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168.ラッハベールの赤面

何とか書けた・・・

 ラッハベール合衆国は最初から合衆国だったわけじゃない。ラッハベール合衆国の建国前、430年程前はプラジム侯国とジャサーズ帝国の支配領域だった。いや、正確にはプラジム侯国は属国でジャサーズ帝国に従う形になっていた。

 当時のジャサーズ帝国は厳しい軍事教育を行っていた。子供が生まれた際に入念な検査をする。未熟児や奇形児であればその場で殺され、男女関係なく6歳になった子供を親から引き離され軍隊の駐屯地に送られていた。そして死人が出る程の過酷な訓練に耐え抜き25歳で立派な成人として扱われた。

 情操教育では「自分達は厳しく耐え抜いた最も至高なる民族」と教えられる。また伝統的な教育法は兵士全体を弱体化させると考えられた。兵士がそれ以外の職業に就きたいと考えれば、戦いや命令に集中しなくなる。その為、戦いに関係しない教育は危険な贅沢とみなされ、引き算や足し算を学んだり、哲学的な謎を考察する事等一切認められなかった。

 国の運営は60万人以上の奴隷と30万人以上の属国のプラジム侯国民が商売や工業、農業、従軍活動を担い、軍事や行政、外交は10万人のジャサーズ帝国民が行っていた。少数の市民が60万人以上の奴隷とプラジム侯国民を支配をしていた。


 そんな厳しい軍国主義のジャサーズ帝国は他国とは同盟や文化交流を一切行わず鎖国に近い政策を執り、他国を征服や属国化して大陸の大半を統一を目論んでいた。

 そして、その征服の魔の手がアスカールラ王国にまで迫って遂に開戦した。

 当時アスカールラ王国はオオキミ武国と国交を始めており、巻き込まれる形でオオキミ武国も参戦した。オオキミ武国は30万人の遠征隊を送ってジャサーズ帝国連合軍を迎え討った。

 互いの国境付近にあるカージア峠で激突し、互いに多くの死者を出した。激戦の末、ジャサーズ帝国連合軍は一旦戦線を退いた。そして後日、事件がは起きた。


 カージア峠にあるジャサーズ帝国連合軍の前線基地に白い棺の様な物を担いだオオキミ武国軍の兵士達が列をなして訪れた。

 当時ジャサーズ帝国連合軍の将軍として動いていたラッハベールは彼らを包囲して「それは何だ?」と問うた。するとオオキミ武国軍の戦士はこう答えた。


「見事なる戦いであった。此度の戦い、故郷を思うての事とお見受けしここまで連れて参った次第。彼らが誉れ高き戦士として其方らの故郷で眠らせて頂きたい」


 その答えにラッハベールは酷く顔を赤くした。

 己の損害に余裕をなくして戦死者をその場に放棄していた。だがオオキミ武国軍の戦士達は戦死した同胞達まで丁重に弔い送り届けてくれたのだ。

 赤面したラッハベールは彼らを丁重にもてなし自軍の全てをオオキミ武国軍と共に敵味方問わず戦死者を清め弔った。

 そして5日後、ラッハベールは停戦を申し出てアスカールラ王国とオオキミ武国はそれを受け入れた。結果としてアスカールラ王国とオオキミ武国は防衛に徹する事に成功した。そしてラッハベールは停戦を結んですぐにジャサーズ帝国に反旗を翻し、ジャサーズ帝国とプラジム侯国は滅亡し、後にラッハベール合衆国を建国する。

 これを「ラッハベールの赤面」と呼び、ラッハベール合衆国を建国する大きなきっかけである。

 ラッハベールは然る人物からの提言で占領した土地を州として扱いこの世界発の民主共和政が生まれた。

 その然る人物と言うのが・・・





「エリー、そろそろご飯が来るわよ」


 平坦な声に平凡な言葉を耳にしたのは


「うん、分かった」


 エリーだった。エリーは持っていた本を閉じて肩から掛けていたカバンにしまった。エリー達はラッハベール合衆国のギルドの食堂にいた。

 ラッハベール合衆国とは更に西に位置するこの世界で最初の共和制民主主義国家だ。本の通りかつては巨大な軍事国家だったのだがラッハベールという将軍が反旗を翻して合衆国を再建国したのだ。

 また巨大な軍事国家であった名残は今でも根強く残っており、現在ではラッハベール軍では本格的に、ギルドの冒険者育成ではある程度ではあるが当時の訓練を大きく取り入れられている。

