177.遭遇
時を遡る事夕食時。
それはラッハベール合衆国で訓練をしていた冒険者達も同じ事だった。
パチパチ…
今夜が新月である事は紛れもない事実。それ故に大きな焚火を中心に周りに各々が手に入れた獲物を調理する為に焚火をして、夕食を作り、寝床を用意をしていた。それらを囲む様にして見張りというの壁を作り中にいる他の冒険者達を守っていた。
当然だが参加していたエリー達も夕食を始めていた。
「「・・・・・」」
エリーとナーモの手にはほとんど真っ黒の串焼き肉を持っていた。
訓練の内容の関係で各自組んでいるパーティで獲物を捕らえて夕食を摂る様に言われていた。エリー達も狩りに参加してウサギ数匹を見事狩る事ができた。そして普段料理しない人間が調理担当に決めたのだ。
夕食はエリーとナーモがウサギ捌いて、シンプルに焼いて夕食にしていた。だが、エリーとナーモの串焼き肉は火加減の関係で大きく失敗して黒く焦げてしまったのだ。黒焦げを免れた串焼き肉はククとココに、まだ焦げが酷くないのをシーナとニックが、一番酷く焦げてしまった串焼き肉をナーモとエリーという形で食事を始めていた。
原因はは単純に料理下手なのだが、エリーは転生者という理由もある。
コンロだと火力調節できる。その為、焚火は温度調節や調理器具の固定とか色々必要な上に鍋に煤がつくし火加減が慣れないと難しい。つまり焚火で調理をするのは非常に面倒なのだ。
だからそうした作業に未だに慣れないナーモとエリーは真っ黒焦げの串焼き肉をナイフで削って可食部分を探っていた。
「ハッハッハ!失敗していると思ってた!」
近くで、というより背後から声が聞こえてきた。エリーとナーモはムスッと顔をして後ろを振り向く。
そこに居たのは20代~30代の男女の冒険者パーティだった。
ケラケラと笑っている緑髪の20代の男に気が付いた金髪の20代の女は叱りつける。
「ちょっとそんな事を言わないでやんなよ!」
「悪いな、参加している中で一番若い奴らって君等だけだろ?ちょっと気になってさ」
ケラケラ笑っている男に代わって謝罪する赤髪の30代男。
「良かったら、ブラッドソーセージとかも食べる?」
お詫びと言わんばかりに自分達で狩って調理したブラッドソーセージを提供する青髪の20代の女。
どうやらこの冒険者達は今回の訓練で参加している者の中で最も幼かったククとココに気に掛けた様だ。
ブラッドソーセージとは血液を主な材料と各種の香りの強いハーブを加えたソーセージの事。赤身肉で作ったソーセージと比べると色が黒ずみ、血の風味が独特の強い癖として感じられるが、家畜を無駄なく利用する食品として、ヨーロッパや東アジアの牧畜の盛んな地域で古くから作られてきた。
エリー達はやや物足りない食事に更にメニュー恵んでくれる冒険者達が天使に見えた。
「すみません、自分達の代わりに夜の見張りの時間短くしてくださって・・・」
彼らの言葉に甘えてブラッドソーセージを頂くだけでなく、幼いククとココがいるという理由で本来見張りをする必要があるにも拘らず、短い時間での見張りに立ててもらったのだ。
「いいさ」
そう答える赤髪の男。緑髪の男は手をヒラヒラしながら答える。
「気にすんなよ。それからさっき馬鹿笑いして悪かったな」
気さくな口調で謝罪する。赤髪の男は人差し指を立てて
「その代わりに夜の見張りはしっかりやってくれよ?」
と優しくではあるが重みのある言葉をナーモ達に掛ける。
ナーモ達はその重さをしっかり受け止めて
「「「はい」」」
と答える。
焚火の是非は場合による。
火や人類に怯える多くのモンスターは寄ってこないので魔除けのような効果がある。だが、逆に火も人類も恐れないような非常に危険なモンスターを稀に引き寄せてしまう事もある。今回の場合はブラッドソーセージ等の様な匂いの強い食べ物を出している為、居場所がバレている。その為、自分達は強力な武装の為火を焚く方針となった。
訓練生の冒険者達が持っている武器では非常に頼りない。その為ギルドから派遣された盾持ちの冒険者達を前に、すぐ後ろに弓を主力にした冒険者達を置くという配置になっていた。強弓はただ張っている状態で非常に強い力がかかっていつでも構えられる様にしていた。
