163.自負
どことなく穏やかで赤い日差しが陰りを帯びた黒い城壁の境から差して王城の中庭を照らしていた。生えている草木の若々しい緑が朱に混じって独特のコントラストが出ていた。
そんな中庭にやってきたのは
「おい」
サクラだった。ギアはサクラの方へ向いた。
「おお、来たか」
そう気さくな声を上げるギア。
「何か用か?ギア?」
サクラは腕を組み、小さな溜息をついてそう尋ねる。
「うむ、用という程ではないが、少し様子を見に参った次第だ」
小さな頷きを返して答えるギア。サクラは小首を傾げる。
「様子?何のだ?」
「其方のだ」
サクラは「其方」と言う単語に反応したのか体がピクッと小さく動いて目付きが少し鋭くなった。
「・・・私の事を聞いたのか?」
自分が油断して敵に掴まった事を連想したサクラ。
ギアは小さく頷きどことなく心配そうに口を開く。
「うむ、「予見」が恐らくサクラは油断して敵に掴まる恐れがあると言っておったのでな。気になったので我が来た次第。・・・我が言えば説得力に欠けるが、油断をしていたのは事実か?」
「・・・そうだ」
ギアの心配そうに尋ねる言葉に意を汲んだのか素直に頷くサクラ。
正直な所、ギアに搦め手や油断でやられると言った手前、こんな風に自分が掴まった事を認めてギアに言うのは悔しさの怒りが噴き出しそうで堪らなかった。
自分は負けていない、という感情が滲み出して事実を認める事に嫌で嫌で仕方なかったサクラにギアは何を言っていいのか分からず言葉が見つからなかった。
「すまぬ、我がしてやれる事は何もない」
だからギアはどことなく申し訳なさそうに言う。
「気にするな。ワタシが一人に集中しすぎた事に問題がある。・・・だから、もう言うな」
それに対してサクラは淡々と答えた。
「うぬ・・・」
ギアの唸り声を最後に2人の間にこれ以上会話はなくなった。
ギアは正論が人を救うわけでは無いという事を知っていた。だからそれ以上慰めの言葉や責める言葉はおろかギアの口から何か言葉が飛ぶ事は無かった。
これはサクラの問題だ。そしてその事にサクラはよく理解している。だからこれ以上何か言う事も無い。
ただできる事と言えばギアがサクラの隣にいる位しかできなかった。
同じくどことなく穏やかで赤い日差しが陰りを帯びた黒い城壁の境から差して王城の中庭を照らしていた時間帯。
ギアとの会話を終えたシンは城の中の中庭から周りの城壁をじっくり眺めながら歩いていた。
「ボス、確かにギアの言う通り、島国と思しき島がある。形から見るに列島だな」
シンは歩きながらアカツキとの通信のやり取りをしていた。
「列島か・・・。ここからどのくらい・・・海へ出られる場所はあるか?」
一旦立ち止まってはまた進むシン。
「ボスがいる位置から見ればかなり距離がある。およそ58.6km程だ」
「そうか・・・日中での移動は難しそうだな」
アカツキが推算した距離の事を聞いたシンは眉間に皺を寄せた。
「ああ。それに別の国に移動しても追って来るだろ」
「やっぱり、そうなるよな・・・。という事はこの近くのどこかで身を隠してある程度ほとぼりが冷めるまで待つしかなさそうだな」
小さな溜息を吐きつつそう答えるシン。
「それなんだが、ボスの近くでグーグスが待機している」
それを聞いたシンはすぐに立ち止まる。
「本当か?」
「ああ。グーグスのゲートによって一旦ジンセキに戻って、ほとぼりが冷めるまで待つ。その間、支度し直して夜間にそのオオキミという国に向かうってのはどうだ?」
「なるほどな。それならローリスクな上にジンセキで色々やりたい事が出来るな」
外で待機しているグーグスにゲートを開いてそこからジンセキまで繋げて一旦ほとぼりが冷めるまで待つ。その間、支度のし直しや手に入った情報の検証や今後の方針の直接的な調整等々を行う。そしてほとぼりが冷めたと判断すれば夜間に直接オオキミに降り立つつもりだ。この世界の船を経由をしないのは乗船記録や目撃者によって足がつく恐れがある。だからオオキミに直接出向くつもりだ。
「おまけにジンセキからの経由であればそのオオキミという列島まで直接的で割と近い様だしな。ところでいつこの国から抜け出すんだ?」
「取敢えず、今夜の・・・深夜3~4時位で出るつもりだ」
もしシンに何かするのであれば早めにする可能性は十分に高い。だから今晩の3~4時の誰もが眠っている時間にこの国から出ようと考えたのだ。
「随分いきなりだな・・・と言いたい所だが、それが妥当だな。OKボス。ここから出る算段は付いたのか?」
「いや、まだだ。まだ調べている」
とは言えまだ探している最中だ。まだ他にも出る方法はあるが、できれば静かに出るようにはしたい。だから、急ぎ目に調べていた。
そんな時アカツキから耳よりの情報が来る。
「だったらボス、そのまま大体240m程歩いた先に丁度いい高さの城壁がある」
「分かった。ただ、念の為に城壁を調べていく」
「あ~城壁に穴って事か?」
もし、どこか穴でも開いていればそこから出る事が出来るかもしれない。城壁から飛び降りるのは結構目立つ為、城壁に穴が開いていないかどうかを探っていた。
