170.短縮
大変長らくお待たせいたしました。
続きをどうぞ!
ペチ…
ペチ…ペチ…
ペチペチペチ…ペチ…
サクラの屋敷の大きな裏庭先から聞こえてくるのは何か柔らかくて平たい物が固い何かを叩いている音がしていた。聞こえようによっては可愛らしい音とも言えるその音を鳴らしていたのはサクラだった。
「・・・・・」
ペチペチペチ…
ペチペチペチ…ペチ…
サクラの魚達が入った瓶を一心不乱に叩いていた。当然叩く度に瓶の中の魚達は驚いて動き回る。サクラはそんな魚達を睨み付けるように見ていた。
そんなサクラの様子を後ろから眺めている者達がいた。
ペチペチ…ペチ…
気配を感じ、すぐに後ろを振り返るサクラ。叩いていた瓶の波打つ水面が徐々に静まり眺める者達の姿が現し始める。
「久しぶりだな、アンリ」
アンリとアルバだった。アンリはサクラに訊ねるべくラッハベール合衆国方面から4日程かけてここまで参り、アルバは尋ねてきたアンリをある修行をしているサクラの元まで案内した。
「サクラちゃんも変わらない」
まるで変わった遊びをしている子供を見守っている様な言い方でそう答えるアンリは持っていた扇子で軽く扇ぐ。
サクラはそんな言い方をするアンリに少し不満げに答える。どうも子供扱いされた様に聞こえた様だ。
「言っておくが遊んでいるわけでは無いぞ?」
サクラのブスッとした言い方にアンリはパチンと扇子を閉じた。
「大丈夫だ。サクラちゃんのそれは魚の動きを読む為の修行である事は分かっているから」
「・・・・・」
アンリの答えにアルバは眉間に皺を寄せて目を細める。この様子からどうやらサクラが行っていた修行の意味はアンリの言っていた通りのようだ。
サクラはまるで難しい問題の答えを簡単に分かった優等性を見る様な顔になっていた。
「変わらないな「予見」」
サクラはアンリがそう答える事を予測していたからかあまり驚きもせず普段の口調のままそう答える。また、アンリはサクラから「予見」と言う単語を聞いて静かに目を閉じる。
「そっちこそ変わらず面白い事をしているね「鮮血」」
小さな溜息交じりにそう答えるアンリ。その溜息は変わり者のサクラへの呆れと向上心に対する感心が混じったものだった。
「・・・・・」
アルバはサクラが言い放った「予見」と言う単語に反応してアンリの方へ向く。
(このご慧眼があるが故に「予見」と呼ばれる所以なのでしょうか・・・?)
どうやらアンリはサクラと同じ組織に所属しているようだ。
傍から見ればサクラのやっている事はまるで生きている魚で戯れている少女の様にしか見えない。だからアルバはここまでピタリと当てた事に驚きを隠せないでいた。
「それでアンリ、お前もワタシの事を気にかけてここまで来たのか?」
「それもあるけど、私が気になっているのはサクラちゃんを助けた人物についてさ」
アンリの口調と表情からはとても興味を引いたから訊ねた様には見えなかった。
しかし、長年付き合いのあるサクラから見ればアンリはシンの事について興味があるのは間違いなかった。
「・・・いいぞ。最もまだ知らない事の方が多いが」
アンリは面識のない人物であっても僅かな情報を手に入れれば、分析して次にどう行動をとるのかが分かるのだ。
だが流石に「フリュー」や「グーグス」の事を話せばこの世界にどのような影響を齎すのかが分からない。だからサクラはアンリに「フリュー」や「グーグス」等々は出さない方向でシンのについて話そうと考えた。
「どこから話そうか・・・」
サクラがシンの事について話し始めようとした時、丁度風が吹いた。
元いた世界の、地球の日本の夏特有の熱風とも言える酷く暑い風はこの世界には無かった。あったとしてもそれは熱帯か乾燥地帯位にしかないだろう。
だが、それでも少し吹けばジトリと汗ばむくらいの夏の暑さはある。そんな夏の風にしてはらしくない風が吹いてきた。
