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174.出港

 船の用意が出来た。

 そんな報せを耳にしたサクラ達はもう既に船に乗って大海原のど真ん中にいた。


「風向き良ーし!方角は予定通り!」


「綱を引け―っ!帆を張れーっ!」


「このまま進め―ッ!」


「「「おうっ!」」」


 野太い男達の声と共に綱がしなる音に板と板との間から小さくも軋む音が混じっていた。吹く風にもよるが現状13ノットで船が進んでだいぶ時間が経ち、出港したモワエストは小さくなり過ぎて最早見えなくなっていた。

 前方から吹く風に混じって潮の香りに漣の音。そんな風邪を浴びながら甲板の上にはサクラとステラとアルバ、アンリとサトリが立って大海原を眺めていた。

 ステラとアルバは見た事があるのか見た事が無いのかまでは分からないが、物珍しそうな目で見ているわけではなさそうだった。どことなく警戒しているようだった。

 そんな2人とは余所にサクラはアンリに話しかけていた。


「どれ位で着く?」


 呑気とはいかないものの落ち着いた声でそう尋ねるサクラ。


「何も起きなければ2日、何か起きれば最長で4日と見ている」


 同じく落ち着いた声で答えを返すアンリ。


「そうか、思いの外早く着くのか」


 早くオオキミ武国に着く事に意外そうな驚きの口調で答える。そんなサクラにアンリは一言でその理由を答える。


「サクラちゃんとサトリがいるから」


 端的で簡潔。

 何も知らない人間からすれば「どういう事?」と訊ねたくなる答え。

 だがそんなザックリとした答えにサクラは疑問を呈せず


「アンリもいるだろ」


 と答える。

 先の答えにサクラは疑問を持つどころか納得・・・と言うよりも「アンリ」がいない事に納得していなかったから付け足したような答えで返した。

 つまり自分達がいたから早く着くという予想にサクラ達は納得しており、アンリもいるからこそ今の状況が成立しているとサクラはそう言いたかったようだ。

 その言葉に納得したのかアンリは小さく頷き


「そうだね、私もいる」


 とどことなく穏やかで柔らかい口調で答える。

 傍から聞いていたサトリもカラカラとした陽気な口調で話しかける。


「わっしもアンリさんがいなければ困っていた事の方が多いと思う。今でもそうだ」


 屈託のない素直な子供の様な言葉。ありきたりな言葉だがどういう訳か納得が出来るものだった。

 その言葉に付け足す様にサクラも口を開いた。


「その通りだ、アンリ。お前の風魔法が無ければ船は真っ直ぐには進まないだろう」


 サクラがそう答えた。どちらもアンリの役割や行動について認めている様だった。そんな2人の言葉にアンリは静かに頷いた。

 そうしたやり取りが丁度終えた時


「お話し中の所失礼します」


 とこの船の船長が割り込む様に声を掛けてきた。船長は身形が整えられて羽根飾りが付いた高級そうなキャプテンハットを被った中年の男だった。


「現在航路は順調に進んでおりますが・・・」


 船長はそう言ってアンリにモワエストからオオキミ武国の港町と思しき町まで書かれた海図を開いた。


「今私達はここにいますがこの海域は船を襲いに来る獣達が出没しやすい所でございます。故に早く船内へ入って下さいますよう伏してお願い申し上げます」


 丁寧な口調で「そろそろ海のモンスターが出没する。危険だから早く船内に避難しろ」とサクラ達に伝えに来たのだ。

 そんな丁寧に伝えに来た船長に対してサクラは首を横に振る。


「無用だ」


「はい?」


 意外な答えにキョトンとした言葉が出る船長。

 ギルドからは「オオキミ武国にとっては重要人物が船に乗る」と船長はそう聞いていた。国にとって重要な人物が来訪してくるという事はその重要な人物は政治関係や豪商、高名な冒険者等々だ。

