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152.楽しみに

 山の頂上に日が付くかつかないか位まで大きく傾き、日が朱に染まりつつあった。日が朱に染まろうとしているという事は当然周りの風景の世界の色も大きく変化してくる。木や草の緑だったその色は黄色が少し加わり、川等の水辺は赤くなりつつあった。

 平原の中で2人の人影が見える。

 2人は付かず離れず並行して歩いていた。


「お前は一国の王族の娘に盗賊まがいな事をさせるとはな・・・」


「そうは言っても何かしら手に入らなければ今後きついだろうが」


 そう軽く文句の言い合いをしていたのはシンとサクラだった。

 何故今こんな何もないだだっ広い平原を歩いていたのか、事の始まりは今から30分前に遡る。





 悠々自適に飛んでいるフリューの機内ではグーグスの前にサクラは物珍しさにジロジロと見て質問攻めをしていた。


「名は何という?」


 つんのめりに出るサクラにグーグスは一歩程後ずさる。


「グーグス・ダーダと申します」


 そう答えると今度は隣にいたグーグスに方へ向くサクラ。


「そっちの名は?」


「・・・グーグス・ダーダと申します」


「揶揄っているのか?」


 サクラが眉間に皺を寄せてそう尋ねると徐に横に首を振る。


「いえ、滅相もございません。真面目に()()()()()()グーグス・ダーダでございます」


 それを聞いたサクラは更に眉間に皺を寄せて追及する。


「それは……」


 サクラの怒涛の質問攻めにかなり押され気味になり徐々に困っていくがグーグスにシンは別の話題の糸口を探っていた。

 そんな時アカツキから連絡が入る。


「ボス、そろそろ降下の準備をしてくれ」


「うん、サクラ」


 シンは小さな声で返事してサクラに声を掛ける。


「何だ?」


 サクラは今いい所だったのに、と少し不満げな顔をしてシンの方へ向く。グーグスはどことなくホッとしている様に見える。


「悪いんだが、サクラの屋敷までこれで移動するわけにはいかない。出来るだけ屋敷の近くまで寄るが人目につかない場所で降りてもらう」


 その言葉を聞いたサクラは目を細めた。

 宙吊りになった魔導艦の様子から鑑みてこの世界にパラシュートは恐らく無いだろう。だから、パラシュートは余り使いたくなかった。もしパラシュートをこの世界の住人に見せてしまえば結果として早めに空挺部隊が組織されてしまう。これがあるかないかだけで大きく軍事バランスが変わる。

 だが、だからと言って一度着地して、シンとサクラを降ろして再び離陸するには時間がかかりすぎて誰かに見られる恐れがある。あまり時間を掛けられない。

 そこでサクラの屋敷まで2km圏内にあるフリューの巨体を隠せる場所を探して15m程の高さでホバリングして、ワイヤーを利用してシンとサクラをその場所に降ろすと方法を取った。今回の場合は山の陰を利用する事になった。


「それは場合によっては遠い場所に降ろされるという事か?」


「そうなるな」


 要約すれば現在移動手段となっているフリューについて他の人間にバレるのは困るから王族であるサクラに遠い距離を自分の足で歩けという事だ。言うまでも無いが身分の上の人間にこんな事を言うのは無礼どころの話ではない。

