154. 既に整っていた
「皆、ここは謁見ではない。座るとよい」
レンスターティア王はシンとサクラに気さくにそう声を掛けた。
「はい」
サクラはそう答え、レンスターティア王の近くの席に座る。シンはサクラの隣に座った。
その様子を見たレンスターティア王は軽く頷き名乗り始める。
「ふむ、改めて名乗ろう。儂こそレンスターティア王国の王、モルト・ジェロット・レンスターティアだ」
「改めまして、シンと申します。この度は自分を呼んで下さりありがとうございます」
シンが改めて自己紹介するとモルトは顎髭を軽く撫でる。
「ふむ、色々貴殿に言いたい事が山程あるが、まずサクラ嬢を救出した事に感謝している。礼を言うぞ」
「あの時、しなければならなかった事をしたまでの事です。自分が偉業を成し遂げた者の様に扱われるのはお控えいただけるとありがたいです」
シンの言葉にモルトはクックックと笑い始めた。
「そうか、偉業か・・・フフフ、成程。当たらずとも遠からずやもしれんな」
モルトの物言いにシンはどう接していいのか分からず数秒程無言になる。対してモルトは言葉を続ける。
「今回の謁見、苦労をかけたな」
モルトの言葉にはしきたりや作法に慣れないシンに対する労いの気持ちが籠っていた。だからシンは少しキョトンとした間が空いてから返答した。
「いえ、自分こそ知らないとは言え何か無礼を働いていたかもしれません。もしそうであれば申し訳ありませんでした」
首を横に振るモルト。
「いや、あれで十分だ。時にシンよ」
「はい」
「本来ならば貴殿に褒賞を直接渡すのだが、貴殿の年齢と身分の事を考えればああするしかなかったのだ。許せ」
「・・・?」
首を傾げるシンに代わりにサクラが答え始める。
「どこの馬の骨とも知らない者にあの褒賞を与るのは危険な事だ、という事だ」
サクラの言葉にまだピンと来ないシンは逆方向に首を傾げる。
「どういう事だ?」
「見ず知らずの人間に王族から褒賞を与るという事は、王族はその者を少なくとも認めているという事になる。だが、今回の褒賞では君の身分を証明できるような物は無い。その上、そう言う事に面白くない連中がいる」
サクラの言う事には理解はできる。だが、それでもピンと来ないシンは更に訊ねる。
「それとサクラが腕輪を預かるとはどういう関係が?」
シンの疑問にモルトが答え始める。
「つまり一つの対策としてサクラ嬢が腕輪を預かり、好きなタイミングで受け渡す事にすればその者はまだ褒賞は受け取っていない事になる。そして好きなタイミングで受け渡す事が出来るという事はその者の身分は一時的に預かるという事になる」
ここまで答えた時シンは何が言いたいのか漸く分かった。
今回の褒賞では自分は金銭や権利等のこの国に縛り付けられるような物は必要ないと予め書類にそう記述した。これは同時に身分を証明できるようなものは必要ないと言い切った事にもなる。
だが、王家としては何も渡さないわけにはいかない。王家が熟考に重ねた末に渡されたのが貴族だけしか利用できない施設が利用できる腕輪だ。しかし、身分上シンは貴族ではないのに貴族だけしか利用できない施設を好きなように利用できる。古い考え方を持った貴族から見れば薄汚い乞食が清潔で高級な施設を土足でうろついている様に見える。こうなってくると、何かしらの嫌がらせや最悪の場合であれば刃傷沙汰になりうる。
そこで腕輪をそのまま救出されたサクラが預かって、好きなタイミングで受け渡す事が出来る様にする。いずれではあるが必ず手渡されるという事はその者がどこにいるのか知っており、一時的に身分を保障できるという事になる。
つまり王族がシンの身元を保障してくれているという事になる。
こうする事で貴族は迂闊にシンに手を出さなくなってしまうという事になる。
漸く分かったシンは恐る恐るの様な形でサクラに訊ねる。
「俺を守ったという事か?」
シンの言葉に大きく頷くサクラ。
「そういう事だ(まぁ貴族連中にシンと敵対させたくはないから、というのもあるが・・・)」
サクラはシンの強さを目の当たりにしていた。例えば古い考えを持っているが実力のある貴族がシンと敵対する事になれば間違いなくその貴族は殺されてしまう。そうなればただでさえ今回の一件で沢山の貴族達を粛清したのだから国力は大きく落ちている上に敵対して死ぬような事があればまた更に大きく落ちる事になり兼ねない。最悪それが原因で国が亡ぶ恐れもある。
だから、シンを守るという意味もあるのだが、同時に自国の貴族を守るという意味合いもある。
モルトはサクラの説明に補足する様に話し始める。
「因みにだが、過去には庶民の子供が貴族を助けた事があった。当時も今回と同じ事をした。故に決して初めての事ではない」
エマはニッコリと笑ってシンに宥める様な物言いで語る。
「前例があるから、ほとんどの貴族は従うわ。安心してね」
「は、はい・・・」
シンは子供の様に駄々を捏ねて拗ねている様な態度を取っているにも拘らず、実際は理に適った理由がある事に少し恥ずかしくなり顔が少し赤くなった。
そんな様子のシンに気が付いたサクラは意地悪な小さな笑みを再び作る。
「まぁこんな事になる事自体、他所でもないからな気にするな」
