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156.引けぬ者の使命

 

「・・・・・」


 ソファにジッと座って窓の外を眺めていたレーデ。その目には以前の様に大人しさはあっても子供らしく活発な光がある目ではなく、虚ろでどことなく陰りのある寂しさが渦巻く目をしていた。

 そんな時に


 コンコン…


 とドアの方からノック音がして


「ワタシだ」


 サクラの声が聞こえた。


「どうぞ」


 レーデはどこか消えそうな声で答える。

 中に入ったサクラは心配そうな目でレーデを見ていた。無理もない。サクラも若い頃に父親を亡くした経験があるからレーデの辛さはよく分かっていた。

 モルトの護衛達は部屋の外で待機兼2人の警護をしていた。


「レーデ、大丈夫か?」


 そっと語り掛ける様にして声を掛けるサクラ。それに対してレーデは呟く様に答える。


「・・・大丈夫じゃないと言えば嘘になります」


 レーデは徐に立ち上がりサクラの方へ近付いていった。


「サクラ姉様」


 サクラの目の前まで近付いたレーデ。


「何だ?」


 サクラがそう返事をした時レーデは大きく両手を広げて前に進んだ。


 ポスッ


 顔をサクラの胸に埋めて


 ギュッ…


 両手でサクラの腰を抱きしめた。そんな様子にサクラは


「レーデ・・・」


 とポツリと名前を呼ぶ。


「サクラ姉様・・・」


 レーデも顔を埋めつつ僅かに聞こえる自分の名前を聞いたサクラは小さな溜息をついてレーデの頭を撫でた。


「ワタシの服、汚しても構わないぞ」


 その言葉を聞いた埋めたレーデの目には大粒の涙が溢れ出し、サクラの服の腰部分の布を強く掴んだ。


「・・・っサ、クラ姉様ぁ・・・!」


 レーデはサクラの服に埋めた顔の先から泣き声が聞こえる。その鳴き声は埋めているせいからか大きな声ではなく嗚咽の様な抑えているが悲しみがヒシヒシと感じさせる泣き声だった。


「ア”アアァァァァ…」


 サクラは静かにレーデの頭を撫でていた。





「レーデ、落ち着いたか?」


 一頻り泣き、落ち着いたレーデはソファに座っていた。サクラもソファに座ってレーデの様子を見る為に顔を覗いていた。レーデの顔は目元や鼻の頭が赤く、サクラから渡されたハンカチで目元や頬にある流した涙を拭っていた。


「・・・ありがとうございます」


 そう言ってサクラにハンカチを返した。


「気にするな」


 安堵したような笑顔で答えるサクラ。

 自分の服の裾をギュッと握るレーデは意を決したような表情になりサクラの方へ向く。


「・・・サクラ姉様」


「どうしたの?」


 サクラはレーデの表情を見て何かあると考え笑顔から真剣な表情になる。


「・・・聞いて欲しい事があります」


 サクラは静かに頷いた。


「あの襲撃で敵はどういう訳か私を狙っていました。けれど、フェイセンが母様と私を守ってくれましたから助かりました・・・」


「そうか・・・」


 レーデが狙われていた事はあの一件のすぐ後に分かった。また襲撃してくるのではないかとサクラは糸の魔法で結界を造って備えていたのだが、杞憂に終わった。


「・・・その時、フェイセンが私を庇って守ろうと抱きついてきました」


 その言葉を聞いたサクラは目を細める。


「そうか・・・。身を挺したフェイセンに感謝の言葉を・・・」


 サクラの言葉を遮る様に首を横に振るレーデ。


「・・・違います」


「え?」


「フェイセンが父様のように思えてならないのです・・・」


 意外な答えにサクラは目を大きくして


「どういう事?」


 と低い声で訊ねる。


「・・・身を挺して庇って下さった時、そう思ったのです」


 レーデがそう答えるとサクラは目を細める。


「どうしてそう思ったんだ?」


「分かりません。ただ、あの感触、父様にそっくりでした」


 そう答えると少し下へ向くレーデ。サクラはレーデの答えを聞いて腕を組む。だが、視線はどことなく穏やかで静かなものだった。


「父様・・・か。レーデはどうしたいと思っているの?」


 レーデは一拍程空けてから答え始める。


「分かりません・・・。でも・・・」


「でも?」


「父様の事ですから何かあると思います・・・」


「・・・そう、だな」


 レーデの言う通り用心深いマーディスの事を考えれば自分達はおろか娘のレーデにすら言えない何かあると考えるのが自然だ。

 サクラもレーデもそれ以上何か言う訳でもなく2人はただ寄り添った。





「レーデ様はまだ若い様に見えますが?」


 シンは鋭く目を細めてそう尋ねる。

 2人の内、どちらかを次期王にさせるのであればサクラの方が適任だろう。だが、そうはせずレーデが選ばれてしまったのだ。


「これから王として、為政者としての事を学べばよい。それまでは余が王としての責務を全うする」


 シンの意図が伝わらなかったのか言い方を変えた。


「では何故サクラは王位から外されたのですか?」


「・・・理由はいくつかあるが最もな理由はサクラにはこの国の為に王以外の形で支えてもらう。・・・内容はすまんが、これは詳しくは言えぬ」


「・・・・・」


 モルトの言葉で「詳しくは言えぬ」に目を細めるシン。王以外の形という事は公爵家の人間として動く事になるという事だ。そして詳しく言えないという事はシンに聞かれてはシンには関係性を持たせるわけにはいかないか、大きく関係してシンに知られると困る何か。