この世界の闇は日本の様に「安全な闇」ではない。本当に非常に危険な何かが闇の中に潜んでいる、死と隣り合わせの闇だ。
「「「・・・・・」」」
見張りに立つ、鋭い視線で辺りを警戒する派遣された冒険者。同じく見張りに立つ訓練生の冒険者達。
少しオドオドしながら、緊張感を持った、真剣でいつでも殺せるように手に剣を掛けている等々、様々だがこの場で誰一人として慢心や油断を見せる者等一人もいなかった。
現代の素材ならほとんど変形しないが通常は弦を外しておかなければ、強弓等たった数日で弓が変形して反発力が失ってしまう。しかし、この森では弓を使い捨てにしてでも弦は外さない。
焚火や篝火には必ず背を向けて火を直視しない。目を光に慣らしてしまうと完全に夜目が効かない。大声で話すのは厳禁。話す時は最低限に留め、近づく物音が無いかどうか警戒する。
「「「・・・・・」」」
何時間もただ静かに闇に目を凝らし虫の鳴き声すら騒々しいと感じる程に耳を澄ます。小動物の光る眼に警戒し虫の足音にも反応する。そうでなくてはならない。ウサギや小鳥にならなければならない。キョロキョロと見渡し臆病でなくてはならない。努々忘れてはならない。この世界にとっての人類は絶対者ではない。
何故ならこの闇に潜んでいる何かと対等だからだ。
そんな様子の見張りの冒険者達を次に回ってくる冒険者達は見張っている様子を見て盗めるような技術は盗むべくと真剣にジッと見ていた。
そんな中ナーモ達はブラッドソーセージを恵んで貰った冒険者達と軽く話をしながら食事をしていた。
エリーはブラッドソーセージを頬張って「鉄臭っ!」と率直な思いを心の中で叫びつつ「これは好みが分かれる味だな~・・・私はちょっと苦手かも・・・」と食レポするかの様な感想になって心の中呟いていた。
「グルフって賢いのですか?」
「そう、なんせあいつらって相手が弓を引いた瞬間、すぐに体を止めて様子を見るんだ」
ナーモの質問に頷きながら答える金髪の女。
「あの~・・・」
「何だ?」
「グルフって弓とかを警戒して様子を見るんですよね?でしたらクロスボウとか投石器とかって警戒するんですか?」
口の中が鉄臭さを我慢しつつ質問をするエリーに赤髪の男はすぐに
「する」
と簡単に答える。そんな彼に代わって緑髪の男が説明する。
「ゴブリンや狼とか熊とかでもそうなんだが、人間=物を飛ばす事が出来る動物と考えてんだかんな」
この世界だけでなく現代でも獣を狩る時、獣の前に出て態々弓や銃を構えるわけでは無い。実際は身を隠して狙撃をする。何故なら狩られる側の獣達は少なくとも人間を見たら「何か飛ばす生き物」として察知してすぐさま遠くへ逃げるからだ。
その為、銃を背負っている人間の近くには動物はいないし、見かけても狩人の僅かに出している殺気と銃に感づいてすぐさまその場から立ち去ってしまう。
その事に何かに気が付いたエリーは関連した質問を続ける。
「じゃあ、こちらが構えた時は警戒して体を止めるんですよね?もし止まらなかった時と言うのはどんな時ですか?」
「私が知っている限りだと手負いの時かな。あの時ばかりはグリフでも余裕と言う物が無いからね」
「手負い・・・」
青髪の女の答えにエリーはグルフに遭遇した時の事を思い出す。
あの時のグルフは手負いだったっけ?、と。
そんな時、ナーモが何気なくモンスターの事で質問をする。
「俺達で相手にしない方が良いと思われるモンスターって何ですか?」
「基本的にはどんなモンスターでも相手にしない方が良いとだけは言いたいな」
赤髪の男は冷静に答えると同じく冷静に緑髪の男も答える。
「だな。関わらない事の方が余程いいからな」
「でも、それでも関わらざる得ない事と言うのはありますよね?毛皮とか胆嚢みないな素材とかで・・・」
冒険者として生きていくナーモ達にとっては納得のいかない答えだ。故に納得がいくような答えが出るまで質問をする。
そんな疑問に金髪の女は答え始める。