 そんな訓練に興味を示したエリー達はそれに参加する為にここまでやってきた。そして2週間訓練に参加し終えて冒険者として活動する事に認可を貰えたエリー達は見ての通り食堂で昼食を摂ろうとしていた。


「ゴメンね。良い所だったでしょ?」


 そろそろ本をしまう様に言い、今の様に少し申し訳なさそうに声を掛けたのはシーナだった。


「ううん。知りたかった所はもう分ったからいい」


 エリーは転生者だ。この世界で恐らく唯一民主主義国家のラッハベール合衆国と自分が知っている共和制民主主義国家であるアメリカと比較しようと考えてギルドの本を貸出しして食堂で読みながら待っていた。

 アメリカ合衆国は18世紀後半に当時支配していたイギリス帝国の植民地政策に抵抗するべく、北アメリカの13植民地が結束して、共和制国家として独立した。しかも当時の共和政は貴族による共和政の色彩が濃厚な時代だったのだが新開拓地であるアメリカには貴族が存在しなかった。その為、新たに開拓された地域により民主制が強化された故に民主制の色合いがかなり強い共和制となり、民主制と共和制が結合されて民主共和政という新たな政体が生まれた。

 こうした由来や流れがあるのかどうかについても知りたかったのだが、貸し出しの期間が迫ってきているからまた今度の機会にしようと考えたエリーは持っている本を取敢えず返そうと考えた。


「あ~!ズルい!エリーだけそんな風に声を掛ける~!」


「そーだ、そーだ!」


 そうブーブーと文句を言っていたのはニックとククだった。シーナは腰に手を当てて反論する形で叱る。


「何言ってんの!エリーはお勉強の本!アンタ達みたいに娯楽の本で耽っているのとは違うでしょ!」


「「え~・・・」」


 正論の面が多いがどこか納得がいかない2人は文句垂れる。そんなエリー達に


「ここ一緒にしてもいいか?」


 と可愛らしい声が聞こえた。

 声の主は小人族の少女が声を掛けてきた。

 その少女は見た目は12歳程だが、ほぼ間違いなく年上だろう。灰色の長いストレートヘアに健康さをうかがわせるピンクが掛かった白い肌。見た目の様に幼さと共に人形の様な可愛らしさと冷静で感情表現が乏しそうな顔にあるオレンジの瞳は明るい色のはずなのにどことなく冷たさを窺わせていた。

 赤い紐の飾りが付いた白のベレー帽を被り、ゆったりとした黒いワイシャツと灰色のロングスカートを着ていた。スカート裾から白い脛当てが付いているサンダルが見えていた。手には水色を帯びた金属製の扇子を持ち、肩から黒い十字形のボタンのある白い小さなカバンを下げていた。


「ええ、どうぞ」


 今空いている席は丁度一つ。少女は一人。見た所敵意もなく武器を持っていない。見るからに一般人の様に見える。

 だからナーモはすぐに手で空いている席を指して譲る様に促した。


「ありがと」


 少女はそう礼を言うとその空いている席に何事もなかったかのように座った。丁度その時店員がエリー達の元までやってきて注文を取り始めた。


「ご注文は?」


「いつもので」


 少女はすぐにそう答えた。この答えから察するに常連客のようだった。


「はい」


 店員も少女の注文に頭を縦に振った。店員も少女がここによく来ている事は知っていた様だった。

 そんな少女にナーモはおずおずと訊ねる。


「あの、何故俺達の席に?」


 ナーモの疑問は最もだった。実際周りの席を見れば昼食だから当然冒険者達が集まって昼食を摂っている。だが、少女は一人だ。食堂混んでいるとは言えよく見れば席がチラホラと一つほど空いている。だからどこの席に座ってもいいわけだ。もっと言えば食堂の出入り口に近い場所でも席は空いている。

 だが、奥で席を取っているナーモ達に近付いて席を確保した。この事に疑問を持ってもおかしくない。


「他の所はむさ苦しくて好きじゃない。どうせなら若くて活気のあるところが良い。そうは思わないか?」


 少女は食卓に頬杖をついて冷静にそう答えた。


「は、はぁ・・・」


 確かに周りを見れば大半がむさ苦しそうな男連中が食卓を囲んでいた。そんな食卓に入れば浮くし、最悪良からぬ事を画策する者達の標的になる恐れもある。それならば「駆けだし」っぽい少年少女の冒険者達の食卓に入るほうがまだマシだ。

