169.手掛かり
今回も何とか書けた・・・。
300m先の山のふもとにある崖の岩壁にジッと睨み付けるディエーグ。
ギュッ…
強く握るその黒い手には手の平にジャストサイズに収まる程の大きさの石。
ズオ…
その石を持った手を大きく振り上げて野球のスローイングの動作を始め、石を持っている手が後ろに完全に回り切った時一気にスピードを上げる。
ブンッ…!
一気にスピードを上げたお陰で風を切る音だけでなく何か破裂したような音が混じっていた。その影響なのか何か投げた瞬間に透明な輪のような物が一瞬浮かび上がった。
バゴンッ!
300m先の崖の岩壁に大きな窪みが出来上がった。まるで隕石が真上から落ちた時に出来るクレーターの様だった。
「・・・・・」
クレーターの様な窪みを見たディエーグは何か納得がいかなかったのか考えているのか無言で足元にある石を拾い再び強く握る。
ギュッ…
次第に握る力を緩めて投げるモーションに入り始める。
ズオ…
先程と同じように大きく振り上げて野球のスローイングの動作を始め、石を持っている手が後ろに完全に回り切った時一気にスピードを上げる。
ブンッ…!
また風を切る音だけでなく何か破裂したような音が混じっていた。しかも同じように我が出来ていた。どうやらソニックブームが起きる程の速さで投げていたようだ。
ドゴンッ!
窪みの横に大きなクレーターの様な窪みが出来上がっていた。さっき投げた時と違って大きな窪みになっていた。
「・・・・・」
またディエーグはジッと岩壁を眺めて何か考える様に無言になっていた。そんなディエーグにそっと近づく者がいた。
「野球だけでなくハンドボールも参考にした方が良い」
そっと近づきそう声を掛けたのはシンだった。ディエーグは振り返りシンの方へ向く。
「シン様・・・」
「・・・初めて聞いた時から思ったけど、それどうにかならないのか?」
その「シン様」と呼び慣れない単語と畏まった様な呼び方と低い声で敬語の無い礼儀正しい言葉遣いのミスマッチの具合によって何か気色の悪さの様な違和感を覚える。
「ハンドボールを?」
「・・・そうだ。」
何事も無かったかのように話しを進める事に何か言おうとしたが前から注意しても直さなかった事を思い出しすぐに諦めた。違和感を覚えつつ話を進めるシン。
ディエーグが岩を投げていたのは自分自身が持っている特徴に関係がある。ディエーグは近接では肉弾戦で中距離程では火炎放射等広範囲にダメージを与える手段を駆使していく戦闘スタイルだ。
しかしこれだけであれば近距離だけしか特定の対象のみしか対処できない。
例えば大多数の中から特定の対象のみ攻撃してはならない場合や広範囲つまり「面」による攻撃が出来ない場合であれば近距離のみしかできない事になる。
そうなれば攻撃手段が一気に減って最悪の場合ディエーグが敗北するという事になり兼ねない。
そこで一つの対策として「投擲」を一つの攻撃手段として加える事にしたのだ。
ディエーグはシンに声を掛けられるまで野球を参考に離れた距離で対象に正確に命中する様に岩を投げていた。
「遠距離で命中精度を求められるなら野球を参考にしてもいいが中距離と近距離なら動きながらシュートが出来るハンドボールを参考にした方が良い」
ハンドボールとは、7人ずつの2チームが1個のボールを手で扱い、相手のゴールに投げ入れて得点を競うチームスポーツである。送球とも呼ばれる。公式競技は屋内で行われ、時間内に多くの得点を挙げたチームが勝利となる。
サッカーから派生した競技であるが、ボールを手で扱う競技特性から、バスケットボールと類似したルールが追加されてきた為、ルールや試合運びがサッカーとバスケットボールのそれぞれの特徴を持っている。
その為「走る・投げる・跳ぶ」の3要素が揃い、スピード・迫力ある攻防や華麗なシュートが魅力的なスポーツだ。
「動きながら・・・」
「投げる」という動作にはある程度モーションや動作が必要とする為走りながらは投げづらい。
だがハンドボールで最も多用されるジャンプシュートであれば別だ。ジャンプを行う事で、ゴールに近い位置から、相手ゴールキーパーを観察する時間やゴール角度を稼いだシュートを打つ事できる。遠近感を紛らわせるだけでなく走りながらのジャンプであれば当然移動しながら投げる事が出来る。