 だが、今回はシンにはサクラの出す褒美は絶対に受け取ってもらうという条件でフリューの事については他言無用でいる事になっている。

 ここで文句を言えば褒美を受け取ってもらえなくなるどころの話ではなくなる。最悪の場合敵対関係にだってあり得る。

 シンを敵対関係にするのは得策でない事は魔導艦での戦闘を見れば判断は間違っていると言う者はいないだろう。

 だから、シンの言葉に首を横には振らなかった。


「・・・まぁ、良いだろう。見られる恐れがあるしな。それに王族であるワタシに何かしらの不敬ととれる言動はいくらでもあったからな」


 サクラの皮肉めいた言葉に首を傾げるシン。


「そんな事したか?」


 それを聞いたサクラは顔を紅潮してガーッと小動物が威嚇する様な怒りをシンに向けた。


「したぞ!それもかなりの数だ!」


 サクラの言葉を受け止めて数秒程考え込むが


「・・・記憶にないな」


 と首を傾げてそう答えた。


「良く言うわ!ワタシにつまらない言葉を散々投げかけてきたではないか!」


 サクラが言っていたのは浴場から始まったシンからの数々の罵倒の単語の件だ。サクラが大声で抗議するとシンはその事を思い出し、冷静に


「事実じゃん」


 と答えた。実際数々の罵詈雑言の単語はサクラの行為によって連想してしまう単語がほとんどだった。

 シンの答えにサクラは更に抗議する。


「事実ではない!観察する為だと言っているだろ!」


 シンは呆れ気味に答える。


「人の股間を長く眺めていたのは何だ?」


 それを聞いたサクラは怒って否定する。傍から見れば慌てているようにも見える。


「腰だと言っているだろ!」


 今度はジト目でサクラを見る。


「視線が股間だったぞ」


「っ・・・貴様にやる()()の件、楽しみにしていろよ?」


 明らかにニュアンスが違っていた。嫌な予感しかしない。その事にシンはジト目で更に呆れた口調で牽制を計る様に言う。


「・・・褒美と言う名の仕返しだったらサクラとの付き合い方を考えるからな?」


 フッと不敵でどこか意地悪そうな笑みを浮かべて答えるサクラ。


「フッ、安心しろ。間違いなくちゃんとした()()()だからな」


「どうだか・・・」


 シンがそう呟いた時、けたたましいブザーが鳴り始めた。


 ジリリリリリリリリリ…!


「何の音だ!?」


 サクラはビクッと身構え何が起きたのかとキョロキョロと見渡す。そんなサクラにシンは大きな声で安心させるように言う。


「大丈夫だ、搬入口が開く合図だ」


 シンの言う通り搬入口が開き始める。それを見たサクラは少し安堵したのか身構えた時に起きる若干の膠着を解いた。


「かなりうるさいな」


 確かにブザーのベルの音は耳をつんざくかという程けたたましい。それのせいでサクラは耳に手を当てて音を防いでいた。


「直に慣れる。それよりもこの合図があるという事はそろそろ降りれるという事だ。」


 そろそろ降りれる、というよりそろそろ降りて欲しいという意味だろうなとサクラはそう思いながらも頷き返す。


「分かった、そのはん・・・この船の門の方へ向かえばいいのだな?」


「そうだ」


 シンが頷いた様子を見たサクラは搬入口の方へ向かい、完全に開き切るのを待った。シンも後から付いて行くようにして向かう。


 ゴゥン…


 完全に開き切った搬入口を確認したグーグスはワイヤーを持ってサクラに方へ向く。


「サクラ様、失礼します」


 そう言って恭しく一礼をする。だが、サクラは首を横に振る。


「いや、ワタシは大丈夫だ」


「ですが・・・」


 サクラはそう言って右手で人指し指で物を指す様な形を作り、指先から何かキラリと光る曲線を出していた。


「忘れたのか?ワタシはこれがある」


 サクラの指先から出したのは糸だった。どうやら糸の魔法を駆使して降りるつもりの様だった。


「そう言えばそうだったな・・・」


 そう言うとシンは片手を上げて頷く。するとシンの意を解したのかグーグスは軽く一礼して持っていたワイヤーを下げる。


「・・・・・」


 そんな様子をサクラは黙ってジッと見ていた。


(一見すると主従関係の様に見えるが、どことなく気さくに接している様に見えるな・・・)


 冷静にシンとグーグスの様子を見て分析するサクラ。

 その時、シンは外の様子を見てそのまま降りても問題ないか確認していた。


「サクラ、降下しても問題無い様だ」


 シンの言葉にハッと我に返ったように気が付いたサクラ。


「ああ、お前と一緒に降りるのか?」


 シンは首を横に振る。


「いや、俺が先に降りる。サクラは糸を使うのだろ?」


 そう答えながら搬入口まで進んだ。


「使う」


 その言葉を聞いたシンは搬入口の手前まで来て、いつでも降りれる様にしていた。


「だったら、それだと俺が下りる時に邪魔になるから先に降りる」


 シンはフリューから飛び降りて着地するつもりだった。もし先にサクラが下りてしまえばシンはサクラが出した糸が邪魔して後から降りる時に邪魔になってしまう。

 また、一応赤雨期から何も危険な事は言っていないもののサクラを攫った連中がまだこの近くにいる可能性も決してないとは言い難い。だから、先にシンが下りる事にしたのだ。

 その事を理解したのか腕を組み納得して頷くサクラ。


「なるほど、分かった。先に降りろ」


「ああ、降下する!」


 シンはそう答えてそのまま飛び降りた。


 ダッ!