 傍から見れば少年少女が一つのテーブルに集まって楽しく囲んでいる様に見える。まるで一つのチームがそこで昼食を摂っている様に見える。

 そうなれば当然声もかけにくくなる。

 そんなやり取りをしていると店員が食事を持ってきた。


「お待たせしました」


 注文の品は生クリームとドライフルーツたっぷりのテーブルの4分の1を占める程の大きなミルフィーユの様なパンケーキだった。ナーモ達は甘味物を頼んだ覚えは一切ない。どうやら少女の物だった。


「ん~…♡」



 少女はいつの間にか大きく切ったパンケーキの一切れを口にしていた。しかも少女は頬に手を当てて幸せそうだった。


(よく食べる小人族(ヒト)だな~・・・)


(全部甘いものばっか・・・)


(いいなぁ・・・)


「虫歯?」


 驚くナーモ。呆れるニック。羨望の眼差しのココ。虫歯と勘違いするククに首を振って否定する少女。

 そんな食事の様子に各々が持つ印象をよそに少女は視線に気が付き口の中を空にした。


「すまない、自己紹介がまだだったね。私はアンリ」


 自己紹介してすぐに食事を再開するアンリ。そんなアンリに自己紹介を始めるナーモ達。


「あ、俺はナーモと言います」


「私はシーナです。ニックにエリーにククとココです」


 シーナは自己紹介した後、手で指す様に翳して各々の紹介をする。


「ほんの僅かだがよろしく。ところで君達は訓練に参加してきた冒険者かな?」


 口に含んでいたパンケーキを飲み込んでそう答えてまたパンケーキの一切れを口に運ぶ。


「は、はい」


「そっか。訓練を終えた所か」


 今度は口に含みながらそう尋ねるアンリ。


「ええ、そうで・・・え?」


 違和感に気が付きすぐに目を大きくしたナーモ。それもそのはず。ナーモはおろか誰一人として「訓練が終わった」等と口にしていないからだ。

 ナーモは何故、と疑問を膨らませてアンリに訊ねようとした時ココは無邪気に訊ねた。


「すご~い!どうして分かったの?」


 キラキラした眼差しに当てられたアンリは小さな声で答える。


「・・・君は計算は好きかい?」


「ううん」


 少し苦い顔をしたククは大きく首を振った。


「正直だね。でも計算を上手く使える様になれば大体の事が分かるんだよ」


「ふ~ん・・・」


 ピンと来ないものの返事するクク。同じくナーモも納得が出来ない。答えを言ったアンリはパンケーキの大きな一切れを口に頬張った。


「・・・・・」


 エリーはアンリの答えた「計算」と言う単語に少し引っ掛かりを覚えた。

 アンリは最後の一切れを喉の奥へ入れて立ち上がった。


「さてと、そろそろお暇するね」


「え?・・・あっ」


 話してあまり時間が経っていないにも拘わらず、あれだけ大きなパンケーキがペロリと平らげた事に驚くナーモ。

 アンリは踵をエリー達の方へ向けた。


「席一緒にしてくれて本当にありがとう。助かったよ」


 そう言ったアンリは軽く手を振り食堂を後にした。

 その様子を見送ったエリーは目を僅かに細めた。


(小さな声で「計算」って・・・まさか計算して予測でもしたとでもいうの・・・?)


 冗談にしては冗談らしくない。何故ならあの場合であれば「私は占い師だ」とか「この時期になれば冒険者が来て訓練するよ」とか適当な事を言えばいいはずだ。

 だが「予測」を仄めかす様な態度と単語に事実の様にも聞こえる。

 エリーは小骨が引っ掛かりの様な気持ちの悪い感覚に一日過ごす形で苛まれた。





「このまま道なりに行って獣道に入れば厄介事には巻き込まれず、最短でサクラちゃんの屋敷に辿り着くか・・・」


 街の外に出たアンリはそう呟きながら道なりに進んでいた。丁度その時少し冷たいそよ風が吹いてきた。アンリは振り向き空を見た。


「もうすぐこの暑さももうすぐ去っていく時期か・・・」


 そう呟き再び歩み出すアンリは小さな笑みを浮かべていた。


今回はギリギリと言うか体ではありましたが何とか間に合いました。

ですが、未だに体調が優れていませんので次回以降の更新は一ヶ月に一話という形になると思います。

申し訳ありませんが気長に待って下さるように伏してお願い申し上げます。

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