159.必要なスタッフ
少し短いです。
遡る事サクラの救出を終えたその日の深夜の事。
サクラの屋敷に来ていた貴族達はその日の夕方に帰った。元々泊まれる様にしていたのだが、一ヵ所に留まれば一網打尽にされる恐れもある上に、もしかすれば自領で何か起きている可能性がある。だから、サクラの屋敷に訪れていた全ての貴族達は一旦、自領の屋敷に戻る事にしたのだ。辺りは静かで暗くて何も聞こえない。風すらも吹かず、草木が靡く音すらもない。一丈先はおろか一寸先すらも分からない程の闇が支配された世界。何故見えないと思って上を見れば月はおろか星の光すらもない。だから見えない。草木も眠る丑三つ時とはこの事だろうと思わせる位の深夜の世界。
本来こんな聞こえず何も見えない状況と時間帯の事を考えればほとんどの生物は眠っている時間帯だ。だが、そんな時間帯で良いチャンスとばかりに動く者がいた。
ズン…!
ズン…!
ズン…!
ズン…!
何も見えないはずの闇の世界から大きな地響きが聞こえていた。闇の奥から聞こえてサクラの屋敷に近付いている事が分かる。
フ~…
何も見えない世界では分からないだろうがこの音は分かる者であればすぐに分かる音だ。
「ここか・・・」
地響きと蒸気を吐き出す音の正体はディエーグだった。
ディエーグは敵勢力2つを潰した後、廃屋に立て籠っていたヴィクトールとクレイギン、そして武装した者達を見つけた。ディエーグはヴィクトールとクレイギン以外の人間を排除して2人を拘束した。その時、ヴィクトールの仮面に手が当たって仮面が外れてしまった。するとヴィクトールはいきなり倒れて眠る様に気絶してしまった。
それから数時間が経って外が暗くなった時、リーチェリカがやってきた。実はリーチェリカは人目につかない所で魔導艦を着地して操縦をグーグスと交代してディエーグがいる廃屋までやってきた。
リーチェリカは騒ぐクレイギンの視界に入らない様に後ろから回って、首を触って睡眠導入剤を注射して眠らせて2人の事を調べた。
その時、ヴィクトールの額には傷があった。まるでその傷を仮面で隠していた様だ。ただそれだけだった。それ以外で何か分かる物は何一つなかった。また、クレイギンもこれと言って特に手掛かりとなる物は何も持っていなかった。
となると今回の事件については意識がある時に聞かなければ分からないだろうが、これ以上こちらの存在をあまり知られるわけにはいかないから、起こして自白させる事はせず、後はレンスターティア王国に任せる事にした。
因みにディエーグの存在を知らされても新種のモンスターとして見られる程度で済むだろうからそれ程問題視にせず、リーチェリカは2人の視界に入っていなかったから恐らく問題ないだろう。
そして、深夜になった時、武装した者達の死体諸共、廃屋を焼却してサクラの屋敷の灯りを頼りに向かって2人を門の前に置いてそのまま立ち去った。
時を現在に戻す。現時刻は夜中の8時~9時。シンは王家の夕食を終えて王城の客室でゆったりとベッドに転がって通信機を通してリーチェリカの言葉に耳を傾けていた。
「仮面の男の額の傷の事なんやけど~」
「どうかしたのか?」
「詳しゅう調べへんと分かれへんやけど、あら確実に脳に何やしてはると思うわ~」
「脳に?」
リーチェリカが発した気になる単語にシンは思わずオウム返しする。
「そや~。あの仮面には装着者の額の傷を隠すだけやなくて、魔法が付与されていて第三者が操る事が出来る様になっとるんやないかな~って思うたんや~」
リーチェリカがこう断言するのはリーチェリカの目に理由があるからだ。リーチェリカの目は見た対象物を赤外線や紫外線等の光の種類や屈折具合を利用してスキャンして調べられる事が出来る。だからある程度であれば傷跡の脹らみで傷の深さを知る事が出来る。また、リーチェリカには被験者を触れた時に手に仕込んだ超小型のソナー発生装置やMRI装置(核磁気共鳴画像法の事)によるスキャン並びに撮影が出来る。その為、すぐにヴィクトールの様子がおかしい事に気が付いたのだ。
これによりヴィクトールの額から脳にかけて穴をあけて、何かされている事は間違いなかった。
「傷の深さは脳までなのは間違いなさそうか?」
「傷跡自体は小っさいんやけど、触れた感じとソナーとMRIでえらい深い事は間違いあらへん~」
「他に分かった事は?例えば薬物を使用された形跡とかは?」
「外傷によるものはあらへんさかい、注射の様な物は使こうてへんと思う~。口や肛門からによる注入やったら分かれへんやけど~。使用された薬物は分からへんな~。調べられへんなら調べたいんやけど~・・・」