言葉では宥めている様に言うがニヤニヤと笑った表情を見ればどこか説得力に欠ける。だが、自分が引き起こした事だけに何一つ文句が言えない。だから少しむくれた様な気持ちでサクラを眺める位しかできなかった。
(まぁ、多分こういう形でとったのはサクラが俺の監視役として居りやすい環境を整えさせたのだろうな)
少し間を置いてから落ち着きを取り戻したシンが考えている事にも一理あった。
サクラが実質的な監視役で、少なくともシンと敵対関係になるのだけは避ける様に動く様にマーディスから言われていた。そして実際にシンとは敵対関係にならず、ある程度サクラという存在縛りつつ友好的以上の関係になろうと画策していた。
こうした思惑は当然親族であるモルトの耳にも入っており、シンの件については全面的にサクラに任せている。もっと言えば、シンが提案したホームステイの前例作りを利用してシンの事について深く知ろうとサクラもモルトも舞台の整備に大きく力を入れた。だから、今回の謁見の場でああした形で褒賞を授与する形をとったのだ。
(それに俺がホームステイの前例作りを破ってどこかへ行こうとする気が無いのが、多分薄々感づいているし・・・)
ホームステイの前例作りを破ってどこかへ行ってしまえば少なくとも王家やサクラの顔に泥を塗る事になる。そうなると国から追われる事になる。また、下手をすればサクラが所属している組織から追われてしまう羽目になる事もあり得る。無論シンが望んだ様な旅が出来なくなってしまう。
だから破るに破れないのだ。
おまけに薄々処の話ではない。シンがその気がない事はサクラはほぼ把握していた。
(クソ・・・蜘蛛の巣に掛かったみたいになってしまったな)
こうも先手を打たれた上にシンの行動に必然的に制限と縛りを掛けれた事に、心境は更にむくれた様な気持ちになっていた。
「(まぁいい、いざとなればどうとでもなる可能性はある。それよりも・・・)陛下、一つお聞きしたい事がございます」
モルトは朗らかな態度で頷いた。
「ふむ、発言を許す。申してみよ」
「はい、マーディスさんとフェイセンさんの関係で聞きたい事があるのですがよろしいですか?」
「「「・・・・・」」」
その言葉を聞いた途端、モルトとエマ、フェイセンの一瞬表情が消えて目が僅かに細くなった。その目元はどことなく鋭くて、何となくただ事ではない様に窺えるものだった。
「・・・?」
サクラは首を傾げているとエマはこちらの方へ見てニッコリと笑って口を開いた。
「・・・サクラちゃん、レーデが会いたがっていたわよ。すぐにでも会ってくれないかしら?」
いきなりレーデの事について切り出されてサクラの頭の上には疑問符が浮かんだ。
「え?叔母上、一体何を・・・」
言っているのですか?と訊ねる前に今度はモルトが切り出し始める。
「そう言えば、あの事件でレーデ嬢は少し傷心しているそうだな。サクラ嬢、ここはもうよい。サクラでも知っておる事をここで聞くよりもレーデ嬢の所へ行って安心させよ」
穏やかな顔で諭されるように言うモルトにサクラはジッと2人の顔を見た。
「・・・・・」
数秒程ジッと見たサクラは小さな溜息をついて頷いた。
「承知しました、陛下」
サクラは立ち上がり、軽く一礼する。
それを見たモルトは軽く頷き、控えている2人の護衛の方へ向く。
「うむ、2人でサクラ嬢をレーデ嬢の部屋まで案内しろ」
モルトの言葉にサクラに続いて護衛達も疑問符を浮かべた。
「は?ですが・・・」
ここを離れるわけにはいきません。
当然この国の王を護衛する人間がこの場を離れるわけにいかない。ましてや恩人とは言え見ず知らずの人間を王と共にこの場に残す等もっての外。
護衛の一人が言い切る前にモルトが遮る様に答える。
「案ずるな。この場には腕の立つフェイセンがいる上にエマ殿もいる。実力を知らぬわけでも無かろう?」
その言葉を聞いてフェイセンを見る護衛達は数秒程考え込み、頭を縦に振った。
どうやらフェイセンは戦闘の面で腕が立つ事は護衛達にも知れ渡っている様だ。だからそれ以上反論する事は無かった。
「承りました」
護衛の一人はサクラの方へ向く。
「サクラ様」
「・・・うん」
サクラは軽く頷き護衛2人に付いて行く形で案内された。サクラはもう一度シンとモルト達の様子をチラリと見てこの部屋を出た。
ここまでのやり取りを見たシンは
(やはり)
と思い、目を鋭く光る。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
この部屋居る者達全員が何かを待つ様にして沈黙した。
そして、沈黙する事一分ほど経った頃の事。
先に口を開いたのはフェイセンだった。
「どこから気が付いていたのかね?」
穏やかではあるがどことなく穏やかではない含みがある言葉をシンの方へ投げかける。
それに対してシンは静かに語り掛ける様にして答え始める。
「最初の時、少しおかしいと思いましたよ。フェイセンさん、いや・・・」
シンは鋭い目でフェイセンの方へ向けてこう言い放った。
「マーディスさん」
最近上手く書けません・・・。
おかしな箇所がありましたら遠慮なくお申し付けください。