フワ・・・
「・・・・・」
庭にいたサクラは吹く風の感触に気が付き空を見上げた。
「冷たい」
と呟いたのはジンセキの浜辺にいるシンだった。
シンは半ば気晴らしに浜辺で一人でバーベキューをしていた。
イノシシを狩り、こんがりと焼けた肉を箸で摘まみ、タレをつけて口に運ぼうとしていた最中だった。
実際その呟き通りに夏の風にしては妙にヒンヤリとして冷たかった。冷風と言うには少しオーバーな表現ではあるが確かに夏の風にしては冷たかった。
そんな冷たい風にシンは
「しまった」
と小さく呟く様に声を漏らす。さざ波の音で掻き消される程小さい声だから周りには誰もいないから聞こえないだろう。例え聞く者がいたとしても「何か言った?」と訊ねる程度だろう。
だがそんな声に聞き漏らさなかったのは
「どうしたボス?」
アカツキだった。そんなアカツキにシンは少し焦燥感が駆り立てられたような口調になってある事を訊ねる。
「アカツキ、今の季節は夏か?秋か?正確にはカレンダーで言えば何月何日に当たるか分かるか?」
若干苦虫をかみつぶしたような顔に合わせる様にどことなく苦い声で早口で訊ねるシン。
「8月の終わりか、9月の始め位だな」
アカツキの答えを聞いたシンは眉間に皺を寄せて顔を歪ませた。最早「更に苦虫を噛み潰した」と表現してもいい程の顔になっていた。
「もし「ヨネ」という穀物が米と同じならそろそろ収穫の時期になるはずなんだ」
「・・・ボス、今気が付いたのか?」
言葉始めに「まさか」とついてもおかしくない答え方だった。実際シンの体はBBP化しているとは言え季節を感じる体ではある。だから季節特有の暑さや寒さを感じるからそれである程度は判断が出来るはずだ。
しかし、シンはその事に気が付いたタイミングが遅かった。その為アカツキは少し呆れて疑問を口にしたのだ。
「ああ、情けない事だが今気が付いたんだ」
アカツキの呆れた物言いに引け目というのか引っ掛かりというのか何か言い返そうにも言い返す事が出来ない事がある故に素直に答えるシン。
「普通気温の暑さとかで分かんだろ?今がどの季節位なんか」
口調が「嘘でしょ?」と言わんばかりの物だった。だが、シンは素直に気が付かなかった事を答える。
「いや、今の今まであまり分からなかった。ジンセキに戻ってから今が夏だと分かった位だ」
シンの弁解にアカツキは少し納得する。
「ああ、そうか。考えてみりゃ、レンスターティア王国って北方に位置しているから今が夏ってのは分からねぇんのか」
地球の様に見れば北半球の上に位置するレンスターティア王国は当然気温が低い。その事を考えれば夏の終わりであれば本来の夏の暑さは感じられない。むしろ肌寒い日もある位だ。
そうした事情から今が夏なのか秋なのかという四季を感じて判断するには難しい面がある。
「すまねぇボス。言えば良かったな」
今まで気が付かなかった原因と自分のフォロー不足が招いた面があったからか申し訳なさそうに言うアカツキ。
「いや、いいよ。それよりもこれからどうするかだ」
どうやら悪いのは自分だけではなかったのかと気が付いたからか少し心が軽くなったような気持ちになるシン。
「ボス、今年中にその「ヨネ」ってのを手に入れたいなら遅くとも1週間後にはここを出る必要がある」
「え?」
「1週間後・・・?」
所変わって怪訝そうに言うのは腕を組んだサクラだった。
アンリはサクラから軽く「シン」の事を聞いて、シンはオオキミに「1週間後」にはいるだろうと言ったのだ。
「そのシンと言う男は「ヨネ」について何も知らない。・・・が「ヨネ」によく似た作物を知っていて、もしそれと同じ時期に収穫するのではないかと考えるはずだ」