「ああ。それから正確に命中させるつもりで投げた後は命中箇所を見ながら投げられるようにモーションに入った方が良い」
「武道の「残心」みたいなものか?」
「そういう事になるな」
残心とは日本の武道および芸道において用いられる言葉で、文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識する事を重要として、特に技を終えた後でも力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態の事だ。
つまり例え命中した後であったとしてもそれが動かないという保証はどこにもない。更に言えば野球の様に再度遠投する事にしても自分自身の投法や姿勢等々見直す絶好の機会だ。視線を命中箇所に向けつつ、今の自分自身を見つめ直す事が出来る為、弓道においては重要な事としている。
「分かった。ハンドボールと残心を心掛ける。感謝するシン様」
ディエーグはそう答えて遠投の練習を再開した。
「あ・・・ああ」
自分に対する「様」付けと普段の言葉遣いにミスマッチ感がシン自身の中では拭えない違和感を覚える。
(あ、いやでも昔の敬語とかって傍から見ればかなり偉そうに聞こえるって聞いた事があったし、時代劇の武士の言葉でも敬語っぽくない敬語なんだよな・・・)
時代の遷り変わりによって文明や文化が変化していくように言葉遣いも大きく変わっている。江戸時代を舞台にした時代劇でも武士の言葉遣いは堅苦しさと共にどことなく偉そうに聞こえる事が多い。今のディエーグとのやり取りを見ればどことなく武士か騎士の様な武家の人間の様な話し方の様にも聞こえる。現代人であるシンからすればディエーグの言葉遣いは現に聞けば違和感を感じる。というよりもただ単にそうした人間と巡り会えていない為慣れていないというのが正解かもしれない。違和感を感じるシンは取敢えずディエーグの言葉遣いについて何か言おうとした。
しかし、自分でもあまり敬語を使わない事を思い出し、敬語とは何たるかと大きく前に出る様な事が言えない事に気が付いた。更に言えばエーデル公国のギルドのやり取りや身分が上のはずのサクラに対してほとんど敬語を使っていない。特にサクラに対してかなり失礼な言葉と態度をとっていた。
それらの事を思い出し静まり返る様に黙り込み遠い目をした。
(・・・敬語って何だろう?)
自分の言動や態度とディエーグに対してどう言えばいいのかが分からず、結果として「敬語」とは一体何かが分からなくなってしまっていた。
今浮かんだ疑問に思い悩んだシンは「敬語」に関して考える事を止め
(少なくともディエーグの言葉遣いは古い感じではあるというのだけは確かだな・・・)
と簡素な感想を浮かべただけに止まった。
そんなシンに通信が入った。
「若~今ええか~?」
声の主はリーチェリカだった。
「ああ」
シンは気持ちを切り替えてリーチェリカの言葉に耳を傾ける。
「?どないへんどしたん~何や疲れとるようかて見えるんやけど~?」
リーチェリカは声のトーンや声量からシンが疲れていると判断した。
「リーチェリカも敬語なのかどうか分からないな」
「?」
シンがそう力無く言うとリーチェリカは何の事か、と小首を傾げた。
「何でもない。それよりも何か用か?」
シンは小さく首を横に振って用件を尋ねる。
「例の手記の事なんやけど~」
「!何か分かったのか?」
例の手記と言うのはサクラから元いた世界、地球から持ってきたとされる主に元の世界にあった本をこちらで書く為にメモの様な手記。
ほとんどがかなり古い作品ばかりで時流行していた本のタイトル等が一切ないどこか違和感のある手記。
サクラから借りた時はシンは隈なく調べたが別にどこも変な所はなかった。
シンでも分からなかった事をリーチェリカは何か気が付いたのか、と言葉を少し強めにして訊ねた。
「分かったちゅうよりも気になる事があってん~」
「気になる事?」
判明したのではなく何か手掛かりの様なものでもいい。何か気が付いた事があるのなら言って欲しい。そう思いが込められたような言葉で訊ねるシン。
「手記を隈なく調べても暗号が書かれとお様子はあらへんかってん~。たや、ある単語が妙に気になってん~」
「その単語って本のタイトルか作者名か?」
