166.余裕の理由
今回は逆に短いです。
まともにベッドの上に寝かせればベッドその物自体が壊れる恐れがあった。だから、包帯でグルグル巻きにされたギアが綺麗なカーペットの床に敷かれたシーツの上で横になっていたのはその為だ。
「・・・・・」
唯々虚ろな目で天井を見上げているギアをジッと眺めていたのはレーデとアルバだった。
「様子はどうなの?」
「命に別状はございませんが全快するまで1カ月程かかるとの事でございます」
眺めながらそう尋ねるレーデにアルバは普段と変わらない口調で答える。
「ふ~ん・・・」
レーデは興味が失せた様に答える。いや、実際に興味が失せていた。
だからなのかふと思い出した様にアルバに訊ねる。
「そう言えばフェイセンは?見かけないけど?」
そう言ってキョロキョロ見渡すレーデ。
「フェイセン様は陛下に呼び出されています」
「陛下に?また?」
ここ最近フェイセンはモルトに呼び出される事が多くなっていた。
「はい(そう言えば、ここ最近フェイセン様はよく陛下の傍におられる事が多くなっている様な・・・)」
事件の事や今後の方針の重要な参考用人として呼び出されているのだろうと考えているがそれでも頻度が多い上に休憩兼今回の事についてまとめる為の時間等の間が空くはずなのにそれが無かった。だから返事をしたアルバは首を傾げた。
レーデは何故首を傾げたの?と考えながらアルバの事を見ていた。
「本当にどこにもおらぬのか?」
別室でフカフカの高級な赤い椅子に座ったモルトは小難しそうに眉間に皺を寄せてそう尋ねる。それに対してフェイセンに扮したマーディスは執事らしくモルトの傍に控える様にして立って小さく首を横に振りながら答える。
「ええ、残念ながら。一応城外や国内全体も捜索しておりますが期待はしない方がよろしいかと・・・」
「そうか・・・」
マーディスの答えに小難しい顔から難しい顔になって唸るモルト。マーディスは短い間にモルト自身シンの事をどう見て、どう思っているのかと考え尋ねてみた。
「陛下、シン君の事をどう見ておいでで?」
モルトはフムと鼻を鳴らしながら答え始める。
「短い期間であるからまだ何とも言えぬところもあるが、一見すれば短絡的に見えるが、かなり思慮と合理性を利かせた判断で動いている様だ。その上、紐付きの首を引き千切りよったからな。それらの事を考えれば妙に大胆・・・と言うよりも・・・・・」
「「余裕」・・・でございますか?」
数秒程言葉に詰まりかけて間が空いたモルトにマーディスは代わりに答える様に訊ねた。
「うむ、それが最も腑に落ちる言葉だな。随分とその言葉が思いついた所を見れば貴殿もか?」
「はい、あの余裕がどことなく恐ろしさを感じました」
軽く頷いてそう答えるマーディス。対してモルトは目を細める。
「フム、それはもしや「最悪我が国と事構える事になってもどうにかなる」という自信があるように感じたか?」
モルトの言葉に何か恐ろしいものとでもであったかのように表情が険しくなり、顔色が悪くなっていた。よく見れば僅かで小さいが脂汗を掻いていた。
「・・・ええ。シン様のサクラ様を救ったあの能力やご慧眼、判断力から見て少なくともそうした事が身近なご環境にあるところの出身ではないかと考えます」
静かに頷きながらそう答えるマーディス。モルトは更に質問を重ねる。
「貴殿から見てシンの力はどう見ておる?」
「底知れない虚穴の中に潜む何か、でございます」
国の様な強大で大規模な組織に携わっているのであれば何かしらの情報が手に入っているはずなのだがそれすらもない。だが、シンの振舞いから鑑みるに背後に何かいる可能性は十分にある。しかし、その者自体を推測すらも出来ない程の黒いベールで覆わている。
正に「何か」と表現するのが正しい。
「「何か」、か。言い得て妙やもしれんな。そういえばサクラ嬢の救出の状況もよく分からぬ」
サクラはシンにフリューの機内での約束通りにフリューとグーグスの事については他言しなかった。救出時自分は気を失っていて気が付いた時にはシンに助けられていた、という事になっている。
その為サクラの救出時は本人や当人が公言しない限り大きな謎として歴史に残る事になるだろう。
「それにサクラ嬢から離れる様な真似をしたのも良く分からん事もあるしな」
静かであるも深呼吸する様に溜息をついて疑問に感じている事を口にするモルト。マーディスはその疑問に答える。
「その事ですが、私の目から見れば距離を取ったように感じました」
「距離を取った?」