 見た所高名な冒険者には見えないし、従者と思しき人物が少なくとも2人はいる。それらの事から船長はサクラとアンリは貴族か豪商の娘で、サトリは雇われた冒険者、アルバとステラは2人の内どちらかの従者と考えていた。

 もし貴族か豪商の娘であれば船内に入る様に言えばすんなりと従う事が多い。だが、サクラの口からは期待した答えでは無かった。

 サクラは口調を強めてゆっくりともう一度言った。


「無用と言った」


「し、しかし・・・!」


 船長の頭に浮かんだのは「これだから温室育ちが!」だ。偶に貴族や王族と言った権力者の若い人間に多いのが危険な状況であるにも関わらず避難しない事がある。自分は特別な人間だから大丈夫とか、自分には優秀な手下がいる、貴様らで何とかしてくれるのだろうと言った根拠がなくどこからやって来るのか分からない自信以上の思い上がりが現場の判断に従わない。

 船長は勿論この場に居る水夫達にとってはそんなふざけた我儘はたまったものではない。そうした我儘等による「ごねる」行為によって他の水夫が命を落とす事に繋がりかねない。

 だから丁寧でありながら口調を強め、海に潜む恐ろしい生き物(モンスター)達の恐ろしさを伝えようと考えた。

 サクラに反論する船長にサトリは近付いた。


「大丈夫だ。少なくともここにいる者達は強いから。わっしが保証する」


 カラカラとしたサトリの言葉に何か言い返そうと船長が口を開きかけた時、サクラは何かに気が付き10時方向へ向きジッと見つめた。サクラの様子に気が付いたアルバとステラも同じ方角へ向く。


「・・・・・」


 数秒程海原を見つめたサクラの視線をサトリの方へ向く。


「サトリ、あそこに何かいる」


 サクラはそう言って指を指した。サクラの言葉を聞いたアルバとステラは指さす方向へ向く。どうやら警戒の目になっていたのは海原に敵と思しき者がいないかどうかの様だった。


「わっしにそれを伝えたという事はわっしに?」


 サトリがそう尋ねるとサクラとアンリは静かに頷いた。それを見た・・・と言うより肯定感じたサトリは獰猛な笑みを浮かべた。


「あっちの方向だったね?」


サトリはサクラの指さした方角へ指差して訊ねる。


「そうだ」


 サクラの答えを聞いたサトリは指差した方向へ向き前へ出る。


(来るとすればここらか・・・)


 すると腰に差していた刀を鞘ごと抜いた。


 カッ


 鯉口を切り


 シュ~ッ…


 スッ…


 抜身を現す。

 総毛立つような白刃は美しい鏡の様だった。刀身から照らされる冷たい光は初めて見る者は間違いなくゾクッとするだろう。


「・・・・・」


 少し強く握った瞬間、海水が舞い上がり船の乗り込む様にして浮かんで流れてきた。


 シュォォォォォォ…!


 刀身にその海水が纏わり付いた。

 シャバシャバと音を鳴らしながら刀身の周りを緩やかに回転していた。そんな魔法が掛かった刀を横薙ぎの構えに入る。


「・・・!」


 サトリは何か感じ取った。

 その時船の下に大きな影が映った。

 その事に気が付いたマスト上にいる水夫が大きな声で


「船底に大きな影!浮上してきます!」


 その言葉を聞いた船長はすぐに


「総員戦闘準備!」


 と声を張った。だが、それは少し遅かった。


 ドッザアァッ…!


 船すぐ横の海面から浮上してきたのは黒みがかった藍色の竜だった。


 グオオオオォォォォォォ!


 角のない頭部は目がどこにあるのか分からない程ほぼ真っ黒で耳まで裂けた大きな口を開き、咆哮する藍色の竜。船員は完全に出遅れて効果のありそうな武器を構える事が遅れて近くにあった銛や剣を持ち構える。アルバとステラはサクラとアンリの前に立つ。

 だがそれは藍色の竜にとっては最期の咆哮だった。


 ビシャアッ!