 王権を活用してシンを動けなくさせてサクラと大きく関わらせることを考えれば後者だろう。


「それからこの王位継承者の件は他言するでないぞ?」


 朗らかな目が鋭くしてシンの方へ向ける。シンは静かに頷き答える。


「大丈夫ですよ。元から他言する気はありませんでしたし」


 大まかにまとめるとモルト、マーディス、エマ、フェイセンはサクラかレーデのどちらかにこの国の王位を継がせようと考えていた。その判断を下すまで長い目で様子を見ていた。だが、そこにどういう訳かヴィクトールがしゃしゃり出てきた。

 共生派と至上派が生まれて更に国内は内乱一歩手前のややこしい事になった。

 サクラとレーデ、ヴィクトールは多くも少なくも自覚のない王位継承権争いをしていた事になる。

 だが、そこに思わぬ人物が入って来た。それこそシンである。サクラの目からだけでなくマーディスの目からしても底知れない何かを持っている様に見えた。妻のエマもモルトもサクラとマーディスのシンに対する評価は揺るぎない信用できるものだった。シンとは敵対関係にならず、可能であればこの国に取り込もうと考えた。

 シンは知らないがサクラはシンの動向の監視及び敵に回らないようにする為に動いている。その事は王族の関係者ならば誰もが知っている。だから、サクラにはシンの件に集中させて王位継承権を無くす事にして次期国王はレーデになったのだ。


「この事はサクラ嬢にも言うでないぞ?」


「それは何故ですか?」


「レーデ嬢の王位継承権のついてはこの場に居る者達だけに留めておくつもりだ。変に情報が流れればそれを利用しようとする者達が出て来るからな。だから余の息子達にも言っておらん」


「(それは・・・そうかもしれないな)分かりました。親しい方々にもこの件の事については言いません」


 今回はどういう形で知ったのかは分からないが王族のヴィクトールが王位継承に関わってきていた。その結果、他国の勢力に利用されて国の危機を招こうとしてしまった。

 もし、この件が変に流れてしまえば今回の騒動の様になってしまう。下手をすれば血で血を洗う生臭い事になり兼ねない。

 だから、シンはそれ以上何か言う事もなく黙っておく事に頭を縦に振ったのだ。


「うむ」


 それを聞いて安心した、と言わんばかりの安堵の顔になるモルト。そんなモルトにシンはフェイセンの事でまだ聞きたい事があった。


「陛下」


「む?」


 シンは何か言おうとしたがすぐに口を噤んでしまった。


「あ・・・いえ・・・その・・・これからこの国はどうなさるおつもりで?」


 口を噤んでしまったのにはこれ以上王族の事情に深入りするわけにはいかなかったからだ。ズブズブと深く入り込んでしまえば、この国に上手く丸め込まれてしまいかねない。下手をすればシンやジンセキの事が知られてしまい、大きな影響を齎す事になる。だが、ある程度予測はできる。当然シンはどうして守ったのかについては本当の所は知らない。だが、守る事でこの国に得をする事は間違いない。だから、フェイセンが何故自分を守ろうとしたのかについてはこれ以上追及しようとしなかった。

 フェイセン自身はシンには得体のしれない底無き何かを持っている事を知っていた。だから変に騒動に巻き込まれて危害を被ってシンの逆鱗に触れて敵対関係になる事だけは避けようとフェイセンはシンを守ったのだ。つまりシンを守る事によってこの国を守ろうとしたのだ。

 その事はマーディスもモルトもエマも理解していた。だからこの事について変に明かしてシンとの関係を悪くするわけにはいかないから、この事は誰も口にはしなかった。

 モルトはシンの何か言おうとした事に少し眉を潜ませるが、これ以上何か言う事は無かった。だから首を横に振った。


「いや、何も決めておらぬ」


「そうですか・・・」


 シンは何か言おうとしたが、これ以上この国に干渉してもいいのかどうかが頭にチラついてまた口を噤みかける。

 その時、シンの様子を見たエマが声を掛けた。


「何か妙案があるのかしら?」


「え?」


 その言葉にギョッとして思わず声を出してしまうシン。


「この国をどうすれば良いのかを」


「・・・・・」


 女の勘と言うものだろうか、シンが考えていた事をアッサリと見抜く様な目でシンを見つめ、ほぼその通りの事を口にするエマ。

 思わず黙るシンにエマは更に言葉を続けた。


「ここにいるのは貴方の目に映っている人達だけよ?」


「ですが・・・」


 ここの人間は誰も貴方の事は他言しない。そういう意味で言っている。だがそれでも言いよどむ様な言い方をするシンに深く息を吸って一拍空けて答え始める。


「貴方は関わりたくないかもしれないけど外部の人間でこの国で大きく国力を落とした事を真っ先に知っているのは貴方だけなの」


「・・・・・」


 真剣で気迫ある眼差しをシンの瞳を射抜く様に向けるエマに思わず目を大きく開いて無言になる。

 そして、エマはニッコリと笑った。


「だから外の人間である貴方の意見を聞きたいの」


「分かりました。ですが・・・」


 報酬は当然シン自身縛り付ける金銭や権利等以外のものである。その事を伝えようとした時先に口を開いたのはエマだった。


「大丈夫よ、ここでの会話は誰にも聞かれてないし誰も言わない。対価は貴方の頼み事を可能な限り引き受ける。どう?」


 小さく首を傾げるようなポーズをとりながらシンにそう尋ねる。

 実際の所、提案としてはクリアしていた。そればかりか事や状況によってはこの国が後ろ盾になると捉えてもおかしくないものだ。


「・・・はい、それでお願いします」


「ええ」


 シンはエマに押される様な形で頭を縦に振ってしまった。この国の方針について自分なりの意見を述べていった。


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