リーチェリカの言葉にシンはリストの様な手記の内容を思い出す。作品名が連なってリストとなっているページやそれぞれの内容に関するメモが1ページ、1ページに隅から隅まで小さな文字でそのページが黒くなってしまっている程びっしりと書かれていた。
その中で単語と言えば作者名か作品名。それが過ったシンはそう尋ねた。
「そ~や~、「走れメロス」て言う単語の文字が僅かやけど大きかったり、太い線で書かれてはってん~」
リーチェリカの言葉に眉間が小さく動く。
「それ以外の文字の太さや大きさは?」
「全部均一なんや~」
「均一・・・」
そのページが黒くなる程隅から隅まで小さな文字で書かれてはいたが、文字自体の大きさと太さは均一だった。
太宰治の「走れメロス」以外は・・・。
「まるで「走れメロスの事を調べてみぃ」て言いたげな感じやわ~」
「なるほどな・・・」
暗号と考えて文字の配列や紙の方に気が回っていて文字の大きさや太さに関しては対して気にしていなかった。そのせいで「走れメロス」だけ文字の大きさと線の太さについて気が付かなかったのだ。
「「走れメロス」ちゅう本は持ってはるん~?」
「持って・・・ないな」
シンは「持っている」という言葉を飲み込んだ。
リーチェリカはシンの言葉に気が付いていないのか話しを進めてしまう。
「ほなそれ手に入れたら・・・」
「ああ。でも多分俺の知っている「走れメロス」じゃなくてサクラが所有している「走れメロス」を手に入れる必要があるかもしれない」
そう現在持っている、以前「ショップ」で手に入れた「走れメロス」では恐らく意味が無いのだろう。サクラの父、ソウイチが読みたい一心でうろ覚えで書いたとされる「走れメロス」でなければ何も分からないのだろう。
シンの勘が正しければソウイチは読みたい一心でうろ覚えで「走れメロス」書いたのではなく特定の誰かにしか分からないような暗号を「走れメロス」を書き起こすという形でどこかに残したのではないかと考えている。
「そうやなあ~、「走れメロス」っちゅう本を調べても分からへんけど、うろ覚えで書かれた「走れメロス」の方になんかあるんかもしれへんな~」
「そういう事だ・・・」
どうやらリーチェリカは理解した上で話しを進めていた様だ。その事が分かったシンは力なく答える。
「・・・やっぱしあのまま出て行った事に後悔してはるん~?」
「・・・・・そうだな、後悔しているな」
リーチェリカは何か意図したような物は無く只純粋に疑問に思った事を口にする。シンはリーチェリカの言葉に心の中で酷く突き刺さるような感覚を覚え、小さな溜息を吐いてそう答えた。
「どうするん~?また行くん~?」
先と同じように何か意図したような物は無く只純粋な疑問を口にするリーチェリカ。シンは暫しの間無言になる。
「まぁどうとでもなる事だし、この件については気長に考えるよ」
十秒程無言の間を空いてから疲れた様に答える。リーチェリカは続いて手記の事について話す。
「気が付いたんはそれだけや~。他はまだ何も分からへん~」
「そうか。引き続き調査と作業を頼むよ」
手記の「走れメロス」の事について気が付いただけでも十分すぎる位の収穫だ。今のサクラとの関係ならば時間を置けばどうにかなる事でもあるし、他にも方法はあるだろう。だから取敢えず今は焦らずゆったりと構える程度に留める事にした。
だからリーチェリカに手記の事と現在進めている作業の事を引き続き進める事を頼んだ。
「は~い。じゃあ早速・・・」
「ああ」
友人の電話で軽く終わりを告げる様に言うリーチェリカに長場投げやり気味に答えるシン。
それを最後にリーチェリカとの通信を終えたシンは練習するディエーグを軽く一瞥してそのままジンセキの施設に戻っていった。
最近急な気温の変化による風邪やプロットの紛失やデータの消失等々度々災難が振り掛かって思う様に執筆も出来ず、苦しい日々が続いていました・・・。
現在でも酷い咳が続いておりまして執筆の妨げになっている事もあります。
そんなマイナスな事がたくさんありますが現在徐々に慣らす様な形で話を執筆しています。
今後は1ヶ月に3話、1ヶ月に5話…と徐々に更新頻度を上げていこうと考えています。
沢山話が読みたい!と思っている方々には申し訳ありませんがもう暫くかかると思います。
大変申し訳ございません。可能な限り更新頻度を上げていきますのでもう暫くお待ちください。