意外な答えにキョトンとした口調になるモルト。
「距離を取ったのだろう」
「と申されますと?」
サクラとステラは王城で泊まっている部屋の高級そうなソファに座って肘掛けに頬杖をついていた。ステラはサクラの後ろに控える様にして立っていた。
丁度先程までシンが出て行ったのはどういった理由なのだろうか、と議題に上がっていたのだがその答えをサクラが口にしてステラがオウム返しに訊ねた。
「良くは分からないが、私と共にいる事で何か都合が悪い事があったのではないかと思っている」
「都合が悪いですか・・・」
「まぁ今の所言える事はそれだけしか言えん」
そう呟く様に答えつつ片手に2通の手紙を手にして何も無い所に扇ぐ様にしてヒラヒラとさせて目を薄く開ける様にして天井の方へと見上げるサクラ。
(距離を取った理由は分からないが、ワタシを助けた時の事では無い様に感じるな・・・)
サクラはフリュー等でシンが現代技術の一部の事を知っている。だから距離を取った、とは思えなかった。何故ならフリューの機内で交わした約束では自分から褒美をやるから黙ってやると言うものだ。しかし、シンはそれを破る様な形で距離を置いた。これだとシンにとって不利な面が多すぎる。そうであるにも関わらずこんなマネをした。
漠然としているがもっと別の大きな理由で距離を置いたように感じた。サクラは今までの経緯と状況の分析と勘でそう判断していた。
(まぁ一つの原因としてあのトカゲもあるだろうが・・・)
そんな事を考えているサクラの手に2通ある事にステラは気が付いた。
「お嬢様、1通は存じておりますがもう1通は?」
確かにギアを審問した時は1通の手紙しか公表しなかった。
「同じシンからのものだ。中身はワタシへのお節介だ」
「お節介、ですか・・・お嬢様、その「お節介」とはどのような事で?」
「この手紙に書かれているのは相手の動きを事前に分かるようになる方法・・・と言うより鍛錬方を綴っているな」
サクラが連れ去られそうになった一つの要因としてサクラ自身の合気道を元にした戦闘術がまだまだ未熟な面が多いからだ。しかしこの世界に合気道と言うものはない。しかもその合気道を派生した戦闘術はソウイチとサクラによってアレンジとオリジナルな面をかなり加えていた。その為、ここからどうすれば腕を挙げられるのかはよく分からない事が多かった。
そこでシンは相手の動きを事前に分かるようになる方法を手紙にして残したのだ。
「そんな事が・・・?」
この世界に魔法と言うものがあるのに、そんな魔法みたいな事が!?、と言わんばかりの驚いたような顔をするステラ。実際魔法を使わずして相手の動きを分かる方法等あり得ないからだ。
「そうだ。それでステラに用意したい物がいくつかある」
「何なりと」
ステラは恭しく軽く頭を下げてサクラの命令を待つ。
「幾匹か生きた小魚が入った大きな瓶を用意してくれ。無論水の入ったので」
「畏まりました。ですが、もうじき王都を離れる予定でございますのですぐに用意が出来ません」
何故そんなものを?と、一瞬僅かに疑問を持ったが、異や事を唱える事無く用意する前提で返事をした。
「十分だ。頼んだよ」
「はい」
ステラはそれらを手配する為なのかすぐに部屋を後にした。部屋に残ったサクラは1通の手紙を見ながらつぶやく。
「これがあるという事はワタシの事は対して不信ではなさそうだな」
小さな笑みを浮かべるサクラ。だがそれを見て何を連想してしまったのか違う笑みになる。
「それに褒美の件もまだだしな」
これからイタズラしてやると言わんばかりの口調のサクラ。胸の内には徐々にイライラの炭火の様な炎が燻り始める。そんな気持ちになったサクラは今の自分に疑問を持った。
(ん?)
サクラは腕を組んで数秒程小さな声で「ん~…」と唸る。
理由は分からないがシンが距離を取ったのは間違いなく深い理由である事は間違いない。だから怒りの心境が全く無いとは言えないがそれはかなり小さなものだ。
しかし、徐々に燻るイライラが内から起き始めている。
(何故だ?)
落とし所として勝手にこの国から出て行って後処理をしなければならなくなった事に対する事なのか。自分がシンに何もしてやれなかった事に対しての八つ当たりなのか。
それとも・・・自分の事を信頼できなかった事に対してなのか。
「・・・・・」
色々思う所はあれど、結局は何故シンに対してイライラしているのか分からなかった。その為なのか軽く深呼吸する様に息を整えて窓の外を見た。
「シン、お前は今何をしている?」