150. 救われる者、救われぬ者
気を付けろ。
そいつは死んだ。しかし、まだ死んでない。
「ブレンドウォーズ」逃げ延びた元軍人の証言より
ハロウィン限定のミッションのボスキャラであるグーグス・ダーダのステージには館内に複数のグーグス・ダーダの頭部が存在している。
最初はグーグス・ダーダ一体と戦う羽目になるのだが、最初に戦っていたグーグスを倒しても館の中にあるグーグスの頭部によって新しいグーグスが起動する事になる。よってプレイヤーはまた新しいグーグスと戦う事になるのだが、また倒し切ってしまえば、また新しいグーグスが起動して戦闘・・・と延々と続くのだ。
こうなってくれば持久戦になりプレイヤーはジリ貧になってしまうのだ。
だから、館内にある全てのグーグス・ダーダの頭部を館に仕掛けられた巨大な「落とし穴」に落とす必要があるのだ。
だが、「ブレンドウォーズ」のグーグスと現実のグーグスはやはり大きく違っていた。
まず、グーグスは一体破壊されれば新しいグーグスが起動する事になるのだが、現実のグーグスは複数同時に起動できる事が出来、同時に動かす事が可能だ。
また、元が一つの国家でも所有していない程の高性能なコンピューターである故か非常に高度な集団による連携が出来る。
だから、ワイヤーで降りてきた4体のグーグスが魔導艦の側面に同時に触れたのは決して偶然では無かった。
「何だ?」
「誰かがへばりついたぞ!」
「どこにだ!?」
グーグスが魔導艦の後方側面に張り付いた事に気が付いた兵士達が騒ぎ出した。
張り付いたグーグスはお構いなしにまるで予め打ち合わせしたのかと言う位に一斉に同じ動きをして作業をしていた。腰についていたワイヤーの内の一本を取り出す。そのワイヤーの先には、金属製の杭が付けられていた。先端は鋭く、返しが付いていた。
ドンッ!
グーグスは一斉に魔導艦の後方側面に金属製の杭を当てて拳で殴る様にして打ち付けた。
「打ち込み完了致しました」
そしてグーグスはそのまま動かずにフリューに報告した。
「了解」
ブォォォォォォォン…
フリューがそう答えるとスピードを上げて徐々に上昇し始めた。当然そんな事をすれば最高スピードが違うせいで魔導艦の後方から上がって船首が下という形で傾いて宙吊りになる。
このままでは拙いと気が付き始めた兵士達は叫び始める。
「お、おい、傾き始めたぞ!」
「何かに掴まれ!」
手すりやマストにしがみ付く兵士達。
ミシミシ…
魔導戦その物自体が軋み始め何か嫌な音が上げ始める。
兵士達は何かに掴まる事が出来て現状誰一人として落ちていく者はいなかった。だが、必死にしがみ付いているから身動き一つも取れないのはどうしようもなかった。
そんな状況の中で何故隣にいるはずの魔導艦が何もしないのか、疑問の声を大きく上げた。
「おい、隣の艦は気が付いていないのか!?」
「2号艦は一体何をやって・・・。っ!?」
隣にいたもう一隻の魔導艦はどういう訳かコースを外れて戦線を離脱していた。その事に気が付いた兵士達は更に慌てふためき始めた。
「お、おい!どこへ行くんだ!?」
「嘘だろ!?逃げてんのか!」
「おい!ふざけんな!!」
「助けてくれー!」
コースを外れた魔導艦に対して怒りの声や助けを求める声が響くが決してその事に応じる事無く戦線を離脱する隣の魔導艦。
コースを外れた原因と言うべき黒幕は
「若~お船、確保でけたで~」
リーチェリカだ。
シンと同時に降り立ったリーチェリカは左隣の魔導艦を乗っ取りに成功して戦線を離脱したのだ。
遡る事、シンと共に降り立った時の事。
リーチェリカは左隣の魔導艦を乗っ取る為に突入した。
ドォォッ…!
シンと同じように魔導艦に大きな大穴を作り内部の倉庫に当たる箇所に降り立っていた。シンと同じように部屋の天井から木片や何かしらの物資の破片が落ちて来て埃や木片の煙が舞っていた。だが、シンの時と違って大きく舞っていなかった為リーチェリカの姿がはっきりと兵士達の目に映っていた。
「な、何だ!?」
「隊長!空から女の子が!」
「そんなもん見りゃ分かる!何者だ、貴様!」
隊長らしき兵士は剣を構えた。すると周りにいた部下と思しき兵士達も剣を抜いて構え始めた。
「や~元気がええな~。ええモルモットになるわ~」
手を頬に当てて嬉しそうに言うリーチェリカ。
「貴様・・・何を言っているんだぁッ!」
沸点が低いのか剣を振りかざす様にしてリーチェリカに突撃する隊長らしき兵士。するとリーチェリカは口を「う」の字にして大きく息を吐いた。
「フゥ~ッ…」
リーチェリカが息を吐いた瞬間、船内は大きな風が吹いたような風圧がやってきた。
そして、その瞬間その場に居た兵士達全員が全身の力が入らなくなり倒れてしまった。
ドガシャガシャガシャーンッ!