 魔導艦の時や旅を再開した時の事と比べれば明らかに低い。だが、それでも高さ15m程はそれなりに高い。


 ドンッ…!


 だから、着地した時の音や衝撃、土煙はどうしても大きかった。


「・・・・・」


 シンは着地と同時に周囲を見渡した。


「(一応周囲を警戒したが、問題なさそうだな)降りても大丈夫だ」


 誰もいない事に安堵したシンは手を挙げてサクラを呼ぶ。


「(敵の反応が無い・・・降りても大丈夫か・・・)分かった」


 サクラは糸の鳴子で周りに人がいない事を確認しつつ返事をした。

 丁度その時アカツキから連絡が入る。


「ボス」


 シンは魔導艦の生き残りがいたのかと思い低い声で返事をする。


「何だ?」


「ディエーグがチョビ髭オヤジと仮面の男の確保に成功した様だ」


 それ聞いたシンはホッと胸を撫で下ろす。


「分かった。今日の深夜、そいつらをサクラの屋敷の前に置いてくれ。アカツキはそいつらを監視してくれ」


「OK、ボス」


 魔法で糸の階段を作り上げたサクラは近くにいたグーグスの方へ向く。


「感謝する」


 ここまでしてくれた事への感謝を軽く口にしてそのままフワリと飛んで降り始めた。


「お気をつけて」


 アカツキは恭しく一礼する。


 スッ…


 片方の足を前に出す形でフリューから降りるサクラ。


 グッ…グッ…


 魔法で作り上げた糸で張った階段の上を歩いて降りていくサクラ。その様子にシンはある事に気が付いてすぐに目を逸らした。


(よく考えたら今のサクラはスカートを履いているんだった)


 普段のサクラは一見すればセーラー服のスカートを履いている様に見えるが、実際はミニスカートの様な黒っぽい袴を履いていた。

 だが、今は本当にスカートを履いていたからサクラが見せたくない物を曝け出す事になる。

 だからシンはそっと目を逸らしたのだ。


「ん?どうかしたのか?」


 サクラは地面に着地してシンの元までやってきていた。


「・・・いや、何でもない」


 シンは首を振ってそう答える。


「そうか。それにしてもかなり頑丈な体だな」


「ああ、大丈夫だ」


 サクラの言葉を聞いたシンは後ろを振り返ってフリューの方へ向く。


「無事に降りた!もう大丈夫だ!」


 シンがそう言うとフリューは徐々に上昇していく。その様子を見たサクラは大きく手を振る。


「ここまでの移動に感謝する!」


 サクラは感謝の言葉をフリューに送った。搬入口からグーグスが手を振ってフリューの代わりに応える。

 こうしてそのままサクラの屋敷まで歩く事になったのだ。





 現在に戻り、小さく見えるがもう目と鼻の先までサクラの屋敷が見えていた。そのまま真っ直ぐ歩いていけば辿り着くまで最早時間の問題だろう。


「この証拠・・・何が書かれているのだろうな」


「碌でも無い事が書かれている事だけは間違いない」


 魔導艦内で辺りを引っ掻き回して証拠品を探していた時、状況が状況なだけに詳しくは見ていない。ただ、書類にヴィクトールの名前が記載しており、書簡に入れられているという事でほぼ間違いなくそれは重要な書類である事だけは間違いない。そう判断してサクラの屋敷まで持って帰る事になったのだ。


「何にしろ、無事屋敷まで辿り着く事が先だ」


「そうだな、それは後で確認しよう」


 シンとサクラはそんなやり取りをしてそのまま何事もなく無事屋敷に辿り着いた。

 サクラ救出は無事に終わった。

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