国内でも米の収穫時期は異なっている。理由を挙げれば新米の時期の気候と地域の関係で大きく違っている。南の方であればある程収穫時期は8月上旬と早く、逆に北の方であればある程10月下旬と遅めの収穫になる。今が9月の始め位。日本であれば収穫期ではないが収穫準備にはもう入っている頃合だ。
それはこの世界でも同じ事だ。
米によく似た作物「ヨネ」の収穫時期も秋からだ。
「・・・なるほどな。それまでにワタシ達は先に行けばいいのだな?」
腕組みを解いてニヤリと笑うサクラにアンリは静かに頷いた。
「その通り。更に言えば、彼らは収穫した作物を食べる以外の活用をすぐに思い付いてすぐに動くはずだ」
アンリが1ピース足りない説明をするとサクラは小首を傾げる。
「どういう事?」
「農民が収穫した作物をそのまま食べるわけでは無い事位、王族のサクラちゃんならすぐに分かるはず」
アンリは冷静な目でサクラを見つめてそう尋ねる様に言った。数秒程間を置いてからサクラはすぐに答えが浮かんだ。
「ああそうか・・・」
「年貢だ」
再び所変わってジンセキにて、迂闊だった言わんばかりの口調で答えるシンは眉間に僅かに皺を寄せる。
「ああ、備蓄用に年貢を納める可能性が十分にある。1週間後以降は流石に拙いんじゃないか?」
「・・・確かに」
日本史上の租税の一形態で元々は緊急時や公務の人間が米を食べる為の手段として用いられていた年貢。この世界にもその制度があればかなり拙い事だ。
これから収穫するに当たって赤の他人であるシンが横から入って「ヨネ」を貰おうとする事に良くは思われないだろう。まるで横取り、悪く言えば強奪している様に見える。これを避けるにはかなり立場のある者と交渉する必要がある。
だが時期が時期だ。交渉するに当たっては早い方が良い。
だから1週間以内に行動を開始した方が良いだろう。
「こればかりは仕方ないか」
「だな。無計画な行動と想定外な事で動かざる得ない事をした上にタイミングが合わな過ぎだ」
眉間に皺を寄せて目を瞑りそう言うシンにアカツキはシンの欠点を軽口がてらに挙げる。
「そうなれば備蓄として納めるはず。その事に気が付いて早めに出発しようとするはず」
再び腕を組んで扇子で仰ぐアンリに言うサクラ。
「その通り。だがオオキミの位置の事も当然知っているはずだろうから準備期間が必要になる」
扇いでいた扇子をパチンと閉じるアンリの考えている通り、当初の予定ではほとぼりが冷める期間を1ヶ月程設けて動こうと考えていたがそうも言ってられなくなってしまった。サクラは腕組みを止めて真っ直ぐアンリを見つめる。
「その期間はどれ位になる?」
サクラはニヤリと笑いながら訪ねるとアンリは静かで空っぽに近い口調で答える。
「遅くとも5日以内だ」
「まぁ何にせよ1週間以内・・・5日以内に動くべきだな」
「そうだな、ある程度余裕持って且つ十分に準備を整えるならそれがいいか・・・。分かった、5日には出立する」
アカツキの提案はかなり合理的だ。1週間ギリギリではトラブルがあった等思わぬタイムロスの事を考えれば避けるべきだ。だがだからと言って2~3日経ってから出立は十分な準備は望めない。
それらの事を考えて4~5日は必要だ。だからシンは5日で出立する事にした。
「OKボス。移動方法はどうする?」
そう尋ねるアカツキにシンはタレの付いた焼き肉を頬張りながら答える。
「前みたいにフリューで頼む」
「OK、確かにそれが安全だな」
早くて大きく高度を取って移動できるから安全性は確実だ。だからフリューの名前が挙がり、アカツキも対して反対の言葉はなかった。
「ああ頼んだぞ」
アンリは小首を小さく傾げてサクラに訊ねる。
「サクラちゃん、どうするつもり?」
サクラはニヤリと笑って
「準備が出来次第すぐだ!」
と胸を張って大きな声で答える。それに対してアンリは
「わかった」
と変わらない口調で答えた。
あともう2話程投稿する予定となっております。出来るだけ早めに投稿いたしますのでもう少しお待ちください。