「こちらからメスや注射器みたいな物を使って外傷を負わす事は出来ない」
皮膚や粘膜の上から傷付けて調べる事は王族に傷を負わせた事になり兼ねない。また、薬物を摂取させる事も同じ事になるだろう。
もし、この件が発覚すれば王家の人間に傷を負わせたとして大きな問題になる恐れもある。また、クレイギンに変に手を出してあらぬ容疑を掛けられる恐れがある。下手をすれば敵対という事もあり得る。
それを避ける為にもヴィクトールとクレイギンの調査はスキャンだけに留めたのだ。
シンは考え込む様に静かに目を閉じた。リーチェリカは続けて訊ねる。
「あの後、仮面の男はどないなっとるん~?」
その言葉にシンは目を開ける。
「ディエーグが届けた時と同じく今も眠った様に意識は失ったままだ」
その言葉を聞いたリーチェリカはやや低い声で訊ねる。
「昏睡状態~?」
「分からない。ただ、クレイギンという男は意識はあってこれから尋問に入るらしい。その後は赤台行きのようだ」
クレイギンの事についてはシンは泊まる事になったその日の夕餉の席でモルトやエマの会話からチラリと小耳に入った。
「多分、ディエーグに仮面を外されたさかい意識失うたんちゃうん~?」
「それが一番可能性として高いよな・・・。もしそうならあの仮面は何かしらの魔法が付与されているという事か・・・」
今ある判断材料から鑑みるに、ヴィクトールの額の傷と魔法が付与されたであろうあの仮面と何か大きな関係があるのだろう。
最も考えられるのはもっと高度な洗脳を施す為に額から傷をつける形で脳に何かした。その何かは恐らく魔法で仮面はヴィクトールの仮の人格の安定か洗脳の持続か、或いはそのどちらもか・・・。何にせよ碌でも無い事をしたのは間違いない。
そして眠らせた後、結果的に仮面を外す事になったから仮面の効能が必然的になくなった。だから、その効能が解けたヴィクトールは昏睡状態になっているのかどうかはか分からないが今でも眠っている様に意識が無い。
これは脳に直接的なダメージを受けているから意識が無いのではないかと考えている。
「そないな事になるやろうね~。せやけどうちでも魔法についてはまだ知らへん事多いし、使えへんさかいね~」
シンはリーチェリカの言葉を聞いて少しの間無言になる。
確かに現状では魔法を調べる術はシンはおろかジンセキのスタッフ達は持っていない。
「・・・・・」
「どないしたん~?」
リーチェリカはシンが急に黙った事に気が付き声を掛ける。シンは丁度良いと考えリーチェリカに自分が考えている事を切り出し始めた。
「リーチェリカ、前にディエーグが持ち帰ったという水晶玉みたいな物があったよな?」
確かにダンジョンを焼却した時ディエーグが僅かに光る水晶玉の様な何かを持っていた。
いきなりそんな事を言われるとその場に居ればリーチェリカは間違いなくキョトンとして目を丸くしていただろう。そんな間があるかのように僅かな間を置いてから答える。
「あったで~。それがどないしたん~?」
「それを解析して、且つ魔法や商売が出来るスタッフを造る事は出来るか?」
シンの更に意図の分からない質問にまたキョトンとするも、ちゃんと答えるリーチェリカ。
「断言できひんけど、多分できる思う~」
リーチェリカはこれ以上何か意図の分からない質問が投げかけてくるようなら今度はこちらから質問しようと考えていた。
丁度その時、シンはリーチェリカに自分の考えを伝える。
「なら、これからいう事をよく聞いてくれ。まず…」
シンはリーチェリカに魔法が使えて商売が出来るスタッフを造ろうとした提案について説明をした。シンの説明にリーチェリカは
「よお分かった~。そないすれば若の旅がより快適になるな~」
やや感心気味に答える。シンはシンプルだが、どことなく「いい考えだろ」と言わんばかりに
「ああ」
と答える。
「よう分かった~、そちら方向で進むから~」
「ああ頼んだぞ。通信終了」
「ほな~」
軽い電話のやり取りを終えた様な形で通信を終了するシンは大きく深呼吸する様に溜息をついた。
「・・・・・」
枕にする様に両手を後頭部に回して天井を仰いだシンはボ~ッと眺めていた。
そんな時、今度はアカツキから通信が入った。
「ボス、今いいか?」
シンは疲れているかもしれないと思ったから通信を行ってもいいかどうかを訊ねるアカツキ。
「ああ、大丈夫だ」
シンは軽く頷いた。
話の進行上キリが良いので明日にもう一話投稿します。
お楽しみに!