16.癒し
森の木がどこにあるのかすらも分からない位、外は暗くなっていた。この時間帯であればほとんどの人間であれば家等にいる時間帯だ。それはシン達も例外ではなかった。今はより安全で快適なキャンピングカーの中に居た。ナーモは台所をキョロキョロと見回していた。エリーは寝室にある本棚から本を取って読んでいた。を見ていた。ククとココはソファベットのフカフカにはしゃいでいた。キャンピングカーの内部に対する好奇心が勝って今までの疲れが吹っ飛んだのか、それぞれが快適なキャンピングカーの環境に堪能していた。
そんな中シーナがシャワー室から出てきた。
「シン兄、ホントこれ凄いね」
「だロ?」
拭く為にタオルを被ったシーナの頭から白い湯気が出ていた。同時に体から花のような甘い香りが漂わせていた。どうやらシャワー室に完備しているシャンプーやリンスを使ったようだ。
「湯加減はどうだっタ?」
「うん、良かったよ。・・・それよりもシン兄」
「?」
にこやかに答えるシーナだったがシンの方を見てある事に気が付き顔を少し顰める。
「前々から思ってたんだけど、シン兄って何か香草とか薬草とか持っている?」
突然に謎の話題を振ってきたシーナ。あまりにも突然すぎてシンの顔はやや引きつる。
「いや、持っていないガ・・・。突然どうしタ?」
と何が聞きたいのかを尋ねる。
「あのね、シン兄の身体から、こう・・・薬の様なツンとした匂いがするの」
「俺の身体かラ?」
気になって自分の身体を嗅いでみるシン。
「・・・何の匂いもしないガ」
「そう?」
シーナの気のせいなのか、シンの鼻が慣れ過ぎて麻痺しているのかそう言った匂いは全く感じ取れなかったシン。
(俺の身体で薬のようなにおい・・・)
他人から自分の匂いが気になると言われると少なくともそれが気になってしまう。体は傷ついてもすぐに回復するため薬は一切使っていないし、シンはおろか皆も健康で薬を使った事もない。シャワー室に完備しているシャンプーやリンス等の洗剤は花の香りだ。
シンはまだ、体を洗っていないから、香りがする様なものを体に付けた覚えはない。そもそも体臭なら人間の体臭らしい匂いがするのに薬の匂いとはどういう事なのか。
(じゃあ、どこから・・・。あっ・・・)
シンはある事を思い出した。シンは例のノートに「体臭はメントールの匂いする。」と書いていた事を思い出した。
(そうだった、虫などが寄ってこないように虫とかが嫌なメントールとかミントの香りがする体臭だったな)
匂いの原因が分かり、シーナにその事を伝えようと声を掛けようとすると
ジャー…
キィ…
水が流れるトイレから出てきたニック
「シン兄・・・」
キラキラと輝いた目に何か開けたような顔。まるで何か感動したような顔でシンを見ていた。明らかに様子がおかしいニックにシンは声を掛けた。
「・・・どうしタ?」
「あの水が噴き出すのなしでは生きていけない!」
トイレで「水が噴き出す」と言われれば現代人であれば連想するのはトイレのウォッシュレット機能。実際ニックが言っていたのはそれの事だった。
ニックのパァァとした感動の顔をシンにズイッと迫る。ややたじろぐシンは
「そ、そうカ・・・」
何とも言えないような返事になっていた。そんな2人のやり取りを見ていたエリーとナーモ。
(私も・・・)
(俺も)
エリーとナーモも口にはしなかったが感謝していた。特に女子達には。
シンはトイレから出てきたニックを見て念を押すかのように
「念のために言っとくが、トイレとシャワーを使う時は必ずドアを閉めて鍵を掛けろヨ。鍵を掛ける事で誰かが使っているのかが分かるようになっているからナ」
と言った。
トイレとシャワー室の鍵を掛けると「使用中」と表示されるようになっていた。どちらも男女共同になっている。そのため、ある程度の取り決めで必ず鍵をかけるようにしたのだ。トイレとシャワー室に鍵を掛けなければ入った時に異性同士で鉢合わせをしてしまう事になる。男女共同でここに住むわけだから蟠りがあると後々が面倒な事になる。こういった事はなるべく徹底するべしとシンは皆に伝えたのだ。