 水が酷く早く流れる様な音が聞こえた。同時に何か白い光の線がサトリの前を横切った。


 ツツーッ…


 藍色の竜の長い胴体に斜めに赤い線が浮かび上がり


 ズズッ…


 体が斜めにずれて


 ドボーン!


 そのまま海に沈んでいった。黒みがかった青い海と船の一部が瞬く間に赤く染まっていった。同時にいつの間にか横薙ぎの構えを解いたサトリの刀に纏わり付いていた海水は朱に染め上がっていた。


「「「・・・・・」」」


 何が・・・起きたんだ・・・?

 そう言わんばかりの静寂が漂っていた。

 サクラ達を除いて。


「久しぶりに見たな纏剣(てんけん)だったか?」


 アンリがそう尋ねるとサトリはにこやかな顔になり答える。


「そうそう、海だとデカい相手が多いからね~」


 飄飄とした声で話しながら握っている刀を軽く払った。


 ヒュンッ


 ビシャッ!


 軽く振った瞬間、刀の周りに纏わりついていた赤くなった海水が元の海へと戻す形で振り払った。


 スッ…


 海水一滴すらない、冷たい輝きを帯びた美しい鏡の様な元通りの刀身に戻り、そのまま鞘に戻した。


カンッ…


「あ、あの・・・」


 恐る恐る声を掛けてきたのは只々唖然としていた船長だった。


「これは・・・何が・・・」


 起きたんだと最後の言葉が出そうで出ない事を見越したのか見越せてないのか代わりに答えたのはサクラだった。


「ああ、あそこにいるサトリが軽く薙いだだけの事だ」


「軽く・・・」


 サクラの冷静で軽い口調に、「どこが軽く何だ」と言わんばかりの疑問と分からない時に出る小さな声混じりにそう答える船長。


「こんな物トラブルの内に入らない」


「・・・・・」


 サクラがそう吐き捨てるセリフに船長は唯々何も言えないでいた。というよりもう何も言い返せなかったと言った方が正しいかもしれない。

 そんな2人とは余所にアンリはサトリが斬って海に浮かぶ藍色の竜、海竜の亡骸を見に行っていた。

 海竜の亡骸は未だにグネグネとピクピクと動いていたがそれも時間の問題だろう。

 表面は酷くぬめぬめしており鱗と思しき鱗は見当たらなかった。頭部もドラゴンっぽい頭ではなく口の裂けたウナギの様に見える。それ故に疑問の言葉を口にした。


「こいつはシーサーペントか?」


 そんなアンリにサトリは疑問を解消する。


「そいつはアヤカシだよ」


「アヤカシ?」


 疑問の言葉を口にしながらサトリの方へ向くアンリ。


「アヤカシはデカいウナギ・・・という種類の魚。オオキミ武国近海にしかいないが、ごく稀に潮に乗って他所に流れる事があるらしい」


「そうかこいつは魚だったのか」


 アンリはそう納得してもう一度アヤカシの亡骸を見る。対してサトリはアヤカシの話を続ける。


「こいつは血以外は全て食す事が出来て、フワフワで脂が乗ってて甘いんだ」


 どうやら食用可能である事と、サトリの「甘い」と言う単語に反応するアンリ。


「そうか、甘いのか・・・」


 だがアンリの想像している「甘い」は菓子の甘さだった。その事を察したアルバとステラは少し呆れつつ甲板上に付着したアヤカシの血を水系の魔法で洗い流していた。

 こんな調子でサクラ達はオオキミ武国へと向かって行った。


今回の話も含めてあと2話でこの章は終わります。

もう1話は12/31に投稿すると思います。

また、次章は早くとも1月1日に投稿するかと思います。

思えば投稿頻度が急に多くなったり少なくなったりとした1年でした。こんな投稿頻度で読者の方々には大きく振り回してしまい申し訳ありませんでした。可能な限り安定した投稿頻度にする、それから早めに投稿する様に努力しますが気長に待って下さい。

こんな作者ですが「アンノウン ~その者、大いなる旅人~」をよろしくお願いいたします。

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