「ああ、だけどこれだけ綺麗じゃあり得ない希望的観測に終わるかもしれないけど・・・」
しかし、どこを見ても穴が開いている所等どこにもなかった。そればかりか、崩れている所はおろかヒビすらもなさそうな綺麗な城壁だった。
結果としてシンとアカツキの言葉はそのまま現実となった。
(別にどこからでも簡単に抜け出す事は出来るだろうが・・・)
どこもかしこも綺麗な城壁にやはり城壁を乗り越えて降りるという方法をとるしかないかと考えたシンは城の中から見て一番低い城壁を見るシンはその城壁の階段を上った。
(まぁ出るとすればここからだな)
覗き込む様にして外の周りや下の様子を見た。
(下は誰もいない)
下は少々危険だが歩けなくはない崖になっていた。見晴らしが良いのだが、見るからに警備は薄く人気が少なかった。よくよく考えれば歩けなくはないという事は激しい運動が出来ず、慎重に移動しなければ動く事が出来ない場所だ。という事は敵から攻め込まれにくく見晴らしが良いのは守る側としては好条件な場所だった。
(よし、今夜はここから、だな)
同時に自分が脱出するにも好条件な場所でもあった。
だからここから王城から抜け出そうと考えたシンは他にも人がいないかどうかを確認する為に周りをキョロキョロと見渡した。
その時アカツキからどことなく真剣な口調で声を掛けてきた。
「あのさぁボス、嬢ちゃんの事で・・・」
アカツキがそこまで行った時シンの目にあるものが目に映ってすぐに止めた。
「!待てアカツキ・・・!」
その時シンの目に入って来たのは同じく城壁の階段を上って湖向こうの夕焼けを眺めていたレーデの姿があった。
「・・・・・」
風が吹き髪や服が靡いて、赤い夕陽の日差しを浴びるレーデの姿は子供が燥いでいる様には見えず妙に大人びたせいなのか、子供とは思えず大人と思えてしまうのは気のせいとは思えなかった。
(こういう風に見えてしまうのは俺より年上だからなのか?)
確かにシンの目に映っているレーデは12歳位に見えるが実年齢はシンよりも相当上だ。下手をすれば祖母と孫と言う位の年の差がある。
だから、妙に大人びて見えるのかもしれない。
そんな事を考えながらレーデを見ているとシンの存在に気が付く。
「シン・・・」
「ここへはよく来るのか?」
シンはそう尋ねながらレーデに近付いた。
「うん、ここは夕日が見えて綺麗な所だから」
そう頷きまた夕日の方へ向くレーデ。同じくシンも夕日を見る。
「シン」
「ん?」
シンはレーデの方を見る。
「私とサクラお姉様を助けた事に改めて感謝の言葉を述べる。本当にありがとう」
「あ、ああ・・・」
改めて感謝の言葉を述べたレーデに少し戸惑いつつ、改めて感謝の言葉を受け止めるシン。
「「・・・・・・・」」
感謝の言葉を受け止めた言葉以降、お互い言葉を交わす事無い時間の中にいた。シンは徐々に気まずさが心境に現れ始めた時、先に口を開いたのはレーデだった。
「シン・・・」
「どうした?」
何を言うのかと思いながらレーデの言葉に耳を傾けるシン。
レーデは一拍を開けながら口を開いた。
「サクラお姉様・・・捕まった事に酷く気になさっていた」
「・・・・・」
シンは何か言うわけでも無くただ無言で答える。
「シンに助けられた事に間違いなく感謝はしていると思う。でも、それでも自分の不甲斐無さのせいで結果として・・・」
レーデはそれ以上言葉を続ける事は無かった。しかし、シンはその言葉の先について深く尋ねようとしなかった。何故ならその言葉の先はシンの予想通りだったからだ。
レーデは言葉の続きの代わりにシンにある事を訊ねた。
「シン・・・貴方はサクラお姉様よりも強い?弱い?」
いきなりシンの強さの事を訊ねる。それもサクラと比べて、だ。この事にシンはレーデが何を言いたいのかすぐに察してレーデに答え合わせする様に訊ねた。
「もし強かったら、サクラに強くして欲しいと言いたいのか?」
「うん」
素直に頷くレーデ。
だが、シンは首を横に振る。
「・・・それは無理だろう」
「何故?」
意外な答えだったのか、えっ・・・、と言わんばかりの表情を作りシンに訊ねた。
「サクラは自分の強さにそれなりに自負している。だから今度どうするべきなのかはサクラ自身が良く知っている」
シンがそこまで説明するとレーデはどうしたらいいのかと言わんばかりに訊ねてくる。
「サクラお姉様には何が足りないのですか?」
「はっきり言えば精神的なものだ」
「精神的なもの?」
ザックリとした説明にレーデは小首を傾げた。
「サクラが掴まった原因は油断によるものだ。油断は精神的な揺らぎで集中力が切れてしまう事から始まる。それをよく知っているのはサクラだし、それを改善するのに俺の力は必要ない。今できるのはサクラが自分で力を付けていく事を見守るしかない」
「そう・・・」
シンが更に分かりやすく詳しく話すとしょげた様な声を出して再び夕陽を見るレーデ。
その様子にシンはどことなく安心感を抱かせるような声で
「サクラなら大丈夫だ」
と言葉にした。
「・・・・・」
レーデは何か答えるわけでも無く唯々シンの言葉を聞いてどういう訳か信じたくなったレーデは
「うん」
と頷き返した。
それ以降日が落ち切るまでを眺め続けていた。