皆は何となく分かったのかお互いの顔を見合わせてすぐに、そっぽ向いた。
皆が身体を洗い終え最後の番となったのはシンだった。シャワー室手前にあるナイロンタオルで体を洗っていた。その為、体中には汚れを落とす為の泡が付いておりこれからシャワーのバルブを開ける所だった。
シャー…
体についていた泡をシャワーで浴びて洗い流す。
キュッ…
体についていた泡を全て流し終えたシンはシャワーのバルブを閉める特有の音を鳴らして水を止めた。掛けてあったバスタオルを手に取り身体を拭く。
「・・・・・」
自分の身体から花の香りに混じったある匂いがする事に気が付いた。
「・・・」
それを確かめるように再び自分の匂いを嗅ぐ。
スンスン…
確かにメントールのような香りがしていた。さっきまでは鼻が慣れ過ぎて麻痺していた為そんな匂いはしなかったが、身体を洗い体臭を落として違う匂いを身に纏ってからやっと自分の体臭を初めて知った。
「確かにツンとするな・・・」
望んだ事とは言え自分の体の匂いですら人間性を無くなっている事に少し驚く。ショックや歓喜と言ったものは無い。ただホントに少し驚いた。
「・・・・・」
シンは無言のまま服を着た。
シンがシャワー室から出る頃には、ある程度皆がキャンピングカーに慣れてきた。その証拠にこのキャンピングカー内でククとココは眠たそうに欠伸をしたり、眠そうに目を擦っていた。
(そうか、もうそんな時間帯なのか)
何気なく窓から外を見ると暗くなっていた。唯一光があったのは満天の星たちだけだった。
「少し早いかもしれないが、そろそろ寝るカ・・・。けどその前に洗濯をすル。この籠に服を入れてくレ」
女子も男子も下着は予備があったから問題ないが服が無い。今日の訓練で魔力に余裕ができたから学校用のジャージと2つの籠を「ショップ」でまとめ買いをしみんなに渡した。2つの籠を男子女子それぞれに渡す。寝室とリビングルームで着替えた皆が入れた籠の中の服は汗まみれだ。その服を男女別々に洗濯機に入れ洗った。最初は女子の服から洗う。
「明日には洗えているからその時に干ス」
「わかった」
その事をエリーに伝える。シンとエリーがそんなやり取りしていると他の皆は今着ている服を触って確かめていた。
「前の服もそうだけど手触りがいいよね」
「何の繊維だこれ?」
そんなジャージの物珍しさにシーナとナーモが話し込んでいた。
「ン?」
ククとココはいつの間にか寝室で寝ていた。毛布を掛けずだらしなく且つ堂々とした格好で眠っていた。ククはシャツがはだけておなかを出していた。
「・・・寝っちゃったカ」
シンがそう言うと毛布を上から掛ける。
(男女の割り振りだよな・・・)
取敢えず奥にある寝室をククも含めて(起こすのが面倒だから)女子が寝る事にして、手前のリビングルームは男子が寝る事にした。
「シン兄、寝るにはこれじゃ小さいよ・・・」
ナーモの言う通り、今のソファベッドは座るには大勢でも問題ないが寝るには無理があった。精々1人だけだろう。
「大丈夫ダ」
しかしシンはソファベッドの背もたれに当たる部分を倒し変形させる。
「おお」
「・・・すげぇ」
これで2~3人くらい寝る事ができるようなった。
「これなら、大丈夫ダ」
未だにポカンとしていたニックの代わりに
「シン兄、ありがとう」
とナーモがお礼を言う。
ピーピーピー…
洗濯機から音がした。どうやら女子の洗濯物が出来たようだ。
「エリー、洗濯物を出してくれるカ?」
「うん」
エリーは洗濯物を取り出して籠の中に入れる。シンは自分を含めて男子の分の洗濯物を女子と入れ替わる様に入れる。洗濯機の蓋を閉めスイッチを入れた後はもう寝るだけだった。
(さてと、俺はどこで寝るかだが・・・)
キャンピングカーは大きく豪勢だ。だが、それでも7人で使うにはかなり狭い。そのため、シンは何かしら違う方法で寝る事になった。その事に気が付いた皆。