「ん~・・・君らみたいな若い人だったら取敢えず5人以下だったら自分より体のでかい獲物は相手にはしない事。遭遇しても手を出さず、隠れる等してやり過ごす事。5人以上なら馬よりでかい獲物は相手に無い事かな?」
「おっそれ、分かりやすいな」
「いい事言ったな」
金髪の女の言葉に感心する赤髪の男と緑髪の男は補足説明をし始める。
「じゃあ俺も先輩風を吹かせると、オオキミという国に存在するモンスターはどんな奴でも絶対に相手にしない事だな。どうしても行く予定があるなら最低でもCランク以上は取っておかないと確実に消えるな」
「それか町や村の外には出ない様にするかのどっちかだな」
「そ、そんなに危険なんですか?」
シーナは少し引き気味に訊ねる。
「ああ、ヤバイよ」
「あいつら弓矢どころかバリスタみたいな兵器で放ってもピンピンしているのが多い」
「おまけに知能が高くて駆け引きってのが上手いらしい」
「他にも、人間の言葉を理解する様な奴とか、擬態して声マネをする悪辣な奴とか、人間並みの知能を持った50mもある様な奴とか。最悪この大陸では最も強いとされる地竜種とか飛竜種とか、クラーケンですらも距離を置く位の奴がいるからな」
「「「・・・・・」」」
連々と出てくるオオキミのモンスターの恐ろしい点の数々。そして、極めつけの赤髪の男の言葉によってナーモ達は絶句してしまう。お通夜の様な空気になってしまった事に緑髪の男はムードを変えるべく陽気な言葉を掛ける。
「まぁオオキミに行かなきゃいいだけの話さ」
「そうそう」
緑髪の男の言葉に乗っかる様な形で頷く他の冒険者達。
「そ、そうですよね・・・」
カラカラと笑いながら最後の一切れを頬張るナーモ達。だが、その笑いはどこか乾き気味だった。
そんな空気の中ふとニックが周りの様子を見た時、ナーモ達に声を掛ける。
「なぁ、そろそろ・・・」
見張りの交代の時間だ。
はっきり言えばニック達の番はまだ先だが、今の内に見張りは何をしてどうすればいいのかを今の内に見ておくつもりのようだ。
そんな時間になった事に気が付いたナーモ達はスッと立ち上がってブラッドソーセージを分けてもらった事とモンスターの情報に感謝の言葉を述べた。
「ああ、そうか。そんな時間か・・・。ありがとうございます。次の番が来るまでゆっくり休んで下さい」
「ああ、しっかりやれよ!」
赤髪の男はそう言って軽く手を振った。するとそれに続けて他の冒険者達はナーモ達を見送った。
「頑張ってね~」
青髪の女はククとココに向けて手を振った。
「「は~い」」
ククとココは元気よくすぐに手を振ってその場を後にした。
その場に残った冒険者達はすぐに囲む様にして座り、金髪の女が口を開く。
「あの子ら凄いね~。不整地であんなに歩いたってのにまだ元気があるなんて」
「だな。あっちの2番目に若い連中の・・・ほら一番若いのが17歳の子供がいるパーティー・・・」
「うん。あの子らへばってたもんね」
頷く緑髪の男と青髪の女。
「アレが普通なんだけど・・・これではこの先思いやられるね」
「とか言って、結局見張る時間を短くしたくせによ」
金髪の女の言葉にどこか揶揄い気味に言う緑髪の男。
「仕方ないじゃん。これからの為に必要な「希望」だから」
「その通り。この程度でへばるのは情けないが、それでも面倒は見る必要はあるんだ」
金髪の女の反論に赤髪の男は重みのある毅然とした言葉でそう答える。赤髪の男の言葉にその場にいる他の冒険者達は一切の反論等の文句はなかった。
どうやら彼らはギルドから訓練に派遣された試験官の冒険者だったようだ。
「にしても、どんな環境であんな風にへばらないのかしら」
「さぁな。険しい山にでも住んでいたんじゃねぇの?」
金髪の女の疑問に首を捻る緑髪の男。
「それか、かつての軍事国家時代の様な訓練を幼少期から受けていたとか・・・」
そう呟く様に言う青髪の女。
数秒程冒険者達は固まる様にして黙るがすぐに
「まっさかー!」
と緑髪の男がそう答えて全員カラカラと笑った。
だがそのまさかに近い答えである事は誰も知らなかった。
朝日が出る10分程前、シンは大きな土塊と対峙して銃口を向けていた。