「な、何・・・!?」
「か、身体が動かない!?」
急に自分自身の全身の力が一気に抜けていくように無くなり、その場に音を立てて倒れていく兵士達。
その事に何故こんな事になってしまったのかと狼狽え始める。
「堪忍な~、筋弛緩作用のあるガスを沢山出してもうた~♡」
リーチェリカが大きく吐きだしたのはただ空気ではなく即効性のある筋弛緩作用のあるガスを船内に一気に充満させたのだ。そのせいで船にいたほとんどの兵士達が筋肉としての力が一気に減らされて上手く立つ事が出来ずその場で倒れてしまったのだ。
「あとは~・・・」
ダンッ!
リーチェリカはそう呟きながらシンと同じように大穴から甲板上に出る。するとそこはシップラダーの前のデッキだった。しかもそこには操縦士と航海士らしき2人の兵士達がいた。
「ああ、おったおった~」
「「!」」
リーチェリカがそう呟き両手を操縦士と航海士らしき兵士達に向けて翳す。
ギュンッ…!
ガシッ!
「ガッ!」
「ぐぁ!」
リーチェリカは2人の兵士達の鎧を付けていない首筋や腕等を狙って腕をまるで蛇が獲物を捕食する時の様な一瞬で掴む様に触れた。
いきなりの事に思わず声を上げてしまう2人の兵士達。
ドドガシャンッ!
言うまでも無いがリーチェリカに掴まれた時に筋弛緩作用のある薬剤を注射されてしまう。だから当然倒れて動けなくなってしまう。
リーチェリカはキョロキョロと周りと床を見渡しニッコリと優雅に笑った。
「これで全部なん~?何や、あっけないな~」
敵の兵士達がこれ以上いない事を確認したリーチェリカは、シップラダーまで向かって舵を手に取り、切り始めた。
「ええ風やな~」
リーチェリカはそう言って優雅に髪を触り靡かせた。
今にも真っ逆様になりそうな位に傾く魔導戦。こうなってくると最早サクラの捕獲や迎撃どころか着ている重い鎧のせいで掴まっている事すらも出来なくなっていた。
ミシミシ…
バキバキバキッ!
大きな風に吹かれて堂々と聳え立っていたほとんどのマストは音を立てて完全にへし折れてそのまま風に流されて落ちていった。
「「「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」」」
下を見れば見る見るうちに小さくなっていく兵士達の叫び声も同じく小さくなっていく。
酷く傾いたせいでマストに乗っていた兵士、何かしらに捕まる事が出来なかった兵士達、何かに掴まる事に力尽きた兵士達は次々と悲鳴を上げて風に流されるような形で振り落とされていった。
「シン、傾いているぞ!」
「大丈夫だ!それよりも俺から離れるな!」
確かにシンに立って密着する様な形で掴まっていると重力こそ下に傾いて魔導艦前方に向いているが、まるで船と一体化している様に動かないシンが受け止める様な形で全然落ちるような気配が無かった。下の方へ見れば、悲鳴を上げて落ちていく兵士達が幾人も見かけた。
壁にぶつかって何とか落ちずに済む者達も多くいるが、次々と兵士達が重なってそれぞれの鎧と体重のせいで身動きが取れずにいた。
それを見れば当然サクラの頭の中では疑問が浮かんでくる。
(何故ワタシ達は落ちない?)
サクラはシンが仁王立ちして直立不動に立っている足を見た。
「!」
シンのズボンの裾から何か黒いものが出ていて、それが床に広がる様な形で張り付いていた。
(黒・・・?)
サクラは確信した。シンの黒い腕と脚はやはり魔法とは違う何かの力である、と。
そう考えている間にも事はどんどん進んでいた。
杭の打ち込みを終えたグーグスはフリューに乗っているもう6体のグーグスにワイヤーの装置を操作して、ぶら下がっているもう4体のグーグスを少し上げ、魔導艦の壁を伝ってシンとサクラの元まで向かう。
スルスル…
シュル…
密着する2人の腰回りにグーグスが手を回そうとした時、サクラはギョッと目を大きくする。
「な、何を・・・!?」
「大丈夫だ。味方だし、救出に必要な事だ」
グーグスは2人にベルトを装着させる。その時サクラは大声を上げてしまった。だが、これは無理もない。赤い箱を被った大男を見れば不審に思ってもおかしくない。
だが、シンの言葉で渋々ながらもベルトの装着を許した。
カチャ…
ギュン…
カチャン…
ワイヤーが繋がったベルトを装着した2人。その事を確認したシンは、裾から伸びていたBBPをズボンの中へと戻す。
「・・・!」
すると重力が戻った様に2人は宙吊りになる。その事に驚いたのかサクラはギョッとした顔になる。
「上げてくれ」
「了解」
シンが言うとグーグスは頷き、フリューは返事する。その瞬間、フリューの中になるワイヤーの装置によって巻き取られて昇っていく。シン達はそのまま上がっていき、重い鎧を装着している兵士達は身動きが取れずどうする事も出来ずにいた。
シン達がスルスルと昇ってある程度魔導艦と距離を開けた時、タイミングを見計らって合図の声を上げた。
「やれ!」
シンがそう声を上げるとグーグスは頷いた。
その瞬間
パンッ!
と短くて大きな破裂音が響いた。
「「「わああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…!」」」
すると命綱だったワイヤーが切れて魔導艦は真っ逆様に地上へと落ちていった。兵士達の悲鳴も小さくなる毎に落ちていく悲惨な状況を更に掻き立てる。
「・・・・・」
サクラはその様子を終始見ていた。金属の杭を打っていた箇所が爆発してワイヤーが切れてしまって魔導艦が落ちていく様子を。
サクラは毅然とした顔で目を背けず、ただ只管その様子を終始見てフリューに乗った。