「シン兄、やっぱり悪いからソファかベッドで寝てくれ」
代表してナーモがそう言った。だが、シンは首を横に振った。
「大丈夫。実は一回寝てみたい場所があるからそこに行ク」
実は寝る場所を決めていた所があった。シンはサッサと「ショップ」で寝袋を購入し外へ出る。
「じゃあ、お休ミ」
残った皆は心配そうに閉まっていくドアを見つめていた。
「おお・・・」
思わず感嘆の声が漏れる。寝袋を腰の位置まで入り手を頭の後ろで組み夜空を見上げていた。
シンがやってみたい事、それは夜空を見上げながら寝る事だった。ククとココは眠たそうにしていた時、何気なく窓から外を見て思い付いたのだ。
「前じゃあこんな事ができるのってキャンプ位だもんな」
シンの目の間には天然のプラネタリウムがあった。綺麗な星を見てゆっくり寝る。今のシンにとっては一番の癒しだった。そんな気分に浸っていると下から音がした。
キィ…
キャンピングカーのドアが開く音がした。シンは「何だろう」と下を見るとエリーがいた。
「エリーどうした?」
「シン兄、言葉」
「あ・・・」
シンは思わず日本語で話していた。取敢えずこの世界の言葉に直してエリーに訊ねる。
「ゴメン・・・。だが、どうしタ?」
「シン兄がどこで寝るのかな・・・って」
エリーなりに心配していた。一応皆でシンが変な場所で寝る場合であれば男子組の方で寝る事になっていた。だが、それは杞憂に終わった。
「ああ、大丈夫ダ。それより上を見ろヨ」
「上?」
エリーは見上げる。
「・・・・・!」
空気が澄んでいるせいなのか星が綺麗に光っていた。黒く染まった空にそれぞれが主張するように光り、藍色がかった靄の様なものが川の様に連なっていた。それのおかげで星空がより一層綺麗で美しく見える。
「凄いだロ」
「うん」
エリーとシンはさっきの一言を最後に、言葉を交わす事無く星の鑑賞して感動に浸っていた。
時を同じくして白銀のドラゴンは少し開けた場所で体を丸くして考えていた。馬車の周りを更に調べていたらいつの間にか暗くなり今夜は、今居るその場で一夜を明かす事にした。
(さっき見たグールは雑な死に方だった・・・。あれは別か?)
そんな事を考え込んでいると奥から何かが聞こえた。
「グルルル…」
それは獰猛そうな動物の唸り声だった。
「ん?」
ドラゴンは唸り声がする方へ見ると大きな目玉のような模様が見えた。
「何だ、ククロプスか・・・」
全長3.8m。草食寄りで大人しいが、奴らには縄張りを持つ。そのため入ってきた侵入者には容赦が無い。見た目は灰色のゴリラの様だが額に大きな目玉のような模様がある。直立二足歩行をし、丸太等の原始的な物を武器として使う事もある。
どうやら、このドラゴンはククロプスの縄張りに入ってしまったようだ。
「すまぬがここを退くつもりは無い。其方が去れ」
そう主張するドラゴン。
しかし、ククロプスは納得がいかないと言わんばかりに
「グオオオオオオ!」
と雄叫びを上げる。まるで「ふざけるな!」と言わんばかりに。
近くにあった丸太を片手で拾い上げ振り回しながらドラゴンに襲いに掛かる。
「黙れ・・・」
すると、ドラゴンの尾が一瞬にして消える。
ドシュ!
ククロプスは止まっていた。
「ッ!?」
目線を胸の方へやると白銀のドラゴンの尾が胸を突き刺さっていた。
ズシュッ
白銀のドラゴンの尾を胸から引き抜くと、ククロプスは焼ける様な痛みと共に胸から小さな赤い滝が地面に落ちる。
「グ、ゴオオッ…」
ドスン…
断末魔だったのだろう、力なく倒れ込むククロプス。白銀のドラゴンの尾についていた血を数回軽く振って血を吹き飛ばす。
「さて、我も寝るか・・・」
ドラゴンは何事も無かったかのように眠りについた。
(この奥で一体何が起きておるか見させてもらおうか・・・!)
鋭い瞳をゆっくりと瞼を閉じていった。
この奥はシン達がいる洞窟だった。