「ああ。スコップは穴を掘るだけでなく、槍としても使える」
スコップが槍として使える。確かに武器のつもりで使う事もそう見せる様にして持っているつもりであればそれはそれで正解かもしれない。
だが、武器として機能するのかどうかについてはアカツキ自身確信が持てないでいた。
「槍ねぇ・・・」
「・・・・・」
スッ…
アカツキの訝しげで呆れた様な口調にシンは徐にスコップを抜いて自分の目の前に出す。丁度ワークキャップのカメラが見える様に。
「戦時中でもスコップで戦った記録もあるし、ロシア軍では今でもスコップを活用した戦闘技術を訓練している」
第二次世界大戦の時ソビエト軍兵士と赤軍パルチザンもシャベルを白兵武器として使い、現代のロシア軍の特殊部隊、スペツナズもスコップを使う戦闘技術を訓練している。またブレンドウォーズでもスコップを使った戦闘シーンもある。
「ほぉ・・・。よく見りゃかなり剣先が鋭いな」
シンは隈なく見渡せるようにゆっくりとスコップを回していた。それに合わせる様にアカツキも観察する様に見ていた。
確かにアカツキの言う通り一般的なスコップらしからぬ鋭い刃物の様な剣先だった。
「ああ、ブレード部分もほとんど刃物と変わらないし、裏の平らな部分は厚めになっているから釘を打ち付けても問題ない位丈夫だ」
アカツキは持っていたスコップを分析してその優秀さを改めて知った。
「なるほどな、サバイバル面としても武器としても優秀な機能だな」
「ああ。スコップとしても槍としても斧としても、ナイフとしても盾としても十分に機能できる」
ロシアのスコップ戦闘術には一つの流儀だけではなく、色々なスタイルがある。
軍で教えられている内容を格闘技指導者が発展させ、それを兵士に指導するといった例等、複数の格闘技団体で兵士向け中心にシャベル術の訓練・指導が行われている。そうしたシャベル術では投擲も行われるが、投擲よりも直接持って戦う技術にスタイルの差がはっきりと現れる。
例えばコンバットサンボやを組み合わせたスタイル、システマを組み合わせたスタイル等々。
共通としてどれもこれも柔軟な動き、相手のバランスを崩す技術を加えたスタイルが多く、柔らかい動きやバランスを重視するスコップ戦闘術では、スコップを相手に引っ掛ける、コントロールする用法も多い。また持ち方でも短い柄の端ではなくヘッドに近い部分を持ったり両手で持ったりする点も大きな特色と言える。
つまり一つの派生から多くのスタイルが生まれていく点では武道と同じなのである。
「他にも・・・」
パシッ…
刃先を逆手になる様に持ち直して槍を投擲する様な構えに入ったシンは視線を奥が見えない森の中の方へ向いた。
「っ!」
強めに投擲したスコップは森の中へ吸い込まれていった。
ビュンッ!
風を切る音がしてすぐに
キュッ…
と小さな断末魔と同時に
ザクッ…!
とゴムを突き刺したような鈍い音が聞こえた。
音と鳴き声のする方へ向かうとそこに居たのは首にスコップが刺さったシカだった。
「朝ごはんゲット」
ズッ…
ザシュ…!
そう呟いたシンは突き刺さったスコップを引き抜き、軽くシカの首を掻き切って止めを刺した。
「お見事」
「どうも」
アカツキの冷たくも無く、かと言って温かみも無い称賛の言葉にシンは近くの木の側に穴を掘り始める。
ザッ
シャッ…
ザッ
シャッ…
地面に突き刺す独特の音と共に金属と細かい土が擦れて放り投げられた時の音がシンの耳に入る。
「早速スコップの出番か」
それを聞いたシンは眉をひそめる。
「出番あっただろ」
溜息交じりの声。その声に呆れ気味に答えるアカツキ。
「アレは本来の使い方じゃないだろ」
どこか皮肉めいた様なアカツキの言葉にシンは軽く反論するが、すぐに正論に近い言葉で反論するアカツキ。
そんなやり取りをしていると穴は十分な深さになったから近くの木にあった蔦を縄代わりにしてその場でシカを吊るして掘った穴にめがけて落ちる様に血抜きをして軽く捌いていく。
そんな作業にアカツキは通信で気になる事を口にした。
「残りの肉はどうするんだ?」
「そうだな、取り合えず胡椒みたいな香草とかで揉み込んで「収納スペース」にでも入れておくよ。内臓は埋めるけど」
そう答えて内臓を血抜きした時の穴に内臓と頭部を入れる。残ったのはシカの毛皮と角、各部分の肉だった。まず「収納スペース」に余分な肉を入れて角は毛皮で包む様に入れて蔦で縛り、それを同じく「収納スペース」に入れた。内臓や頭部を捨てる事にしたのはどう調理をしたらいいのかが分からなかったからだ。
「料理は何にするんだ?」
「そうだな・・・。取敢えず棒か何かで刺して焼いて塩でも塗るか」
「シンプルだな」
「何も無いよりかはいいだろ」
そんなやり取りをしつつシンは解体作業を進めていった。
解体作業が終わり、穴の中には血と内臓、角の無い頭部が入っており、毛皮と角とブロック肉、と切り分けていた。近くで拾った枝や枯草を集めて焚火の用意をしていた。
シンはスコップの柄の部分からファイヤースターター付きの多機能ナイフを取り出した。
そのナイフを更にファイヤースターターと分けて火打石部分にナイフで強く擦って枯草に目がけて火花を散らす。
シャッ・シャッ
チッチッ…
「フライパンは・・・嵩張るか」
フライパン・・・所謂スキレットはものの大きさにもよるが小さくてもそれなりに大きくて重い。その為今のシンのような格好で行動する分に当たっては嵩張ってしまう。だから敢えてスキレットは持ってきていない。
「ああ、だから凝った物は作れない」
シャッ
チッ…!
シンがそう答えるとファイヤースターターから火花が出て枯草に上手く火が付いた。
「おお、着いた」
「俺も6回で火が付くとは思わなかった」
驚いているシンに焚火の炎は徐々に大きくなりそのまま肉を焼いてもいい位の火力になった。
シカの串焼きを必要分だけを平らげたシンは持っていた串を穴にめがけて軽く放り投げる。
「ご馳走様」
シンはそう言ってそのまま立ち上がり穴の方へ向かった。
「後は・・・」
そう言って右手でスコップを取り出して赤くなった穴を埋め始めた。土は掘った時の土と焚火の後の炭と焦げた土で埋めていく。
赤い穴は真新しい土が覆い被さり、徐々に無くなって不自然な土が盛られている地面になった。
(そろそろ行くか・・・)
埋め終えるとシンは軽くスコップに着いた土を払って背負っているケースに収納してこれから進む道の方へ向く。
「アカツキ」
「OK。ナビだな?」
「ああ頼む」
シンはそう答え、歩み始めた。
次は2/6~9の間に投稿する予定です。
お楽しみに!
ミスってませんよ・・・ね?